FEATURE

来訪神信仰を起点に新たな表現に挑む
現代美術作家 冨安由真氏インタビュー

「やんばるアートフェスティバル2024-2025」が、沖縄県本島北部地域各会場にて開催中

インタビュー

冨安由真さん。沖縄・国頭[くにがみ]村にて
冨安由真さん。沖縄・国頭[くにがみ]村にて

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構成・文・写真:森聖加

現代美術作家 冨安由真さんは、やんばるアートフェスティバル2024-2025のメイン会場、沖縄県・大宜味[おおぎみ]村立旧塩屋小学校でインスタレーション作品《おとずれるもの》を発表している。以前から沖縄の「来訪神」や「まれびと信仰」に関心をもってきたという冨安さん。初参加の今回、現地、塩屋湾[しおやわん]で毎年夏に開催される祭り、「ウンガミ」をモチーフに制作した作品についてお話を伺った。

冨安由真氏 プロフィール

とみやす・ゆま/現代美術作家。東京都出身。心霊や超常現象、夢など不可視なものや科学では解明されていない事象を手掛かりに、現実と非現実の境目を探る作品を制作する。特に近作では、視点の重なりや次元の行き来を観客に意識させるような大型の体験型インスタレーションを、絵画や立体、映像、サウンド、VR、演劇的演出など様々なメディアを駆使しながら表現する。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
やんばるアートフェスティバル 2024-2025
開催地:沖縄県・大宜味村立旧塩屋小学校ほか
開催期間:2025年1月18日(土)〜2月24日(月・休)
「やんばるアートフェスティバル 2024-2025」の開催レポートはこちらから
【 FEATURE|アート&旅 】
心を緩めて、チルな気分を満喫するオンリーワンの芸術祭
やんばるアートフェスティバル2024-2025

インスタレーションで体験する、沖縄の来訪神信仰

沖縄や奄美地方では海の彼方に「ニライ・カナイ」と呼ばれる理想郷があり、神様とご先祖様たちが暮らしていると人々は信じてきた。沖縄の年中行事のなかで特に重視される旧盆には各地域で祭りが行われるが、やんばるアートフェスティバルのメイン会場である大宜味村塩屋では毎年旧盆明けの初亥の日に、ニライ・カナイからやってくる海の神様を迎えて、その年の豊穣を祈る祭り、ウンガミ(海神祭)が執り行われてきた。冨安由真さんのインスタレーション作品《おとずれるもの》は、この塩屋地域の民俗行事をベースに制作されたものだ。

参考写真:ウンガミの儀礼のひとつ、御願バーリーの様子。塩屋湾に面したシナバ(青年浜)では女たちが腰まで海に浸かって小さな太鼓[パーランクー]を叩きながら掛け声を送り、ウンガミ様を船に乗せてやってくる男たちを迎える。©OCVB
参考写真:ウンガミの儀礼のひとつ、御願バーリーの様子。塩屋湾に面したシナバ(青年浜)では女たちが腰まで海に浸かって小さな太鼓[パーランクー]を叩きながら掛け声を送り、ウンガミ様を船に乗せてやってくる男たちを迎える。©OCVB

――沖縄は今回が初めてですか? 沖縄には神がかり的なイメージがありますが、やんばるを訪れたとき、どんな印象を受けられましたか?

冨安由真さん(以下、冨安):子どもの時に旅行で来たことはありますが、展覧会をするのは初めてです。沖縄はやはり信仰が独特だなと思っていて、以前から興味をもっていました。特に来訪神という考え方に関心があって。今回、展示の機会をいただき、塩屋に来て、まさに来訪神を祭る行事があると聞き、ぜひ見てみたいと思いました。(霊的な能力をもつ存在として)沖縄ではノロやユタが知られていますが、ウンガミを行う塩屋では「ヌル」と呼ばれています。神を下ろす、あの世とこの世を取りもつメディウムのような存在の方がいらっしゃった。東北でいえばイタコが有名ですが、日本の中でも珍しい信仰が塩屋にはありました。だから割とスッと、作品のアイディアは決まったんです。

ウンガミは昨年(2024)の夏に見学しました。ウンガミでは、ヌルたちが集落にあるアサギ(祈りの場所)などをまわって行う祈願の儀式や、地域の方たちが参加する儀礼、御願[ウガン]バーリーなどが執り行われます。こうした儀式がいまも残っていることに衝撃を受けました。

――沖縄でも地域には年配の方が多くなり、ノロなど神職を継ぐ方が少なくなっていると聞きます。

冨安:実際、塩屋でも減ってきているそうです。

――ヌルは基本的に女の方ですよね? ヌルが海の中に入って儀式をするんですか?

冨安:ヌルのかたは海には入りません 。彼女たちは祈りの儀式をして地域をまわり、さらに海に向かってお祈りをします。海に入るのは、ヌルではなく御願バーリーのときに地域から参加する女性です。男性が船を漕ぎ浜(シナバ)を目指すなか、女性たちは海に入って太鼓をたたいて声を掛ながら、神様を乗せた船を招きます。
※ハーリーとは爬龍船(はりゅうせん)やサバニと呼ばれる船を漕いで競い合う沖縄の伝統行事

展示にはかつての視聴覚教室を利用した
展示にはかつての視聴覚教室を利用した

――ウンガミでの太鼓の音や掛け声が《おとずれるもの》に使われています。作品はどんなプロセスで決まっていったのですか?

冨安:ひとつは場所です。小学校を下見したときに視聴覚室の構造が面白いと思いました。真ん中に放送室があり、脇に2部屋あります。放送室が見える両サイドの部屋に入って鑑賞してもらいます。最近、マジックミラーの構造を作品によく使っていて、視覚の転換を使うのに合った場所だと思いました。中が明るければ中が見えますが、外が明るいと中は見えません。同時にウンガミ自体のリサーチも進めて。作品に関しては、直接的すぎない方法を取りたいと考えました。

――つまり、祭り自体を映像に撮ってそのまま見せるのではない作品に仕上げた。

冨安:はい。要素を重ねて、層をつくりたいと思いました。それで太鼓の音に限定し、映像も海だけにして、祭りの要素をひとつひとつピックアップしていって。掛け声の音は、複数録ったものを重ね合わせています。時間の重なりや、次元の重なりという言い方もよくするのですが、世界が重なっていくことに関心があり、今回も多層的な構造を意識して目指しました。各部屋で違う動きが起こりつつ、トータルでは重なっていきます。

展示風景。暗闇に浮かび上がる放送室。音と照明による演出を使ったプログラムは約4分で1周する
展示風景。暗闇に浮かび上がる放送室。音と照明による演出を使ったプログラムは約4分で1周する

――太鼓の音に合わせて、視聴覚室の床に置かれた照明が明滅します。

冨安:サウンドと光の作品、映像を同期するプログラミングにかなり手間がかかりました。何度も調整を重ねることで納得のいくものにできました。

――私は暗い空間が苦手ですが、音や掛け声があるからか不思議と落ち着いた気分になって。しばらくして視聴覚室全体が暗くなると、放送室だけが明るくなります。ガラス張りの放送室も多くは見かけないものですね。

冨安:放送室を展示室にできるって珍しいです。私自身、放送室を使うのは初めてでした。お伝えしないと気付かないと思いますが、放送室の中に置かれているものは、実は全部私が入れたものです。放送用の卓だけがあって、何もない空っぽで。だけど、かつて使われていた雰囲気、空気感を作りたくて、機材やプラスチックのカゴ、書類的なものをひたすら集めて設置しました。本を映し出す機械は書画カメラといいますが、ほとんど学校でしか見ない機材なので手配して持ち込んでいます。

展示風景。実物を映す書画カメラの映像が壁に投影される
展示風景。実物を映す書画カメラの映像が壁に投影される

――道具はとても空間に馴染んでいるので、どれも元からあるモノと思いました! 私は小太鼓(パーランクー)を使うエイサーが好きでよく見に行くのですが、彼らの太鼓の音には「なにか」を呼ぶ印象を受けます。塩屋でも祭りにパーランクーを使うと知り、太鼓の音に関して冨安さんがどのように感じられたのか興味があります。

冨安:呼ぶ、確かにそうですね。ウンガミの中でも太鼓をいろんな場面で使っていました。ヌルが地域をまわる時も、「ドンドン」と叩いてまわり、ハーリーの船を呼ぶ時も太鼓の音を打ち鳴らしている。踊る時も太鼓を鳴らして。太鼓はとても重要な要素で、面白いと思いました。

――冨安さんは「こちら側の世界」と「あちら側の世界」の境目を探ることを制作のテーマにされています。沖縄だからできたことはありますか。

冨安:こちらの世界、あちらの世界というと来訪神の話になりますが、沖縄ではニライ・カナイ、いうなれば極楽浄土のような場所から神様がやってきて、繁栄を私たちにもたしてくれる信仰です。海の向こうから神様が渡ってくるという信仰は、世界中を探したら同じようなものがあるかもしれませんが、私が知る限り日本では沖縄と奄美諸島ぐらいにしかないと思うので、それを信仰のある土地で調べて、作品にできたのはここだからだなぁという実感はあります。

冨安由真さん。ロンドンでの在学中も墓地を訪ねていたそう。「沖縄のお墓、そして土葬にも興味があります」
冨安由真さん。ロンドンでの在学中も墓地を訪ねていたそう。「沖縄のお墓、そして土葬にも興味があります」

新しい挑戦と実験に挑めた、塩屋での制作

――リサーチにはどれぐらいの時間を掛けられましたか。ウンガミ体験では実際にヌルとお話もされたのですか?

冨安:本島北部のやんばるは遠いので頻繁に来るのは難しく、設営以外では下見を含めて訪問は3回です。遠隔でいろいろと調べました。ウンガミの日に限らず、私のような外部の人間がヌルとお話するのは難しいです。神に近い存在なので儀式のときに話しかけることはできません。ご家族以外が気軽に話せる感じはまったくなく、遠巻きに見るしかありません。場所、場所での祈りの文言も聞き取れなくて。真に霊的なものが入った状態で行われる儀式だと感じました。

――小学校は一度使われなくなった場所です。アートフェスティバルは旧小学校や地域に別の命を吹き込む取り組みでもありますが、他の芸術祭にも参加される冨安さんはその意義についてどうお考えですか?

冨安:地域芸術祭の参加は最近とても多く、古い家や廃屋に近いところで展示をしています。小学校の会場も多いです。制作では場所の「気」、雰囲気をすごく重視して、それらを起点にいつも作品を考えています。今回はウンガミが私の中ですごくマッチしたので、視聴覚室と合わせることができました。それ以外の展示では場所ありきで、空間を見て、その中でどういう作品ができるかを考えます。古い状態をそのまま残し、残置物があればそのまま使う。何もなかった場合には、逆に自分で新たにものを入れて、かつての状態を取り戻そうとします。

ヌルによる儀礼が行われる浜を空撮した映像作品を展示する放送室隣の部屋
ヌルによる儀礼が行われる浜を空撮した映像作品を展示する放送室隣の部屋

――今回は特別な信仰が大きな役割を果たしたということですね。

冨安:展覧会会場の旧塩谷小学校がまさに塩谷湾に位置していて、塩屋湾で行われるウンガミという儀式があって。歴史的に小学校は地域と密接に関わりがあったものだと思うんです。ウンガミと小学校自体が完全に切り離せないものだろう、と思うところはありました

――映像作品で投影される海は、どこの海ですか?

冨安:ウンガミの終盤で、ナガリと呼ばれる浜でヌルが行う儀礼があります。塩屋湾は入り江なので内側にありますが、ナガリ(兼久浜[ハニクバマ])があるのは外側の海です。地理的に西を向いています。当初はその儀礼を撮影したいと思いましたが、お祈りの撮影は難しく断念しました。でも、結果的に祈願の映像を使うことは(表現が)直接的すぎると思い直し、要素として切り離して表現したかったこともあり、普段のナガリの海を撮った映像をプロジェクションすることにしました。

大宜味村立旧塩屋小学校(大宜味ユーティリティーセンター)
大宜味村立旧塩屋小学校(大宜味ユーティリティーセンター)

――なるほど。それぞれが切り離されることで各要素が際立ち、実際の祭りはどんなものなのか想像をかき立てられます。やんばるでの経験が次作以降にどんな影響を与えそうでしょうか?

冨安:これまでリサーチ内容をベースとした作品をつくっては来ませんでした。例外的な過去作が原爆を扱った《影にのぞむ》です。祖父母が広島原爆の被爆者なので、このときは作家としてより被爆三世として今やるべきこととして取り組み、自分の中では普段の制作の流れとは切り離して発表しました。リサーチで得たことが作品に直接的に表現されることが自分の中でしっくりこなくて、避けていたんです。《おとずれるもの》では、初めてリサーチと普段の作風をミックスした方法を取ることができ、新しい挑戦や実験ができたかなと思っています。制作の可能性が今後、広がるかもしれません。

――沖縄ともこれからご縁が深まりそうですね。

冨安:はい、そうできたらうれしいです。一度、やんばるに来たことで様子がわかり、ほかの地域もハードルが下がりました。ただ、地元の方が大事に思う場所、お墓や御嶽[うたき]などにうかつに踏み入ってしまうのは怖いという思いはあって、慎重にしたいです。離島も含めていろんな場所を訪ねられたらいいなと思います。

やんばるアートフェスティバル 2024-2025
会場:沖縄県・大宜味村立旧塩屋小学校、大宜味村喜如嘉保育所、やんばる酒造ほか
開館時間:11:00〜17:00
会期:2025年1月18日(土)~2月24日(月・休)
休館日:毎週火曜、水曜 ※ただし、2月11日(火・祝)は開館
https://yambaru-artfes.jp

森 聖加

フリーランス編集者、ライター。沖縄初訪問から20年にわたり民謡を中心とした島の伝統芸能やまつりの取材を続けている。アメリカ黒人の歴史や文化についても書籍『歌と映像で読み解く ブラック・ライヴズ・マター』の編集、クエストラヴ著『ミュージック・イズ・ヒストリー』の監訳(藤田正との共監訳/いずれもシンコーミュージック・エンタテイメント刊)などで、音楽を中心としたポップ・カルチャーの視点から発信。文化、社会事象を分野をミックスしながら、わかりやすく伝えることをモットーに取材を続ける。

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