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山口晃が挑む、セザンヌと雪舟
―“感覚”を揺さぶり、“見る”ことを問う

「山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」が、アーティゾン美術館にて2023年11月19日まで開催

内覧会・記者発表会レポート

アーティゾン美術館で開催中の「山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」展会場風景より
アーティゾン美術館で開催中の「山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」展会場風景より

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アーティゾン美術館のコレクション作品と現代作家が共演する「ジャム・セッション」は、2020年の開館より毎年開催され、これまで鴻池朋子、森村泰昌、柴田敏雄と鈴木理策、と多様なセッションが繰り広げられてきた。年々注目が高まる本企画の第4弾となる今年は、日本の伝統的絵画の様式を用いた油絵、漫画、インスタレーションなどを手掛ける山口晃を迎える。

タイトルは「ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」。セザンヌが制作について語る際に用いた「サンサシオン(sensation=フランス語で“感覚”の意)」をテーマに掲げた本展は、山口晃がセザンヌと雪舟に挑み、またこれまでの自身の体験に基づいたインスタレーションで鑑賞者の“感覚”を刺激する、エキサイティングな展覧会となっている。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃
ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン
開催美術館:アーティゾン美術館
開催期間:2023年9月9日(土)~11月19日(日)

山口晃の自由研究 ―セザンヌ考・雪舟考―

山口晃《日本橋南詰盛況乃圖》2021年、ペン、水彩・紙、作家蔵、撮影:浅井謙介(NISSHAエフエイト株式会社)
©YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery
山口晃《日本橋南詰盛況乃圖》2021年、ペン、水彩・紙、作家蔵、撮影:浅井謙介(NISSHAエフエイト株式会社)
©YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery

古今の都市の風俗を1つの風景の中に織り交ぜた細密描写の作品は山口の代名詞となり、近年では東京メトロ日本橋駅のパブリックアートや、東京2020パラリンピック公式アートポスターの制作が記憶に新しい。それらの原画も展示される本展で、山口が共演者として選んだのは、セザンヌと雪舟だ。「近代絵画の父」と称せられるセザンヌ、そして水墨画の大成者である画僧・雪舟。それぞれ西洋・日本の美術史に欠かせない2人だが、山口の選定理由はそうした権威的(制度的)な位置付けとは離れて、もっとシンプルに「好きだから」というものだ。どちらも最初はその良さが分からなかったが、次第に魅力に気づいていったという。

ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》1904-06年頃、油彩・カンヴァス、石橋財団アーティゾン美術館
ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》1904-06年頃、油彩・カンヴァス、石橋財団アーティゾン美術館

本展ではセザンヌ、雪舟について山口による様々な考察が、会場内のキャプションパネルに直筆で記されている。その1つを挙げると、”セザンヌの山の描き方は初期と後期では異なっており、前者が山の輪郭線でかたどってから内部を陰影づけているのに対し、後期では輪郭線を明確に引くというより、線は軽いアタリを入れる程度で、画面の中央から周囲へ広がるように(粘土の塊を押し広げながら形を作るイメージで)色を乗せて描いている”という。こうした山口のいわば「自由研究」を手掛かりに、改めてセザンヌの作品に向き合えば、今まで気づかなかった描き方や色、形など新しい発見ができるだろう。

会場内のパネルに直筆で説明を書く山口晃氏(内覧会にて)
会場内のパネルに直筆で説明を書く山口晃氏(内覧会にて)
右:山口晃《セザンヌへの小径(こみち)》2023年、油彩、鉛筆・カンヴァス、作家蔵
右:山口晃《セザンヌへの小径(こみち)》2023年、油彩、鉛筆・カンヴァス、作家蔵

一方の雪舟について、山口は、実際に中国・明に渡った経験が雪舟の絵を変えたと考察する。先人たちが描いた作品を見るしかなかった頃には空想の世界のように思っていた中国の奇景、絶景を実際に目の当たりにしたことで、自然のスケールの大きさを体感し、自然から直接受けた“感覚”を頼りにすることで、迫真的な山水画の境地に至ったのだろうというのだ。

【重要文化財】雪舟《四季山水図》(右から春幅、夏幅、秋幅、冬幅)、室町時代 15 世紀、絹本墨画淡彩、石橋財団アーティゾン美術館
【重要文化財】雪舟《四季山水図》(右から春幅、夏幅、秋幅、冬幅)、室町時代 15 世紀、絹本墨画淡彩、石橋財団アーティゾン美術館

そこで本展において、絶景の中に身を置いて自然と渾然一体となる感覚を、山口流に再現した《アウトライン アナグラム》では、墨一色で描かれた雪舟様式の岩、木々、山々を描いたそれぞれのパネルを、舞台の書き割りのように前後に配置し、水墨山水図のような景観をパノラマで創り出している。さながら山水画中の人物のように、鑑賞者は水墨山水の世界に全身で入り込むことができるのだ。

山口晃《アウトライン アナグラム》2023年
山口晃《アウトライン アナグラム》2023年

感覚を揺さぶり、見ることに意識を向けるインスタレーション

山口晃《汝、経験に依りて過つ》2023年
山口晃《汝、経験に依りて過つ》2023年

実は、本展はセザンヌや雪舟との共演を楽しむ前に、思いがけない体験から始まる。会場に入ると、まずある小部屋に入るよう誘導されるが、その部屋の内部は椅子、バーカウンター、壁にかかったジャケット、時計などがあるだけで、鑑賞者はその部屋をただ通り抜けるだけなのだが、1つだけ通常とは異なる点がある。その異なる点については明言を避けるが、比喩ではなく物理的な意味で私たちの「感覚を揺さぶる」。まず鑑賞者の感覚を狂わせ、自らの身体に備わる「感覚」に強制的に意識を向けさせて、メインの展示エリアに放り出す、それが山口の狙いだ。

ちなみにこの小部屋のインスタレーションは、作家がかつて経験した、練馬区に存在した遊園地としまえんでのアトラクションの体験に基づいている。鑑賞者は作家の経験を追体験しながら「感覚」に自覚的になる。本展で展開するさまざまなインスタレーション群は、山口が以前から「やってみたかった」と思っていたことで、これほど山口の思考、ユニークな発想、遊び心を存分に味わうことができる機会はないだろう。

会場の中心である「ちこちこの庭」では、絵皿やペン、模型、ティッシュなど、山口の制作過程を想像させる道具などが並ぶ。
会場の中心である「ちこちこの庭」では、絵皿やペン、模型、ティッシュなど、山口の制作過程を想像させる道具などが並ぶ。

展示室の動線についても、本展は第1章から順に進む、いわゆる「一筆書き」動線ではなく、最初の不思議な部屋を出た後は、山口の制作道具などを展示する「ちこちこの庭」エリアを中心に、放射線状にその他の展示室が広がる構成になっている。会場内も順路の案内や章立てもないため、何を頼りに進めばいいか戸惑うかもしれない。しかし、だからこそ自らの「感覚」を頼りに興味の赴くエリアへと進み、自分なりに解釈したり、楽しみ方を発見したりしてほしい。

展示ケースの反射を逆手に取った楽しみ方

山口晃《さんさしおん》2023年、墨、鉛筆・紙、作家蔵
山口晃《さんさしおん》2023年、墨、鉛筆・紙、作家蔵

今回は「反射」で遊ぶことも、山口の1つテーマにあったようだ。この《さんさしおん》は、展示ケースの反射を利用した作品だ。ケースのガラス板を挟んで並ぶ2枚の作品は、正面から見ても描かれている内容を理解することはできない。しかし右斜め横から見ると、内側の作品の真上に外側の作品の反射した像が重なり、「さんさしおん」の文字が現れる。普段なら悪者扱いされがちな展示ケースの反射だが、本作はその反射がなければ成立しないという、山口らしいウィットに富んだ作品だ。

雪舟《四季山水図》の正面に立つと自身のシルエットがくっきりと映る。
鑑賞者は自身の映り込みを通して雪舟の山水の世界へと入り込む。
雪舟《四季山水図》の正面に立つと自身のシルエットがくっきりと映る。
鑑賞者は自身の映り込みを通して雪舟の山水の世界へと入り込む。

また、雪舟の《四季山水図》を展示するケースもあえて反射するケースを選んだという。実際、話を伺う前は「(自分のシルエットが写り込んで)作品が見づらい」と思ったのだが、そうした反応も見込んだ上でのことだったのだ。その言葉を聞いて改めて作品の前に立つと、ケースというレイヤー(写り込む自身のシルエット)を現前化させることでより注意深く見るようになる。また、雪舟の山水図と自身のシルエットが重なり一体となるような不思議な感覚さえ覚える。

そうしたちょっとした違和感やストレスから「見る」ことの感覚を自覚する。ぜひ「何が描かれているか」「なぜこんな風に描かれているか」ということだけでなく、「今、自分の感覚は何を捉えているか、どう感じているのか」にも意識を向けてほしい。

山口晃《善光寺御開帳遠景圖》2022-2023 年、墨、ペン、鉛筆、油彩、水彩、アクリル絵具・カンヴァス、信州善光寺
額縁が作品から外された状態で展示されており、独特な浮遊感を感じる。
山口晃《善光寺御開帳遠景圖》2022-2023 年、墨、ペン、鉛筆、油彩、水彩、アクリル絵具・カンヴァス、信州善光寺
額縁が作品から外された状態で展示されており、独特な浮遊感を感じる。

美術を取り巻く問題への提言

山口晃《馬からやヲ射る》2019-23年、墨、水彩・紙、作家蔵
山口晃《馬からやヲ射る》2019-23年、墨、水彩・紙、作家蔵
山口晃《当世壁の落書き 五輪パラ輪》(部分)2021年、墨、ペン、ミクストメディア・紙、作家蔵
東京パラリンピック公式ポスターの制作を依頼された経緯から制作過程、そして発表後の顛末まで、まさに「制度の中に取り込まれる」渦中で、引き受けるまでの葛藤から発表後のメディアや関係者の反応、そしてそれらを受けての山口の思いが赤裸々に記されている。
山口晃《当世壁の落書き 五輪パラ輪》(部分)2021年、墨、ペン、ミクストメディア・紙、作家蔵
東京パラリンピック公式ポスターの制作を依頼された経緯から制作過程、そして発表後の顛末まで、まさに「制度の中に取り込まれる」渦中で、引き受けるまでの葛藤から発表後のメディアや関係者の反応、そしてそれらを受けての山口の思いが赤裸々に記されている。

本展での山口の「やってみたい」ことの1つが、来館者が会場内で自由にスケッチをすることを可能にすることだ。昨今、美術館内での模写(スケッチ)の是非についてSNSで話題となっている。そうした状況に対し、「描くことは見ることと同義」と考える山口は、今回のジャム・セッションを受けるにあたり、美術館に普段は禁止されている「スケッチの許可」を申し出た。本展では、9月9日(土)~11月19日(日)の間に限りスケッチが可能となっている。

実際にスケッチをすることで、より注意深く作品を見るようになり、作者の背中(制作の過程)を想像することができると考える山口は、本展でも「ぜひスケッチをすることで他者(の感覚の)追体験をして作品理解の解像度を上げてほしい。そして他の鑑賞者の邪魔になるのではという懸念についても、譲り合ったり、横目で“へぇそう描くのか”と思ったりして、そこでコミュニケーションが生まれたら」と語る。美術(あるいは美術館)という「感覚」を研ぎ澄ます、あるいは解放する“場”において、制度のためにその感覚が委縮させられる現状に対し、山口の提言として、今回の、館内でのスケッチ可という運営が可能となった。

本展の「やむに止まれぬサンサシオン」という言葉には、美術を取り巻く制度(体制)に個人が絡め取られる状況に対して、防波堤となり得るものこそサンサシオン(個人の「感覚」を研ぎ澄ませること)ではないか、という山口の芸術家としての矜持が込められている。その意味では、セザンヌと雪舟も、既存の制度や体制、アカデミズム、様式といった自身の周囲を取り囲むものから脱却し、大いなる自然と直接対峙し、己の“感覚”を目覚めさせた者と言うこともできる。

その偉大なる先人、セザンヌと雪舟を手掛かりに、普段やり過ごしてしまっていること、当然のこととして受け流してしまっていたことに対し、山口流の方法で一石を投じた本展では、眼で見て、手を動かし、その心が何を感じるか、己の“サンサシオン”を存分に解放してほしい。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
アーティゾン美術館|ARTIZON MUSEUM
104-0031 東京都中央区京橋1-7-2
開館時間:10:00~18:00 ※ただし、祝日を除く毎週金曜日は20:00まで(入館は閉館の30分前まで )
休館日:月曜日(祝日の場合は開館し翌平日は振替休日)、展示替え期間、年末年始、他

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