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時間、空間、心、その“すき間”に芽吹く
須田悦弘の世界

「須田悦弘」展が、渋谷区立松濤美術館にて、2025年2月2日(日) まで開催

内覧会・記者発表会レポート

《木蓮》須田悦弘  2024年 木に彩色 作家蔵
《木蓮》須田悦弘  2024年 木に彩色 作家蔵

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まるで本物の植物と見紛う精巧な木彫作品で知られる須田悦弘(すだよしひろ)。これまで国内外の様々な美術館などで作品を展示し、高く評価されている。その須田の個展が、渋谷区立松濤美術館で開幕した。意外にも東京都内の美術館での個展は25年ぶりとなる。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「須田悦弘」展
開催美術館:渋谷区立松濤美術館
開催期間:2024年11月30日(土)〜2025年2月2日(日)

そんな貴重な機会となる本展では、須田の代名詞でもある植物の作品はもちろん、初期作品やドローイングなど、これまであまり見る機会のなかった貴重な作品・資料が展示される。また、建築家・白井晟一の美意識が細部にまで行き届いた松濤美術館の独特な展示空間を活かした新作も制作され、須田悦弘の美の世界を存分に味わう展覧会となっている。

作品を前に説明を行う須田悦弘(左)
担当学芸員 大平奈緒子(右)
作品を前に説明を行う須田悦弘(左)
担当学芸員 大平奈緒子(右)

須田悦弘(すだよしひろ)

1969年、山梨県生まれ。1992年に多摩美術大学グラフィックデザイン科を卒業。1年間、日本デザインセンターで勤務した後、1993年、銀座のパーキングエリアで初個展「銀座雑草論」を開催。作家として活動を始める。
主な個展に原美術館(東京、1999)、アート・インスティテュート・オブ・シカゴ(2003)、国立国際美術館(大阪、2009)、千葉市美術館(2012)、ヴァンジ彫刻庭園美術館(静岡、2018)など。作品は東京国立近代美術館、国立国際美術館、ポンピドゥー・センター(パリ・フランス)、ナショナル・ギャラリー・オブ・カナダ(オタワ、カナダ)など、国内外の主要美術館に収蔵されている。

スルメから花や雑草の彫刻へ

展示風景(渋谷区立松濤美術館「須田悦弘」展)
展示風景(渋谷区立松濤美術館「須田悦弘」展)

空間の片隅にさりげなく、ひっそりと置かれる木彫の雑草。その控えめで静謐な趣は、ノスタルジックでもあり、また悠久の時間を感じさせる。そんな須田の彫刻家としてのキャリアは意外なことに「スルメ」から始まった。多摩美術大学のグラフィックデザイン科に進学した須田は、授業の課題で制作した《スルメ》をきっかけに木彫に興味をもち、独学で制作を始めた。当時、木彫の作家・舟越桂が活躍していたことも木彫への関心を高める一因であったという。

《スルメ》須田悦弘 1988年 木に彩色 作家蔵
©Suda Yoshihiro / Courtesy of Gallery Koyanagi
《スルメ》須田悦弘 1988年 木に彩色 作家蔵
©Suda Yoshihiro / Courtesy of Gallery Koyanagi

地下1階の展示室では、この記念すべき《スルメ》のほか、初めて植物をモチーフにした《チューリップ》など学生時代の作品や、2回目の個展で発表した《東京インスタレイシヨン》の展示も行っている。展示空間そのものも設計している点では、既存の空間の中に木彫の植物を置く現在の手法とは異なるが、空間と彫刻の関係という視点は、すでに須田の関心の1つとなっていることがわかる。

《東京インスタレイシヨン》 須田悦弘 1994年 ミクストメディア 山梨県立美術館寄託
本作は発表当時、銀座の駐車場を借りて展示された。極端に細長い空間に入った先には、朴(ホオ)の木の葉と実をかたどった作品が置かれている。周囲から切り離された空間の中で、一対一で作品と向き合う。
《東京インスタレイシヨン》 須田悦弘 1994年 ミクストメディア 山梨県立美術館寄託
本作は発表当時、銀座の駐車場を借りて展示された。極端に細長い空間に入った先には、朴(ホオ)の木の葉と実をかたどった作品が置かれている。周囲から切り離された空間の中で、一対一で作品と向き合う。

空間の“すき間”に咲く―白井晟一建築との共鳴

須田の作品は、いわゆる「展示室」だけが舞台とは限らない。本展のために須田は何度も美術館に足を運び、どこにどの作品を置くか美術館と検討した。普段は展示エリアとして使用しない場所での展示を希望する須田に、担当学芸員も最初は戸惑ったそうだ。しかし、そんな場所で作品と出会う驚きと歓びこそ、須田作品の最大の魅力だ。美術館を訪れたら、足元、天井、壁の隅、建物の外…あらゆるところに注目してほしい。

特に2階の展示室では、松濤美術館の独特な空間と須田の作品の共鳴が一層強まる。「壁が湾曲していたり、ベルベット素材の壁布や、ゆったりと座れるソファがあり、サロンのような空間」と語るように、須田は松濤美術館のこの唯一無二の空間を最大限活かす。

そして美術館全体にちりばめられた作品は、美術館の歴史や白井晟一の言葉とつながっている。また建物のどこかには、白井晟一の「黒いユリをみてみたい」という言葉から着想を得て作られた《クロユリ》も咲いている。

《クロユリ》 須田悦弘 2024年 木に彩色 作家蔵
《クロユリ》 須田悦弘 2024年 木に彩色 作家蔵

「建物にはたくさんの“すき間”がある。そのすき間が好き」と語る須田は、鑑賞者の意識から外れるような場所に、そっと作品を置いてみせる。誰にも気づかれないかもしれないほどにひっそりと存在している植物を見つけた時、見る者の心の“すき間”と結びつき感動をもたらす。

いにしえの時間の“すき間”を埋める―古美術の補作

さらに本展では、近年手掛けている「補作」の仕事にも注目する。古美術の欠損部を補う「補作」の仕事は、杉本博司の依頼から始まった。鎌倉時代の神鹿像をはじめ須田が補った作品は、一見しただけではオリジナル部分と補作部分の見分けがつかないほど精巧だ。

《春日若宮神鹿像》《五髷文殊菩薩掛仏》 須田悦弘補作(角・榊・鞍・ 瑞雲)  
鎌倉時代 (13~14世紀)の《春日若宮神鹿像》の角、榊、鞍、瑞雲を須田が補作した。
公益財団法人小田原文化財団
《春日若宮神鹿像》《五髷文殊菩薩掛仏》 須田悦弘補作(角・榊・鞍・ 瑞雲)  
鎌倉時代 (13~14世紀)の《春日若宮神鹿像》の角、榊、鞍、瑞雲を須田が補作した。
公益財団法人小田原文化財団

「昔の作品は、実際に手に持ってみると、想像している以上に軽い」と語る須田。虫食いや乾燥で見た目以上に軽くなった古美術に対し、実際に手に持つことで知ることも多いと言う。自らの手で時間の経過を敏感に感じ取り、長い時間の経過を内包したモノに寄り添い、何ら主張することなく、あたかも元からその姿であったかのように、失われた“すき間”を埋める。その制作態度は、職人のようでもあり、敬虔な仏師のようでもある。

須田の作品を見る時の感動は、圧倒されるというより、じんわりと感じ入るような実にささやかな心の動きだ。しかし、そのささやかな感動によって、それまで見ていた世界がまるで別物に思えるような転換をもたらす。「今、ここにいること」「今、ここにあること」―その単純な事実こそが、何にも代えがたいほど尊いことだと気づく。その小さな奇跡こそ、須田があらゆる場所の“すき間”に、花を、雑草を、咲かせる意義なのかもしれない。ぜひ本展で、“すき間”の中に息づく須田悦弘の世界に身を浸してほしい。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
渋谷区立松濤美術館|THE SHOTO MUSEUM OF ART
150-0046 東京都渋谷区松濤2-14-14
開館時間:10:00〜18:00 ※毎週金曜日は20:00まで(最終入館はいずれも閉館30分前まで)
会期中休館日:月曜日、12月29日(日)~1月3日(金)、1月14日(火) ※ただし、1月13日は開館。

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