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「春画」ー秘するがゆえに溢れる愉悦の美

「美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-」が、細見美術館にて2024年11月24日(日) まで開催

内覧会・記者発表会レポート

喜多川歌麿「夏夜のたのしみ」(部分)個人蔵【通期展示】
喜多川歌麿「夏夜のたのしみ」(部分)個人蔵【通期展示】

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男女の性愛の様子を描く春画。長らくタブー視されてきたこの分野が一躍脚光を浴びたのは2013年、イギリス・大英博物館で開催された「春画 日本美術の性とたのしみ」だった。日本の春画という、艶やかで大らかな美の世界に世界が圧倒されると、2015~16年には、東京・永青文庫と京都・細見美術館で日本初の「春画」展が開催され、その存在が広く知れ渡った。

その後、様々な美術館で観る機会も増え、ようやく市民権を得た春画を、新たな切り口で紹介する展覧会が細見美術館で開幕した。「美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-」では、1点物である「肉筆春画」を中心に、これまで存在は知られながらも展示される機会のなかった作品や、日本初公開となる作品など、厳選された約70件の作品が集う。

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美しい春画-北斎・歌麿、交歓の競艶-
開催美術館:細見美術館
開催期間:2024年9月7日(土)〜11月24日(日)

名だたる浮世絵師が趣向を凝らした春画

春画は決して限られた絵師だけが描いたタブーの分野ではない。喜多川歌麿、歌川広重、葛飾北斎をはじめ、誰もが知る浮世絵師たちが春画を手掛けている。江戸に限らず上方でも春画は盛んに描かれており、「菱川西川湯具のさらし場(江戸の菱川師宣や、上方の西川祐信の春画はまるで腰巻を洗って陽にさらしている場のようだ)」という川柳が残るほど、春画は盛んに描かれていた。

月岡雪鼎「月次春画花卉画帖」より ミカエル・フォーニッツコレクション【頁替あり】
月岡雪鼎「月次春画花卉画帖」より ミカエル・フォーニッツコレクション【頁替あり】

本展では、まず「上方春画の世界」と題し、江戸時代初期の春画作品から始まり、18世紀に上方で活躍した月岡雪鼎(つきおかせってい)の春画を中心に、バリエーション豊かな春画の世界を展観する。

雪鼎の「月次春画花卉画帖」では、十二ヶ月の季節の移ろいと男女の交歓を見開きで楽しむ画帖形式の作品で、春画の上部には、季節の花と2枚の色紙型が描かれている。これは平安時代に和歌と絵を共に楽しむ形式を踏まえており、王朝の典雅な美への憧れと、春画の世界が融合する。

享保7(1723)年、出版の規制によって春画は非合法出版になる。しかしそれは言い換えれば「検閲を受ける必要がない」、つまり「摺りが奢侈(しゃし)かどうかの規制を受けない」ことであった。非合法であるからこそ、美人画など他の分野と比べて手の込んだ制作をすることができたという訳だ。「秘するが花」ではないが、春画は秘するがゆえに華麗になっていった。

鳥文斎栄之「貴人春画巻」(部分) 個人蔵【巻替あり】
鳥文斎栄之「貴人春画巻」(部分) 個人蔵【巻替あり】

そうして、錦絵の祖とされる鈴木春信、洗練された女性の全身座像で人気を博した鳥文斎栄之、長身の女性像で人気となり、後に歌舞伎の絵看板を手掛ける鳥居派の祖・鳥居清長、役者絵で活躍した歌川国貞、奇想の絵師として人気の高い歌川国芳…と、名だたる浮世絵師たちが、自身の強みを活かした独自の春画を手掛けた。本展では、その多彩ぶりを存分に堪能することができる。

掛け軸で楽しまれた春画

春画の形態として多いのは絵巻や画帖だ。これは本来1人で鑑賞することを想定されており、春画という画題の特性を考えれば至極妥当だろう。しかし、本展では掛け軸という春画の世界では規格外とも言える大型の作品が展示されている。喜多川歌麿の「夏夜のたのしみ」では、若い男女がくつろいだ様子で悦びに浸っている。女性の浴衣の濃い藍色と襦袢の赤色が、若くはつらつとした二人の肌を一層引き立てている。

喜多川歌麿「階下の秘戯」(部分)似鳥美術館蔵【通期展示】
喜多川歌麿「階下の秘戯」(部分)似鳥美術館蔵【通期展示】

一方、歌麿の「階下の秘戯」では、どこかの料亭(茶屋)だろうか、階段の途中で行為に及ぶ男女と、それに触発された女性が階下で1人悦楽に耽る様子という、対比的な構造が秀逸だ。本作は、同じく料亭を舞台にした掛け軸の作品《深川の雪》(岡田美術館所蔵)と、料亭という舞台が似ていると指摘されている。縦54.8cm×横68.8cmという大きな春画を、一体どのようなシチュエーションで鑑賞していたのか詳細は分かっていないが、春画の受容を考える上で非常に興味深い。

北斎の傑作春画3点を比較して鑑賞

そして、本展で特に注目したいのは、北斎の春画として最も有名な『浪千鳥』、その『波千鳥』と同じ墨摺主版を用いた『富久寿楚宇(ふくじゅそう)』、そして、北斎自身の筆とされる幻の名品「肉筆浪千鳥」の3作品の同時公開だ。

『浪千鳥』と『富久寿楚宇』の展示風景
同じ図像だが、肉筆と版木による違いで印象が大きく異なる。それぞれの魅力を見比べながら鑑賞することができる。
『浪千鳥』と『富久寿楚宇』の展示風景
同じ図像だが、肉筆と版木による違いで印象が大きく異なる。それぞれの魅力を見比べながら鑑賞することができる。

『富久寿楚宇』が線も彩色も全て木版で作られているのに対し、『浪千鳥』は主線こそ版木によるが、筆で彩色されている。木版と肉筆の併用という特異な技法で描かれた『波千鳥』は、交わる男女の濃密な時間が表されている。特に、乱れた着物の強烈な色彩と、ほのかに紅潮する白い肌の対比は、うっとりとしてしまう。

葛飾北斎「肉筆浪千鳥」より(部分) 個人蔵【通期展示】
葛飾北斎「肉筆浪千鳥」より(部分) 個人蔵【通期展示】

そして「肉筆波千鳥」は、線も彩色も全て肉筆によって描かれており、その濃密さはさらに高まる。女性の唇は笹紅(紅を重ねて緑色に輝かせる化粧法)で表されるなど細部まで細やかに表現され、背景は白雲母が施されるなど、一点物に相応しい手の込んだ作品だ。北斎春画の受容と魅力を余すところなく伝えてくれる逸品が集結するこの機会は、見逃せない。
                  
「春画」という画題の性質上、描かれた場面のシチュエーションや、男女の姿態(体勢)に注目してしまいがちだが、本展では、「美しい春画」というタイトルに違うことなく、際どい場面であっても、その描写の美しさに目を奪われる作品が多く展示されている。秘められた愉悦の瞬間、その1枚に込められた絵師のセンスと技の粋に注目したい。

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細見美術館|HOSOMI MUSEUM
606-8342 京都府京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)、展示替期間、年末年始

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