「世界の果て」を形にした北欧の多才なデザイナー
タピオ・ヴィルカラの手仕事のすべて
「タピオ・ヴィルカラ 世界の果て」が、東京ステーションギャラリーにて2025年6月15日(日) まで開催

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文・構成 澁谷政治
「ウルティマ・ツーレ(Ultima Thule)」―ラテン語で“世界の果て”を意味するガラスアート作品などで知られる北欧フィンランドのデザイナー、タピオ・ヴィルカラ(Tapio Wirkkala 1915-1985)。彼を単独で取り上げる初の日本回顧展が、東京駅丸の内北口の東京ステーションギャラリーで、2025年4月5日から6月15日まで開催されている。ヴィルカラは、本国フィンランドはもとより、日本でもガラスデザイナーとして有名ではあるが、実は磁器、銀食器、宝飾品、照明、家具、グラフィック、空間など様々な分野のデザイナーとしても活躍した。今回はエスポー近代美術館(EMMA)やコレクション・カッコネンなどから、ヴィルカラの幅広い作品群約300点を公開、彼の魅力あふれる手仕事、そして人生哲学が感じられる展示となっている。
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- 「タピオ・ヴィルカラ 世界の果て」
開催美術館:東京ステーションギャラリー
開催期間:2025年4月5日(土)〜6月15日(日)

3階入口にエレベーターで降り立つと、正面で『スタジオの扉』が出迎える。ヴィルカラが1950年代にヘルシンキに構えたスタジオの扉で、彼自身のデザインである。重ねた薪を彷彿とさせるこの木製の扉は、開けるたびに自然との共存を思い出させられるに違いない。そして、それはヴィルカラの人生観そのもののようにも感じられる。

タピオ・ヴィルカラは1915年、バルト海沿いにあるフィンランド最南端の町ハンコに、彫刻家で墓地設計士でもある父と、教会のテキスタイルなどのデザインを手掛ける母のもとに生まれた。1936年にヘルシンキ中央美術工芸学校(現アールト大学※)の装飾彫刻専攻を卒業したヴィルカラは、広告会社のデザイナーをしながら、自身のスタジオも設立する。その後、第二次世界大戦に巻き込まれていくが、1941年海軍として従軍時、軍内での工芸コンペで発表したナイフが入賞し12日間の休暇を取得、またロシアのペトロザヴォーツク制圧を祝した記念碑のコンペでは、台座に古典的な獅子を配したデザインで選出され、更なる休暇を取得するなど、戦時下においてもデザイン経験を積んでいく。
この休暇を利用して参加したフィンランドデザイナー協会主催のイベントでアラビア製陶所の有名デザイナーたちと知り合い、まだ入社間もなかったセラミック・アーティスト、ルート・ブリュック(Rut Bryk 1916-1999)とも交流を深め、終戦となる1945年に結婚している。なお、東京ステーションギャラリーでは2019年にルート・ブリュック展も開催している。上述の会場入口にあるスタジオの扉の横には、妻であるルート・ブリュックの陶板作品『ライオンに化けたロバ』も展示されている。
※日本ではアルファベット表記(Aalto)に倣った「アアルト」という表記が一般的だが、本稿では筆者が指導を受けた北欧建築史研究者の伊藤大介氏に倣い、発音に基づく「アールト」の表記を用いている。

© KUVASTO, Helsinki & JASPAR, Tokyo, 2024 C4780
1946年ガラス製造所イッタラ(Iittala)のコンペに参加し優勝したヴィルカラは、アートガラスデザイナーとして採用され、その後様々なヴァリエーションでシリーズ化される名作『カンタレッリ』(杏茸)を発表する。ガラスアートでもあるこのフラワーベースは、自然が作り出す曲線をガラスに閉じ込めたような美しさが際立っている。

展示会場3階では、ヴィルカラの幅広い分野のプロダクト群が目を見張らせる。ガラス、磁器はもちろん、カトラリー、商品パッケージや、照明・家具などのインテリア、アクセサリーのほか、紙幣や切手などのデザインを手掛けている。
壁面に投影されたスライドでも強調される「手」。ヴィルカラは、手で作ることに治癒効果さえ感じると述べるほど、手仕事にこだわりと愛着を持っていた。イッタラにデザイナーとして採用された際も、ガラス職人たちと協働し、ダイヤモンドで吹きガラスの表面を彫る作業なども率先して従事している。「私が自らデザインしたスピラーボウルを30個磨き上げたとき、同僚たちからようやく認められた」と過去のインタビューで語ったヴィルカラは、その後紙幣のデザインを手掛けた際も、フィンランド銀行で2年間をかけてその製造工程をすべて把握し、現在も新紙幣発行の際の基礎となる工程を形作ったと言われるほど、徹底した職人気質であった。

デザインにあたりもう一点特筆できるのは、その幾何学的構造である。上述の過去インタビューで「すべての素材は固有の不文律を持っている。扱う素材の不文律を侵してはならないし、デザイナーは素材との調和を目指すべきである」と述べたヴィルカラは、その素材を生かしつつ、丸や円錐、四角形など幾何学的構造を組み合わせてデザインを創り出した。会場においてもガラスの『ロマンティカ』や、磁器『ポリゴン』シリーズなど多角形や円形のバランスから生み出された作品の数々が確認できる。なお、『ポリゴン』シリーズの『ヴィンターライゼ』(冬の旅)は、ヴィルカラがデザインし、妻ルート・ブリュックがデコレーションを施した二人のコラボレーション作品でもある。

会場2階に移ると、ヴィルカラの心のよりどころとされた最北の地ラップランド・イナリが紹介されている。ヴィルカラは1960年代初頭から1年間の4分の1をイナリのイーヤルヴィ湖畔、もしくはレンメンスー河口の小屋などで過ごした。北極圏における大自然の中での生活は、彼の自然への畏敬、そしてそのデザインにも大きな影響を与えた。彼はここで、北極圏のシギを模した空想上の鳥の彫刻『スオクルッパ』を制作、住まい近くの沿岸にインスタレーションとして並べたこともある。

会場2階の中央には、ヴィルカラの合板アート作品が立ち並ぶ。飛行機用の合板を製造していた友人からインスピレーションを受けたヴィルカラは、自然素材を重ねる接着横断面の美しさに魅了され、リズミック・プライウッドと呼ぶ素材を生み出した。1967年のモントリオール万博においては、縦4メートル、幅9メートルにもおよぶ巨大な合板のレリーフ『ウルティマ・ツーレ』も手掛けている。展示会場では積層合板の断面が生み出す様々な表情が、暗めの照明に美しく映えて展示されている。合板といえば、曲木を生かした同じフィンランドの建築家アルヴァ・アールト(Alvar Aalto)を思い起こさせるが、内覧会に来場していたエスポー近代美術館学芸員のアウラ・ヴィルクナ氏は、「アールトはインテリアにおける機能性として合板に注目したことに対し、ヴィルカラはその素材断面の美しさを追求した点で視点は異なり、お互いこの合板作品における影響はないのではないか」と語っている。

また、合板作品の合間にあるガラスアートの一つに、湿った木の棒をガラスに挿入して、蒸気によりできる気泡を利用する高い技術力を要する作品、『トキオ』も展示されている。日本を訪れたことはないヴィルカラだが、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞したこの作品をトキオ(東京)と名付け、この技法は他の『マルサルカンサオヴァ』や『タピオ』シリーズでも活用されている。

2階会場の奥へ進むと、色彩豊かなイタリアのガラス工房ヴェニーニでの作品に目を惹かれる。1949年に初めて妻ルート・ブリュックとルネサンス芸術を目的にヴェネツィアを訪れて以来、ヴィルカラはイタリアに大きく刺激を受け、1959年にはムラーノ島のガラス工房ヴェニーニのデザイナーに迎えられる。年に数回ヴェネツィアに通ったが、ここでもヴィルカラは朝6時の霧の中、職人たちよりも早く工房に入り、親方たちの出勤前にすべての準備を整えていたという。素材本来の色を尊重することが基本のヴィルカラも、イタリアにおいては様々な色彩による強調表現を楽しんだ。展示会場でも、飾らない北欧と陽気なイタリアの融合による鮮やかなガラスアートが彩られている。

そして、最後のスペースに並べられた、ガラスアート『ウルティマ・ツーレ』。約300個のインスタレーションが圧巻である。ガラスだからこそ、まさに最北の地、世界の果ての氷片を集めたような静謐な美しさが感じられる。一方、厳しい自然を敬い対峙する中での優しい視点は、温かな家族関係も大きく影響している。優れたセラミック・アーティストとして著名な妻ルート・ブリュックとの間に生まれた息子のサミは建築家、娘のマーリアも現代美術家・作家として活躍している。家族全員がデザイン、アートの専門家として強く信頼し合っていたという。展示会場では、現在タピオ・ヴィルカラとルート・ブリュックの作品を管理する財団の代表で、孫娘でもあるペトラ・ヴィルカラの挨拶文も掲示されている。彼女から祖父への温かいまなざしの文章からも微笑ましい家族愛が感じられる。

ヴィルカラは北極圏の自然を愛し、実直に手仕事を楽しみ、フィンランドのデザイン史において欠かせない大きな功績を残した。一方、デザインだけではなく、1950年には母校が前身となっていたヘルシンキ産業美術学校(現アールト大学)において美術部門のディレクター、主任教諭としても2年間教鞭を取っている。ここでもヴィルカラは教育に真っ向から取り組み、より実践的な模擬コンペを実施、後年ガラスデザイナーとして活躍するオイヴァ・トイッカ(Oiva Toikka)や、彫刻家カイン・タッペル(Kain Tapper)などを輩出している。 しかし、学生としっかり向き合うことで自身の創作の時間が取れなくなっていくことを悩んだ末、教職から離れることとなる。どんなことでも誠実に、職人気質で取り組む姿勢は、素材を尊重し、幾何学的に整理した上、自然を生かした表現を形にするヴィルカラの心地よいデザインに繋がっている。
よく知られたガラスアートだけではなく、多方面におけるデザインで活躍したタピオ・ヴィルカラ。美しく多様な作品の数々からは、素材との調和を極めながら自身の手で形作っていくヴィルカラの職人的な喜びが感じられる。是非この展示を通し、北欧フィンランドを代表するデザイナーの手仕事の粋を堪能してほしい。
澁谷政治 プロフィール
北海道札幌市出身。学部では北欧や北方圏文化を専攻し学芸員資格を取得。大学院では北方民族文化に関する研究で修士課程(観光学)を修了。メディア芸術やデザイン等への関心のほか、国際協力に関連する仕事に携わっており、中央アジアや西アフリカなどの駐在経験を通じて、北欧のほかシルクロードやイスラム文化などにも関心を持つ。
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- 東京ステーションギャラリー|TOKYO STATION GALLERY
100-0005 東京都千代田区丸の内1-9-1
開館時間:10:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
会期中休館日:月曜日 ※ただし5月5日、6月9日は開館