FEATURE

心を緩めて、チルな気分を満喫するオンリーワンの芸術祭
やんばるアートフェスティバル

「やんばるアートフェスティバル2024-2025」が、沖縄県本島北部地域各会場にて開催中

アート&旅

やんばるでも随一のロケーション、塩屋湾に面して立つメイン会場の大宜味村立旧塩屋小学校(右)。
方舟型のユニークな元体育館と校舎に、沖縄から、日本から、世界からアーティストたちが作品を届けた
やんばるでも随一のロケーション、塩屋湾に面して立つメイン会場の大宜味村立旧塩屋小学校(右)。
方舟型のユニークな元体育館と校舎に、沖縄から、日本から、世界からアーティストたちが作品を届けた

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構成・文・写真:森聖加

青い空と海、緑の山々が出会う場所。沖縄本島北部の山原(やんばる)と呼ばれる一帯は、世界自然遺産にも登録された、緑ゆたかな島本来の姿をいまなお残す。やんばる地域を主体に、本島各所を会場とする「やんばるアートフェスティバル」は今年で第8回目を迎え、2025年2月24日(月・休)まで開かれている。美しい入り江の塩屋湾(しおやわん)に面したメイン会場、大宜味(おおぎみ)村立旧塩屋小学校での展示を中心に、穏やかなオーラを放つアートフェスティバルの内容を紹介しよう。
※参加アーティスト、キュレーターは敬称略

伝説的グラフィックデザイナーの集団、Okinawa Graphic Designer's Classによる作品を展示する教室
伝説的グラフィックデザイナーの集団、Okinawa Graphic Designer's Classによる作品を展示する教室
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「やんばるアートフェスティバル 2024-2025」
開催地:沖縄県・大宜味村立旧塩屋小学校ほか
開催期間:2025年1月18日(土)〜2月24日(月・休)
「やんばるアートフェスティバル 2024-2025」作家インタビューはこちらから
【 FEATURE|インタビュー 】
来訪神信仰を起点に新たな表現に挑む、現代美術作家 冨安由真氏インタビュー

フレンドリーであたたかな風が吹く、地域芸術祭

ここにしかない「風」を視覚化。KYOTARO HAYASHI x Ryu《カタチをあたえる。》
ここにしかない「風」を視覚化。KYOTARO HAYASHI x Ryu《カタチをあたえる。》

「ただいま。」そんな言葉とともに、アーティストやキュレーターが毎年、大宜味村塩屋に戻ってくる。2017年の第1回から総合ディレクターを務める仲程長治(なかほど ちょうじ)は、そう穏やかに話した。あたたかな冬の沖縄、やんばるという緑ゆたかな土地に包まれながら、8年目を迎えた芸術祭は創作の羽を存分に広げる場所として定着しつつある。台湾から5度目の参加というキュレーター、林怡華(エヴァ・リン)も言う。「やんばるアートフェスティバルはフレンドリーな空気に満ちた、他にはない、私にとって特別な芸術祭です。また会えたね、と互いに再会の喜びを分かち合える雰囲気がとても好き。家族を連れて参加するアーティストもたくさんいて、家族がアーティストの創作活動に自然なかたちで触れられことができる極めてまれな、素晴らしい場所だと思います」

やんばるのありのままの色、そのままの姿を写す。仲程長治《山原本然》
やんばるのありのままの色、そのままの姿を写す。仲程長治《山原本然》

第8回コンセプトは、山原本然(やんばるほんぜん)。本然とは「生まれつき、自然のまま。本来そうあるべき姿」という意味で、激動する世界にあって「やんばるが、やんばるのままである限り、きっと大丈夫」との確信を込めたと仲程は述べた。会場は、大宜味村旧塩屋小学校、同喜如嘉(きじょか)保育所、国頭村・辺土名(くにがみそん・へんとな)商店街のほか、恩納(おんな)村、那覇市のサテライト会場を含む全11会場で展開。現代アート作品が並ぶエキシビション部門の「アートプログラム」にChim↑Pom from Smappa!Group、柏原由佳、冨安由真ら33組、沖縄の伝統工芸品を展示販売するクラフト部門に喜如嘉芭蕉布事業協同組合など22組が参加する。そんななかで、筆者個人の印象に特に残った作品を紹介したい。

沖縄のうつわにエジプトの紋様が? 新・琉球の富研究会《壺屋のエジプト-Foreigners Everywhere-》
沖縄のうつわにエジプトの紋様が? 新・琉球の富研究会《壺屋のエジプト-Foreigners Everywhere-》

鉄さえあれば何でもつくる。沖縄県内唯一の鍛冶屋「池村鍛冶屋」

石垣市を拠点とする池村鍛冶屋は、石垣島、ひいては八重山(やえやま)地方にただ一つ残る、鍛冶屋だ。八重山エリアの創作や美術工芸をリサーチして魅力を伝えるアートユニット、五風十雨(ごふうじゅうう)が《八重山之嘉例(かれい) 池村鍛冶屋のクロガニ》としてフィーチャーしたのは、池村鍛冶屋三代目の池村奏欣(やすよし)さん、74歳。昔ながらの鍛冶の技で島の人々の日常の道具をつくり続けている。その技は日本各地でも名高く、石垣島へと学びに来る人も多い。「本土では刀なら刀だけ、と専門があるでしょう? 沖縄の鍛冶屋は鉄さえあれば何でもつくる。だから『何でも屋さん』って言われているんですよ」と池村さん。

展示風景
展示風景
職人歴47年の池村奏欣さん。学びにくる弟子に対しては、持てる技を惜しみなく伝授している
職人歴47年の池村奏欣さん。学びにくる弟子に対しては、持てる技を惜しみなく伝授している

クロガニとは黒鉄、つまり鉄のことだ。戦後、物資がまるでなかった時代には車のバネやドラム缶、アメリカ軍による艦砲射撃(かんぽうしゃげき)に使われた砲弾まで材料にして、ナタ(鉈)やクワ(鍬)、ヘラ、ハンマー、サバニ舟のカスガイなどの道具をつくった。手に入る鉄なら何でも使って新しい命を吹き込み活用する池本さんの手法を、五風十雨のメンバーは「ブリコラージュ(あり合わせのものから新しい価値を創造する手法)」の例といい、その価値を広く発信する。

島のオバー御用達の、雑草を掘り起こして根こそぎにする「島ヘラ(草取りヘラ)」は、「竹富ヘラ」「波照間(はてるま)ヘラ」など島の名前が付けられ、長さも持ち手もさまざま。同じ八重山の島でも、島ごとに植生や地質が異なるゆえ、島民の使い勝手に合わせてつくっているから、とのこと
島のオバー御用達の、雑草を掘り起こして根こそぎにする「島ヘラ(草取りヘラ)」は、「竹富ヘラ」「波照間(はてるま)ヘラ」など島の名前が付けられ、長さも持ち手もさまざま。同じ八重山の島でも、島ごとに植生や地質が異なるゆえ、島民の使い勝手に合わせてつくっているから、とのこと

現在、復元工事が進む首里城で、瓦職人たちが赤瓦に漆喰を塗るコテ(ムチヘラ)も池村さんが「職人の使いやすさに合わせて、高さを調整してひとつ、ひとつつくっている」もの。沖縄のあらゆる暮らしのシーンを池村さんの手は支えてきた。

沖縄戦の記録をウチナーグチで世界へ

月桃の葉のモチーフで飾られた教室の真ん中に、ポツンと置かれた1台の机と椅子。近づいて腰を掛ければ、何やら声が聞こえてくる。声の主はインスタレーション作品の作者、ロドリゲス=伊豆見・彩(いずみ・あや)。作品《Okinawa's Tragedy: Echo from the Last Battle》内の企画「声にすること」は、1987年にウィリアム・T・ランドール氏により英語で、英語圏の人に向けて書かれた『Okinawa's Tragedy: Sketches from the Last Battle of WWII』(『沖縄の悲劇:第二次世界大戦最後の戦いのスケッチ』)のうち、第2章を沖縄方言であるウチナーグチに翻訳してロドリゲスが朗読したものだ。

『Okinawa's Tragedy』はもともと英語学習ツールとしてつくられ、イラストを父、ホセ・ロドリゲスが担当した。彼女は父を通じて同書を知り、メインストリームでは取り上げられることの少ない集団自決ほか沖縄戦での悲惨な現実、複雑な歴史を学んだ。沖縄戦をシンプルかつ直接的に記述する『Okinawa's Tragedy』をウチナーグチに翻訳することをずっと考えていたという。「声にすること」は人々の「声」を本来のウチナーグチにして世界へ届ける、ロドリゲスが2017年から取り組む『Okinawa's Tragedy』に関するプロジェクトを発展させたものである。

「声にすること」の展示風景。壁の絵画作品は父ホセの挿絵をもとにロドリゲス=伊豆見・彩が制作
「声にすること」の展示風景。壁の絵画作品は父ホセの挿絵をもとにロドリゲス=伊豆見・彩が制作

ロドリゲス=伊豆見・彩は、プエルトリコとキューバがルーツの父と、沖縄に生まれ育った母を両親にもつ。ニューヨークを活動拠点とし、普段は英語を話すから、ウチナーグチは初心者だ。だから、初めて『Okinawa's Tragedy』のウチナーグチ訳を読んだとき、とても難しく感じたと正直に打ち明けた。彼女は言う。

「展示のための録音は、何度も止まりながら読み進めたものです。テキストは英語で読んだときは13分でしたが、ウチナーグチ訳は40分かかりました。ウチナーグチのテキストはひらがなと漢字で翻訳されていますが、発音は日本語とはまったく異なるため、訳を読む行為は、音を出すために口と舌をどのように動かすかを学ぶことだと気づきました。文化的側面をいかに表現し、保存して未来へと伝えるかが重要なことなので、できる限り正確に発音できるよう多くの時間と注意を払いました。ウチナーグチで読む行為を通して、私自身が過去に根ざした文化に触れようと試みる“初心者”だと観客に示すことも大切にしました」

『Okinawa's Tragedy: Sketches From the Last Battle of WWII』(『沖縄の悲劇:第二次世界大戦最後の戦いのスケッチ』)。ウチナーグチ翻訳は崎原正志氏で、ロドリゲスが参考にできるように朗読した音声も提供してくれた。キュレーターの町田恵美がプロジェクトを支えた
『Okinawa's Tragedy: Sketches From the Last Battle of WWII』(『沖縄の悲劇:第二次世界大戦最後の戦いのスケッチ』)。ウチナーグチ翻訳は崎原正志氏で、ロドリゲスが参考にできるように朗読した音声も提供してくれた。キュレーターの町田恵美がプロジェクトを支えた

難しさはさておき、英語で刻まれた歴史をウチナーグチに訳し、声を与えるために朗読することは感動的なことだったと彼女は振り返る。そして、今回のテキストを英語話者がウチナーグチを学ぶための新しい学習ツールにしたいと考えるようになった。

「最終的には本を全編翻訳し、沖縄のディアスポラの人々を団結させる国際的な読書・言語学習グループを作って新規の読者に公開すること、ウチナーグチと本の物語が確実に保存されることを目指しています。翻訳に取り掛かることができたことはとても名誉なことであり、長い旅でした。沖縄への恩返しと同時に、新しい命を吹き込めたような気がします」。戦後80年を迎える今年、じっくりと耳を傾けたい作品である。
※故郷を離れ暮らす民族集団、移民や難民

「オジー自慢のオリオンビール」も、レジェンドたちの仕事

沖縄の時代を映す、Okinawa Graphic Designer’s Classの多彩な仕事。日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)のロゴマークも沖縄発信(右上)
沖縄の時代を映す、Okinawa Graphic Designer’s Classの多彩な仕事。日本グラフィックデザイン協会(JAGDA)のロゴマークも沖縄発信(右上)

沖縄を訪れたら、太陽照り付ける青い空の下で飲みたくなるのは沖縄オリジンの、オリオンビールだろう。ビールのパッケージほか一連の広告デザイン、1975年に開催された沖縄海洋博のポスター、たばこ「うるま」のパッケージなど、時代の息吹を切り取って、島をデザインしてきたのが沖縄グラフィックデザイン界のレジェンドたちだ。彼らが40年ぶりに再び集結して、沖縄グラフィックデザイナーズクラスとしてその代表作で教室を埋め尽くしている。デザイナーはアーティストじゃない、と当初レジェンドたちは展示を渋ったそうだが、泡盛を酌み交わして話すことで快諾の返事を得た、と担当者。畳敷きの教室で、くつろぎながら鑑賞できる。

屋外写真展―まちを歩いて、塩屋の祭りと歴史を体感

旧小学校を飛び出して、まち全体を屋外写真展の展示空間とするのは、アートコレクティブのkoou。北海道・白老町をベースとする彼らが、集落の中心拠点である塩屋売店と“ご近所さん”との対話から発展させた作品が《歩いて巡る屋外写真館 塩屋湾・ウンガミ》だ。ウンガミ(海神祭)は約500年もの歴史を誇る塩屋地区の伝統行事で、神事の多い沖縄のなかでも特別視される祭りのひとつ。koouのメンバーは集落のフィールドワークとリサーチから、ガジュマルの木がそびえる塩屋売店の前の広場が近所の人々の集いの場であると同時に、祭りにおいては相撲場となり、すぐ目の浜が「御願(うがん)バーリー」のゴール地点、青年浜であることを知る。
※塩屋の3地区の男たちが神様を載せた爬龍船[はりゅうせん]で競争し、豊穣と息災を祈る儀礼

塩屋売店脇の路地は青年浜からナガリと呼ばれる浜へ続く神道。カメラ目線の人物が宮城巌さん(左)
塩屋売店脇の路地は青年浜からナガリと呼ばれる浜へ続く神道。カメラ目線の人物が宮城巌さん(左)

売店前に集うご近所さんのひとり、宮城巌さんによれば、「海神さまを運ぶ御願バーリーではオールの動きが一番に大切で、男たちは櫂をそろえて漕がなくてはいけない。けれど、海に入った女たちが船におくる声援につい力がはいってしまうんだよ」と教えてくれた。地元の泡盛「まるた」をガジュマルの下で仲間たちと飲むのが宮城さんの日々の楽しみだ。配布されるマップを手に集落のさまざまなスポットをたどって、塩屋を体感したい。

塩屋売店の壁に展示された「ウンガミ」の写真
塩屋売店の壁に展示された「ウンガミ」の写真
塩屋集落にて
塩屋集落にて

沖縄も、県外も、海外も…チャンプルーして広がるフェスティバル

ドイツから参加のヘニング・ヴァーゲンブレト《マズーカの日曜日》
ドイツから参加のヘニング・ヴァーゲンブレト《マズーカの日曜日》
台湾出身で台北とブルックリンを拠点に活動する黄海欣(ホァン・ハイシン)《two shelves》
台湾出身で台北とブルックリンを拠点に活動する黄海欣(ホァン・ハイシン)《two shelves》

今回、エキシビション部門のキュレーションでは初めて「YAFキュラトリアル・コミッティ」が形成された。ディレクターの金島隆弘に加えて、ゲルベン・シェルマー(主に欧米圏の海外アーティストを担当)、林怡華(アジア圏の海外アーティストを担当)、町田恵美(主に沖縄県在住のアーティストを担当)、Yoshida Yamar(吉田山/沖縄県外アーティストを担当)という4人のキュレーター陣がそれぞれの関心を生かし、展示を多角的なものにしている。沖縄ならではのチャンプルー文化=ミックス・カルチャー精神を活かした、今後ますますの発展に期待が高まる。

やんばるアートフェスティバルは海岸沿いのドライブを楽しみながら巡りたい。写真は別会場の大宜味村喜如嘉保育所
やんばるアートフェスティバルは海岸沿いのドライブを楽しみながら巡りたい。写真は別会場の大宜味村喜如嘉保育所
大宜味村喜如嘉保育所で展示中の麥生田兵吾(むぎゅうだ ひょうご)《Edge Complex》
大宜味村喜如嘉保育所で展示中の麥生田兵吾(むぎゅうだ ひょうご)《Edge Complex》
やんばるアートフェスティバル 2024-2025
会場:沖縄県・大宜味村立旧塩屋小学校、大宜味村喜如嘉保育所、やんばる酒造ほか
開館時間:11:00〜17:00
会期:2025年1月18日(土)~2月24日(月・休)
休館日:毎週火曜、水曜 ※ただし、2月11日(火・祝)は開館

https://yambaru-artfes.jp

森 聖加

フリーランス編集者、ライター。沖縄初訪問から20年にわたり民謡を中心とした島の伝統芸能やまつりの取材を続けている。アメリカ黒人の歴史や文化についても書籍『歌と映像で読み解く ブラック・ライヴズ・マター』の編集、クエストラヴ著『ミュージック・イズ・ヒストリー』の監訳(藤田正との共監訳/いずれもシンコーミュージック・エンタテイメント刊)などで、音楽を中心としたポップ・カルチャーの視点から発信。文化、社会事象を分野をミックスしながら、わかりやすく伝えることをモットーに取材を続ける。

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