FEATURE

彩り豊かなフィンランド・グラスアートから感じる
北欧デザインの新たな可能性

「フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン」が
東京都庭園美術館にて、2023年9月3日(日)まで開催中

内覧会・記者発表会レポート

東京都庭園美術館で開催中の「フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン」の会場風景より
東京都庭園美術館で開催中の「フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン」の会場風景より

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構成・文 澁谷政治

2019年、日本とフィンランドの国交100周年を記念した催事が多く見られたが、その後もフィンランドを含む北欧デザインのイベントや展覧会は引き続き注目されている。機能的かつシンプルで洗練されたイメージの北欧デザインは、今も日本のみならず世界で大人気だ。「フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン」は、ガラスコレクターで知られるキュオスティ・カッコネン氏の所有する貴重なフィンランドのグラスアート作品約140点を、これまでの北欧デザインイメージを一新するような新たな視点で楽しめる。1933年竣工の旧朝香宮邸のアール・デコ様式の空間に、グラスアートの展示がひと際映える東京都庭園美術館(東京・白金台)で、2023年6月24日から9月3日まで開催されている。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン」
開催美術館:東京都庭園美術館
開催期間:2023年6月24日(土)~9月3日(日)
会場風景(カイ・フランク作品の展示)
会場風景(カイ・フランク作品の展示)

北欧デザインの中でのフィンランドは、森と湖の代名詞のとおり自然を感じさせる建築デザインやインテリア家具のほか、洗練されたガラス製品、陶器類が有名である。今回の展示ではフィンランドのガラス作品の中でも、広く知られる日用品ではなく高い技術と芸術性を持つアートグラス、または製作所で芸術作品として戦略的に制作されたユニークピースに焦点を当てた点が特色である。

会場風景(制作途中のアールトベースと木型の展示)
会場風景(制作途中のアールトベースと木型の展示)

「アートグラス」や「ユニークピース」の定義は、1920年代にオランダのガラスメーカー、レアダム(Leerdam)が整理してきた歴史による。同社ではこの時代にデザイナーとガラス職人が実験的にアート作品として制作することを許され、その一点ものである作品を「ウニカ(Unica)」(=「ユニークピース」)と呼んだ。このウニカの中で継続的に販売が望ましいものは、制作デザインを決定の上、職人だけで作る「セリカ(Serica)」(=「アートグラス」)として連続生産が行われた。実用品だけでなく、アートグラスが量産されることは、価値あるギフトとして一般的になるなどガラス製品の評価を高め、その後のガラス技術の発展にも貢献したと言えるだろう。

会場風景(グンネル・ニューマン作品の展示)
会場風景(グンネル・ニューマン作品の展示)
展示風景(アルヴァ&アイノ・アールト《アールト・フラワー》の展示)
展示風景(アルヴァ&アイノ・アールト《アールト・フラワー》の展示)

今回の展示は三部に分かれている。第1章は「フィンランド・グラスアートの台頭」。18世紀、スウェーデンの鉱業燃料の枯渇を防ぐために、当時その支配下にあったフィンランドでのガラス製造が進められた。草分けとして1793年にはヌータヤルヴィ(Nuutajärvi)、その後19世紀以降にイッタラ(iittala)、カルフラ(Karhula)、リーヒマキ(Riihimäki)など老舗として今も語り継がれるガラス製作所が次々と設立された。長いスウェーデンの統治、その後はロシアの支配から1917年に独立を果たし、ナショナリズムの高まりからも、1930年代以降、ミラノ・トリエンナーレ、パリ万国博覧会などで、徐々にフィンランドのデザインが国際的に評価され始めた。そのパイオニアとして知られる存在が、建築家でもあるアルヴァ・アールト(Alvar Aalto 1898-1976)、また妻のデザイナー、アイノ・アールト(Aino Aalto 1894-1949)である。不規則な曲線の美しいアルヴァ・アールトの花器「サヴォイ・ベース(アールト・ベース)」、世界中で愛用されるシンプルで美しいアイノ・アールトのグラス「ボルゲブリック」などが、イッタラ社に利益をもたらすようになったのは1980年代からだが、これらの作品は既にこの時代から評価されていた。今回の展示では、1939年のニューヨーク万国博覧会で二人が出品した、皿、鉢、ボウルを重ねたオブジェ「アールト・フラワー」が、美術館の美しい壁画を彩る形で飾られている。

※本展覧会では、スペル(Aalto)に基づいた「アアルト」の表記であるが、本文中においては、筆者が指導を受けた北欧建築史研究者の伊藤大介氏に倣い、発音に基づく「アールト」の表記を用いている。

会場風景(グンネル・ニューマン作品の展示。一番左が、《賢明な乙女たち》1937年 リーヒマキ・ガラス製作所)
会場風景(グンネル・ニューマン作品の展示。一番左が、《賢明な乙女たち》1937年 リーヒマキ・ガラス製作所)

また、同時期にアールト夫妻とともに注目された女性デザイナー、グンネル・ニューマン(Gunnel Nyman 1909-1948)。「素材が最優先」と語る彼女らしいデザインは、1937年パリ万国博覧会での金賞作品「賢明な乙女たち」など、シンプルに施された意匠が美しく光に映える。39歳で惜しくも乳がんにより夭折しているが、多くの印象的な作品を残しており、究極のミニマムデザインとされる作品「ファセットⅠ」は、1941年スウェーデンで開催された新フィンランド応用美術展にも出品され、時代を超えるデザインとして国際的にも高く評価されている。

会場風景(カイ・フランクの作品展示。一番左が《クレムリンの鐘[KF1500,KF500]》1956年 ヌータヤルヴィ・ガラス製作所)
会場風景(カイ・フランクの作品展示。一番左が《クレムリンの鐘[KF1500,KF500]》1956年 ヌータヤルヴィ・ガラス製作所)

第2章は「黄金期の巨匠たち」。1950年代のミラノ・トリエンナーレなどで、デザイン大国としてフィンランドの国際的評価を高めた時期を支えた巨匠たちのユニークピース、アートグラス作品が一堂に会している。カイ・フランク(Kaj Franck 1911-1989)は、日用品としてのガラス製品はチームで製作しており、デザイナーのみ名前を出して目立つものではないという“匿名性論争”を巻き起こし、「フィンランドの良心」とも呼ばれた。一方、アートグラス作品についてはプロダクトとは別物として、デザイナーの名前を刻むことを主張している。ヌータヤルヴィでも活躍した彼の作品は、機能的かつ日常を彩るシンプルなデザインが多いが、デザインの転換期となった「クレムリンの鐘」の発表以降、より大胆な色遣いなど自由なデザインのアートグラス、ユニークピース作品を多く残しており、会場でも彼の美しい作品が多数堪能できる。

展示風景(タピオ・ヴィルッカラ《氷上の釣り穴》の展示)
展示風景(タピオ・ヴィルッカラ《氷上の釣り穴》の展示)

また、「杏茸(カンタレリ)」など自然を取り入れた美しい作品で知られる巨匠タピオ・ヴィルッカラ(Tapio Wirkkala 1915-1985)。美しいプレート作品「氷上の釣り穴」は、元々1970年にウルホ・ケッコネン大統領の誕生日の品として依頼を受け制作された。釣り好きの大統領は本作品を非常に気に入り、1975年にはオリジナルの放射状を螺旋状に変えた別バージョンの制作に大統領自身も直接関与もしている。今回の展示では、1975年制作のものが展示されている。なお、作品を所蔵するコレクター、キュオスティ・カッコネン氏は、内覧会にてこの作品についても触れ、娘と実際に氷上で見た釣り穴がこの作品にそっくりだったというエピソードを述べている。自然の姿をそのまま芸術と感じるフィンランドらしいグラスアートと言えるのかも知れない。

ティモ・サルパネヴァ《カヤック[3867]》1954年 イッタラ・ガラス製作所
ティモ・サルパネヴァ《カヤック[3867]》1954年 イッタラ・ガラス製作所
展示風景(オイヴァ・トイッカ《知恵の樹、ユニークピース》の展示)
展示風景(オイヴァ・トイッカ《知恵の樹、ユニークピース》の展示)

そのほか、ガラス以外の素材も含め様々なアート作品を制作し、「iライン」シリーズでデザインした現在のイッタラのロゴでも知られるティモ・サルパネヴァ(Timo Sarpaneva 1926-2006)や、可愛らしい「バード・バイ・トイッカ」シリーズが人気のオイヴァ・トイッカ(Oiva Toikka 1931-2019)などのアートグラス、ユニークピースは、これまでの代表作品のイメージを覆す新たな魅力に胸が躍る。

ホワイトキューブの展示空間にて、第3章「フィンランド・グラスアートの今」の会場風景
ホワイトキューブの展示空間にて、第3章「フィンランド・グラスアートの今」の会場風景
展示風景(マルック・サロ《歓声と囁き、ユニークピース》の展示)
展示風景(マルック・サロ《歓声と囁き、ユニークピース》の展示)

そして、第3章「フィンランド・グラスアートの今」は、旧朝香宮邸である本館ではなく、新館として、杉本博司アドバイザーのもとに増設されたホワイトキューブの展示空間にて、現代社会における新たなガラス表現が繰り広げられている。広い会場に配置された色とりどりのグラスアート作品群は圧巻で、見ていて飽きない。目の細かい金属のメッシュとガラスの融合が印象的な「メッシュ」シリーズで知られ、現代フィンランドのグラスアート界を牽引するマルック・サロ(Markku Salo 1954-)。粉末状のガラスを溶融して成形する技法パート・ド・ヴェールを生かした作品「歓声と囁き、ユニークピース」など、グラスアートの多様な可能性に、新たな北欧デザインの時代を感じずにいられない。そしてもう一人、次世代を担う若手の筆頭、ヨーナス・ラークソ(Joonas Laakso 1980-)。同心円状にガラスを溶着したリング技法と、レース模様を形成するフィリグリー技法を基に、新たな挑戦的作品となった「ジグザグ」シリーズなど、コレクターのカッコネン氏が今後を期待する色鮮やかで素晴らしいグラスアートの世界が堪能できる。

会場風景(ヨーナス・ラークソの作品)
会場風景(ヨーナス・ラークソの作品)

今回の展示は、貴重なカッコネン氏のコレクション群が一堂に会するとともに、全国各地で趣の異なる会場を生かした巡回展という点も魅力である。富山市ガラス美術館、茨城県陶芸美術館に続いた今回の東京都庭園美術館では、ガラス工芸家ルネ・ラリックのデザインによるガラス作品が随所に置かれたアール・デコ様式の粋を集めた空間に、グラスアート作品が見事に融合し、同館ならではの展示が楽しめる。全国6か所の巡回展ごとに異なる印象で立ち現れる展示内容もこの展覧会の魅力だろう。多様なフィンランドデザインを知ることで、過酷な風土で育まれ自然と共生する温かなデザインの源流を、より深く感じることができる。北欧デザインからイメージされる機能的でシンプルなだけではない、フィンランドの人々の暮らし、人生哲学を想像できるようなグラスアートの輝きに、是非この東京都庭園美術館で触れてほしい。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
東京都庭園美術館|Tokyo Metropolitan Teien Art Museum
108-0071 東京都港区白金台5-21-9
開館時間:10:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
定休日:毎週月曜日(祝日の場合は開館、翌日休館)、年末年始

澁谷政治 プロフィール

北海道札幌市出身。学部では北欧や北方圏文化を専攻し学芸員資格を取得。大学院では北方民族文化に関する研究で修士課程(観光学)を修了。メディア芸術やデザイン等への関心のほか、国際協力に関連する仕事に携わっており、中央アジアや西アフリカなどの駐在経験を通じて、北欧のほかシルクロードやイスラム文化などにも関心を持つ。

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