FEATURE

現代アートにしか表現できない多様な視点に触れる
1995年と2025年の今を往還しながら次の未来へ

阪神・淡路大震災30年 企画展「1995 ⇄ 2025 30年目のわたしたち」が、兵庫県立美術館にて開催中

内覧会・記者発表会レポート

兵庫県立美術館にて開催された本展の内覧会にて。6組7名のアーティストが、震災から「30年目のわたし」そして「わたしたち」を問いかける。左から、田村友一郎、森山未來と梅田哲也、やなぎみわ、米田知子、束芋(画像提供:兵庫県立美術館)
兵庫県立美術館にて開催された本展の内覧会にて。6組7名のアーティストが、震災から「30年目のわたし」そして「わたしたち」を問いかける。左から、田村友一郎、森山未來と梅田哲也、やなぎみわ、米田知子、束芋(画像提供:兵庫県立美術館)

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文・写真:赤坂志乃

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災から30年の節目にあたり、兵庫県立美術館で 阪神・淡路大震災30年 企画展「1995 ⇄ 2025 30年目のわたしたち」が開催されている。國府理、束芋、田村友一郎、森山未來と梅田哲也、やなぎみわ、米田知子の6組7人のアーティストが参加。さまざまなレイヤーから「震災から30年」を問いかける。

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阪神・淡路大震災30年 企画展「1995 ⇄ 2025 30年目のわたしたち」
開催美術館:兵庫県立美術館
開催期間:2024年12月21日(土)〜2025年3月9日(日)

兵庫県立美術館は、阪神・淡路大震災で被災した兵庫県立近代美術館を発展的に継承し、「文化の復興」のシンボルとして2002年に開館した。これまでも節目の年ごとに、被災した作家の作品や文化財の修復などに焦点を当てた震災関連展を行ってきたが、特別展示場での大規模な自主企画展は初めて。30年目を迎える今展は、「震災当日にこの地にいたかどうかは問わないこととし、次の段階として多世代、ジェンダーを自覚したラインナップ、より普遍性と説得力のある作家を求めた」と、林洋子館長。

30年を経て震災を知らない世代が増えているが、その間にも災害や紛争が世界中で起き続けている。明るい未来を想像することが難しい時代に、求められる希望とは何か。1965年から84年生まれで、震災当日の被災地からの距離も位置取りもさまざまなグラデーションのある6組7名の作家が、簡単には答えの出ない問いと向き合った。

田村友一郎のインスタレーション《高波》(2024)展示風景
田村友一郎のインスタレーション《高波》(2024)展示風景

震災が起きた1995年はどんな年だったのか。展覧会は、既存のイメージやオブジェクトを起点に作品づくりを行う田村友一郎のインスタレーション《高波》から始まる。長い廊下を能の橋がかりに、展示室を本舞台に見立て、能の演目「高砂」をベースにした本作は、松、窓(ウィンドウズ)、野球ボールなどを手がかりに、1995年の出来事を多層的な物語として立ち上がらせる。

1995年1月17日の神戸新聞朝刊
1995年1月17日の神戸新聞朝刊

うっかり見逃しそうな資料展示の部屋には、震災が起きる直前に刷られた1995年1月17日の神戸新聞朝刊の1面とテレビ番組欄が展示されている。実際に放送されたのは想像もしなかった震災報道。いつもの番組欄がパラレルワールドに思える。

国内外の戦争や震災の傷跡が残る地域を訪ね、制作を続けてきた米田知子
国内外の戦争や震災の傷跡が残る地域を訪ね、制作を続けてきた米田知子
米田知子《30年目、梨沙子と》(2024、作家蔵)
米田知子《30年目、梨沙子と》(2024、作家蔵)

土地やものに宿る記憶を写真によって浮かび上がらせてきた米田知子の作品は2室に分けて展示されている。最初の部屋に並ぶのは、亀裂の入った建物や散乱した靴底などモノクロームの震災まもない街の様子。10年を経て、穏やかな光に包まれたかつて被災者の遺体仮安置所だった学校の教室や瓦礫が撤去された空き地。そこに漂う人の気配と時間の流れが見る者に迫る。最後の部屋では、震災当日に神戸で生まれ間もなく30歳を迎える人にアプローチした新作を紹介。凛としたポートレートにそれぞれの人生と希望の光を感じる。

束芋による映像インスタレーション《神戸の家》(2024)
束芋による映像インスタレーション《神戸の家》(2024)
同《神戸の学校》(2024)
同《神戸の学校》(2024)

独自のアニメーションを用いた作品で知られる束芋は、神戸市北区の自宅で被災した当時の記憶の曖昧さを映像インスタレーション《神戸の家》と《神戸の学校》で表現した。「被害の大きさを知るまで、特別なシチュエーションに少しわくわくしていたのを覚えていますが、一緒にいた姉は余震ごとに泣いて怯えていた私を記憶していました。家が揺れた事実は一つなのに一人ひとりの記憶は異なり、それもまた変わっていく」と、束芋。記憶をたどるように指先が家の中を探し回る映像がシュールで引き込まれる。

やなぎみわ《女神と男神が桃の木の下で別れる》シリーズ(2016-17、作家蔵)と、同《Juggling with PeachesⅠ、Ⅱ、Ⅲ》(2024、作家蔵)展示風景
やなぎみわ《女神と男神が桃の木の下で別れる》シリーズ(2016-17、作家蔵)と、同《Juggling with PeachesⅠ、Ⅱ、Ⅲ》(2024、作家蔵)展示風景
美術家であり舞台演出家としても活躍するやなぎみわ
美術家であり舞台演出家としても活躍するやなぎみわ

続いて、暗闇の中にたわわに実った桃が妖しく浮かぶ、やなぎみわの写真シリーズ《女神と男神が桃の木の下で別れる》へ。古事記の女神イザナミと男神イザナギの物語がモチーフ。冥界へ下ったイザナミが、変容した姿をイザナギに覗き見られて怒り、逃げ出したイザナギを追跡するが、桃の実を投げつけられて冥界の出口、黄泉平坂(よもつひらさか)で2人は対峙する。奇妙な神話に基づく桃の実の写真作品は、2011年の東日本大震災後、やなぎが心を寄せ続ける福島で撮影された。

美術家であり舞台演出家としても活躍するやなぎは、この神話をさらに能の作品に移し変えた映像も出展。今後、特殊車両による野外の能舞台で上演するプランもあたためているという。

國府理《水中エンジン》(2017再制作、個人蔵/兵庫県立美術館寄託)展示風景
國府理《水中エンジン》(2017再制作、個人蔵/兵庫県立美術館寄託)展示風景
作品のドローイングも見どころの一つ
作品のドローイングも見どころの一つ

2014年に急逝した國府理は、水中で自動車のエンジンを稼働させる作品《水中エンジン》で知られる。東日本大震災による原子力発電所事故に着想を得たもの。不可能なことをあえて行おうとする矛盾は、便利で豊かな暮らしを求めて自然を破壊し続ける人類のありようと重なる。

《艀》および《浮標》制作風景(撮影:渡邉寿岳)
《艀》および《浮標》制作風景(撮影:渡邉寿岳)

俳優、ダンサーとして活躍し、近年神戸でアーティスト・イン・レジデンスを運営する森山未來は、インスタレーションや音響作品を手がける梅田哲也と共同で、本展の《浮標(ブイ)》と同時期開催の「注目作家紹介プログラム チャンネル15」に《艀》を出品。森山と梅田は神戸の街を歩き、様々な場所を訪ねてそこに暮らす人たちの声を聞き、作品を構想した。ふたつの作品は相互に関連し合い、六甲山から美術館、そして海へ、時空を超えた旅に誘う。

森山未來と梅田哲也による《浮標》の一部。
電話が鳴り、受話器を取ると、神戸で今を生きる人たちの声が流れる
森山未來と梅田哲也による《浮標》の一部。
電話が鳴り、受話器を取ると、神戸で今を生きる人たちの声が流れる

震災から30年を経て、今を生きる「わたしたち」を「希望」の出発点にと企画された本展。震災は何をもたらしたのか。これから何をもたらすのか。1995年と2025年の今を往還しながら次の未来へ、現代アートにしか表現できない多様な視点を与えてくれるだろう。

同館常設展示室では4月6日(日)まで、コレクション展Ⅲ 阪神・淡路大震災30年「あれから30年-県美コレクションの半世紀」を開催

福田美蘭《淡路島北淡町のハクモクレン》2004年 兵庫県立美術館
福田美蘭《淡路島北淡町のハクモクレン》2004年 兵庫県立美術館

同館では、特別展、チャンネル展と連動し、4月6日(日)まで常設展示室で、阪神・淡路大震災30年「あれから30年-県美コレクションの半世紀」を開催している。第1部では、震災をテーマとする所蔵品を中心に、美術品レスキューの取り組みなども紹介。第2部では前身の兵庫県立近代美術館から55年を迎え、これまでに収集した近現代美術のコレクションを展示している。

4階「風のデッキ」に青木野枝の鉄の作品《Offering/Hyogo》を常設設置

4階デッキにお目見えした青木野枝の《Offering/Hyogo》
4階デッキにお目見えした青木野枝の《Offering/Hyogo》

阪神・淡路大震災から30年を迎えるのを機に、公益財団法人伊藤文化財団からの寄贈により、震災を忘れないためのモニュメントとして、青木野枝の《Offering/Hyogo》が、4階「風のデッキ」に常設設置された。青木は鉄を素材にした作品で知られ、同館の開館記念展の出品作家でもある。無料で入れるエリアにあるので、Ando Galleryとともに訪ねてみたい。

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兵庫県立美術館|Hyogo Prefectural Museum of Art
651-0073 兵庫県神戸市中央区脇浜海岸通1-1-1 (HAT神戸内)
開館時間:10:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
会期中休館日:月曜日、2025年2月25日(火) ※ただし2025年2月24日(月・振)は開館

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