アート界の重要人物も注目
婁正綱の画業の全貌を網羅する企業経営者の邸宅ギャラリー
婁正綱(ろうせいこう)の作品のみによって構成された AWATA COLLECTION を展示する Gallery L が、東京・広尾にオープン
構成・文:藤野淑恵
完全予約制のプライベートギャラリー
東京・広尾の閑静な住宅地に誕生したGallery Lとは?
東京を代表する有数の高級住宅地の一角に、完全予約制のプライベート・邸宅ギャラリーがオープンした。「Gallery L」と刻まれた控えめなプレートがなければ、ここがアートギャラリーであることに気がつく人はいないだろう。丸亀製麺などの運営で知られ、近年は海外進出を積極的に展開してグローバルフードカンパニーを視野に入れるトリドールホールディングスの創業者、CEOの粟田貴也氏による、中国人書画家 婁正綱(Lou Zhenggang ロウセイコウ/ロウ・ツェンガン)のコレクション「AWATA COLLECTION」を展示する Gallery L(ギャラリーエル)のお披露目が、例年より遅く桜が開花した4月初週に開かれた。
邸宅の扉を開いた瞬間から、婁正綱の芸術世界に誘われる。エントランス左手の壁にはモノクロームの抽象絵画、正面にはダイナミックな筆致の「有志有途」の書、続くダイニングルームには、圧倒的な強さを秘めながらも周囲を静寂に包み込む大型の抽象絵画が来客を迎える。
4月に開催されたプレビューイベントのゲストのひとり、アーティゾン美術館の新畑泰秀氏は、昨年同館で開催された展覧会「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ」でキュレーションを担当した人物。もうひとりのゲストは、元サザビーズ ・ヨーロッパの会長兼主任オークショニアで、現在は自身のオークション・プラットフォーム「De Pury」を設立して世界のアートマーケットのキーパーソンに数えられるオークショニア、アートディーラー、キュレーターのシモン・デ・プリ氏だ。
プレビューイベントが開催されたのは、10脚の椅子が囲む大きなテーブルが中心のダイニングルーム。ホワイトキューブとは趣を異にするコレクターの邸宅そのままのギャラリー空間を舞台に、2020年に婁正綱とのコラボレーション作品を発表したフランスのクリスタルガラスメゾン、ラリックゆかりのウェルカム・シャンパンが振舞われ、リラックスした雰囲気に包まれる。ここでも主役は近作のモノクロームの抽象絵画。テーブルのどの席からも見て取れる生き生きと跳躍するような筆致からは、制作時の作家の息遣いが聞こえてくるようだ。
アーティゾン美術館に大作2点を出展。
世界的なオークショニアも注目する中国人書画家・婁正綱の芸術世界
オーナーの粟田氏の挨拶に続き、新畑氏が初めて作家のスタジオや伊豆のアトリエで作品から受け取った衝撃、またデ・プリ氏が婁正綱のマネージャーである菊池武恭氏を通して、これまでその存在を知り得なかった中国人書画家の作品と初めて邂逅したときの驚きが語られた。披露されたエピソードの数々は、婁正綱が日本を代表する企業経営者のコレクターからも、美術史を司るキュレーターからも、アートマーケットを動かすオークショニアからも注目の眼差しが注がれていることを物語る。昨年、アーティゾン美術館に大型作品が展示されたものの、これまでその作品に触れる機会はごく限られていた婁正綱とは、どのようなアーティストなのだろうか。
婁正綱は1966年、ロシアに国境を接する中国北部の黒竜江省に生まれ、その才能を見出した父、婁徳平によりわずか3歳から書画の教育を受ける。12歳で中国政府から「智力超常児童(優れた知能を持つ子どもを意味する)」と認定され、10代の若さで中国書画界では知らない人はいない存在となった。20歳で来日、27歳で渡米し、中国、日本、米国を拠点に長期にわたり国際芸術の舞台で活躍している。2000年には自伝「こころ」(世界文化社)を出版。2004年〜2006年には、展覧会の開催に加え、政財界を含む著名人の座右の銘を書にするテレビ番組にも出演した。
2018年からは伊豆にアトリエを構え、カンヴァスにアクリル絵具による抽象絵画「無題」シリーズを発表するなど、新しい絵画芸術の世界を展開。2023年に東京・アーティゾン美術館で開催された「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ」に同シリーズの出展を果たし、欧米のサザビーズ 、クリスティーズなどの一流オークションのプライベートセールでも取引されるなど、近年は書や絵画の枠を超えた独自の芸術性が高く評価されている。
婁正綱の作品から溢れる「イマジネーションの無限の広がり」が、経営者コレクターの心を掴む
婁正綱の作品はアメリカのデイビッド・ロックフェラー3世やアリババグループなどの創始者である中国人実業家ジャック・マーといった著名コレクターにも作品を収集されているが、書から版画、近作の抽象絵画まで作家の画業を全貌を網羅する作品を所蔵するAWATA COLLECTIONオーナーの粟田氏と作家の出合いは近年のこと。意外にも都内のレストランで共通する知人に紹介されたことがきっかけだった。その後、伊豆のアトリエを2回ほど訪問する機会を得た粟田氏は「作品を彷彿させる広大な海を望むアトリエの規模に圧倒されました。婁先生はお料理がとてもお上手で、お酒とお食事をご一緒させていただき、リラックスした時間の中でゆっくり先生のお話しを伺う中で、芸術作品はもとよりその人間性にも深く惹かれました」と語る。
粟田氏とアーティストとのセレンディピティとも呼べる出会いから、アトリエ訪問を経て、日本を代表する婁正綱コレクターになるまでの期間は、コロナ禍を挟みながらも驚くべき短期間だった。約3年のうちにカンバス/アクリル13点、シルクスクリーン5点(Gallery L未展示作品1点含む)、自身の座右の銘である「有志有途」を含む書を3点、屏風1点(Gallery L未展示)、合計22点(2024年4月現在)のAWATA COLLECTIONを形成した粟田氏は、自身の心を捉えて離さない婁作品の魅力について「作品から受け取るイマジネーションの無限の広がり」をあげる。
「経営者にはイマジネーションが重要です。どこまで自身のイメージを広げていけるかで、仕事のサイズが決まってしまう。婁先生の作品を前にすると、どこまでも広がるイマジネーションを感じます」と語る粟田氏。スポーツ選手のイメージトレーニングと同様、ビジネスにおいてもイメージが現実を支配する。イマジネーションや、モチベーションをどこまで広げ高められるかということが重要、とも。「世界は可能性に満ちています。自分のイマジネーションを広げ、最後までそれを信じ切った人が成功する。婁先生の作品は私のイマジネーションを無限に広げてくれるんです」(粟田氏)。
粟田氏にとって Gallery L は、自身のビジネスとは一線を画した完全にプライベートな空間だ。作品を販売するコマーシャルギャラリーではなく、あくまで婁正綱の芸術の素晴らしさを愛好家と共有するための場所と位置付けており、運営は婁正綱のマネジメント会社代表である LZG Studio の菊池氏に託されている。2023年にアーティゾン美術館の展覧会で展示された大型作品を購入し、その保管場所に思いを巡らせるうちに、Gallery L の構想を得た。「芸術鑑賞が目的の美術館でも、購入が目的のコマーシャルギャラリーでもなく、友人の家のような空間で寛ぎながら作品に触れていただくことで、婁正綱の芸術の素晴らしさを愛好家と共有したい」(粟田氏)。
日本を代表する美術館のキュレーターからは「絵具が画面を流れ、跳ね、滴り、迸る繊細かつ旺然たるイメージ。その超絶的筆裁きによる賦彩と深淵な構図による絵画は、欧米や日本の如何なる抽象絵画とも異なる質を持っている」(新畑泰秀・アーティゾン美術館学芸員/教育普及部長)、世界のアートマーケットを司るオークショニアからは「高度に洗練された抽象画と見ることもできるし、同時に自然の美しさへの具象的な頌歌と見ることもできる。完璧を求める執念と相まって、彼女の卓越したテクニックは、キャンバスと同じように、紙に描かれた作品にも魔法をかける」(シモン・デ・プリ「De Pury」代表)と讃えられる婁正綱の作品。その画業の全貌に触れることのできる宝石箱のような邸宅ギャラリーは、世界に点在する婁正綱ファンを惹きつける聖地になる可能性を秘めている。
- Gallery L (ギャラリー エル)
住所 東京都渋谷区広尾(詳細非公開)
URL https://lzgstudio.com(婁正綱 Official Website)
Contact LZG Studio 菊池 kikuchi@lzgstudio.com
Photo(Gallery L) : Yoshiaki Tsutsui
藤野淑恵 プロフィール
インディペンデント・エディター。「W JAPAN」「流行通信」「ラ セーヌ」の編集部を経て、日経ビジネス「Priv.」、日経ビジネススタイルマガジン「DIGNIO」両誌、「Premium Japan」(WEB)の編集長を務める。「CENTURION」「DEPARTURES」「ART AGENDA」「ARTnews JAPAN」などにコントリビューティング・エディターとして参加。現在は主にアート、デザイン、インテリア、ライフスタイル、インタビュー、トラベルなどのコンテンツを企画、編集、執筆している。