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「必ず絵には永久に生きている魂があると思っております。」
― 藤田の魂に出会う

「没後50年 藤田嗣治展」が、東京都美術館にて開催中。その後、京都国立近代美術館に巡回。

展覧会レポート

藤田嗣治 《カフェ》1949年 油彩・カンヴァス ポンピドゥー・センター(フランス・パリ)蔵 Photo © Musée La Piscine (Roubaix), Dist. RMN-Grand Palais / Arnaud Loubry / distributed by AMF© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833
藤田嗣治 《カフェ》1949年 油彩・カンヴァス ポンピドゥー・センター(フランス・パリ)蔵
Photo © Musée La Piscine (Roubaix), Dist. RMN-Grand Palais / Arnaud Loubry / distributed by AMF
© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833

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1913年にフランスに渡り、のちに「エコール・ド・パリ」と呼ばれたピカソやモディリアーニ、シャガールなど、外国からパリに前衛芸術家たちが集った、華やかなりし時代に、第一線で活躍した天才画家 藤田嗣治の大規模な展覧会が現在、東京都美術館で開催されている(その後、京都国立近代美術館に巡回)。

《タピスリーの裸婦》 1923年 京都国立近代美術館蔵 © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833
《タピスリーの裸婦》 1923年 京都国立近代美術館蔵
© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833

藤田の生きた各時代の絵を通じて、その全貌に迫りうる大回顧展である。藤田といえば、それまで、表現されたことの無いような透き通るような白で描かれた「乳白色の下地」による裸婦の作品が有名だが、今回、その代表作を含む10点以上が紹介されている。また、自画像のほか、戦争画、宗教画など、これまで藤田の展覧会でも展示される機会がほとんどなかった作品や初来日の作品100点以上が、日本国内の各美術館ほか、欧米の主要な美術館(ポンピドゥー・センター、ベルギー王立美術館、アメリカのシカゴ美術館など)から集結している。

特に今回の展覧会では、戦争画や、晩年に描いた宗教画も展示されており、それらの作品からは、藤田が辿った人生、背負った運命、そしてその激動の時代背景について、思いを至らせずにはいられない。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「没後50年 藤田嗣治展」
開催美術館:東京都美術館
開催期間: 2018年7月31日(火)~2018年10月8日(月・祝)

明治半ば、1886年に日本で生まれた藤田嗣治は、81年の生涯の約半分をフランスで過ごし、晩年には、フランス国籍を取得している。おかっぱ頭にロイド眼鏡、ちょび髭がトレードマークで、作品の構図やモチーフ、デッサンのタッチにも、愛あふれるユーモアをたたえることも多かった藤田であったが、第2次世界大戦後に再びフランスに戻ってからは、一度も日本の土を踏むことは無かった。

藤田嗣治 《自画像》1929年 油彩・カンヴァス 東京国立近代美術館蔵 © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833
藤田嗣治 《自画像》1929年 油彩・カンヴァス 東京国立近代美術館蔵
© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833

また最晩年には、カトリックの洗礼を受けて、キリスト教徒となる。宗教画も多く描き、洗礼を受けた大聖堂のあるフランス北東部の都市ランスには、藤田が設計した「フジタ礼拝堂」と呼ばれる教会(La Chapelle Notre-Dame-de-la-Paix)が建てられ、フレスコによる壁画やステンドグラスの制作を藤田自身が手掛けている。現在、フジタ礼拝堂には、藤田と君代夫人の遺骨が埋葬されている。

第1次、第2次世界大戦が勃発するなど、激動の時代を迎えていた20世紀前半、世界を舞台にして、突出した才能を開花させていた藤田は、出る杭を打つとばかりに、日本からあらぬ誹謗中傷を浴びせられることが多くあった。また、第2次世界大戦時には、国民の戦意高揚のため、日本の陸海軍の依頼によって、画家が戦争を題材に公式に戦争画を描くことが要請され、多くの画家たちが戦争画を描いていたが、同じくそれに参加した藤田は、戦後にたった一人で、戦争責任を負わされようとした。

第2次世界大戦後、フランスに戻ったあとは、二度と日本の地を踏むことはなかったこと、洗礼を受けて、カトリック教徒となったことを考えると、藤田の画家人生や精神において、どれほどの影響があったものか、計り知れない。

東京都美術館で、「没後50年 藤田嗣治展」がスタートして、話題を呼んでいる間に、藤田が最晩年を過ごした、パリ郊外のヴィリエ=ル=バクルの自宅にて、藤田自らが録音した12時間におよぶテープに、亡くなるおよそ2年前の肉声があることが、NHKの番組の取材で分かり※1、世界で初公開された。

「今日は1965年夏のある日、フランスの寒村で放送は隠居の藤田がいたします」とはじまる。作品と同様に、自分の声を後世に残したい、という思いがあったようである。そして、歌を歌ったり、自身で脚本を手がけた、家を訪ねてきた死神様とのやりとりの短いお芝居を自ら演じてみたりと、ときおり藤田の作品にも見られる、ユーモアにあふれた感性や藤田自身の優しげな雰囲気が、その肉声から伝わってくる。

「この80年に戦禍も逃れ、人の誹謗にもめげず、こうやってここまで生きてきたことは、なんでござりましょう。全く天の神様のおかげだと信じております。その神様へお礼の気持ちで小さなお御堂を捧げたいのでござりまする。」

お御堂とは、藤田がこの後に完成させた、フジタ礼拝堂のことである。体力的にも容易ならざるフレスコ画に挑戦し、この礼拝堂の壁画も完成させた。死神様に訴えたお願いが、叶ったのである。

《礼拝》 1962-63年 パリ市立近代美術館(フランス)蔵 © Musée Art Moderne / Roger-Viollet  © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833
《礼拝》 1962-63年 パリ市立近代美術館(フランス)蔵
© Musée Art Moderne / Roger-Viollet
© Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 E2833

藤田の本当の心のうちは分からないが、このテープの声を聞くと、終の棲家となったパリ郊外の静かな田舎、ヴィリエ=ル=バクルの自宅で、妻 君代とともに、心穏やかに、ユーモアをもって楽しく生きようとしていたことが感じられる。

しかし、「日本に生れて祖国に愛されず 又フランスに帰化してもフランス人としても待遇も受けず、(中略)迷路の中に一生を終る薄命画家だった(藤田嗣治『腕一本/巴里の横顔』「夢の中に生きる」)」、「J'en ai assez de cette vie!(こんな人生はうんざりだ!)」※2 という言葉も残している。

生きている間に、祖国日本の人々からも才能を称えられ、認められ、愛されたかったに違いない。現在、世界には、藤田の絵に魅了され、敬愛している人々は、どれほど多くいるだろうか。もちろんここ日本にも。そして現在、多くの人々が、連日、藤田の大回顧展に足を運び続けていることを、天国から見ていて欲しいと願うばかりだ。

また、この録音テープに藤田は、「必ず絵には永久に生きている魂があると思っております。」という言葉を残している。これは、芸術の真髄ともいえる一言ではないだろうか。芸術は、時空を超えて、その作品に出会った鑑賞者に、魂をもって語り掛けてくる。人間のありようや、世界がどういうものか、生きることがどういうことか、目を開かせてくれることがある。

『腕一本』というエッセイを書いた藤田は、そのタイトルのように、絵を描くことを、どんな画材や環境にも左右されずに、腕一本で勝負する気迫と覚悟で、“世界の藤田”になるべく、画家になった。そして、藤田は先のテープでは、80歳を目前にして、「まだ仕事がしたい」と死神様に訴えている。

藤田は、絵を描くこと、思いを形にして表現することが本当に好きで、静かな田舎でひっそりと暮らしていても、常に芸術を通じて、世界に愛情を向けていた生涯だったのではないだろうか。多くの作品となって今も藤田の魂は、永遠に生き続けている。

ぜひ「没後50年 藤田嗣治展」で、作品の中に生き続けている藤田と出会ってほしいと願う。

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「没後50年 藤田嗣治展」
開催美術館:東京都美術館
開催期間: 2018年7月31日(火)~2018年10月8日(月・祝)

「没後50年 藤田嗣治展」
開催美術館:京都国立近代美術館
開催期間: 2018年10月19日(金)~2018年12月16日(日)

※1:肉声テープは、NHKの特集番組「よみがえる藤田嗣治~天才画家の素顔~」にて放送
※2:日曜美術館「知られざる藤田嗣治~天才画家の遺言~」の番組内にて紹介された。

参考文献:『腕一本』藤田嗣治 1984年/講談社

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