FEATURE

パヴィリオンに響く大きな振動に活性化して
心が震わされる。そんな感覚や経験を共有したい

第60回ヴェネチア・ビエンナーレに続きアーティゾン美術館で国内初の大規模個展が開幕、現代美術家・毛利悠子インタビュー

インタビュー

第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館(主催:国際交流基金)で。日本代表作家の毛利悠子(左)とキュレーションを担当したイ・スッキョン(右) 撮影:久家靖秀
第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館(主催:国際交流基金)で。
日本代表作家の毛利悠子(左)とキュレーションを担当したイ・スッキョン(右) 撮影:久家靖秀

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構成・文 藤野淑恵

世界に数ある芸術祭の最高峰。2年に一度開催されるヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展

ヴェネチア・ビエンナーレのメイン会場のひとつ、ジャルディーニ。木立の中に各国の常設パヴィリオンが点在する、(編集部撮影)
ヴェネチア・ビエンナーレのメイン会場のひとつ、ジャルディーニ。木立の中に各国の常設パヴィリオンが点在する、(編集部撮影)

ヴェネチア・ジャルディーニ(Venice Giardini ベニスの庭)と呼ばれる、水の都の緑豊かな庭園は、街のランドマークのサンマルコ広場から、大運河に沿ってリド島の方角へ歩くこと15分程の場所にある。住民や観光客の移動の足である水上バス、ヴァポレットの停留所「ジャルディーニ」の目の前に位置するこの広大な庭は、2年に一度開催される世界的な芸術祭、ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(「ビエンナーレ(biennale)」は、隔年を示すイタリア語)のメイン会場のひとつ。ジャルディーニ・デッラ・ビエンナーレ(Giardini della Biennale ビエンナーレの庭)とも呼ばれている。

ジャルディーニの企画展会場(編集部撮影)
ジャルディーニの企画展会場(編集部撮影)
第60回 ヴェネチア・ビエンナーレ国際芸術展
会期:2024年4月20日(土)〜11月24日(日)
ジャルディーニ(GIARDINI)、アルセナーレ(ARSENALE)などを会場に開催
GIARDINI DELLA BIENNALE:SESTIERE CASTELLO 30122 VENICE
ARSENALE:SESTIERE CASTELLO CAMPO DELLA TANA 2169/F 30122 VENICE
公式ウェブサイト:https://www.labiennale.org/en/

世界に数ある国際芸術展の中でもヴェネチア・ビエンナーレは特別な存在だ。開幕はイタリア統一から間もない1895年に遡る。当時から今日に至るまで踏襲されている最大の特徴は、参加国が自前のパヴィリオンで自国の代表作家の展覧会を開催するというナショナル・パヴィリオン方式と、「金獅子賞」を頂点にした賞制度にあり、「美術のオリンピック」と呼ばれることもある。日本を含む29カ国がジャルディーニの中に恒常的なパヴィリオンを持ち、もうひとつの会場である「アルセナーレ」や市内各所で開催する国を含めると約90の国々が参加する。第60回のナショナル・パビリオンの金獅子賞はオーストラリアのアーチー・ムーアが受賞した。

ヴェネチア・ビエンナーレのもうひとつのメイン会場、アルセナーレ地区の運河は、今回のテーマである「どこにでもいる外国人」の多言語によるネオンアートで彩られていた。(編集部撮影)
ヴェネチア・ビエンナーレのもうひとつのメイン会場、アルセナーレ地区の運河は、今回のテーマである「どこにでもいる外国人」の多言語によるネオンアートで彩られていた。(編集部撮影)

各国のパヴィリオンでの展示とは別に、総合ディレクターが設けたテーマとキュレーションによる大規模な企画展も、世界の美術界から注視されている。第60回の総合テーマは「Foreigners Everywhere(どこにでもいる外国人)」。総合ディレクターのサンパウロ美術館のアーティスティック・ディレクターのアドリアーノ・ペドロサは、グローバル化が進む現代において異なる背景を持つ人々が交差し共存する現実を反映しながら、先住民、植民地主義、多文化主義に焦点を当てた。企画展の金獅子賞には、ニュージーランドを拠点に活動し、先住民族・マオリにルーツを持つ女性アーティスト4人によって構成されている、マタアホ・コレクティヴが輝いた。

日本館の外観。日本は1952年に初めて公式参加を果たす。1956年の日本館完成以降は毎回参加を続けている。2014年には石橋財団の支援により建築時の設計意図を回復する方向で伊東豊雄による改修工事が行われた。 撮影:Peppe Maisto
日本館の外観。日本は1952年に初めて公式参加を果たす。1956年の日本館完成以降は毎回参加を続けている。2014年には石橋財団の支援により建築時の設計意図を回復する方向で伊東豊雄による改修工事が行われた。 撮影:Peppe Maisto

ジャルディーニに点在する各国のパヴィリオンには、アルヴァ・アアルト(フィンランド館)、カルロ・スカルパ(ベネズエラ館)など著名な建築家が携わったパヴィリオンもあり、美術展と交互に開催される建築展もこの地で開催されている。現在の株式会社ブリヂストンを創業した石橋正二郎の寄付を得て日本館が完成したのは1956年。床面中央の四角い穴がピロティにつながる斬新な建築はル・コルビュジエに師事した吉阪隆正によるもので、これまで斎藤義重、高松次郎、菅木志雄、草間彌生など日本を代表するアーティストが世界に向けて作品を展示してきた。

毛利悠子「Compose」。第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館でのインスタレーションの制作風景。
撮影:久家靖秀 
毛利悠子「Compose」。第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館でのインスタレーションの制作風景。
撮影:久家靖秀 

毛利悠子 プロフィール

1980年生まれ。神奈川県出身。2006年に東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻を修了。構築へのアプローチではなく、環境などの諸条件によって変化してゆく「事象」に焦点を当てるインスタレーションや彫刻を制作。「ピュシスについて」(アーティゾン美術館、2024–2025)、「Compose」(第60回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館、2024)、カムデン・アーツ・センター(ロンドン、2018)、十和田市現代美術館(青森、2018-2019)での個展のほか、「第14回光州ビエンナーレ」(2023)、「第23回シドニー・ビエンナーレ」(2022)、「第34回サンパウロ・ビエンナーレ」(2021)など国内外の展覧会に参加。2017年、芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

日本館の展示作家、毛利悠子の展覧会タイトルは「Compose」。 キュレーターにはイ・スッキョンを指名

現在開催中(2024年11月24日まで)の第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本代表作家は毛利悠子。廃材やありふれた日用品を作品に取り込み、それらに新たな意味や生命を吹き込む作品や、環境などの自然に力と機械的なオブジェクトを組み合わせて物質の変化や動きを可視化するインスタレーション制作で注目を集める現代美術家だ。ヴェネチア・ビエンナーレでは選出された作家がキュレーターを選ぶ。毛利は、自身が2023年に参加した光州ビエンナーレのアーティスティック・ディレクター、イ・スッキョンを指名。イは2015年のヴェネチアビエンナーレで韓国館のキュレーションも務めた経験もある。2024年4月、世界各国からの美術関係者やプレスで賑わうプレビューには、展示会場と階下のピロティを行き来するアーティストとキュレーターの姿があった。

毛利悠子《 I/O 》2011年-2023年、「第14回光州ビエンナーレ」展示風景、2023年、
ホランガシナム・アート・ポリゴン 撮影:glimworkers
毛利悠子《 I/O 》2011年-2023年、「第14回光州ビエンナーレ」展示風景、2023年、
ホランガシナム・アート・ポリゴン 撮影:glimworkers

「スッキョン姉さんは私のメンター」、と毛利悠子は国際的に経験豊富なキュレーターに全幅の信頼を置く。 二人が初めて協働する機会となったのが、イがアーティスティック・ディレクターをつとめた2023年の第14回光州ビエンナーレ。「soft and weak like water(天下に水より柔弱[にゅうじゃく]なるは莫[な]し)」という中国の思想家・老子の言葉をテーマにした芸術祭には、世界中から「水」をテーマにした作家が集まった。「国やバックグラウンドが異なると、全く違うことを考えていることがわかって面白かった」(毛利)。同時に、「欧米ではなく、ここクワンジュ(光州)だからこのテーマができる」というイの言葉が腑に落ち、心を捉えられたという。「この人ともっと話をしたい、もっと議論してみたいと思った。共にアジアの女性クリエイターであり、日本と韓国は世界レベルで見たらとても近いコモンセンスがあることに気がついた」と、ヴェネチア・ビエンナーレのキュレーションをイに依頼した背景を語る。

毛利悠子「Compose」。第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館でのインスタレーション、2024 
撮影:久家靖秀 
毛利悠子「Compose」。第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館でのインスタレーション、2024 
撮影:久家靖秀 

二人の間には、通底し共有できる東洋思想がバックボーンにあった。「水」という不安定な要素をどう考えるか。現在の世界情勢に散在する問題を、「水」に託しながら、ヴェネチア・ビエンナーレの展示ではステイトメントをどう継続し、どうネゴシエーションするのか――。「開幕直前もスッキョンとずっと話しをしていていて、キーワードになったのが『サーキット』という言葉。『基盤』のこともサーキットと言いますが、電気がつくことがイコール、ゴールという考え方ではなくて、ぐるぐるぐるぐる、ずっと回っているという考え方に近いんです」(毛利)。

第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館のピロティでキュレーションを担当したイ・スッキョン(左)と毛利悠子(右)。イ・スッキョンはテートモダンに2023年までインターナショナル・アート部門のシニア・キュレーターとして在籍し、現在はマンチェスター大学ウィットワース美術館ディレクターを務める。2015年には第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展韓国館のコミッショナー・キュレーターを担当した経験をもつ。毛利とは自身がアーティスティック・ディレクターを務めた2023年の第14回光州ビエンナーレで出会った。(編集部撮影)
第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館のピロティでキュレーションを担当したイ・スッキョン(左)と毛利悠子(右)。イ・スッキョンはテートモダンに2023年までインターナショナル・アート部門のシニア・キュレーターとして在籍し、現在はマンチェスター大学ウィットワース美術館ディレクターを務める。2015年には第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展韓国館のコミッショナー・キュレーターを担当した経験をもつ。毛利とは自身がアーティスティック・ディレクターを務めた2023年の第14回光州ビエンナーレで出会った。(編集部撮影)
毛利悠子「Compose」。第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館でのインスタレーション、2024 
撮影:久家靖秀 
毛利悠子「Compose」。第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館でのインスタレーション、2024 
撮影:久家靖秀 

日本のアトリエから作品を送るのではなく、 日本館をアトリエにしてヴェネチアで制作

ジャルディーニの木立に溶け込む日本館。エントランスから「COMPOSE」と名付けられた展覧会に足を踏み入れた瞬間、不安定に、でも心地よく揺らぐ重低音の響きと、熟したフルーツの甘やかな香りに包まれた。開け放たれた天窓からは取り込まれる外気や光、風・・・雨天時には雨まで降り注いぎそうなこの空間に作為的に作られた水漏れに、トタンのジョーロやワインボトル、緑のホースや黄色いポリタンクなどで即興的に対処されたインスタレーションは、毛利が2ヶ月間ヴェネチアに滞在し、この日本館をアトリエのようにしながら制作したもの。東京の地下鉄構内で水漏れに、駅員がバケツやペットボトルを駆使して対処する仕掛けから着想を得た毛利の代表作《モレモレ》のヴェネチア・バージョンだ。作品に使用した日用品の全ては現地の道具屋や蚤の市で自ら足を運び調達した。「円は安いし、日本は遠いし。アーティストが移動して地元のものを使って現地で作品を仕上げる方が経済的にもエコロジーの観点からも合理的」と笑うが、現地制作へのこだわりは今回に限ったことではなく毛利の制作スタイルでもある。

ヴェネチアでの毛利悠子。ビエンナーレの会場近くに長期滞在し、作品に使用するフルーツや日用品などを自身で調達しながら制作を進めた。撮影:久家靖秀
ヴェネチアでの毛利悠子。ビエンナーレの会場近くに長期滞在し、作品に使用するフルーツや日用品などを自身で調達しながら制作を進めた。撮影:久家靖秀

「黒とグレーのグラフィカルな床はコントラストが強くて難しそう」(毛利)。これまでビジターとして何度も訪れたことのある日本館についてはそんなイメージがあったと明かすが、結果としてこのユニークな建築にキュレーター、アーティスト共々すっかり魅了された。「天井と床に大きな穴の空いた建築は、アートの展示会場としてはチャレンジングな空間でもありますが、私たちはこの穴をオープンにすることを最初に決めました。なぜなら、1950年代後半に作られた国際的な建築家のアイデアは、悠子の取り組みとも強い関係性があるからです」(イ)。音、光、風といった日本館の周囲を取り巻く環境―――これらも含めて作品を構成する要素になる。だから天井も床も開け放した状態で展示することがベストだと考えた。

毛利悠子「Compose」。第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館でのインスタレーション、2024 
撮影:久家靖秀 
毛利悠子「Compose」。第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館でのインスタレーション、2024 
撮影:久家靖秀 

ヴェネツィアの水没の危機や、気候変動によって近年深刻な地球規模の水害など、困難な状況にただ立ち尽くすのではなく、工夫や創意を凝らしたひとりのシンプルで小さな行動でまずは手を差し伸べる。《モレモレ》はそんなポジティブなあり方を見る人に提示してくれるかのような作品だ。「スタートがあってゴールがあるから何かが解決するわけではなく、ずっとぐるぐるとサーキュレーションし続ける。そんな小さなサーキュレーションを続けることが、いつか解決につながるというのがステートメント。それが大きな振動になって、この日本館のパヴィリオンに響いている。ここを訪れた人がみんな活性化して、心が震わされる――そんな感覚や経験を共有したい―――昨日もスッキョンと二人でそんな話していていました」と語る。また、「ポリティカル・コレクトネスという観点から、アーティストがどう考え、どう答えを出すのかという作品が多数なのかなとは思います。でも、私の作品は政治的なメッセージを声高に表明するものではない。行ったり来たり、ぐるぐる回ったり、循環し続けている。そういう作品でもいいんじゃないかな」とも。

毛利悠子「Compose」。第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館でのインスタレーション、2024 
撮影:久家靖秀 
毛利悠子「Compose」。第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館でのインスタレーション、2024 
撮影:久家靖秀 

作品のためにヴェネチアで調達した果実を堆肥にして、ジャルディーニの土に還す

日本館で披露されたもうひとつのシリーズの《Decomposition》は、《モレモレ》と同じく毛利の代表作のひとつ。フルーツに直接電極を刺し、時間の経過による水分値の変化によって生成される音や光が変化する仕組みで、繋がれたスピーカーからは響きを、電球からは明滅する灯を持続させている。古びたコンソールテーブルの上に配された果物は古典絵画の静物画のようにも見て取れる。熟して朽ちゆくフルーツは甘さと同時に微かな腐敗臭を放ち、生命の儚さも漂う。《モレモレ》と同様、この作品に使用されているフルーツやキャビネットやテーブル、電球などは全てヴェネチア近郊の八百屋や古道具店、スーパーマーケット、蚤の市などで調達したものだ。

毛利悠子「Compose」《デコンポジション:コンポーズ》 2024
第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館でのインスタレーション、2024(編集部撮影)
毛利悠子「Compose」《デコンポジション:コンポーズ》 2024
第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館でのインスタレーション、2024(編集部撮影)

今回のインスタレーションで毛利が唯一日本のアトリエから運び込んだのがボザークのビンテージスピーカーシステム。ビンテージスピーカーの蒐集は近年の関心事という。オーディオマニアには定評があるこの大きなスピーカーから響く、フルーツの水分変化からなるサウンドは、ドラマチックに揺らぐフーガのようだった。「フルーツはヴェネチアに住む友人に紹介された八百屋のおじさんに交渉して安く分けてもらいました。腐って廃棄が必要になったものは、階下のピロティに作ったコンポストシステムから、やがてジャルディーニの土に還します」。コンポストについてもリサーチを重ねた。「廃棄場がないヴェネチアではゴミは全て船で毎朝本土に運ばれていて大きな問題となっています。ジャルディーニの農学者のマルコにフルーツのコンポストのアイデアを話したところ、ハンガリー館の裏に新しい堆肥施設を建てる予定があることがわかり、会期が終わる11月には日本館に設置しているコンポストを運び込む予定です」。ヴェネチアで調達したフルーツが作品の一部となり、ジャルディーニの土に戻る。《モレモレ》同様の循環システムが《Decomposition》でも踏襲されている。

展示会場の床からオープンになった開口部を経て階下へとつながるインスタレーション。階下のピロティにはフルーツのためのコンポストが設置された。 撮影:久家靖秀
展示会場の床からオープンになった開口部を経て階下へとつながるインスタレーション。階下のピロティにはフルーツのためのコンポストが設置された。 撮影:久家靖秀

主要アートメディアや専門家からも高評価を得る。 国内初開催となる大規模展覧会がアーティソン美術館で開幕

「悠子はアジアでは既によく知られているけれど、国際的にはこれからの作家。だからヴェネチアのように国際的なオーディエンスに作品を紹介できる機会は極めて重要だと考えました。今回の日本のパヴィリオンの展示では、これまでの作品とスタイルに忠実であって欲しいと考えつつも、来場者にここで何を経験してもらうのかを、キュレーションの出発点としました」と語るイ・スッキョンは、開幕当初から確かな反響と手応えを感じた。「今回のビエンナーレには87カ国のパビリオンが出展しています。その中で私たちの日本館はアートニュース(ART news)が選ぶトップ5に、アートニュースペーパー(Art Newspaper)のトップ7に、フリーズマガジンからは『お気に入り』のパヴィリオンに選ばれるなど、世界的なアートメディアから高く評価されました。さらに、各国の美術館関係者やアートの専門家からも、毛利悠子という作家をこれまで知らなかったが、素晴らしい、大きな感銘を受けた、というメッセージを数多く受け取ったことも重要です」。

世界各地の美術館やギャラリーで、毛利悠子のプレゼンテーションは今後もさらに加速する。先頃開催されたフリーズソウルの Yutaka Kikutake Gallery(ユタカキクタケギャラリー)では、ヴェネチア・ビエンナーレの会場内のサウンドを収めた限定レコードや《Decomposition》シリーズを出展、2024年10月18日~20日にグラン・パレ開催されるアートバーゼル・パリでも Tanya Bonakdar Gallery(ターニャ・ボナクダー・ギャラリー)から作品が出展されるなど、アートフェアにおいても存在感を放つ。中国の美術館で初開催となる個展「Moré and Moré(モレとモレ)」は、河北省のアランヤ・アートセンターで10月13日まで開催中だ。イタリア・ミラノの現代美術館ピレリ・ハンガービコッカでは同館の象徴的な巨大な展示スペースでの個展が2025年9月11日~2026年1月18日の期間開催されることも決定している。

毛利悠子《コピュラ》(部分画像)。2024年11月2日にオープンするTODA BUILDINGには毛利の最新作が展示される。
毛利悠子《コピュラ》(部分画像)。2024年11月2日にオープンするTODA BUILDINGには毛利の最新作が展示される。

国内に目を移せば、11月2日に東京・京橋にオープンするTODA BUILDINGの共用空間を活用し、更新性のあるパブリックアートを展開するプログラム「APK PUBLIC」で、第一弾として「螺旋の可能性―無限のチャンスへ」をコンセプトにした大規模作品の展示がスタートし、毛利悠子も出展アーティストとして参加する。

毛利悠子《Piano Solo: Belle-Île》のためのスケッチ、2024年
展覧会のタイトルに含まれる「ピュシス」とは、「自然」あるいは「本性」と訳される古代ギリシア語。自然について考察する古代ギリシャの哲学者たちの姿勢に、遊び心やユーモアあふれる毛利悠子の制作がどう重なっていくのかが楽しみだ。
毛利悠子《Piano Solo: Belle-Île》のためのスケッチ、2024年
展覧会のタイトルに含まれる「ピュシス」とは、「自然」あるいは「本性」と訳される古代ギリシア語。自然について考察する古代ギリシャの哲学者たちの姿勢に、遊び心やユーモアあふれる毛利悠子の制作がどう重なっていくのかが楽しみだ。

隣接するアーティゾン美術館では、同日から「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子—ピュシスについて」が開幕。ジャム・セッションはアーティゾン美術館が開館した2020年から鴻池朋子、森村泰昌、山口晃など気鋭の現代作家を起用して毎年開催されている展覧会。アーティゾン美術館のキュレーターとアーティストの協働により、過去と現代のアートが文字通りの「セッション」をするという野心的な展示だ。ヴェネチア・ビエンナーレの日本館発足にも貢献した石橋正二郎の個人収集から始まった石橋財団コレクションの作品の中から、毛利がインスパイアされて制作した新作を発表する他、毛利作品ならではの、微細な音や動きで満たされた有機的な空間も出現するという。国内初開催となる大規模な個展とTODA BUILDINGのパブリックアートを合わせて、東京で毛利悠子の世界を体感する好機となるだろう。(敬称略)

作品写真提供:毛利悠子、Project Fulfill Art Space、mother’s tankstation、Yutaka Kikutake Gallery、Tanya Bonakdar Gallery、Tai Kwun Contemporary

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子—ピュシスについて
開催美術館:アーティゾン美術館
開催期間:2024年11月2日(土)〜2025年2月9日(日)

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