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賞賛も浴びれば物議も醸した、
明治時代の美術界に迫る

特別展「明治美術狂想曲」が、静嘉堂@丸の内にて2023年6月4日(日)まで開催中

内覧会・記者発表会レポート

展覧会会場 ロビーには渡辺省亭原画・濤川惣助《七宝四季花卉図瓶》と海野勝珉《天燈鬼・鉄鉢鬼・龍燈鬼》も展示。
展覧会会場 ロビーには渡辺省亭原画・濤川惣助《七宝四季花卉図瓶》と海野勝珉《天燈鬼・鉄鉢鬼・龍燈鬼》も展示。

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普段何気なく使っている「美術」という言葉は、実は近代の幕開けまで日本に存在していなかった。1872(明治5)年、新政府がウィーン万国博覧会参加のため出品規定を翻訳する際にドイツ語の Kunstgewerbe の訳語として登場したのが始まりだ。“美術”が産声を上げた明治は、西洋化・近代化が進み「新時代の始まり」であった一方、廃仏毀釈や海外への文化財の流出など「旧来の文化が衰退した時代」で、劇的に変化する社会は、混乱とも混沌とも言える状況だった。

静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)で開幕した 特別展「明治美術狂想曲」は、三菱の創業者である岩崎彌太郎・彌之助親子によるコレクションから、“美術”が誕生した明治の美術界の様相を反映する作品を紹介している。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
特別展「明治美術狂想曲」
開催美術館:静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)
開催期間:2023年4月8日(土)~6月4日(日)

江戸の名残、明治の夜明け

落合芳幾「末広五十三次 程ヶ谷」慶応元年(1865)静嘉堂文庫美術館蔵 後期展示
落合芳幾「末広五十三次 程ヶ谷」慶応元年(1865)静嘉堂文庫美術館蔵 後期展示

展覧会は幕末の浮世絵で幕を開ける。外国人が開国を求め日本に次々と入り、社会を揺るがす事件が頻発するなど、時代が変わろうとする当時の様子を、浮世絵師たちは絵の中に残している。1865(慶応元)年刊行の《末広五十三次》シリーズは、第2次長州征伐の際に第14代将軍徳川家茂の上洛の様子を描いた作品で、総勢8名の絵師が制作した。月岡芳年の「舞坂」には旧来の帆船と共に軍艦(蒸気船)、落合芳幾の「程ヶ谷」(後期展示)では、大名行列を見物する西洋人が描かれている。またシリーズ全体に見られる鮮やかな赤色や紫色は幕末に流行した輸入染料によるもので、この鮮烈な色彩は明治にも引き継がれ、明治時代の版画の大きな特徴になっていく。

河鍋暁斎「地獄極楽めぐり図」のうち「極楽行きの列車」明治5年(1872)静嘉堂文庫美術館蔵 前期展示(後期 場面替え)
河鍋暁斎「地獄極楽めぐり図」のうち「極楽行きの列車」明治5年(1872)静嘉堂文庫美術館蔵 前期展示(後期 場面替え)

河鍋暁斎の《地獄極楽めぐり図》は、14歳で亡くなった小間物問屋の娘の追善供養で制作された画帖で、娘が冥界の各所をめぐり往生する過程が描かれている。注目は「極楽行きの汽車」図だ。極楽へと向かう人の乗り物として列車が登場する。本作が描かれた明治5年には品川―横浜間で鉄道が仮営業をしており、来迎という伝統的な画題の作品にできたばかりの鉄道を取り込む暁斎のユーモアと新奇さが存分に溢れている。

「近世の名残」と「近代の萌芽」が入り混じる絶妙な“違和感“こそ、幕末~明治期に生まれた美術の魅力と言えるだろう。

“超絶技巧”だけではない、明治時代の工芸界

明治時代前期、欧米のジャポニスムブームの影響で輸出用の工芸品が盛んに製作された。近年では「超絶技巧」というフレーズと共に紹介されることが多い明治の工芸だが、本展では欧米でも人気の高かった漆芸品の例として柴田是真の印籠、ジャポニスムのきっかけとなったパリ万国博覧会で注目された薩摩焼などを紹介している。

(画像左)柴田是真による印籠3点(写真左から《浪に柴舟蒔絵印籠》《蓮蒔絵印籠》《古墨型印籠》 いずれも江戸~明治時代)
(画像右)薩摩焼《色絵金彩獅子紐香炉》明治9(1876)年頃
本作と酷似する作品が明治9(1876)年のフィラデルフィア万国博覧会に出品されている。
(画像左)柴田是真による印籠3点(写真左から《浪に柴舟蒔絵印籠》《蓮蒔絵印籠》《古墨型印籠》 いずれも江戸~明治時代)
(画像右)薩摩焼《色絵金彩獅子紐香炉》明治9(1876)年頃
本作と酷似する作品が明治9(1876)年のフィラデルフィア万国博覧会に出品されている。

曜変天目が初お披露目された「第1回観古美術会」は、
古美術再評価のきっかけに

明治10年代以降になると、それまでの西洋偏重を反省し古美術の再評価も進む。そのきっかけのひとつが、内務省博物局(2回目以降は龍池会)が主催した「観古美術会」だ。明治13~19年の間に全7回開催されたこの会は、古美術の名品を展観し制作に役立てる「考古利今」を提唱し、会員が所蔵する明治時代以前の名品が出品された。会場には「観古美術会」の出品作や、当時の工芸家らが古美術を積極的に学ぶ姿がうかがえる作品が並ぶ。

(画像左)加納鉄哉《追儺面》《太郎鬼面》(峰薬師堂所用 模古作) 明治時代(19~20世紀)
(画像右)薩摩焼《色絵貝形菊盛上大香合》 江戸~明治時代(19世紀)
(画像左)加納鉄哉《追儺面》《太郎鬼面》(峰薬師堂所用 模古作) 明治時代(19~20世紀)
(画像右)薩摩焼《色絵貝形菊盛上大香合》 江戸~明治時代(19世紀)

静嘉堂文庫美術館を代表するコレクション《曜変天目(稲葉天目)》も、「第1回観古美術会」に出品されており、稲葉天目が一般の人々の眼に触れた最初と考えられる。今の私たちと同じように、明治の人々もこの眩い輝きに驚き、目を奪われたことだろう。

国宝「曜変天目(稲葉天目)」南宋時代(12-13世紀)静嘉堂文庫美術館蔵 通期展示
国宝「曜変天目(稲葉天目)」南宋時代(12-13世紀)静嘉堂文庫美術館蔵 通期展示

岩崎家の支援で実現した日本画家ら夢の競演

静嘉堂文庫の創設者である三菱2代社長・岩崎彌之助は、「第4回内国勧業博覧会」で、東京・京都の日本画家らによる屏風絵の競演という企画に出資を行った。博覧会に出品された屏風絵は全部で11点。静嘉堂ではそのうち8点を所蔵し、本展では前期(4/8~5/7)に橋本雅邦と野口幽谷、後期(5/10~6/4)に松本楓湖と今尾景年の作品が展示される。

重要文化財 橋本雅邦「龍虎図屛風」明治28年(1895)静嘉堂文庫美術館蔵 前期展示
重要文化財 橋本雅邦「龍虎図屛風」明治28年(1895)静嘉堂文庫美術館蔵 前期展示

橋本雅邦の《龍虎図屏風》は、水飛沫を上げてうねる波、突風で大きくしなる竹といった劇的な情景の中で龍虎が睨み合い、両者の間には稲妻が走るダイナミックな作品だ。しかし発表当時は「意匠斬新、筆力剛健」など高い評価を得る一方で、龍虎の姿態に対する批判もあり、その影響か博覧会でも賞を逃している。昭和30(1955)年に重要文化財に指定されており、現在では雅邦の代表作と位置付けられている本作だが、その誕生の瞬間は絵の中の嵐のごとく賛否の渦を巻き起こしたようだ。

(画像左)柴田是真「柳流水蒔絵重箱」江戸~明治時代(19世紀)静嘉堂文庫美術館蔵 通期展示
是真は明治23年、制度発足時に帝室技芸員に選ばれた10人のうちの1人。
(画像右)鈴木長吉「鷹置物」明治時代(19~20世紀)静嘉堂文庫美術館蔵 通期展示
迫真的な鷹の姿は、実際に鷹を飼育し写生を繰り返した成果の結実。鳥類の金工品で高い評価を得、明治29年に帝室技芸員に任命された。
(画像左)柴田是真「柳流水蒔絵重箱」江戸~明治時代(19世紀)静嘉堂文庫美術館蔵 通期展示
是真は明治23年、制度発足時に帝室技芸員に選ばれた10人のうちの1人。
(画像右)鈴木長吉「鷹置物」明治時代(19~20世紀)静嘉堂文庫美術館蔵 通期展示
迫真的な鷹の姿は、実際に鷹を飼育し写生を繰り返した成果の結実。鳥類の金工品で高い評価を得、明治29年に帝室技芸員に任命された。

そのほか、明治23~昭和22年まで続いた帝室技芸員制度によって任命された美術家・工芸家の趣向に富んだ作品も集う。柴田是真の《柳流水蒔絵重箱》は、各段で異なる配色が何ともモダンな重箱だ。その一方で、全体に表された流水に用いられている青海波塗は江戸前期に流行しその後廃れた技法で、是真が再興したとされるもので、伝統技術の継承と斬新な配色のデザインが融合している。

黒田清輝の裸婦像を覆った「腰巻事件」

本展で最も注目の作品が、近代日本洋画を代表する黒田清輝が明治34年に制作した《裸体婦人像》だ。毛皮の上に膝を崩して座る女性が描かれており、体の肉感、特に下半身の重なる足の肉の盛り上がりなどの立体感、右上から差し込む光による絶妙な陰影、複数の色を複雑に塗り重ねた肌の表現など、画家の手腕がいかんなく発揮されている。

黒田清輝《裸体婦人像》 明治34(1901)年
黒田清輝《裸体婦人像》 明治34(1901)年

しかし本作は、同年に開催された「第6回白馬会」に出品された際、風俗壊乱を理由に警察の指導が入る事態となり、最終的に下半身を布で覆って展示となった(いわゆる「腰巻事件」)。当然、黒田はこの措置に納得しておらず、最も注力して描いた腰部に幕を張られたことに対し憤慨する言葉を残している。展覧会の会場は、布で覆われた当時の貴重な写真がパネルで紹介されているので、“腰巻“された状態はぜひ会場で確かめていただきたい。

本展の図録の表紙では、「腰巻事件」を再現する仕掛けが心憎い。ぜひ図録も合わせてチェックしてみてほしい。

明治時代を彩る作品の裏には、芸術家はもちろん、芸術を支える財政界、時には一般の人も含めて日本人が「美とは何か」という問題に直面し、試行錯誤し、芸術観を変化・更新していく姿があった。日本の文化の発展、そして自身の芸術の深化を目指した巨匠たちによる“狂想曲”は、流行が目まぐるしく変化する現代を生きる私たちの心にも響いてくるだろう。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
静嘉堂文庫美術館|SEIKADO BUNKO ART MUSEUM
100-0005 東京都千代田区丸の内2-1-1 明治生命館1F
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
定休日:月曜日(祝休日は開館し翌平日休館)、展示替期間、年末年始など

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