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初秋の京都で、日本美術と“苔”を楽しむー

伊藤若冲筆「群鶏図押絵貼屏風」、円山応挙作「雨竹風竹図屏風」、
伝運慶作「文殊菩薩像 脇侍尊像」、富岡鉄斎 襖絵「米點山水図」など

アートコラム

伊藤若冲筆 「群鶏図押絵貼屏風(六曲一隻)」金戒光明寺所蔵
伊藤若冲筆 「群鶏図押絵貼屏風(六曲一隻)」(部分)金戒光明寺所蔵

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京都を訪れる度に、数百年あるいは千年以上も前に建立されたお寺や、そこに祀られた仏像が、悠久の時を経ても、当時を偲ばせる面影そのままに、今日出会えることの奇跡を思う。

金戒光明寺 山門 釈迦三尊像
金戒光明寺 山門 釈迦三尊像

平安時代のはじまりとなった794年に、この国の都となり、政治・文化の中心地となった「京都」。人間の英知が集結し、優れた寺社仏閣などの建造物が築かれ、精神性や迫力を湛えた仏像、美しい書画などの多くの文化遺産がもたらされてきた。

それらの価値が大切に守られ、今に生きるわたしたちに連綿と受け継がれてきたことは、奇跡的なことであり、大変有り難いことである。

京都の街は、これから紅葉の季節を迎えるが、葉先が色づき始めた、今時期の京都も美しい。紅葉の時期や桜の季節はもちろん見応えがあるが、それ以外の季節でも、人出が多すぎない中で、ゆっくりとじっくりと、京都を満喫する新たな視点をご紹介したい。

キーワードは、「日本美術」と「苔(コケ)」である。

木々が彩られる桜の開花や紅葉の季節には、上を見上げながら歩いて楽しむことになると思うが、それ以外の季節は、ぜひ下を良く見ながら歩いてみると面白い。というのも、京都の寺社仏閣の美しい景観を形づくるものの一つに、「苔」が重要な役割を占めているためである。

今回、初秋の京都の寺院を、「苔」に着目して巡ってみたところ、苔には色々な種類があることを知った。三方を山に囲まれ、湿気がたまりやすい京都の地形と気候は苔の生育条件に合い、現在、京都府内では約560種類もの苔が確認されており、「コケの宝庫」とも言われている。

京都は苔の宝庫 さまざまな苔(中央はウマスギゴケ)

「ウマスギゴケ」「ヒノキゴケ」「ハイゴケ」「エダツヤゴケ」「シラガゴケ」など、葉の形状、色、艶も様々に異なる苔は、ミクロの世界で見れば、ジャングルのようである。どうやら、苔には「根」が存在せず、こうして群生することで、仲間と体を支え合って生きているようである。種類の異なる仲間とも、ぎっしり身を寄せ合っている姿を間近で眺めていると、苔たちが愛おしく感じられてくる。

とくに、京都の寺社で良く見られたのは、「ウマスギゴケ」という、キラリと光った星のような形をしている苔である(上写真中央)。これならすぐに判別できて、どこの寺社でもたいてい見つかるため、「苔入門者」の方は、まず最初にこの「ウマスギゴケ」探しをお薦めしたい。

圓光寺の苔庭 愛らしいお地蔵さまとウマスギゴケ

では、「苔」に注目しながら、日本美術を楽しむお寺巡りを開始したい。

京都市内にある、「金戒光明寺」「常寂光寺」「圓光寺」の3つのお寺巡りをお伝えする。

金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)

金戒光明寺 山門

堂々たる見事な山門のあるお寺、金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)は、平安神宮や銀閣寺、南禅寺なども比較的近く、京都市左京区黒谷町にあり、「くろだにさん」との愛称でも親しまれている。

鎌倉時代の法然上人 (1133~1212)を開祖とする、浄土宗のお寺である。法然上人が、15歳で比叡山に登り、43歳の時、念仏の教えを広めるために、山頂の石の上で念仏を唱えた際、紫雲が全山にみなぎり光明があたりを照らしたことから この地に草庵をむすび、それが、浄土宗最初の寺院となった、という謂れがある。

金戒光明寺 御影堂 文殊菩薩像 脇侍尊像 伝運慶作

金戒光明寺の御影堂には、文殊菩薩と脇侍の尊像があり、運慶作と伝えられている。
奈良の「安倍の文殊」、天橋立の「切戸の文殊」と共に日本三文殊の一つとして、信仰を集めてきた文殊菩薩である。

金戒光明寺 御影堂 文殊菩薩像 脇侍尊像 伝運慶作

菩薩の顔は凛々しく美しく、獅子の姿も雄々しく、獅子の手綱を握る優填王(うてんおう)は精悍な姿で、仏陀波利三蔵(ぶっだはりさんぞう)、最勝老人(さいしょうろうじん)、善財童子らも、躍動感ある生き生きした姿で、文殊五尊揃った「渡海文殊形式」を成している。

伊藤若冲筆 「群鶏図押絵貼屏風(六曲一隻)」 金戒光明寺所蔵

こちらは、金戒光明寺が所蔵する、伊藤若冲の六曲一隻の「群鶏図押絵貼屏風」である。今にもこちらに近づいてきそうな、生き生きした鶏たちが、生命力あふれる見事な筆致で描かれている。鶏たちの顔や表情、動作は、少しコミカルで愛嬌があり、ユーモアにあふれている。普段は非公開だが、この秋は特別公開(11月9日~12月2日)されており、かなり間近で観ることができる。

金戒光明寺 山門 釈迦三尊像、十六羅漢像、蟠龍図

また、最初にご紹介した山門は、その構えも見事だが、脇にある階段を昇って、楼上に上がることができる。中に入ると天井には、こちらに迫りくるような迫力ある龍図が描かれ、その下には、金色に輝く美しく厳かな釈迦三尊像と、緑青と極彩色の堂々たる姿の十六羅漢像が安置されている。

まさか山門にこのような荘厳な空間が広がっているとは知らず、感動的であった。こちらも今秋、特別公開(11月9日~12月2日)されている。

金戒光明寺 紫雲の庭

こちらは、法然上人の生涯と浄土宗の広がりを枯山水で表現した「紫雲の庭」。白川砂(京都の白川上流で取れる上質の白砂)と杉苔を敷き詰めた中に、大小の石を用いて表したのは、法然上人や上人をとりまく人々。「幼少時代」「修業時代」「浄土宗開宗・金戒光明寺の興隆」の3つの部分に分けて構成している。

常寂光寺(じょうじゃっこうじ)

常寂光寺 本堂

こちらは、「百人一首」編纂の地として知られる、京都市右京区嵯峨小倉山にある常寂光寺(じょうじゃっこうじ)である。

境内には、ふわふわした緑の苔の絨毯が、広がっている。鮮やかな青々した種々の「苔」たちは、紅葉や山桜、藪椿などの木々の足元で、風情ある美しい景観のために、一役も二役も買っている。

常寂光寺 仁王門

我々の目を楽しませてくれる「苔」たちの頑張りにも敬意を払いながら、山門からまっすぐに延びた道を歩き、仁王門をくぐって、本堂に向かう階段を昇っていく。妙見堂や庫裡など様々な建造物も訪れつつ、さらに上っていくと、小高い丘の上には、多宝塔(重要文化財)がある。ここからは、眺望も楽しむことができ、嵯峨野の街並みを一望できる。

常寂光寺 多宝塔
常寂光寺 展示場

ここでは、小さなガラス容器などの中で、盆栽のように、手のひらサイズのコケの森をつくる園芸「コケ寺リウム(コケテラリウム)」という名称の「テラ(=terra ラテン語の土・大地)」の部分に「寺」をかけた、「コケ寺リウム」の作品が展示されている。

寺院の象徴的な建物などのジオラマと庭園を苔で再現したミニチュアアート“コケ寺リウム”が、今秋、京都市内にある5寺院(常寂光寺のほか、三千院、圓光寺、建仁寺、東福寺にて)で展示されている。

コケ寺リウム ミニチュアアート作品
石段と紅葉をモチーフにした、“コケ寺リウム”のミニチュアアート作品(右)

さらに、それらの各寺院では、“モシュ印”(「苔=moss(英語のモス)」と「御朱印」をかけ合わせた造語)で、御朱印の文字の部分を苔で描いたオリジナルアート(縦1.5m×横1mほどのサイズで再現)が、各寺院1点ずつ、全5種類が展示されている。

御朱印の文字の部分は、「苔」で描かれている。右は、圓光寺の“モシュ印”と“コケ寺リウム”

圓光寺(えんこうじ)

圓光寺 奔龍庭(ほんりゅうてい)

京都市左京区一乗寺にある、臨済宗南禅寺派の寺院 圓光寺は、1601年に徳川家康が国内教学の発展を図るために、学校として建立したお寺であり、僧俗問わず入学が許されたという。

また、「孔子家語」「貞観政要」など多くの書籍を刊行し、これらの書物は、伏見版または圓光寺版と称されている。これらの出版に使用された木活字が現存しており、出版文化史上においても貴重なことである。日本最古の木製活字約五万個は、重要文化財に指定されている。

正門から境内に入ると、まず見えてくるのが「奔龍庭(ほんりゅうてい)」。白砂を雲海に見立て、天空を自在に奔る龍を石組であらわした平成の枯山水である。井戸の部材として使われてたという石柱を大胆にそびえ立たせている。左手の2本の石柱のある部分は龍の頭部を表し、上部の苔の上の石柱は、龍の周囲に光る稲妻を表現しているそうだ。静けさの中で、躍動感を感じさせる現代アートのような庭園が、訪れた人を出迎える。

円山応挙作 紙本墨画「雨竹風竹図屏風(六曲一双)」(重要文化財) 圓光寺所蔵

こちらは、圓光寺が所蔵する、円山応挙作の紙本墨画「雨竹風竹図屏風(六曲一双)」(重要文化財)である。円山応挙(まるやまおうきょ)は、江戸時代中期に活躍した絵師であり、写生を基本とした写実的画風で、京都画壇において現代までその系統が続く、円山派の始祖である。圓光寺の境内にある竹林をよく、応挙は訪れたようで、「雨竹風竹図」として描き残したものである。

圓光寺 本尊 千手観音菩薩坐像(伝運慶作)

そして、圓光寺の本堂に入ると、その奥には、ご本尊である千手観音菩薩坐像が祀られている。これは、運慶作と伝えられている。同じく運慶作と伝わる円成寺の大日如来坐像や浄楽寺の阿弥陀如来坐像のように少しふっくらとした頬や丸みある眉型の柔和さのある表情に運慶らしさを感じて、じっくり魅入りながらお顔を拝ませていただく。

富岡鉄斎 襖絵「米點山水図」 圓光寺所蔵

本尊の左手には、方丈(1丈=約3m四方の居室)があり、そこに描かれた襖絵「米點山水図」は、南宗画の巨匠 富岡鉄斎(とみおかてっさい)が、明治十八年(1885)に紅葉の圓光寺を訪れて描いたものである。「米點(べいてん)」とは、水墨の点を打ち重ねて描く南宗画の技法。四本の襖両面を大胆に使って描かれたこの山水画では雄大な山々や木々がすべて点描で表現されている。

署名のなかには「於圓光精舎」と記されている。精舎とは寺院を指すとともに、学びの場を意味する言葉でもある。学問所として興った圓光寺は、各時代を通じて絵師や文人たちが集い、語り合うサロンでもあったたのだろう。

渡辺章雄 襖絵「四季草花図」 圓光寺所蔵

本堂入り口には「四季草花図」の襖絵が、本堂内、本尊の右手には「瑞風青栖竹」の襖絵がある。いずれも、日本画家 渡辺章雄(1949年大阪生まれ。創画会会員)によるものである。

渡辺章雄 襖絵「瑞風青栖竹」 圓光寺所蔵
圓光寺 十牛之庭

この美しい苔の絨毯が広がる庭は、牛を追う牧童の様子が描かれた「十牛図」を題材にして近世初期に造られた池泉回遊式庭園。十牛図に描かれた牛とは、人間が生まれながらに持っている仏心をあらわしている。牧童が禅の悟りにいたるまでの道程であり、懸命に探し求めていた悟りは自らのなかにあったという物語である。修行道場としてこれまで多くの修行僧たちが参禅した圓光寺ならではの「十牛之庭」である。

さて、ここまで、3つの寺院をご紹介してきたが、京都の景観には、「苔」が欠かせない存在であることに、お気づきいただけただろうか。ぜひ、京都を訪れられた際には、足元の様々な種類の「苔」たちも楽しんでみていただきたい。

そして、京都には、普段、美術館や博物館でしか見られないような貴重な日本美術が、密度高く集結しており、美術好きにはたまらない街である。

それらが、鑑賞用の美術品ではなくて、各寺院で祀られている仏像や、歴史的、宗教的、思想的に、必然としてそこに存在している書画や襖絵、屏風絵、庭園など、美術館などでの展示とはまた違った趣きで、味わい深い。

京都という、歴史の重みも抱えた街の空気感に身を委ねつつ、悠久のときの流れに思いを馳せながら、ぜひ「日本美術」と「苔」をテーマに京都の旅を楽しんでみてはいかがだろうか。

※参考:
京都“苔”名所ガイド プロが教える苔入門
圓光寺ウェブサイト

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