FEATURE


一本一本緻密に描き込んだ線に吹き込まれる生命。
ムーミンを生み出したトーベ・ヤンソンの
謎めいた創作の秘密に迫る。

フィンランドが生んだ人気キャラクター、ムーミンの
多彩なアートと奥深い物語の魅力に迫る展覧会が開催

展覧会レポート

トーベ・ヤンソン≪「ムーミン谷の彗星」挿絵≫1946年、1968年(改作) インク・紙 ムーミン美術館©Moomin Characters™
トーベ・ヤンソン≪「ムーミン谷の彗星」挿絵≫1946年、1968年(改作) インク・紙 ムーミン美術館 ©Moomin Characters™

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フィンランドが生んだ人気キャラクター、ムーミン。北欧の厳しくも美しい自然の中で生きるムーミン一家とその仲間たちは、世界中で人気だが、ことに日本での人気は抜きんでて高いという。

「ムーミン展 THE ART AND THE STORY」は、フィンランド・タンペレ市にある世界で唯一の「ムーミン美術館」が所蔵する約2000点もの作品とムーミンキャラクターズ社の貴重なコレクションの中から、国内過去最大級規模となる選りすぐりの約500点を展示。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「ムーミン展」
開催美術館:森アーツセンターギャラリー
開催期間: 2019年4月9日(火)~2019年6月16日(日)
トーベ・ヤンソン≪イースターカード原画≫1950年代 グワッシュ・インク・紙 ムーミンキャラクターズ社 ©Moomin Characters™
トーベ・ヤンソン≪イースターカード原画≫1950年代
グワッシュ・インク・紙 ムーミンキャラクターズ社 ©Moomin Characters™

トーベ・ヤンソン(1914~2001年)が描いたムーミンの世界の魅力を、小説、絵本の挿絵や表紙の原画、スケッチとともに、イースターカード、アドベントカレンダーの原画、銀行の広告など、物語の外の世界でのムーミンたちの姿と合わせて紹介する。

トーベ・ヤンソンと末弟のラルス・ヤンソン © Moomin Characters™
トーベ・ヤンソンと末弟のラルス・ヤンソン © Moomin Characters™

トーベ・マリカ・ヤンソンは1914年8月9日、フィンランドの首都ヘルシンキで、彫刻家の父ヴィクトルとグラフィックアーティストの母シグネの長女として生まれ、幼いころから芸術に親しんで育った。

ヤンソン一家は毎年夏になると、母方の祖父が住むストックホルム近郊の多島海に浮かぶ島や、フィンランドのペッリンゲ群島地域といった自然豊かな郊外で数週間過ごし、その夏の日の幸せな記憶は、ムーミンの物語に色濃く反映されている。

誕生日に夏の家の小島で泳ぐトーベ © Moomin Characters™
誕生日に夏の家の小島で泳ぐトーベ © Moomin Characters™

トーベの画家としてのキャリアは15歳の時に始まった。雑誌やポストカードのイラストレーターとして収入を得ながら、10代後半にはストックホルムで商業デザインを、ついでヘルシンキで美術を学び、20代になるとフランスやイタリアに渡って見聞を広め、絵画技術を習得。

帰国後は定期的に油彩画の個展を開く一方、ヘルシンキ市庁舎をはじめ数多くの公共建築に壁画を描き、画家としての地位を確立していった。

トーベ・ヤンソンとムーミン一家のイラスト ©Moomin Characters™
トーベ・ヤンソンとムーミン一家のイラスト ©Moomin Characters™

ムーミンというキャラクターは、トーベがストックホルムの工芸専門学校に通っていた10代のころ、寄宿先の叔父さんから聞いた話が元になっている。

叔父さんは夜中に台所でつまみ食いをしていたトーベに「レンジ台のうしろには、ムーミントロールといういきものがいるぞ。こいつらは首筋に息を吹きかけるんだ」と語りかけたという。

トーベを断罪するような奇妙で小さないきものの話は、家族と離れ、親戚の家で遠慮がちに暮らしていた食べ盛りのトーベに強い印象を残し、その驚きは当時の絵日記に描かれたり、その後も「鼻の長い醜いいきもの」としてトイレに落書きされたり、さまざまな作品に登場することになる。

1939年に第二次世界大戦が始まると、戦争に強く反対していたトーベは、政治風刺雑誌『GARM(ガルム)』に独裁者たちを痛烈に笑いのめす風刺画を実名で描くようになり、その署名のすぐ横に例の「鼻の長い醜いいきもの」を描くようになった。

それは戦争に抗うトーベの分身のような存在だった。トーベがムーミンの物語を書き始めたのには、そんな時代背景があった。

トーベ・ヤンソン≪「ムーミン谷の夏まつり」挿絵≫1954年 インク・紙 ムーミン美術館 ©Moomin Characters™
トーベ・ヤンソン≪「ムーミン谷の夏まつり」挿絵≫1954年 インク・紙 ムーミン美術館 ©Moomin Characters™

ムーミンの小説は、「小さなトロールと大きな洪水」「ムーミン谷の彗星」「たのしいムーミン一家」「ムーミンパパの思い出」「ムーミン谷の夏まつり」「ムーミン谷の冬」「ムーミン谷の仲間たち」「ムーミンパパ海へいく」「ムーミン谷の十一月」の9タイトルが出版されており、本展では9冊全ての小説と絵本「ムーミン谷へのふしぎな旅」から原画やスケッチを紹介。キャラクター造形や技法の変遷などをたどっていくことができる。

技法でいうと、トーベは、第2作の「ムーミン谷の彗星」まではインクの濃淡を用いて描いていたが、第3作の「たのしいムーミン一家」ではペンによる細かな線のみで表現するスタイルを採用。第2作は、改訂時にこの技法で描き直されたという。

実際に、同じ構図の挿絵を「インクの濃淡を用いたもの」と「ペンによる線だけで描かれたもの」で見くらべてみると、前者のやわらかで淡いタッチと、後者の細やかでシャープなタッチの違いから受ける印象の大きさに驚くはずだ。トーベ自身、線画だけで描いた挿絵は画家としての前進と自負していたという。

葛飾北斎らによる浮世絵の名作とトーベの作品が並列に配置されている、会場風景
葛飾北斎らによる浮世絵の名作とトーベの作品が並列に配置されている、会場風景

注目したいのは、日本フィンランド外交関係樹立100周年を記念した展示の中の「トーベと浮世絵」。こちらでは、葛飾北斎らによる浮世絵の名作とトーベの作品が並列に配置されており、構図や描写などに共通点を見出すことができる。

トーベ自身は浮世絵からの影響を明言したわけではないが、生前、日本や中国の雨の描き方が素晴らしいと語っていたという。その言葉を裏付けるように、雨の中のムーミン一家を描いたトーベの『ムーミンパパ海へ行く』は、やはり雨降る中、橋の上を行きかう人々を描いた歌川広重の『名所江戸百景 大はしあたけの夕立』における細やかな線による雨の描写の影響を感じさせ、興味深い。

トーベ・ヤンソン 《スウェーデンの日刊紙「スヴェンスカ・ダーグブラーデット」広告》1957年 印刷 ムーミンキャラクターズ社 ©Moomin Characters™
トーベ・ヤンソン 《スウェーデンの日刊紙「スヴェンスカ・ダーグブラーデット」広告》
1957年 印刷 ムーミンキャラクターズ社 ©Moomin Characters™

これら以外に、トーベがムーミンを手がける前に描いていたスウェーデン語系の風刺雑誌『GARM(ガルム)』の挿絵など、画家としてのキャリアの源泉をたどることができるほか、創作の現場となったアトリエの写真や、1971年と1990年の来日時の滞在の様子など、トーベ自身が生きた環境や人柄を伝える展示もあり、この稀有な画家の全容を知る絶好の機会となっている。

トーベ・ヤンソン 《「フォーレニングス銀行」広告》1956年 印刷 ムーミンキャラクターズ社 ©Moomin Characters™
トーベ・ヤンソン 《「フォーレニングス銀行」広告》
1956年 印刷 ムーミンキャラクターズ社 ©Moomin Characters™

細かい線を重ねる技法を得意としていたというトーベ。原画を眺めていると、トーベが一本一本緻密に描き込んだ線が、イラストになり、生命を吹き込まれる、その誕生の現場に立ちあっているような感動をおぼえる。愛らしく、ほがらかでありながら、どこか奇妙な翳りを帯びたムーミンの世界。その謎めいた創作の秘密を探しに訪れてほしい。

※参考:
ムーミン展公式サイト https://www.moomin.co.jp/
「ムーミン展 THE ART AND THE STORY」図録

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