厳格さと温かさが巧みに併存する
デンマークの革新的タイムレス・デザイン
「ポール・ケアホルム展 時代を超えたミニマリズム」がパナソニック汐留美術館にて2024年9月16日(月)まで開催

Photo of Courtesy of FRITZ HANSEN
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構成・文・写真:森聖加
デンマーク・デザインの正統な系譜に連なりながら、スチールに代表される工業素材にいちはやく着目し、革新をもたらした家具デザイナー、ポール・ケアホルム(1929-1980)の展覧会が東京のパナソニック汐留美術館ではじまった。本展覧会は、北欧をはじめとする椅子の研究に長年取り組んできた織田憲嗣氏(おだ・のりつぐ/東海大学名誉教授)のコレクションを中心にケアホルムの主要作品を網羅し、活動の全貌を伝える日本の美術館では初の試みとなる。時を超えて愛され続ける、造形の美の一端をここでは紹介する。
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- 「織田コレクション 北欧モダンデザインの名匠
ポール・ケアホルム展 時代を超えたミニマリズム」
開催美術館:パナソニック汐留美術館
開催期間:2024年6月29日(土)〜9月16日(月・祝)
卒業制作でのデザインがのちの代表作に。「早熟な天才」
北欧の家具といえば、熟練職人によるハンドクラフトの木製家具を思い浮かべる人は少なくないだろう。そうしたなか、ひときわ異彩を放つのがポール・ケアホルムによる家具の数々だ。彼は、デザイン史において「ミッドセンチュリー」と呼ばれる20世紀なかば、デンマーク家具の黄金時代に家具デザイナーとして出発。以降、51歳という若さで亡くなるまで独自のデザイン哲学に基づく、多くの家具を発表し続けた。
展示は「1. ORIGINS 木工と工業デザインの出会い」と題する章からはじまる。幼少期から絵を描くことが得意だったケアホルムの夢は画家になることだった。しかし、怪我が原因で左足に不自由を抱えた彼の将来を心配した父の勧めで、10代なかばで木工家具製作の修業の道へ。19歳で家具製作マイスターの資格を取得した。

左の一体成型の椅子が《プライウッド・ラウンジチェア(PK 0)》の現行品
さらに、家具デザインと建築の勉強を深めるため、コペンハーゲン美術工芸学校に進学。ここで、ハンス・J・ウェグナーに出会う。《ザ・チェア》《CH24》(通称Yチェア)などで知られるもうひとりのデンマークを代表するデザイナーは、ケアホルムの才能を高く評価して、その在学中から自身の事務所に雇い入れた。つまり、ケアホルムは木工職人としてキャリアをスタートし、ウェグナーら先人の教えを受けてデンマーク家具の本質に対する理解を深めながら、工業デザインへと軸足を移していった。
織田氏はいう。「工業製品として、一般の人々が優れた家具を手軽に使えるようすることがケアホルムの考えでした。いかに(家具を構成する)要素を少なくするか。このテーマにのっとり、厳格なデザインを追求したのです」。
ケアホルムが当時の新素材、スチールほか工業材料への関心を高めたのは、時代に即した自然な成り行きだった。ウェグナーの課題に応じてデザインされた卒業制作の2つは、のちに代表作となる製品のプロトタイプで、章の冒頭に並ぶ。1枚の鉄板から切り出されたフレームとフラッグ・ハリヤードというロープのみで構成される《エレメントチェア(PK 25)》と、三次元曲面をもつ成形合板の椅子《プライウッド・ラウンジチェア(PK 0)》だ。ここに集約された「早熟な天才」(川北裕子学芸員の弁)の起源をしかと味わってから、先へ進もう。

北欧の人々の生活と、ものの考え方を概観する展覧会
本展は、会場構成を建築家の田根剛氏(ATTA)が手掛けた。フランスを拠点に活動し、世界的に活躍する人物は、実は東海大学で織田氏に薫陶を受けたひとりだ。「混沌とする時代のなかで、デザインの考えがいっそう大切になっています。第二次大戦後、工業化が進む中でのものづくりのエネルギー、美を崇高なものへと高めたケアホルムの精神は〈タイムレス〉という言葉に象徴されます。北欧の人々の生活と、ものの考え方を概観できる展覧会です」と田根氏。
初期代表作と人間としての成長を含め、ケアホルムの人生を走馬灯のように紹介した章に続く「2.DESIGNS 家具の建築家」は、一変してモノクロームの空間に。ケアホルムのデザインの骨格をくっきりと浮かび上がらせ、その思考と造形の美に没入させる仕掛けだ。ケアホルム作品のスチールはマット仕上げゆえに、光の反射がグラデーションとなり美しさを放つ。漆黒の空間で、それらはより際立つだろう。東海大学では織田氏が体育館にそのコレクションを並べて学生に本物を体感させたそうで、同じスタイルをイメージして会場を構成した田根氏はいう。

デンマーク国内のみならず、海外の芸術運動やデザイナー、建築家の仕事にも触発されたケアホルム。《PK 22》は、そんな彼が尊敬したミース・ファン・デル・ローエの《バルセロナチェア》の考えを受け継ぐ。時を経て残るデザインには、残るだけの理由がある。過去の優れたデザインに学び、現代の暮らしに合うよう改善を図って、優れたデザインを世界中に広めることを試みたのだ。

「3.EXPERIENCES 愛され続ける名作」は、実際の建築空間に置かれたケアホルム作品を知る章だ。プライベート空間ではデイベッドとして使用される《PK 80》は、公共では日本の国立新美術館など、大勢の人が実際に利用できる場所に置かれている。ここまで多くの椅子を眺めてきた展示は最後に、鑑賞者が実際に体感できる機会を提供。常設展示の「ルオー・ギャラリー」にケアホルムの椅子が並び、座りながらジョルジュ・ルオーの絵を鑑賞できる。
「本物は人間の精神を育てる。名作は人間の振る舞いを要求する」と話す織田氏。名画と名作が生む時間の贅沢も合わせて楽しみたい。
