10年ぶりとなる東山魁夷の所蔵作全点展示と
炎暑に涼風をよぶ日本画の美
「没後25年記念 東山魁夷と日本の夏」が東京・山種美術館にて2024年9月23日(月・振休)まで開催

内覧会・記者発表会レポート 一覧に戻るFEATURE一覧に戻る
構成・文・写真:森聖加
「東山ブルー」と呼ばれる青に代表される独特の色づかいで国内外の美しい自然を表現し、多くの人々を魅了してきた風景画家、東山魁夷(ひがしやま かいい/1908-1999)。没後四半世紀となる2024年、東京・広尾の山種美術館で「没後25年記念 東山魁夷と日本の夏」が開かれている。10年ぶりに全点公開となる同館所蔵の魁夷作品で美しい日本の自然、風景を紹介すると同時に、夏をテーマにした浮世絵、近代・現代日本画を並べて暑い毎日に涼やかな風をよぶ特別展だ。
- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
- 【特別展】没後25年記念 東山魁夷と日本の夏
開催美術館:山種美術館
開催期間:2024年7月20日(土)〜9月23日(月・振)
心に染み入る四季の風景。巨匠が描いた日本の美
「写生をしていたら、いつしか雪が舞っていた」。会場に掲示された1枚の写真、奥日光で写生するポートレートに付けられたこの短いキャプション以上に画家の真実を表す言葉はないだろう。自然の中に何時間、何日も身を置き、対峙して、そこにある「生命の輝き」を懸命に描き切ることに努めたのが、東山魁夷その人だった。
魁夷は東京美術学校(現・東京藝術大学)に学び、在学中から帝展(現・日展)に発表、日本画家として華々しいスタートを切った。卒業から2年後の1933年には、希望を胸にドイツへ。しかし、父の危篤で志半ばに帰国する。経済的に困窮し、画壇にも受け入れられない日々は画家の心を蝕んだ。さらに、戦争を挟んですべての肉親を相次いで失う。その絶望を想像するのは難しくない。戦争に応召されると特攻兵としての厳しい訓練の日々……しかし、そんな明日をも知らない日々のなかで見た熊本・阿蘇山の景色が深く魁夷の心を打つ。風景画家としての歩みは、こうしてはじまった。

第1章は「東山魁夷と日本の四季」と題して、魁夷による日本の四季を表現した作品とともに、東京美術学校で師事した川合玉堂(かわい ぎょくどう)、結城素明(ゆうき そめい)、また後に岳父となる川﨑小虎(かわさき しょうこ)らの作品を展示している。
自然の四季の移ろいは、「生あるものの宿命の象徴」と考えていた画家の想いが込められた作品として、特に注目すべきは「京洛四季」だ。18点からなる連作のうち山種美術館所蔵の4点が並ぶ。北欧に旅したのち、親交のあった作家、川端康成の「京都は今描いといていただかないとなくなります、京都のあるうちに描いておいてください」という言葉をきっかけに制作を開始。大晦日の夜、しんしんと雪が降り積もる京の家並みを描いた1968年《年暮る》をはじめに、小倉山の紅葉を描いた1986年の《秋彩》まで、連作の4点は約20年をかけて同館に収蔵されたものだ。
《年暮る》の、丁寧に色を重ねて描かれた、群青のグラデーションが際立つ雪景色の画面を間近に眺める時間は、瞑想にも似たひとときとなるだろう。

また、「京洛四季」の制作と同じころ、皇居新宮殿のために《朝明けの潮》を描いた。山種美術館には、宮殿でこの作品を目にした創立者、山﨑種二が誰もがこの作品を鑑賞できるようにと魁夷に依頼して納められた、9mを超える大作《満ち来る潮》がある。日本を象徴する題材である海を、新宮殿の壁画ではゆったりと描いたのに対し、《満ち来る潮》では打ち付ける波にビクともしない岩と勢いよく砕け散る波頭をダイナミックに描いた。吸い込まれそうになる青い海を静かに眺めたい。



画家たちは、日本の夏をどのように描いたか?
第2章は、館が所蔵する浮世絵、近代・現代日本画から日本の夏をテーマとする作品を選りすぐり展示する。大自然や行事、日常の出来事、あるいはふとした仕草に季節を感じる心を改めて見つめなおす豊かな時間となる。

かつての日本では、害虫の侵入を防ぎつつ、自然の風を室内に取り込んで夏の暑さをしのぐ道具として蚊帳(かや)が多く使われていた。上村松園の《蛍》は若い女性が蚊帳を吊るしているところへ、一匹の蛍が飛び込んできたようすを捉えたもの。本作の制作にあたり、喜多川歌麿の《絵本四季花(上)雷雨と蚊帳の女》を参考にした可能性が指摘されているが、松園は入浴後の美人と蚊帳というイメージから想起される艶めかしさを払拭し、「高尚にすらりと」洗練されたイメージに仕上げた。清らかな空気を感じたい。

作品には、「Commentary on Works」という多言語対応のQRコードが解説文のそばに付いていて、英語、中国語のほかタイ語やスウェーデン語まで14カ国語に対応。日本を訪れる外国人の知人に、真の日本文化を案内するのにも最適な展覧会だ。

- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
- 山種美術館|The Yamatane Museum of Art
150-0012 東京都渋谷区広尾3-12-36
開館時間:10:00〜17:00
休館日:月曜日(ただし8月12日[月・振休]、9月16日[月・祝]、9月23日[月・振休]は開館)、8月13日[火]、9月17日[火]