心の理想の在り方を求めて―
絵画・工芸作品に見る、日本における儒教の受容
「儒教のかたち こころの鑑―日本美術に見る儒教―」が、サントリー美術館にて2025年1月26日(日)まで開催
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「生活の中の美」をコンセプトに、これまで様々なジャンルの展覧会を開催してきたサントリー美術館。同館が開館以来初となる「儒教」をテーマにした「儒教のかたち こころの鑑―日本美術に見る儒教―」展を開催した。
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- 「儒教のかたち こころの鑑―日本美術に見る儒教―」
開催美術館:サントリー美術館
開催期間:2024年11月27日(水)〜2025年1月26日(日)
儒教は、紀元前6世紀の中国で誕生した思想で、孔子(前552/551~前479)が唱えた教説と、その後継者たちの解釈を指す。日本には4世紀には伝来したといわれ、仏教よりも早く伝わり、宮廷において為政者の理想の姿を学ぶ学問として尊ばれた。本展では、天皇、公家・武家ら為政者から、禅僧、そして民衆に至るまで、日本における儒教の受容の様相を、絵画・工芸作品からひも解く。
後水尾天皇の宮中ゆかりの品も展示
本展は、『論語』の注釈書で、完本としては現存最古の重要文化財『論語集解(ろんごしっかい)』で幕を開ける。本書は元応2(1320)年に教円(きょうえん)という人物が書写したもので、江戸時代に尾張藩の国学者・神村忠貞(かみむら たださだ)が所蔵し、後に尾張徳川家に献納された。
「子曰く学びて時に之を習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや」(学んだことを時に応じて反復し理解を深める、これもまた楽しいことではないか)―この言葉から『論語』は始まる。本書は、何千年にもわたり人々が繰り返し学び、理解を深めようとしてきたことを示す貴重な資料で、儒教の教えを体現するようだ。
第1章では、宮殿や城郭の室内を飾った儒教思想に基づく作品群を紹介する。「善を勧め悪を戒める」意味を持つことから「勧戒画(かんかいが)」と呼ばれる作品は、「為政者の心構え」を説くものとして重んじられてきた。特に襖絵や屏風などの大画面作品は、絵師にとって最も格式高く重要な仕事であったため、狩野派をはじめ時代を代表する絵師たちが存分に腕を振るい、精巧で格調高い作品が生まれた。
たとえば、御所の中でも最も格式の高い紫宸殿において、高御座(たかみくら=天皇の座)には、一対の松、狛犬、獅子、負文亀(ふぶんき/ふみおえるかめ)、そしてその左右に古代中国の賢臣・聖人が並ぶ図様が描かれてきた。本展では、慶長十八年に紫宸殿が造営された際に制作された、狩野孝信による《賢聖障子絵》が展示されている。本作は現存最古の《賢聖障子絵》となり、江戸時代初期の後水尾天皇(在位:1611~1629)の背後を飾っていたと考えられる。
他にも宮中儀式の1つで、孔子と儒教の先哲を先聖・先師として祭る釈奠(せきてん)と呼ばれる儀式の様子を記した絵巻も紹介され、宮中でいかに儒教が重んじられていたかがうかがえる。
仏教と調和し、元号の典拠にも
儒教は、必ずしも為政者のためだけのものではない。13世紀以降には、為政者のブレーンとして活躍した禅僧たちが積極的に儒教を学んでいた。第2章では、「儒教、仏教、道教の根源は同じ」とする三教一致思想に基づく絵画作品や、中世に成立し、日本最古の学校である足利学校に伝わる書物などが展示されている。
特に注目したいのが、国宝『尚書正義(しょうしょせいぎ)』だ。『尚書』とは、儒教の経典として最も尊重される5つの経書、五経のうちの『書経』のことで、『尚書正義』はその注疏本(「注」は経を解釈したもの、「疏」は注をさらに解釈したもの)で、本作は上杉憲実が足利学校に寄進したものだ。
実は、『書経』は現代の私たちと非常に密接につながっている。というのも「昭和」「平成」という元号は、それぞれ「百姓昭明協和萬邦」「地平天成」という本書の一節からとられているのだ。
大名たちが湯島聖堂に献納した名品
江戸時代になると、幕府は儒学者を重用し、武士から民衆に至るまで朱子学(朱熹によって唱えられた儒教の中の解釈)を学ぶことを奨励する。寛永9(1632)年には、林羅山が上野・忍岡の私邸内に孔子廟を作り、元禄3(1690)年に5代将軍・徳川綱吉がそれを湯島に移したことで、翌年に現在の湯島聖堂が建立された。
湯島聖堂には、各大名から献納された品々が伝わっている。その中には、先述の宮中儀式「釈奠(せきてん)」の際に用いられる器種もあり、本展では井伊家、前田家、蜂須賀家などの献納品が並ぶ。
錦絵や物語に潜む儒教思想
民衆の間でも儒教の教えが浸透すると、鈴木春信ら浮世絵師たちによって、儒教の教えに基づいた作品、儒教思想を見立てとした(いわばパロディ)作品も生まれた。中でも、儒教の教えを重んじ孝行を推奨した中国で伝えられてきた24人の物語「二十四孝」は多く取り上げられたテーマだろう。
さらに歌舞伎や読本などの世界でも、儒教思想が物語の重要なモチーフとなる作品が生まれた。曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』では、「犬」の字を名前にもつ8人の犬士たちが持つ玉には、それぞれ「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」という儒教における8つの徳目が表されている。また、歌舞伎の三大狂言の1つ『仮名手本忠臣蔵』は、実際に起きた赤穂事件を題材にしており、君臣の忠孝の精神をテーマにした作品としては、最も有名な作品だ。
儒教の教えは人々の間に浸透し、またその思想を反映した絵画や工芸、物語は、日常に溶け込み長く人々の心に“理想の在り方”を訴えてきた。年末年始のこの時期、自己を振り返る機会もあることだろう。『論語』に登場する「温故知新=故(ふる)きを温(たづ)ねて新しきを知る」の言葉の通り、今改めて儒教の世界に触れてみれば、新鮮な発見があるかもしれない。