いきものたちの一瞬の姿を捉えた
小原古邨の花鳥画の世界
「没後80年 小原古邨 ―鳥たちの楽園」が、太田記念美術館にて5月25日(日)まで開催

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日本でも有数の浮世絵コレクションを有する太田記念美術館で、「没後80年 小原古邨 ―鳥たちの楽園」が開幕した。明治末から昭和前期にかけて活躍した花鳥画家・小原古邨(おはらこそん)は、近年急速に注目が集まり、日本各地で展覧会が開催されている。同館で古邨の展覧会をするのは実に6年ぶり。前回(2019年)の展覧会では、1日あたりの入館者数が館の歴代2位になるほどの人気となった。古邨の没後80年となる本年、改めて小原古邨の芸術世界を紹介する。
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- 「没後80年 小原古邨 ―鳥たちの楽園」
開催美術館:太田記念美術館
開催期間:2025年4月3日(木)〜5月25日(日)
これぞ“古邨”―「古邨」落款の作品に焦点を当てる

本展では約130点の古邨の木版花鳥画を、前期(4/3~4/29)と後期(5/3~5/25)で全作品入れ替えで紹介する。本展の出品作の約4分の1は前回の古邨展で展示されていないため、前回の展示を見たという人も、新しい出会いがある。
小原古邨(1877-1945)
明治10年(1877)、石川県金沢市生まれ。花鳥画を得意とした日本画家・鈴木華邨(すずきかそん)に師事し、肉筆画の絵師として出発する。やがて日本画から離れ、木版画を活動の場とする。花鳥画を得意とし、精密で写実的な描写が特徴で、特に自然の一瞬を捉えた構図に優れている。作品は欧米でも高く評価され、多くが輸出された。その後、画号を「祥邨(しょうそん)」と改め、昭和元年(1926)年頃、渡邊庄三郎が営む渡邊版画店(現・渡邊木版美術画舗)の元で新版画として木版画の花鳥画を発表する。昭和10年代前半には制作を辞め、昭和20年(1945)、67歳でこの世を去る。

本展で展示されている作品は、明治38~45年(1905-12)頃、古邨が28~35歳の時期の作品で、松木平吉(大黒屋)や秋山武右衛門(滑稽堂)という版元から300点を超える花鳥画を出版した。それらの作品には「古邨」という落款が記されており、質量共に充実した様子が作品からもうかがえる。見ているだけでも花の香りが漂ってきそうな芳醇な様子の花々、羽の細部まで端正に描き込まれた鳥たちの生き生きとした姿、その瑞々しさは「これぞ古邨」と思わせる作品ばかりだ。

花だけでなく、雪や月など四季折々の風景と鳥たちの姿を組み合わせ、情趣溢れる表現を追求する。
時にユーモラスに、時にシリアスに描く
古邨が描く鳥たちは、凛とした佇まいを見せる“絵になる”姿ばかりではない。時にはユーモラスに、時には自然界の厳しさを覗かせてる緊張感のある一瞬も絵にしている。

例えばこの《蝶を取りあうひよこ》では、2羽のひよこが1羽の蝶を取り合っている姿が描かれている。花鳥画において多くの場合、ひよこは慈しむべき可愛らしい存在、庇護される存在として描かれるが、ここでは、ひよこたちが蝶の翅をくわえて引っ張り合う、少し残酷にも見える一瞬が表されている。しかし、だからこそ生き物の世界のリアリティ、ひよこたちの活発さ、生命力が感じられる。

一方で《木菟と雀》では、一羽のミミズクが眠っているのだろうか、枝の上でじっとしている姿がなんとも愛らしい。画面の左下に固まってミミズクの様子をうかがう3羽の雀たちの表情も愉快で、それぞれの鳥たちにセリフを付けたくなる光景だ。
鳥の姿を精緻に描きつつも、博物図譜のような表面的に姿かたちを写し取るのではなく、古邨は鳥たちの個性、生き方そのものを捉えようとしている。そして様々な草花と組み合わせることで、楽園のような夢幻の世界へと昇華されている。その古邨の眼差しそのものが“古邨印”となっているのだ。



また、花や鳥だけでなく、詩情豊かな古邨の作品世界を構成する背景などの表現方法にも注目したい。本展では、雨の表現の違いに注目する。《雨中の小鷺》では細い直線で激しい雨を表し、《雨中の雀》では、ぼかしによって湿潤な空気を表している。《雨中の鷲》では線を用いず、墨色を斜めに入れることで雨を表現しており、それぞれの季節や時間帯なども想像させ、興味深い。
木版画制作の裏側が垣間見える作品も展示
本展では、木版画制作の裏側を垣間見せる珍しい作品も展示されている。

《枝垂れ桜に燕・山茶花に四十雀・蓮に鷭》は、一見横長の判型だが、縦に三分割され、それぞれ独立した絵が描かれている。これは「大三つ切判(=横大判の画面を縦に3等分し、それぞれに独立した絵を描く特殊な判型)」の裁断前の状態のものだ。本来であればこの後に裁断され、それぞれの作品として販売される。本作は裁断されないまま今日まで残る貴重な作品だ。

「毛ノスミ板ヲトル」など、毛並みをより柔らかく表現するための指示が書き込まれている。
《踊る狐》は、古邨の描く動物画の中でもとくに人気の高い作品だが、前期展示ではその試摺りが展示されている。修正指示も書き込まれており、細かな調整が行われていることがうかがえる。後期展示では、《踊る狐》の本摺りの作品が展示されるので、ぜひこの修正指示からどう変わったのかを確認しに再訪してほしい。
動物、虫、魚たちもお手の物
古邨と言えば鳥と花を組み合わせた作品のイメージが強いが、動物や虫、魚なども描いており、慈しみに満ちた眼差しは、生きとし生けるものすべてに分け隔てなく注がれている。

一匹の鉢を捕まえてじっと見つめる猿。その姿は、まるで絵本の挿絵のように愛らしい。「猿と蜂」という組み合わせは、「蜂」が「ほう」とも読み、「猿=猿猴(えんこう)」の「猴(こう)」の字から、「封侯(ほうこう=封土を与えられて諸侯の列に連なる)」という言葉と結びつき、武士の世において「立身出世につながる」縁起の良い画題だった。古邨が描いたこの猿は、立身出世の野心などなさそうだが、ほのぼのとした雰囲気で、見ているだけで心が満たされる。

水中の清らかさ、その中をゆったりと泳ぐ鯉の姿の清々しさが心地よい
古邨以前、江戸~明治期の花鳥画も紹介
本展では、古邨の花鳥画以前の例として、歌川広重や葛飾北斎ら江戸時代を代表する浮世絵師をはじめ、河鍋暁斎、渡辺省亭など幕末、明治期に活躍した絵師たちによる花鳥画の版画や版本も展示されている。

広重の情趣溢れる花鳥画や、北斎の才気みなぎる版本からは、花鳥画という伝統的な主題の中で、いかにオリジナリティを出せるかという絵師たちの探求心がうかがえる。その志向は明治期になって、さらに加速度的、多面的に広がる。

本作では、清親は輪郭線を用いないで鴨を立体的に表現しようと試みている。
これらの作品と比較すると、古邨がいかに伝統的な花鳥画を踏襲しながらも、新しい時代の木版画作品として、より洒脱で洗練された画面を構築していたかが感じられるだろう。

近年高まる新版画ブームにより、小原古邨の名を知る人も増えてきている。今回初めて知る人も、すでに知っている人も、改めて古邨が描いた楽園のごとき世界に足を踏み入れて、画面の中でのびのびと生きる生き物たちに会いに来てほしい。
- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
- 太田記念美術館|Ōta Memorial Museum of Art
150-0001 東京都渋谷区神宮前1-10-10
開館時間:10:30〜17:30(最終入館時間 17:00)
会期中休館日:月曜日、4月30日~5月2日(展示替えのため)、5月7日 ※ただし5月5日は開館
※作者は明記がない限り全て小原古邨
※展示作品は、明記がない限り全て前期展示(4/3~4/29)