パレスチナ、イスラエル4人のジャーナリストが
〈内側〉を描くパレスチナ人居住地区のリアル
『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』
第97回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ノミネート
2025年2月21日(金)TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋 ほか全国ロードショー

文:森聖加
人々から「故郷」をうばう権利が他国の人間にあるのか?
2025年2月4日、トランプ米大統領がガザ地区を所有しリゾート開発する、といった構想を語り、国際社会からの一層の反発を引き起こした。パレスチナ自治区ガザに暮らす人々を他の地域へ〈強制移住〉させ、その後の土地をアメリカが〈所有〉し、〈再開発〉するというものだ。数日後にはパレスチナ人の帰還の権利は認めないとまで語った。

映画『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』は、パレスチナで暮らしを営んできた人々、歴史を築いてきた人々の気持ちなど一顧だにせず、自国の利益のみを追求する大国に翻弄されつづける地域の実情を、当事者みずからがスマートフォンと手持ちカメラで収めた決死のドキュメントだ。1967年の第三次中東戦争でパレスチナ自治区ガザ地区とヨルダン川西岸地区はイスラエルが軍事的に制圧して以来、同国の占領下に置かれてきた。そして、2022年にはイスラエル軍による、西岸地区の8つの村に住む1000人以上のパレスチナ人の強制的な排除に反対した請願をイスラエル最高裁が却下。67年以来最大規模といわれるパレスチナの人々の追放が再びはじまった。
映像はヨルダン川西岸地区マサーフェル・ヤッタの2019年から4年にわたる記録を収める。2023年10月の、イスラエル軍とパレスチナ自治組織ハマスとの大規模武力衝突以前から繰り返され続ける地域の現実である。
「侵略者」はブルドーザーで、覆面を被って、やってくる
ドキュメンタリーの舞台はヨルダン川西岸南部に位置するパレスチナ人居住地区マサーフェル・ヤッタ。共同監督の1人、1996年生まれのパレスチナ人、バーセル・アドラーさんの生まれ故郷だ。彼によれば、地域は農民のコミュニティであり、人々は農作業をして生計を立て、深く土地と結びついてきた。アドラーさんは心から「故郷」だと感じられる唯一の場所、と言い切る。ただし、その土地では、1981年にイスラエルが発した国防軍の軍事演習場にするという宣言を理由に、住民たちを強制的に立ち退かせる侵略と暴力が彼の生まれるはるか前から進められてきた。

本作品を鑑賞する前に押さえておきたいのは、国際政治学者でこの映画の字幕監修を務める高橋和夫氏が指摘する「パレスチナ自治区」と呼ばれるエリアの事実だ。私たちは多くが、日本の新聞やテレビで示される地図でガザ地区とヨルダン川西岸地区として色分けされたエリア「全体」をパレスチナの人々が暮らす場所として認識しているだろう。しかし、実際にはパレスチナ人に与えられた権限の多寡により、ヨルダン川西岸地区は3つの地域(A、B、Cとする)に分けられる。現実に存在する地区の自治は、「穴だらけのスイス・チーズのようなもの」で、しかも「自治地域は穴の方である」という。
一応の自治地域であるA地域は、パレスチナ暫定自治政府が治安と民生の両方の権限を有するエリア。B地域はイスラエルが治安権限を有しパレスチナ暫定自治政府が民生権を持つエリアで、実質イスラエルの支配下にある。そしてC地域ではイスラエルが治安権限も民生権も持つ。バーセルさんたちが暮らし、土地を守るべく闘うマサーフェル・ヤッタはC地域に属する。

5歳で父がイスラエル軍に逮捕されるのを目の当たりにし、7歳ではじめてデモに参加。父も母も故郷を守るために活動家として闘う家に生まれたアドラーさんは、自身も子どもの頃から抗議活動に必然的に関わるようになる。彼と共同監督のひとり、パレスチナ人のハムダーン・バラールさんの成人してからの時間のほとんどは、村人たちの家を破壊し、不当な暴力で追い出そうとするイスラエル軍の残虐行為を記録し、世界へと発信することに費やされてきた。
2019年、彼らの活動を支援しようとそこへ訪れたのが、イスラエル人ジャーナリストのユヴァル・アブラハームさんとラヘル・ショールさんだ。4人は立場を超えて、ただ「故郷」での日常をありのままに写す映像という手段を武器に、大国による理不尽な占領の実際を報道し世界に訴え続ける。

井戸さえも埋めて飲み水の供給も遮断する非人道的行為がまかりとおる
「敵」というレッテルを超えて、育まれる連帯
カメラが収めるもうひとつの要は、バーセル・アドラーさんとユヴァル・アブラハームさんの親交だ。同じ1996年に、同じく地中海に面した地域に生まれたふたり。かたや、域内の自由な往来をはじめ、制限がほとんどない日常が保証されている一方で、他方は検閲所では常に足止めされ、家も学校も破壊され、土地どころか命までもが危険にさらされる日常におかれる。「パレスチナ人」「イスラエル人」――話すことばが違うから、宗教が違うからと分け隔てられるふたりが育む連帯も注視したい。

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- 『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』(原題『NO OTHER LAND』)
2025年2月21日(金)TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋 ほか全国ロードショー
監督 バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール
配給 トランスフォーマー
『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』公式サイト
https://transformer.co.jp/m/nootherland/