アフリカ系アメリカ人美術家、シアスター・ゲイツの最新展示
日本から世界へ発信される「ブラック・アーカイブ」
「1965 Malcolm in Winter: A Translation Exercise」が、ホワイトキューブ・バーモンジー(ロンドン)で開催

Courtesy of Theaster Gates and White Cube.
構成・文:森聖加
イギリス・ロンドンのギャラリー、ホワイトキューブ・バーモンジーでアフリカ系アメリカ人の現代美術作家、シアスター・ゲイツ(1973年-)の個展「1965 Malcolm in Winter: A Translation Exercise (1965 冬のマルコム:翻訳の試み)」が開催されている。昨年、森美術館での日本初個展「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」で好評を博した作家が2025年最初の展示テーマに選んだのは、マルコムⅩ。1965年2月21日、アメリカ黒人解放運動の闘士であり思想家は、ニューヨークで暗殺された。今年は暗殺から60年、生誕100年の年でもある。
本展示は、マルコム暗殺の現場に遭遇した日本人女性とゲイツとの日本での出会いからはじまる。筆者は両者をつなぎ、これまでの歩みをフォローしてきた。世界的美術家の最新展示を報告する。
※本文中の敬称略
- Theaster Gates 1965: Malcolm in Winter: A Translation Exercise
シアスター・ゲイツ 1965 冬のマルコム:翻訳の試み
会期:2025年2月7日~4月6日
会場:ホワイトキューブ・バーモンジー(イギリス・ロンドン)
144–152 Bermondsey Street London SE1 3TQ
https://www.whitecube.com/gallery-exhibitions/theaster-gates-bermondsey-2025
マルコム暗殺に遭遇した日本人が伝えた60年代の黒人解放運動に触発され
「1960年代のアメリカにおいて黒人と日本人との間に連帯があったとは、いまを生きるアメリカ黒人にはきっと信じられないことでしょう。(第二次世界大戦中)強制収容所に収容された日系人と黒人たちとの間にも連帯があった。そして、みながアメリカのベトナムへの軍事介入に対して反対の声を上げ闘いました。ハルヒのアーカイブはその証拠です。これまで曲解され伝えられてきた出来事を、正しく伝えるのに役立つ資料なのです」(シアスター・ゲイツ)
ロンドンのホワイトキューブ・バーモンジーの会場に設置されたモニターでは日本人女性が、日本語で朗読をしている。この女性こそがゲイツが言う、ハルヒ=石谷春日(いしたに はるひ)。今年88歳になる彼女が朗読する内容は、マルコムⅩのスピーチ「1965年における自由への展望」の邦訳だ。

シアスター・ゲイツの最新個展「1965 マルコム・イン・ウィンター:ア・トランスレーション・エクササイズ」は、1950年代から60年代にかけて、人種差別がはびこるアメリカで黒人解放運動を指導した人物、マルコムⅩをタイトルに掲げる。1965年、冬のマルコム。マルコムⅩは1965年2月21日、真冬のニューヨーク、オーデュボン・ボールルーム(舞踏場)で演説を行おうと聴衆に挨拶をした直後、何者かの銃弾に倒れた。石谷はパートナーの長田衛(ながた えい/故人)とともに暗殺の瞬間に遭遇。当日の演説には日本人が3名参加しており、石谷がただひとり、その体験をいまに伝える人物となる。
失われていた「真実のマルコムⅩ」に、東京で出会う
2024年5月、日本での初個展「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」のただなか、ゲイツは思いもよらぬ資料と東京・上野の古書店で対面していた。膨大な数の書籍や雑誌、ポスターなどにはアフリカン・アメリカンの彼になじみの深い、黒人革命家たちの顔があった。その中心はマルコムⅩ。資料の核となるのは、長田が石谷とともに多数の媒体に著してきた急進的黒人解放運動の記録である。長田が暗殺事件直後に『日本読書新聞』(1965年3月8日付)に寄稿した「マルコムⅩ暗殺の背景」は、日本におけるマルコム暗殺の第一報となる。石谷はこれらの資料をひとまとめで保管し、活用してくれる人物を探していた。
石谷の蔵書を買い取った古書ほうろうの宮地健太郎は仲間とともに、資料が散逸する前に少しでも多くの人に見てもらおうと「長田衛の仕事 マルコムⅩと急進的黒人解放運動」という展示を店舗で開く。アメリカの黒人文化や歴史に関心のあるものならば、だれもがその貴重さに目を見張る資料。「これらを託せる人物は、シアスター・ゲイツかもしれない」。森美術館でゲイツの展覧会を取材していた私はそう思った。コンタクトを取ると、世界的美術家は上野の小さな古書店に本当に現れた。

「マルコムⅩに関する知識のかたまりが、長田さんと春日さんの資料には保存されていました。事実が歪められたり、手を加えられたりしたものではありません。この日本で、マルコムの考えを信じる人々によって守られてきたのです。まるで失われた聖書かなにかを発見したようでした。今回のロンドンでの個展で、ふたりの資料を『失われたマルコムⅩ(の実像)だ!』と紹介できることにワクワクしています」とゲイツは興奮ぎみに話した。彼は資料をアーカイブすることを引き受け、そしてプロジェクトははじまった。
「蒐集はプロテスト。黒人の文化と歴史を保存し、伝える手段だ」
シアスター・ゲイツという現代アーティストは、一般的な美術の枠組みで考えれば捉えどころのない人物かもしれない。その活動は、陶芸、彫刻、ペインティング、都市計画、音楽、パフォーマンス……と多岐にわたるからだ。そしてもうひとつ重要な位置を占めるのが、黒人の文化、空間を保存し、後世に伝えるアーカイブ・プロジェクトである。森美術館での展覧会「アフロ民藝」では、彼の地元、シカゴの元銀行を改修した「ストーニー・アイランド・アーツ・バンク」内にあるライブラリーを再現した、「ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース」の壮大なインスタレーションが記憶に新しい。ゲイツは言う。
「黒人に関するコレクションを蒐集、維持することは私なりのラディカルな活動であり、黒人の歴史と文化を守るためのプロテストです。森美術館から展覧会を依頼されたとき、絵や彫刻をつくることも出来たけれど、私はジョンソン・パブリッシング・カンパニーのアーカイブを引き受けた責任がありました。『JET』や『EBONY』という黒人に向けての出版を行っていたこの会社は、シカゴの、黒人の強力なシンボルだったのですから」

Theaster Gates, “1965: Malcolm in Winter: A Translation Exercise", 2025. White Cube Bermondsey. Courtesy of Theaster Gates and White Cube.
「私の歴史は、ただ黒人であるということ以上に複雑で、日本で学んだ多くのことも含まれています。だから、2024年の展示では一時的にブラック・アーカイブを日本にもってきたらどうだろうと思いました。そしてそれが可能だったのだから、日本にあった黒人の歴史に関するアーカイブをロンドンに持って行き、世界の人々に見せたっていいでしょう?」
舌鋒鋭く、かつ大衆にわかりやすい言葉で、黒人の生きる術と真実を訴え続けた革命家、マルコムⅩは同胞に支持された。しかし一方では、「いかなる手段をとろうとも(By any means necessary)」に代表される発言からアメリカの支配層に敵視され、いわゆる「過激派」としてのイメージが広く流布している。長田が遺した記録に関して石谷はただひとつ、彼らが見聞きしたマルコムの実像、アフリカへの旅を経て思想を深化させていった姿を後の世代へ伝えることを強く望んだ。

「私は活動家ではなくアーティスト。革命には楽しみも必要だ」
「私は長田さん、春日さんの活動を尊敬し、このアーカイブを人々に伝えていく使命を請け負いました。私の物語の語り方は、アクティビストとは違うかもしれない。内容はシリアスなことはわかっているし、政治的な運動はシリアスです。だけど、革命には楽しみも必要。私は鑑賞者が、例えば〈revolution(革命)〉という言葉を、私の表現をどのように翻訳=解釈するのか、とても楽しみに思っています。この作品はまだ完成には至っていません。人々と交流、対話を通じて進めていくプロジェクトなのです」
アーティストの根っこをなす〈陶芸家〉として、とゲイツは次のように話す。「よい陶芸家になりたければ、どこにいようがその土を使って物をつくることが要求されます。春日さんのアーカイブは、私にその土地の土を使うことを許してくれました。世界にシェアするための素材を預かり、人々に紹介する手段を得ることができたのです」
アメリカは今、人種間のみならず分断が進み、経済的優越性や権威主義が幅を利かせる危機的状況にある。「私たちはいま非常に悪い状況に置かれています。多くの闘士が『おい、もし油断していると……』と言った通りの状況になってしまった。60年代にキング牧師が死に、ケネディが死に、マルコムが死んだ。多くの人たちがそうして追放されてきました。アメリカには人種的な未解決の問題が依然としてあり、問題に対処しなければさまざまなことが爆発するでしょう。マルコムに関するアーカイブは非常に時期にかなったものです。もし私たちが今、きょうだい愛のなかで成長しなければ、人種差別の真実に向き合わなければ、と彼は気付かせてくれているのです」(シアスター・ゲイツ)
- Theaster Gates 1965: Malcolm in Winter: A Translation Exercise
シアスター・ゲイツ 1965 冬のマルコム:翻訳の試み
会期:2025年2月7日~4月6日
会場:ホワイトキューブ・バーモンジー(イギリス・ロンドン)
144–152 Bermondsey Street London SE1 3TQ
https://www.whitecube.com/gallery-exhibitions/theaster-gates-bermondsey-2025
森 聖加
フリーランス編集者、ライター。国際基督教大学卒業。書籍『歌と映像で読み解く ブラック・ライヴズ・マター』の編集、クエストラヴ著『ミュージック・イズ・ヒストリー』の監訳を担当(藤田正との共監訳/いずれもシンコーミュージック・エンタテイメント刊)などで、音楽を中心とするポップ・カルチャーの視点からアメリカ黒人の歴史と文化を発信。ほかにアート、建築など分野を超えクロス・カルチュラルの視点でわかりやすく伝えることをモットーに取材を続ける。