“かなの頂点”《高野切》がお披露目
麗しき古筆の世界をさまざまな切り口で深堀りする
企画展「古筆切 わかちあう名筆の美」が、根津美術館にて2025年2月9日(日)まで開催

※本記事内、所蔵先のクレジット表記がない作品は、全て根津美術館所蔵(展示室内は撮影禁止。特別な許可を得て撮影)
内覧会・記者発表会レポート 一覧に戻るFEATURE一覧に戻る
古筆とは本来「古の人の筆跡」を意味するが、茶の湯の世界では、特に「平安時代から鎌倉時代に歌書を中心とした和様の書」を意味する。室町時代以降になると、茶の湯の流行や鑑賞のために古筆を愛好する人が増えたことで、本来巻子(かんす)や冊子などまとまった形であったものを、ページごと、あるいは紙の継ぎ目ごとなどに切断し、別々に所有されるようになった。それが「古筆切(こひつぎれ)」だ。
作品を切断すると聞くと、現代の文化財保存の視点からは悪しきことに聞こえるが、「古筆切」となったことで、より多くの人が眼にし、古筆の魅力に触れる機会が増えたことも事実だ。
根津美術館で開幕した、企画展「古筆切 分かち合う名筆の美」では、同館が新たに所蔵した《高野切》をはじめ、館所蔵の優れた古筆切の数々が紹介されている。
- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
- 企画展「古筆切 分かち合う名筆の美」
開催美術館:根津美術館
開催期間:2024年12月21日(土)〜2025年2月9日(日)
古筆切の世界を体感できる展示
現在私たちが眼にする「古筆切」の多くは掛軸に仕立てられているが、もちろん最初からこの姿ではない。元々は巻子や冊子、懐紙の状態であった。本展では、まず「切断」される前の状態を重要文化財《古今和歌集》などから紹介する。

画像手前:重要文化財《古今和歌集》 藤原為氏筆 1帖 紙本墨書 日本・鎌倉時代 文応元年(1260)
古筆切は、多くの場合『古今和歌集』などの勅撰和歌集、あるいは私歌集の歌が書かれている。こうした品々が切断されるに至った経緯は様々だが、大きな理由の1つに茶の湯の隆盛がある。茶の湯において床に飾る掛軸として、和歌を記した書が求められるようになり、床の間に飾ることができるように、切断し、必要に応じて掛軸に仕立てられるのだ。

展示室では、そうした茶の湯文化における古筆切の受容をイメージできる展示も行われている。茶室の床飾りを模した展示では、後鳥羽上皇の熊野詣の折に那智社で催された歌会で書かれた二首懐紙のうち、後半部分を切り取った《落葉色紙》(伝 西行筆)が飾られている。

たっぷりと墨が乗り、1文字がしっかりと書かれている箇所と、細い線で字を連ねて書かれている箇所が併存しており、平安期の優美な書風から、後の武士の時代の好みである大胆さ、力強さが加わった書風へと変わる過渡期にあたることを物語っている。
“かなの頂点”《高野切》のお披露目
本展のメインビジュアルにもなっている《高野切》は、“かなの頂点”とも称される、古筆切の中でも名品の1つだ。その《高野切》が根津美術館の新たなコレクションに加わった。

『古今和歌集』巻十九に収録されている旋頭歌4首すべてが書かれている点でも貴重な作品。
《高野切》は、『古今和歌集』の写本の断簡としては現存最古で、断簡の一部が高野山に伝来したことから、つれ(=同一の作品から分割された古筆切同士を指す)も全て「高野切」と呼ぶ。《高野切》は3人の筆者が想定されており、本作は第3種とされている。雲母砂子(きらすなご)を蒔いた高雅な料紙に、軽やかで流れるような文字が優美で心地よく、“かなの頂点”の称号に相応しい格調高さを湛える。本作の隣には《高野切》の筆者(第1種)と考えられる作品も並び、《高野切》の風情を感じ取りたい。
書体の違い、料紙装飾にも注目
「和様の書」「古筆切」と聞くと、《高野切》のように、文字が連綿と続く、細く優美な書風がイメージされるが、その中でも筆者のクセが感じられる作品もあれば、実用性も兼ねて一文字一文字がより明瞭に書かれたものもあり、本展ではそうした書風の違いも紹介している。

左:《長谷切(和漢朗詠集 巻上断簡)》 藤原教長筆 1幅 紙本墨書 日本・平安時代 12世紀 植村和堂氏寄贈
また写真の《今城切》と《長谷切》は、筆者が分かる貴重な作品だ。国宝《伴大納言絵巻》の詞書の筆者として知られる藤原教長(のりなが)によるもので、古今和歌集の歌を書いた《今城切》では、文字を連結させ流麗な書風だが、和漢朗詠集の歌を書いた《長谷切》では漢字一字ずつ独立させて書いており、内容によっても書風を変えている点が興味深い。

右:《石山切(伊勢集断簡)》 伝 藤原公任筆 1幅 彩箋墨書 日本・平安時代 12世紀 個人蔵
そして、料紙装飾も古筆切の世界を彩る重要な要素だ。写真の2点の《石山切》は、複数枚の紙を破いて繋ぎ合わせる「破継(やぶりつぎ)」の技法が用いられている。白と青のコントラストが強い作品は、平安期の作とは思えないほどモダンだ。一方、白と茶色のグラデーションが見事な作品は、5枚の紙を継いでおり、当時の技と美の粋が凝縮されている。こうした趣向を凝らした料紙に、能書家たちがどのように文字を置いているか、どのような書風で書いているかに注目してほしい。
誰が鑑定しているの?名前の由来は?―素朴な疑問に答えるコラム展示
本展ではコラム展示として、さまざまな切り口から古筆切の世界をひも解いている。例えば「極札」では、《松葉屋色紙》に付属する極札(きわめふだ、いわゆる鑑定書)も、作品と併せて展示されている。古筆切を愛好する人が増えることで、古筆切の鑑定を行う職種が誕生し、鑑定を行う者を「古筆見(こひつみ)」と呼んだ。古筆家は、古筆了佐(りょうさ)を初代とする古筆鑑定を生業にする家系だ。

また、「高野切」など「〇〇切」という名称の由来を、実際の作品と共に解説している。《本阿弥切(ほんあみぎれ)》のように、かつての所有者の名前から名づけられたり、《下絵朗詠集切》のように、書かれている内容によるものなど、その由来はさまざま。

「御蔵切」の名称の由来は、しかるべき家の御蔵に伝来したからと考えられる。
同時開催のテーマ展示「一行の書」も必見
流麗な古筆切の世界を堪能した後は、それまでとは打って変わった書の世界が広がっている。同時開催の「一行の書」の展示では、禅僧による一行書をはじめ、様々な“一行の書”を紹介する。

茶の湯では、特に大徳寺の僧による一行書が求められた。茶席で見て覚えて帰ることができる一行書が好まれたと考えられる。
繊細に流れるように書かれた古筆切とは異なり、闊達な筆遣いによる“一行の書”の数々は力強く、書かれた内容も含蓄あるものだったり、機知に富んだものだったりと、書き手の個性や想いが端的に表現されている。一口に「書」と言ってもその表現は無限であることに改めて気づかされる。
1000年以上の時を経ても、なおその麗しい姿を見せてくれる古筆切。本来の形から紙は切断されてしまったが、だからこそ、その名筆の美は守り継がれてきた。新しい年を迎えたこの時期に改めて、古の人々が憧れた古筆の美を分かち合いたい。
- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
- 根津美術館|the Nezu Museum
107-0062 東京都港区南青山6-5-1
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
会期中休館日:月曜日、1月14日(火)※ただし1月13日(月・祝)は開館