FEATURE

謎めいた絵画を制作し続けた孤高の芸術家
ルドンの新しい側面に光をあてる。

彼を取り巻く世界から多大なる影響を受けていることが明らかになった
ルドンの作品を、同時代の潮流の中で、あらためて捉えなおす。

内覧会・記者発表会レポート

オディロン・ルドン《オルフェウスの死》1905-1910年頃 油彩/カンヴァス 岐阜県美術館蔵
オディロン・ルドン《オルフェウスの死》1905-1910年頃 油彩/カンヴァス 岐阜県美術館蔵

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「オディロン・ルドン」、この芸術家の名前を初めて知ったのは、彼の代名詞的な作品である眼球が浮遊したようなモノクロームの作品を観た際であった。

あらためて調べてみると、それは、『眼=気球』(1878年)と題した木炭画による作品で、黒目が上方を向いた大きな目玉のついた気球が、人物の頭部(それも目から上の部分だけ)を運んで、空へ向かっていく、奇妙な空想世界の、不可思議な物語性を鮮烈に感じる印象的な絵であった。

その他にも、目玉の花や一つ目巨人、顔そのものが眼球になって擬人化された姿など、「目」「眼球」「瞳」のモチーフが登場する作品が数多くある。または首のない顔(頭部)そのものをモチーフに、胚芽や生命の原初的なものとして、作品に描いている。

オディロン・ルドン《III. 不恰好なポリープは薄笑いを浮かべた醜い一つ目 巨人のように岸辺を漂っていた》『起源』1883年 リトグラフ/紙 岐阜県美術館蔵
オディロン・ルドン《III. 不恰好なポリープは薄笑いを浮かべた醜い一つ目 巨人のように岸辺を漂っていた》
『起源』1883年 リトグラフ/紙 岐阜県美術館蔵

ルドンの手掛けるリトグラフやエッチングなどの版画による作品表現そのもののニュアンスには、美しさや神秘性を感じる。しかし、「眼球」や「頭部」といったモチーフの描かれ方には、胸騒ぎを覚えるような、妙に鮮烈な印象が残り、“オディロン・ルドン”という不思議な響きを感じさせる名前とともに、記憶に残った。

“オディロン”とは、あまり聞きなれない名前だと思ったら、母親のオディール(Odeile)を由来とする愛称なのだそう。本名は、ベルトラン=ジャン・ルドン。

「ルドン」の文字をかたどった、展示室入り口 撮影:加藤健
「ルドン」の文字をかたどった、展示室入り口 撮影:加藤健
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「ルドン ひらかれた夢ー幻想の世紀末から現代へー」
開催美術館:ポーラ美術館
開催期間: 2018年7月22日(日)~2018年12月2日(日)

2018年7月22日より、箱根のポーラ美術館で「ルドン ひらかれた夢 ー幻想の世紀末から現代へー」 が開催されている。

「本当に孤高の画家だったのか?」という問いかけが、キャッチコピーとなっているこの展覧会では、孤高の芸術家であるオディオン・ルドン(1840-1916)の“新しい側面”に光をあてて、同時代の潮流の中で、ルドンの作品をあらためて捉えなおそうと試みている。

「新しい側面」というのは、これまでに築き上げられてきた“孤高の幻想画家”というルドンの芸術家神話が、近年の研究によって解き明かされた姿だ。様々な価値観が交錯する時代のなかで探究を続けた“ひらかれた”芸術家 ルドンの姿であり、今回の展覧会を通して、それを明らかにしようと試みている。

39歳で発表した最初の版画集「夢のなかで」(1879年)の展示風景 撮影:加藤健
39歳で発表した最初の版画集「夢のなかで」(1879年)の展示風景 撮影:加藤健

印象派の時代を花開かせたクロード・モネ(1840-1926)と同じ年に生まれたルドン。印象派やその他の流派とも一線を画したルドンの画家人生に、特に多大なる影響を与えた3人が、全5章で構成された最初の章で紹介される。

生後すぐから過ごしたのは、葡萄畑が点在する荒涼とした、フランス・ボルドーの郊外 ペイルルバード。その田舎町で、15歳の時に出会った地元の風景画家 スタニスラス・ゴラン(1824-1874)は、ルドンに素描の基礎を教え、ドラクロワ、コロー、ミレーといった画家たちの作品の素晴らしさを伝えた。

植物学者 アルマン・クラヴォー(1828-1890)との出会いは、顕微鏡下の微小な植物や生物との遭遇をルドンにもたらした。そして、放浪の画家 ロドルフ・ブレスダン(1822-1885)は、版画の技術を教えるのみならず、独自の幻想世界を作り出す創作姿勢に大きな影響を与えた。いずれも、ルドンの芸術の根源となしていく重要な人物たちである。

オディロン・ルドン《ヴィーナスの誕生》1912年頃 油彩/カンヴァス ポーラ美術館蔵
オディロン・ルドン《ヴィーナスの誕生》1912年頃 油彩/カンヴァス ポーラ美術館蔵

1860年頃まで、水深550メートルを超える深海には、生命は存在しないと信じられてきた。しかし、19世紀末にかけて海洋学の発達とともに次々と不可思議な深海生物が発見された。そのような当時の自然科学がもたらした発見は、ルドンの想像力を刺激した。また、チャールズ・ダーウィン(1809-1882)によって始められ、広く知られていく「生物進化論」などによる影響を、第2章の「水と生命 ― 始原的なかたち」で紹介している。

ルドンが50歳となる1890年前後を境に、豊かな色彩を湛える絵画を制作するようになると、それまで描くことのなかった風景表現があらわれる。水が気体となった雲や、不思議な色に染まった海底から神秘的なモティーフが生まれる。

鉄道や電灯などが登場し、産業革命の波が訪れた19世紀は、空への飛翔に探究を向けて、気球が発明された。敬愛した画家 ドラクロワ(1798-1863)からの影響により、有翼の人物や天空を走る馬などを主題として描いた作品を、第3章の「翼と気球 ― 近代性と神話」で紹介する。

オディロン・ルドン《日本風の花瓶》1908年 ポーラ美術館蔵
オディロン・ルドン《日本風の花瓶》1908年 ポーラ美術館蔵

10代で出会った植物学者 クラヴォーは、ルドンに生涯に渡る植物への関心をもたらし、その思想は、植物と人間の身体とが一体化するルドンの表現に大きな影響を及ぼしている。また、版画作品にしばしば登場する「眼」のモチーフについて、「ルドンにとって目という主題は、不可視なる世界を模索する彼の眼差しの象徴であり、同時に別の世界からこちらを見つめる他者の視線でもある。」と解説が寄せられている。第4章「ひらかれた夢 ― 花と眼」にて。

イケムラレイコ《Genesis I》2015-2017年 テンペラ/ジュート シュウゴアーツ蔵 ©Leiko Ikemura, Courtesy of ShugoArts
イケムラレイコ《Genesis I》2015-2017年 テンペラ/ジュート シュウゴアーツ蔵 ©Leiko Ikemura, Courtesy of ShugoArts

最後の第5章「21世紀にひらく夢 ― 受け継がれるルドン」では、現代に受け継がれるルドン的なる幻想の世界として、版画家 柄澤齊や、幻想的な絵画を描くイケムラレイコ、奇怪な生物のイメージを生み出す鴻池朋子などの作品を紹介している。

ルドンの絵画は、美術史上では、「象徴主義」に分類される。象徴主義とは、1870年頃のフランスやベルギーで興った文学および芸術運動であり、ギュスターヴ・モロー、グスタフ・クリムト、オディロン・ルドンほか、イギリスにおけるラファエル前派なども象徴主義の先駆的存在である。心や精神、運命など、目に見えない、内面的な世界を象徴によって表現する立場・芸術上の運動とされている。

オディロン・ルドン《神秘的な対話》1896年頃 岐阜県美術館蔵
オディロン・ルドン《神秘的な対話》1896年頃 岐阜県美術館蔵

しかしながら、ルドンがさまざまな人物から自らの芸術の根源となるような重要な影響を受けたとしても、また神話や文学を主題に選んだとしても、ルドンの芸術表現やその作品からくるイメージを、即座に何かの派や主義にカテゴライズして、並列的にイメージすることは、難しいのではないだろうか。やはり、ルドンならではの独自の芸術世界、唯一無二な芸術表現としての魅力がイメージとして迫ってくる。

自著「ルドン 私自身に」の中で、「天から授かったものに従うことも、自然の命ずることです。わたしの授かったものは、夢にふけることでした。わたしは想像の跳梁に苦しめられ、それが鉛筆の描き出すものに驚かされました。」と打ち明けている。
※跳梁(ちょうりょう):自由にはねまわること。はびこって自由に動きまわること。

ルドン自身をも驚かせる、自ずと“鉛筆が描き出すもの”には、ルドンの精神や思想が潜んでいて、芸術の形を成しているのではないだろうか。

オディロン・ルドン《ダンテとベアトリーチェ》1914年頃 上原美術館蔵
オディロン・ルドン《ダンテとベアトリーチェ》1914年頃 上原美術館蔵

ルドンは、純粋で、打算のない心で、人間存在を深く見つめ続けている。誠実さと優しさと愛情にあふれ、人や自然の存在の本質を追究し、真理を求めるが故に、批判的な精神も持っている。

勇ましい冒涜の言葉を放つもの、見せかけの権威が幅をきかすこと、善に対して不健全な非難を浴びせる人々に対する批判的な目を持ち、素朴な魂に対して、善や美の喜びの入り口を誤らせるような人たちを恨む、と語っている。

ゆるぎない信念と美学を持ち続け、心のあり方や真理そのものの把握を求め続けたルドンの思想や精神が、表現として作品に現れ出て、ルドンならではの芸術世界を作り上げたのではないだろうか。

「本当に孤高の画家だったのか?」という問いかけには、やはり“孤高の画家であった”と、結びたい。

あなたの眼に、心に、ルドンの芸術はどのように響くだろうか?
ぜひ、展覧会でルドンの作品世界を体感していただけたらと思う。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「ルドン ひらかれた夢ー幻想の世紀末から現代へー」
開催美術館:ポーラ美術館
開催期間: 2018年7月22日(日)~2018年12月2日(日)

参考文献:
「ルドン ひらかれた夢ー幻想の世紀末から現代へー」図録 編集・発行 公益財団法人ポーラ美術館振興財団 ポーラ美術館
「ルドン 私自身に」オディロン・ルドン (著)、池辺 一郎 (翻訳) 出版社: みすず書房

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