円山応挙《雪松図屏風》と能面・能装束の華麗な共演
「国宝 雪松図と能面×能の意匠」展が、三井記念美術館にて2024年1月27日(土)まで開催
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円山応挙の代表作である国宝《雪松図屏風》を所蔵する三井記念美術館では、年末年始の時期に本作を展示しており、美術館の冬の風物詩となっている。毎年さまざまな切り口で多様な作品との共演をしてきた《雪松図屏風》だが、今年は同館が誇る能面・能装束と共演する。
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開催美術館:三井記念美術館
開催期間:2023年12月8日(金)〜2024年1月27日(土)
国宝《雪松図屏風》と能装束の華麗な共演
本展は「能面の表情」、「《雪松図屏風》と能装束の共演」、「新収蔵・橋岡一路の能面」の3つのテーマで構成されている。
まずは本展の主役である《雪松図屏風》を紹介しよう。金泥による背景で、そびえ立つように堂々とした松の姿。細かな金箔によって表された霞から、太い幹をしなやかに曲げながら伸びる松の姿は、まるで雲の合間から姿を見せ天空へと昇る龍のごとき威容だ。写生を得意とした円山応挙らしい立体感や量感を感じさせる描写と、金を用いた幻想的な背景が見事に融合し、応挙の代表作に相応しい品格を讃えている。雪を被りながらも葉を茂らせ威風堂々とした松は、枯れることのない弥栄(いやさか)の目出度さに溢れ、清々しくも祝祭性に富む作品だ。
そんな《雪松図屏風》の両脇には、三井家があつらえた華麗な能装束の数々が並ぶ。能装束には様々な種類があるが、中でも特に華やかで、主に女性役の衣装として用いられる唐織(からおり)や縫箔(ぬいはく)が展示されている。
展示される能装束は主に明治期の品で、これらは実際に当時三井家の邸宅にあった能舞台で演能する際に使用するために作られたものだ。古い装束のような古色の味わいこそ薄いが、その分、能装束が本来もつ華麗な装飾性を存分に味わうことができる。まばゆいほどの絢爛豪華な装束に囲まれることで《雪松図屏風》の吉祥性が一段と増し、まるで新年を寿ぐ宴の席に招かれたような雰囲気に溢れ、陶然とした心地になる。
能装束には植物文様や流水、扇面など様々な文様が施され、それらの色や形、組み合わせによって、季節感や吉祥性が表現されている。また同じ文様でも、その形や配置によって雰囲気も大きく異なるため、本展ではそれぞれの装束の意匠の形や組み合わせ、配置などにも注目してほしい。
さらに茶道具の展示では、三井家旧蔵の茶道具から能にまつわる銘の道具も展示されている。『高砂』を題材にした掛軸から、能面を入れる「面箱(めんばこ)」という銘がつけられた茶碗など、能の幽玄の美を投影した茶道具の取り合わせが楽しめる。
旧金剛宗家所蔵の珠玉の能面の“表情”に注目
2つ目のテーマは「能面の表情」だ。美術館が所蔵する旧金剛宗家伝来の能面は全部で54面あり、そのすべてが重要文化財に指定されている。今回はその中から特に能面の「表情」に着目し、表情に特徴のあるものを中心に選りすぐりの作品を展示している。
その役柄の属性や性格、感情を象徴する能面だからこそ、その表情の特徴を強調するために様々な工夫が施される。一見左右対称で均整がとれているように見える面でも、よく見ると微妙に左右で差があるため、真横から見ると表情が微妙に異なる。こうした絶妙な違いが舞台の上で幽玄の奥行きを生み出すのだろう。展示室では360度どこからでも鑑賞できるようになっており、細部にまで施された工夫を余すところなく探ることができる。また能面の展示の後半では、能面の「目」と「口」の表現に注目し、バリエーション豊かな能面の表現を紹介している。
珠玉の名作「孫次郎(ヲモカゲ)」と「花の小面」
旧金剛宗家伝来の能面の中でも特に名作として名高い「孫次郎(ヲモカゲ)」と「花の小面(はなのこおもて)」は、ぜひじっくりと鑑賞してほしい。まず「孫次郎(ヲモカゲ)」は、作者である金剛座の大夫・右京久次(後に孫次郎と改名)が若くして亡くなった妻の面影を写したと伝わることから「ヲモカゲ」と称される作だ。顔の凹凸はなだらかで、喜怒哀楽がはっきりと表現された面とは異なり、慎ましく繊細な笑みを浮かべる。
「能面のような顔」というように、しばしば「無表情」の比喩として用いられる能面だが、むしろ能面は様々な表情が込められた非常に複雑な顔をしている。この「ヲモカゲ」も上から見れば、口角が上がりニッコリとした表情になるが、下から見ると口角が下がり、失望あるいは茫然としたような表情となる。このように能面は見る角度によって次々に変化するからこそ、役者は舞台で舞う際に、ここぞという場面で顔の角度を変えて効果的に感情の変化を表し、ドラマを生み出すのだ。
そして、もう1つの名品が「花の小面」と通称される小面(こおもて/若い女性の役に使われる面)だ。能に心酔した豊臣秀吉が、龍右衛門が作った小面3面を手に入れ、それぞれを「雪・月・花」と名付けて愛玩したと伝わるもののうち、「花」にあたる作品だ。「花」の名に相応しく、優美さと共にはつらつとした表情で、登場しただけでパッと周囲が華やぐような風情を見せる。
新収蔵・橋岡一路の能面
最後の展示室では、この度新たに美術館に寄贈された能面作家・橋岡一路(はしおかかずみち)氏の能面が披露されている。
橋岡一路氏は、観世流の名門である橋岡家に生まれ、7歳で初舞台を踏む。しかし14歳で能楽の修業を断念し、東京美術学校(現在の東京藝術大学)の畑正吉に師事し、彫刻の基礎を学ぶと、3年後に能面制作を許される。本展では、橋岡氏が19歳の時に制作した2作目となる貴重な作品をはじめ、約75年の能面作家としてのキャリアの中で画期となる作品が展示されている。
その中には先ほど紹介した「花の小面」や「ヲモカゲ」の写しもある。三井記念美術館と橋岡氏の関係は深く、平成元年(1989)に美術館所蔵の「翁(白色尉)」「花の小面」「増女(ぞうおんな)」「牙癋見(きばべしみ)」の4面の修復に橋岡氏が携わっており、その折に「花の小面」の写しを制作した。本面(オリジナルの能面)と橋岡氏の写しを見比べることもでき、能面制作の技術と美の継承の様子をうかがい知ることができる。
能は、常緑の松を描いた鏡板(かがみいた)の前で演じられる。そう思えば、《雪松図屛風》を中心に据えた本展は、展覧会全体がまるで能舞台のように感じられ、本展が《翁》の面から始まることも、新年を迎える喜びを象徴するようだ。ついついせわしく過ぎ去ってしまう年末年始の一時、街の喧騒から離れ、永久(とこしえ)に続いていく幽玄の美の世界に心を遊ばせてほしい。