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江戸寛政期に浮世絵の黄金期を築いた
蔦屋重三郎と芸術家たちの物語が歌舞伎の舞台に

『きらら浮世伝』(「猿若祭二月大歌舞伎」昼の部)が、歌舞伎座にて2月25日(火)まで

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昼の部『きらら浮世伝』より (左)蔦屋重三郎(中村勘九郎)、 (右)遊女お篠(中村七之助) ©松竹
※全画像および記事の無断転載禁止
昼の部『きらら浮世伝』より (左)蔦屋重三郎(中村勘九郎)、 (右)遊女お篠(中村七之助) ©松竹
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取材・構成・文:小林春日

いまから37年前、歌舞伎俳優 中村勘九郎の父、故十八世中村勘三郎(当時 勘九郎)が、銀座セゾン劇場で、蔦屋重三郎を演じ、反響を呼んだ舞台『きらら浮世伝』が、現在「猿若祭二月大歌舞伎」が興行中の歌舞伎座で、歌舞伎として装いもあらたに上演されている。

脚本を手掛けたのは、当時26歳だった劇作家・演出家の横内謙介である。中村勘三郎ほか、中村扇雀(当時 浩太郎)、故 川谷拓三、美保純、原田大二郎、六角精児など、歌舞伎、映画、テレビ、アングラ演劇といったジャンルを問わず集められた役者による座組みで、演出は、映画やドラマで監督・演出家として異才を発揮していた故 河合義隆によるものだった。
※本文中の敬称略

歌舞伎座(東京)内の稽古場にて先行して行われた取材会にて。左から、中村七之助、中村勘九郎、横内謙介
歌舞伎座(東京)内の稽古場にて先行して行われた取材会にて。左から、中村七之助、中村勘九郎、横内謙介

当時、まだ駆け出しで、自分の劇団以外の人と芝居を創った経験がなかったという横内は、演出家の河合義隆について、「本当にぶっとんだ方だったんですね。一番最初に僕がお会いした時に、下北沢の居酒屋に呼ばれて、僕の目を見るなり、『君は天才か?』と問われ、『さあ、どうでしょう?』と答えたら、『じゃあ、帰って!天才とやらないと僕の才能が泣くんだよね』といわれたのが出会いでした」と、河合の破天荒ぶりが窺えるエピソードが語られた。一時が万事、この調子だったというが、そんな河合に当時の勘三郎は心酔していたという。
「『俺のハートに赤い炎を燃やさせろ』といった具体的にどうしたら良いかわからない演出で、役者陣が困惑しつつも、(勘三郎が率先して)熱く伝説的な舞台ができあがった」と語る横内にとっても、劇作家として生きる魂を注入された公演となったそうだ。

昼の部『きらら浮世伝』より 左から、蔦屋重三郎(中村勘九郎)、摺り師の親方摺松(中村松江) ©松竹
昼の部『きらら浮世伝』より 左から、蔦屋重三郎(中村勘九郎)、摺り師の親方摺松(中村松江) ©松竹

時代と格闘する蔦屋重三郎を演じた勘三郎は、芝居中にカツラが飛ぶのもいとわず熱演したという、その当時の情熱や勢いはそのままに、今回あらたな演出を加えて歌舞伎の舞台用に大幅改訂をしつつ、いまの表現としての『きらら浮世伝』に仕上がった。1月中の本公演の稽古に立ち会っていた横内は、37年前の舞台で目撃していた勘三郎の姿と、目の前にいる息子である勘九郎の姿が重なり、涙が出て仕方がなかったと語る。歌舞伎ファンにとっても、この公演を見られることは夢のような機会だ。勘九郎は、本公演を迎えるにあたり、「若い才能を発掘して当時のエンターテインメント界を活性化させた蔦重には、父に通じるものを感じています」と、コメントしている。

今年のNHKの大河ドラマ「べらぼう」でも蔦屋重三郎が取り上げられている。奇しくも、筆者が歌舞伎鑑賞に訪れたこの日、「べらぼう」で蔦重こと、蔦屋重三郎を演じている俳優の横浜流星さんが、「きらら浮世伝」の鑑賞に歌舞伎座を訪れていた。現代に、テレビドラマの蔦重と歌舞伎舞台の蔦重とが出会った瞬間を、江戸の世をエネルギッシュに生き抜いた蔦重は空から見ているだろうか。

昼の部『きらら浮世伝』より 左から 西村屋与八郎(市村萬次郎)、遊女お菊(中村米吉)、山東京伝(中村橋之助)、蔦屋重三郎(中村勘九郎)、滝沢馬琴(中村福之助)、十返舎一九(中村鶴松) ©松竹
蔦屋重三郎は、1783年に日本橋通油町(現在の東京都中央区大伝馬町)に地本問屋の「耕書堂」を構えた。
昼の部『きらら浮世伝』より 左から 西村屋与八郎(市村萬次郎)、遊女お菊(中村米吉)、山東京伝(中村橋之助)、蔦屋重三郎(中村勘九郎)、滝沢馬琴(中村福之助)、十返舎一九(中村鶴松) ©松竹
蔦屋重三郎は、1783年に日本橋通油町(現在の東京都中央区大伝馬町)に地本問屋の「耕書堂」を構えた。

天下泰平の世。幕府公認の遊郭「吉原」で生まれ育った蔦屋重三郎(1750-1797年)は、「蔦屋」という茶屋で働きながら、小さな貸本屋を営んでいた。やがて版元として、黄表紙や狂歌本を世に送り出し、相次いでヒットさせていく。

「きらら浮世伝」に登場するのは、蔦重が版元として出版物をともに世に送り出した、恋川春町(中村芝翫)、大田南畝(中村歌六)、山東京伝(中村橋之助)、喜多川歌麿(中村隼人)といった戯作者や絵師たち。さらに、謎の絵師としてその素性に諸説ある東洲斎写楽や、蔦重が才能を見出した無名時代の葛飾北斎(中村歌之助)、滝沢馬琴(中村福之助)、十返舎一九(中村鶴松)らだ。

当時人気の戯作者や絵師を起用したり、若き才能を見出して世に送り出すなど、世の中の状況を的確に把握し、またあらゆる人脈を巧みに利用しながら、独自の発想力で世の人の心を掴むヒット作を次々に生み出していく。

昼の部『きらら浮世伝』より (左)恋川春町(中村芝翫)、(右)蔦屋重三郎(中村勘九郎) ©松竹
昼の部『きらら浮世伝』より (左)恋川春町(中村芝翫)、(右)蔦屋重三郎(中村勘九郎) ©松竹

ところが、幕政を主導していた老中の田沼意次が失脚し、新たに老中の座に就いた松平定信によって、質素倹約を求める寛政の改革が行われ、時代が一変していく。洒落本が風紀を乱したとして、山東京伝(中村橋之助)は、手鎖50日の刑が科せられ、版元の蔦重は財産を半分没収されるなどの憂き目に合う。そんな中で、奮闘する蔦重とお篠(中村七之助)との交差する思いも描かれていく。

昼の部『きらら浮世伝』より 遊女お篠(中村七之助) ©松竹
昼の部『きらら浮世伝』より 遊女お篠(中村七之助) ©松竹
昼の部『きらら浮世伝』より (左)遊女お篠(中村七之助)、(右)喜多川歌麿(中村隼人) ©松竹
喜多川歌麿演じる中村隼人は、現在放送中のNHKの大河ドラマ「べらぼう」にも、長谷川平蔵宣以役で出演中だ。良い絵を描いてもらうためにはなんでもする、という蔦重に、それならいい女を抱きたい、と言って遊女お篠を呼べと迫り・・・
昼の部『きらら浮世伝』より (左)遊女お篠(中村七之助)、(右)喜多川歌麿(中村隼人) ©松竹
喜多川歌麿演じる中村隼人は、現在放送中のNHKの大河ドラマ「べらぼう」にも、長谷川平蔵宣以役で出演中だ。良い絵を描いてもらうためにはなんでもする、という蔦重に、それならいい女を抱きたい、と言って遊女お篠を呼べと迫り・・・

寛政の改革で処罰を受けた後も、蔦重はその勢いを止めることなく、歌麿の美人大首絵や、写楽の雲母摺りを用いた役者絵などの新機軸を打ち出し続けていく。

(左)東洲斎写楽筆 江戸時代・寛政6年(1794年)「恋女房染分手綱(こいにょうぼうそねわけたづな)」より市川鰕蔵の竹村定之進 
(右)喜多川歌麿筆 玉屋の明石 吉原七小町図屏風より(玉屋内明石・裏寺・島野) 1794-95年頃(錦絵・大判)
(左)東洲斎写楽筆 江戸時代・寛政6年(1794年)「恋女房染分手綱(こいにょうぼうそねわけたづな)」より市川鰕蔵の竹村定之進
(右)喜多川歌麿筆 玉屋の明石 吉原七小町図屏風より(玉屋内明石・裏寺・島野) 1794-95年頃(錦絵・大判)

出版物を通じて江戸文化を華やかに彩った蔦屋重三郎と、戯作者や絵師、そして摺り師・彫り師らも交えた芸術家たちが幕府の弾圧に立ち向かい、奮闘しながら時代を駆け抜けた青春群像劇は、二幕、全10場面に渡って、臨場感と疾走感に溢れつつ、美しい舞台となっている。

昼の部『きらら浮世伝』より 蔦屋重三郎(中村勘九郎) ©松竹
昼の部『きらら浮世伝』より 蔦屋重三郎(中村勘九郎) ©松竹

幕府の弾圧による閉塞感は、歴史上の過去の出来事とはいえ、胸が締め付けられる思いがした。表現者が表現する場を奪われ、人々がそれを享受する機会が失われる。そういったことがなぜ起こるのか、あらためて考えさせられた。こういった統制は、現代でも国が違えば、実際に起きていることでもある。芸術や文化は、娯楽や教養のためというだけでなく、人間や人間社会を知り、人々がより豊かに生きていくために、あるいは誰もが自分らしく日々を生きていくために必要不可欠なものである。それが当たり前にある日常に感謝しつつ、芸術・文化を表現したり享受したりする自由がこれからの未来にも決して奪われることのないように願いたい。

昼の部『きらら浮世伝』より 左から 遊女お菊(中村米吉)、西村屋与八郎(市村萬次郎)、蔦屋重三郎(中村勘九郎)、滝沢馬琴(中村福之助)、摺り師の親方摺松(中村松江)、喜多川歌麿(中村隼人) ©松竹
昼の部『きらら浮世伝』より 左から 遊女お菊(中村米吉)、西村屋与八郎(市村萬次郎)、蔦屋重三郎(中村勘九郎)、滝沢馬琴(中村福之助)、摺り師の親方摺松(中村松江)、喜多川歌麿(中村隼人) ©松竹

幕府に抗い、時代を駆け抜ける蔦重を演じる勘九郎の気迫と、本公演で熱演を見せる役者らの演じることへの強い愛情をひときわ感じられる舞台である。公演は、今月2月25日(火)まで。貴重な舞台をぜひ見逃さないでほしい。

松竹創業百三十周年 猿若祭二月大歌舞伎
2025年2月2日(日)~25日(火)
昼の部:午前11時~ 『鞘當』『醍醐の花見』『きらら浮世伝』
夜の部:午後4時30分~ 『壇浦兜軍記 阿古屋』『江島生島』『人情噺文七元結』
※休演:10日(月)、18日(火)
劇場:歌舞伎座(〒104-0061 東京都中央区銀座4-12-15)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/926

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