FEATURE

「芸術とは魂の交感」
坂東玉三郎、という哲学に触れて。

坂東玉三郎衣裳展「四季・自然・生命~時の移ろいと自然美~」トークショー&インタビュー【後編】

インタビュー

坂東玉三郎衣裳展「四季・自然・生命~時の移ろいと自然美~」の展示衣裳を背景に開催されたスペシャルトークショー。
セイコーハウス銀座ホールにて
坂東玉三郎衣裳展「四季・自然・生命~時の移ろいと自然美~」の展示衣裳を背景に開催されたスペシャルトークショー。
セイコーハウス銀座ホールにて

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構成・文(インタビュー):小林春日
撮影:落合直哉

前編 より続く)

やっぱりね、絵画を勉強することが一番大事なんですね。

歌舞伎の世界は、日本画とも深く関わりがある。例えば、歌舞伎座の緞帳でも、横山大観、東山魁夷、安田靫彦、平山郁夫、山口蓬春など錚々たる日本画家らの作品によるものが掲飾されており、歌舞伎座内では至るところに、鏑木清方、速水御舟、上村松園、伊東深水、小林古径ら多くの日本画家の名画が飾られている。

玉三郎さんは、日本国内の美術館にもよく行かれるそうだ。
「もちろん日本の美術館にも、沢山行ってるし、横山大観や鏑木清方の絵画が一堂に介する展覧会なども大好きです。大倉集古館には、横山大観の『夜桜』がありますし、ほかにも大観の作品を見せていただきました。東京国立博物館にも、墨絵のような素晴らしいものがあるんですけど(編注:国宝『絹本著色瀟湘八景図』横山大観筆)、そういうものを観に行ったりね。」

今回展示されていた衣裳の中には、横山大観の「夜桜」がイメージされた衣裳がある。

会場風景より 『二人椀久』の衣裳、「精好地篝火桜染箔縫紗掛裲襠」
横山大観の作品『夜桜』のイメージをもとに作られた。
会場風景より 『二人椀久』の衣裳、「精好地篝火桜染箔縫紗掛裲襠」
横山大観の作品『夜桜』のイメージをもとに作られた。

『二人椀久(ににんわんきゅう)』という演目で、実際はその姿は幻であったのだが、牢に閉じ込められていた商人の椀屋久兵衛(わんやきゅうべえ)が恋焦がれた遊女の松山太夫と二人、満開の桜の下で舞い踊る際に、松山太夫が纏う衣裳である。桜の木と篝火が描かれ、その上に金糸の桜の刺繍が施された黒い紗(薄く透き通る絹織物)が掛けられ、幽玄さが表現されている。

玉三郎さんが実際に、横山大観の家に足を運び、許可を得て『夜桜』の絵をモチーフにして、この衣裳が作られた。

大蛇(おろち)退治の神話を描いた『日本振袖始』という演目についても、
「大観先生の素晴らしい、松の景色の作品があるんですけれども、それも許可を得て、舞台装置に使ったりしました。やっぱりね、絵画を勉強することが一番大事なんですね。」
※「双龍争珠」横山大観 明治38年(1905) 絹本彩色・軸

『日本橋』をはじめとした、泉鏡花の著書の装幀を手がけてきた日本画家の小村雪岱も、十三代目守田勘弥主演の『忠直卿行状記』で初めて歌舞伎の舞台装置を手掛けて以来、舞台装置を数多く手掛けており、玉三郎さんの舞台でも、『藤娘』などが小村雪岱の舞台美術によるものだ。

会場風景より 右のパネル写真が『二人椀久』の衣裳を纏った、玉三郎さん。
かつらは、上村松園の描く女性の日本髪を参考にしているという。
会場風景より 右のパネル写真が『二人椀久』の衣裳を纏った、玉三郎さん。
かつらは、上村松園の描く女性の日本髪を参考にしているという。

衣裳だけでなく、かつらにも強いこだわりがあり、会場内に展示されているパネルに『二人椀久』の衣裳を纏った写真があるが、そのかつらは、上村松園の描く女性の日本髪を参考にしているという。

玉三郎さんは、歌舞伎役者として一流であるだけでなく、舞台上での美を追求し、衣裳や舞台装置をはじめ、細部にわたってその感性を行き届かせ、ひとつの舞台を作り上げている。
「今回、皆さまに見ていただくものが、衣裳になりましたけれども、もっともっと細かい、髪の毛のシケ(ほつれ髪)ひとつ、あるいは扇の角っこ一つ、扇の骨の色ひとつが、全部、合わさっての表現ですから、皆さんに見ていただく衣裳以外にも、もっともっと細かい作業があるわけですね。」

『助六』上演中は、“海老”には出会わない。海老蔵君には、会っていますが(笑)

今回の衣裳展で、最も話題を呼んだのは、なんといっても、この伊勢海老が背中にぶら下がっている裲襠(うちかけ)であろう。歌舞伎十八番の一つである演目『助六由縁江戸桜』で、助六と恋仲である吉原の花魁、揚巻(あげまき)が重ねて着る裲襠の一枚目がこの衣裳である。今回の衣裳展では、10点のうち3点が、揚巻が纏う裲襠が展示されており、いずれも見事な衣裳である。

『助六由縁江戸桜』は、市川團十郎家(成田屋)の家の芸のひとつであり、揚巻を玉三郎さん、助六を市川海老蔵(現・團十郎)さんの配役で、何度も上演されてきた演目である。

この衣裳は、「人日の節句(1月7日)」を表しており、金糸の注連縄(しめなわ)、橙と伊勢海老が載った鏡餅、裏白、御幣、昆布、門松、羽子板、追い羽根、鞠と、正月にちなんだ手刺繍のモチーフがちりばめられている。これらは一つずつ裲襠に縫い付けられ、ほろ酔いの揚巻が外八文字(そとはちもんじ)で歩みを進めると、左右に美しく揺れる。

玉三郎さんが、展示の衣裳の中から一枚選ぶとしたら、という質問に対して挙げたのもこの衣裳だった。しかし、玉三郎さんは、この衣裳を纏っていながら、この特徴的な伊勢海老のお飾りを、ほとんど目にすることはないそうだ。

「全部支度ができてから、海老を付けられて、『助六』上演中は、海老には出会わない。海老蔵君(現、團十郎)には、会っていますが(笑)。」

伝統を継承できるかどうかというのは未知数なんですね。

司会者からの質問だけではなく、会場からの質問にも丁寧に応じる玉三郎さん。
司会者からの質問だけではなく、会場からの質問にも丁寧に応じる玉三郎さん。

『歌舞伎も伝統芸能として継承される芸能だと思うのですが、継承していくにあたって、大切なことや後輩に伝えていきたいことはどういうことですか?』
トークショーの中で、司会者からの質問に、玉三郎さんはこう回答した。

「継承とか伝統とかいうものは、わたくしの思いだけであって、継承できるかどうかというのは未知数なんですね。継承させてもらう、させる、っていう思いだけのことなんですね。」

歌舞伎界を第一線で背負って立ってきた玉三郎さんの、歌舞伎という伝統の継承についての答えのしなやかさに驚かされる。

「ですから、抽象的なことになってしまいますけれど、継承できたら、あるいはそうだなって思ったときって、『永遠に続くかもしれない』と思うんです。でも伝わらなかったときって、『5万年は伝わらないんだろうな』って、諦めることにしているんです。」

生きていることの不思議、生きれば死ななければならないという不思議

「人間は、生きていること自体も不思議ですし、生きれば死ななければならないということも不思議ですし、何で生きているかということもわからないわけですから。」
魂の巡りのお話の中で、玉三郎さんがこう話されたことが印象的だ。

今回の衣裳展について、玉三郎さんは、「言葉を悪くいえば仕事着なんでございます。」
と茶目っ気たっぷりに語りながら、「仕事着」だったゆえ、こうして自分の衣裳を並べて観る機会はなかったという。

「日々一生懸命、衣裳を作ってきて、こうして並べると、見事だなと、我ながら思うんです(笑)。そのときそのとき一生懸命に作っているのですが、何を作ったかも忘れちゃってるんです。で、こうやって並べると、何十年分もの時間がここにあるんだっていう感じですよね。

あっという間でしたし、あっという間にこの世を去っていくんでしょう。
でも、それでいいと思っています。人生わからないし。

でも去るということとか、もう芝居ができなくなるということのなかで、皆さんお寂しいと思っていらっしゃる方もいると思うんですけど、それは人間だれでもそういうことはあるので、受け止めていかなければならないんですね。」

わたしたちは、いつか命果てても、玉三郎さんの舞台を観た魂も、玉三郎さんが演じた魂も失われず、永遠に宇宙を周るのかもしれない。
「一番大事なことは、魂の交感」
この言葉を今一度、かみしめたい。

妥協なきこだわりの世界

今回展示されていた衣裳は、1点1点が、染め、織り、刺繍など日本の伝統工芸の技術の粋が詰まったアート作品ともいえる。それらすべては、玉三郎さんが二十代の頃から、職人を選ぶところから完成まで、アートディレクター的な立場に立ち、試行錯誤を繰り返しながら創り上げてきた。
「職人さんと、着る当人が会う機会がなかなかないんですね。どういう役者さんのために創るかを知っているということはあると思いますが。実際に職人さんと会うとね、この人のために刺繍をするんだっていうことで、やっぱり気持ちが入るというか、そういうことが大事なので、わたしは職人さんに、直接会います。染屋さんとも会います。小道具もそうですし、かつらもそうですし、作り手と当人が会う、ということが一番大事なんじゃないでしょうか。」

そこで会話をして得るものの大きさを、玉三郎さんは実感するという。たとえ会話を交わさずとも、機織りをしている職人さんの横を通りすがるだけのときも、この人が着るんだ、と思ってもらえて、機を織っている人にも気持ちが伝わる、と考える。“作り手と出会う”ことを大切に思う玉三郎さんの心は、舞台上での究極の美を求めることの根幹にあり、すべてに通じている。その結晶である、今回のような衣裳展をまた観る機会があることを心より願う。帯やかつらや小物なども合わせて、内容を広げた展示の機会がまたどこかであれば、嬉しいことだ。玉三郎さんの思い、玉三郎さんが出会った作り手たちの思いが細部にまで宿り、それらが共に創り上げていく美の世界に、舞台で、そして舞台以外の様々な場でこれからも出会えることを楽しみにしていきたい。

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