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「死」と「再生」
青銅器のデザインに宿る、人類不変の運命と願い

企画展「死と再生の物語(ナラティヴ) ―中国古代の神話とデザイン―」が、泉屋博古館東京にて開催中

展覧会レポート

展示風景
展示風景

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江戸時代、世界一の銅産出国であった日本では、産出された多くの銅が日本の経済を支えた。1691(元禄4)年に別子銅山を開坑したのは、住友グループの先人たちであった。明治時代、銅山経営をはじめ、様々な事業の拡大と近代化を推し進めながら、現在につながる住友グループの礎を築いたのは、住友家第15代当主・住友吉左衞門友純(号 : 春翠しゅんすい、1864~1926)。芸術文化にも高い関心を示した春翠が蒐集したコレクションを有する美術館が、泉屋博古館(京都東山・鹿ヶ谷)である。その住友コレクションの中心である中国古代の青銅器は500点を超え、質と量ともに世界有数の青銅器コレクションとして知られる。

「青銅器」というと、学校で、弥生時代に装飾品や祭祀具、楽器や武器などに使われたものとして、その文化や生活様式を理解するために学んだり、あるいは博物館などで目にする、といった接点しかないという人も多いのではないだろうか。その「青銅器」の計り知れない魅力に触れられる展覧会が開催中だ。

泉屋博古館東京(東京・六本木)で開幕した「死と再生の物語(ナラティヴ)―中国古代の神話とデザイン」では、泉屋博古館所蔵の青銅器を中心に、中国古代のデザインの背景にある神話や宇宙観を解き明かす。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
企画展 死と再生の物語(ナラティヴ) ―中国古代の神話とデザイン―
開催美術館:泉屋博古館東京
開催期間:2025年6月7日(土)〜7月27日(日)

死者を守護する動物

本展では、中国古代のデザインについて「動物/植物」「天文」「七夕」「神仙への憧れ」という4つのテーマで紹介している。この記事ではその中でも特に興味深い作品を紹介する。

「動物」では、副葬品などに見られる動物として龍、鴟鴞(しきょう/フクロウ・ミミズクを指す)が紹介されている。龍は天に昇って雨を降らすことができるとされ、また天と地を結び、死んだ者の魂を守護すると考えられた。一方のフクロウやミミズクは、夜行性という性質から、夜の死者の世界を守護する存在と見なされてきた。

《戈卣》中国・殷後期 泉屋博古館
《戈卣》中国・殷後期 泉屋博古館

《戈卣(かゆう)》は2羽の鴟鴞が背中合わせで1つの器に表されている。丸い大きな目と嘴、ふっくらとしたフォルムが何とも愛らしいが、そのデザインの背景には「夜に死者の世界で邪霊から死者を守護する」とされる鴟鴞のイメージが反映されている。というのも、前後左右、全方位を見渡す(守護する)という意味だろうか、側面の胴体部(鴟鴞の死角になる部分)にも目の文様が表されており、その徹底ぶりは、器のデザインに当時の人々の信仰心が深く根差していたことを物語っている。

10個の太陽が宿る聖なる樹「扶桑」

《武氏祠前石室第三石》 中国・後漢 早稲田大学 會津八一記念博物館
《武氏祠前石室第三石》 中国・後漢 早稲田大学 會津八一記念博物館

続いて紹介するのは、中国古代において東方の彼方にあると考えられていた聖なる樹「扶桑」だ。扶桑は「十日神話」という中国古代の神話と深くかかわる。中国古代では、太陽は10個あると考えられ、普段は扶桑の樹に宿り、日替わりで金烏(きんう)に背負われて空に昇ると考えられていた。ちなみにこの「太陽が10個ある」という思想は、現代でも新年の折によく耳にする「十干十二支」の「十干」の由来でもある(一方の「十二支」は、月が12個あるという考えに由来する)。

「十日神話」によると、ある時10個の太陽が同時に空に昇った時、弓の達人・后羿(こうげい)が弓で9つの太陽を射落とし、平穏を取り戻したという話がある。《武氏祠前石室第三石》の左上に大きく描かれている樹が扶桑を表しており、その右側には弓を射る人物の姿も見える。本作は武氏一族を祀る祠に飾られた画像石の拓本だが、そうした祠に太陽にまつわる神話が表されているところにも、本展のタイトルでもある“死と再生の物語”が感じられる。

古代中国の宇宙観が投影された銅鏡

「天文」のテーマでは、現存する世界最古の天文図とされる《淳祐天文図》をはじめ、当時の宇宙観が表された銅鏡が展示されている。

《淳祐天文図》原石:中国・南宋淳祐7年 コスモプラネタリウム渋谷
東洋星座の二十八宿と「天の赤道」と「黄道」が表されている。「天の赤道」と「黄道」の円のズレは、地球の地軸の傾きによるもので、2つの円が交差する2点が「春分」と「秋分」を表すという。
《淳祐天文図》原石:中国・南宋淳祐7年 コスモプラネタリウム渋谷
東洋星座の二十八宿と「天の赤道」と「黄道」が表されている。「天の赤道」と「黄道」の円のズレは、
地球の地軸の傾きによるもので、2つの円が交差する2点が「春分」と「秋分」を表すという。

《淳祐天文図》の中央部分、2つの円が微妙にズレた状態で交わっているが、この2つの円はそれぞれ、「天の赤道(地球の赤道面を天球〈地球上の観測者を中心とする半径無限大の仮想の球面〉上に延長させた円)」と「黄道」を表しているという。現代の天文学の観点から見ても整合性のとれた図像となっている点が興味深く、中国古代の人々が見上げた夜空の世界に思いを馳せる。

《方格規矩四神鏡》 中国・前漢後期 泉屋博古館
丸い円(=宇宙)と四角(=地)の間に、四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)が表されている。また方形の辺の中心部から出る「T」、円の周囲から出る「L」、「V」のような形の図形(TLV字)も、宇宙観を表した銅鏡にしばしばみられる。
《方格規矩四神鏡》 中国・前漢後期 泉屋博古館
丸い円(=宇宙)と四角(=地)の間に、四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)が表されている。また方形の辺の中心部から出る「T」、円の周囲から出る「L」、「V」のような形の図形(TLV字)も、宇宙観を表した銅鏡にしばしばみられる。

そして、中国古代の人々はそうした広大な宇宙を鏡の中に表すようになった。展示されている銅鏡を見ると、「天円地方」(宇宙が円、地球を四角と捉える)という当時の人々の宇宙観を反映した図像が表されている。手に収まる鏡の背面を覆い尽くすそれらの図様は、中国古代の宇宙の神秘を凝縮したようで、まるでタイムスリップして中国古代の夜空を眺めているような心地だ。

寿老人、西王母―日本美術にも登場する人物の正体

中国古代の天文、神話や思想は、日本にも大きな影響を与えている。その例が七福神の一人として知られる寿老人、そして西王母だ。どちらも日本美術でも吉祥画題として多く描かれてきた人物だ。

尾竹竹坡筆《寿老人図》 明治45年頃 泉屋博古館東京
尾竹竹坡筆《寿老人図》 明治45年頃 泉屋博古館東京

寿老人は、別名「南極老人」とも呼ばれ、元々ある星を表していたのだ。その星とは「カノープス」。シリウスについで2番目に明るい星で、北半球では南天の低空に位置するため見ることが難しい。そのため、見れば長寿を与えられると考えられていたのだ。

円山応震筆《西王母図》 江戸時代後期 泉屋博古館
西王母は西方の彼方にあるとされる崑崙(こんろん)山に棲む仙女で、中国古代の地理書『山海経』では「豹の尾」と「虎の歯」をもつ半人半獣の姿と記されている。美しい女性像として描かれるようになったのは前漢時代からだという。
円山応震筆《西王母図》 江戸時代後期 泉屋博古館
西王母は西方の彼方にあるとされる崑崙(こんろん)山に棲む仙女で、中国古代の地理書『山海経』では「豹の尾」と「虎の歯」をもつ半人半獣の姿と記されている。美しい女性像として描かれるようになったのは前漢時代からだという。

一方、西王母は日本美術では絶世の美女として描かれることが多く、不老長寿の仙薬をもつ女神とされている。しかし中国古代では、必ずしも良い面だけでなく、死や疫病を司るとみなされ、「生(再生)」と「死」の女神だった。

そんな西王母は月と縁が深い。というのも先ほどの「十日神話」の中で登場した后羿(こうげい)の妻 嫦娥(じょうが)が、西王母の仙薬を盗んで月に逃げると、嫦娥は蛙にされてしまったという。そのことを示すように、銅鏡などにも月の中にカエルが描かれた図像が見られる。

科学と美術が交差するクロストーク

6月15日には、港区立みなと科学館プラネタリウム解説員の北里麻実氏を招き、本展の企画を担当した泉屋博古館学芸員・山本堯氏とのクロストーク「中国古代の神話と星座」が開催された。山本氏が、《淳祐天文図》や《武氏祠前石室第三石》などを紹介し、その背景にある神話や宇宙観を紹介する。それに対して、北里氏が実際の夜空を再現した映像を用いて、科学的な視点からそうした思想の原点ともなった星の運行について解説する。

クロストークの様子
クロストークの様子

たとえば高松塚古墳の壁画に描かれていることでも有名な四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)。本展でも銅鏡などにその姿が描かれている。それぞれが各方位を守護する(玄武=北、青龍=東、白虎=西、朱雀=南)ということは、聞いたことがあるかもしれない。実際に中国古代の「二十八宿」(=月・太陽などの位置を示すため、赤道・黄道付近で天球を28に区分したもの)では、青龍を表す星座は、東から南の空に現れる7つの星を指す(西洋星座の「おとめ座」から「さそり座」あたりまでの範囲)。

また、山本氏が『説文解字(せつもんかいじ)』(中国、後漢時代の字書)に登場する「龍」の項目に「春分になると天に昇り、秋分になると淵に沈む」という記述があることを紹介する。北里氏によると、「さそり座」がおおむね春分の頃から秋分の頃にかけて、実際に夜空に現れるそうで、星の運行と『説文解字』の記述が合致しているそうだ。中国において龍は「皇帝」の象徴でもあったが、「春から秋にかけての時期は、農耕の季節でもある。そのため龍は雨乞いの儀式とも密接につながるようになり、やがて権力者の象徴になっていくことは不思議ではない」(山本氏)。

ほかにも、美術の吉祥題材であるモチーフが天文の知識で次々とひも解かれ、美術と科学の双方の知見が交差し、当時の人々の宇宙観が立体的に立ち現れていく。参加者も二者の話にどんどんと引き込まれていく様子が感じられた。質疑の時間では、「《鳥獣戯画》の兎と蛙は、西王母の仙薬を搗く兎と、嫦娥が変身した蛙と関係があるのか?」「中国の北部と南部で文化が異なるが、神話や天文に関する解釈に地域差はあるのか?」と、参加者から興味深い質問も出た。

ちなみに鳥獣戯画との関係は、「必ずしも中国古代の思想のみが反映されたものとは言い切れないが、関連していると主張する説もある」(山本)。また、中国の南北の地域差についても「もちろんある程度はある」(山本氏)が、北里氏によれば「暦を作ることは、支配すること。そのため天文の研究は都(長安)中心になりがち」だという。美術、星空、政治、信仰…それぞれ独立した分野と捉えてしまいがちだが、中国古代では密接に結びついていたことに改めて気づかされる。

《淳祐天文図》に描かれている「天の赤道」と「黄道」について解説する北里氏
《淳祐天文図》に描かれている「天の赤道」と「黄道」について解説する北里氏

中国古代の思想や青銅器と聞くと、一見現代の私たちと直接的な結びつきがないように感じられるが、本展を見れば、様々なデザインは「死」と「再生」という人類不変の運命と願いと共にあったことが分かる。私たちが夜空を見る時、その星の光は何光年も前のものだ。何光年も前の星の光を見て、星座(神話)を生み出した。本展では、さまざまなデザインを通して、何千年もの前の中国古代の人々が見ていた神話と天文の宇宙を覗いてほしい。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
泉屋博古館東京|SEN-OKU HAKUKO KAN MUSEUM TOKYO
106-0032 東京都港区六本木1丁目5番地1号
開館時間:11:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
会期中休館日:月曜日、7月22日(火)※7月21日は開館

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