FEATURE

江戸の浮き世を自在に生き抜いた
英一蝶の画業を総覧する大回顧展

「没後300年記念 英一蝶 ―風流才子、浮き世を写す―」が、サントリー美術館にて2024年11月10日(日)まで開催

内覧会・記者発表会レポート

特別出品がかなった一蝶晩年の大作《舞楽図・唐獅子図屛風》。会場では表・裏の両面が鑑賞できる。
写真は表面の《舞楽図》六曲一双のうち左隻(表面)英一蝶 メトロポリタン美術館【通期展示】
特別出品がかなった一蝶晩年の大作《舞楽図・唐獅子図屛風》。会場では表・裏の両面が鑑賞できる。
写真は表面の《舞楽図》六曲一双のうち左隻(表面)英一蝶 メトロポリタン美術館【通期展示】

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構成・文・写真:森聖加

英一蝶(はなぶさいっちょう/1652~1724)は京都に生まれ、江戸を中心に活躍した絵師だ。江戸狩野(えどがのう)のアカデミックな教育を受けながらも、同時代の菱川師宣(ひしかわもろのぶ)や岩佐又兵衛(いわさまたべえ)ら浮世絵の先駆者に触発されつつ、江戸の市井の人々を生き生きと描く独自の画風を切り開いた。2024年は一蝶の没後300年にあたり、東京・赤坂のサントリー美術館で、その画業を振り返る過去最大規模の回顧展が開催されている。

「没後300年記念 英一蝶」展示風景
「没後300年記念 英一蝶」展示風景
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「後300年記念 英一蝶 ―風流才子、浮き世を写す―」
開催美術館:サントリー美術館
開催期間:2024年9月18日(水)〜2024年11月10日(日)
※作品保護のため、会期中展示替を行います

アカデミックな作風も、風俗画もお手のもの―多賀朝湖時代

左《四条河原納涼図》英一蝶 一幅 千葉市美術館、右《投扇図》英一蝶 一幅 板橋区立美術館【いずれも展示期間:10月14日まで】
左《四条河原納涼図》英一蝶 一幅 千葉市美術館、右《投扇図》英一蝶 一幅 板橋区立美術館【いずれも展示期間:10月14日まで】

第1章には多賀朝湖(たがちょうこ)と名乗った初期の作品が並ぶ。承応元(1652)年、京都に生まれた英一蝶は、伊勢亀山藩主の侍医をしていた父の下向に伴い、15歳(あるいは8歳)のころから江戸で暮らすようになった。ここで一蝶は、狩野宗家の狩野安信(探幽の弟)に入門し、江戸狩野派の高い絵画技術と、古典に関する幅広い教養を身に付けていった。20~30代のころ俳諧を松尾芭蕉に学び、複数の俳諧師とも生涯にわたり交流。自らは暁雲(ぎょううん)という号で句を残している。

菱川師宣風の女性像。右《立美人図》 英一蝶 一幅 千葉市美術館。
左は《大原女図》英一蝶 一幅 兵庫県立美術館(穎川コレクション)【いずれも展示期間:10月14日まで】
菱川師宣風の女性像。右《立美人図》 英一蝶 一幅 千葉市美術館。
左は《大原女図》英一蝶 一幅 兵庫県立美術館(穎川コレクション)【いずれも展示期間:10月14日まで】

一蝶は、狩野派の枠に飽き足らず、江戸の活気や町人の暮らし、表情を描くことを目指した。展示では、彼がその上に立たんとした菱川師宣、岩佐又兵衛への対抗心が露わな作品もある。身体をくねらせ、後ろを振り返る女性を描いた《立美人図》には菱川師宣派の影響が見られ、同時にそこを乗り越えようとした工夫も見て取ることができるだろう。

第1章のもうひとつの見どころは《雑画帖》で、36図すべてが会期中に展示されるは一蝶展では初めてのことだ。伝統的な花鳥画や山水画だけでなく、猫や猿、牛といった動物たちのかわいらしさが生き生きと描かれており、レパートリーの多彩さにうならされる。

《雑画帖》のうち「睡猫図」(左)と「龍図」(右)江戸時代 17世紀 大倉集古館
【通期展示(場面替えあり)/本場面の展示期間:9/18~10/14】
《雑画帖》のうち「睡猫図」(左)と「龍図」(右)江戸時代 17世紀 大倉集古館
【通期展示(場面替えあり)/本場面の展示期間:9/18~10/14】
小さな登場人物にも目を凝らして。左隻に奈良の紅葉の名所、龍田を右隻に桜の名所、
吉野を描いた《吉野・龍田図屛風》 英一蝶 六曲一双 京都国立博物館【展示期間:10月14日まで】
小さな登場人物にも目を凝らして。左隻に奈良の紅葉の名所、龍田を右隻に桜の名所、
吉野を描いた《吉野・龍田図屛風》 英一蝶 六曲一双 京都国立博物館【展示期間:10月14日まで】

三宅島への配流も何のその。ノリに乗って注文をこなした〈島一蝶〉時代

絵師として不動の人気を得ていた40代の一蝶に、悲劇が起こったのは元禄11(1698)年のことだった。第5代将軍・徳川綱吉による「生類憐みの令」を皮肉った流言に関わった疑いで捕らえられ、伊豆諸島の三宅島へ流罪となったのだ。ただし、真の配流の理由は別にあり、江戸吉原で幇間(ほうかん/太鼓持ち)として活躍していた異色の経歴をもつ一蝶は、綱吉の生母・桂昌院(けいしょういん)の縁者を遊所に誘って遊女を身請けさせ……という大それた行いから幕府に目をつけられたともいわれている。一蝶の島での生活は足掛け12年に及んだ。

《吉原風俗図巻》(部分)英一蝶 一巻 元禄16(1703)年頃 サントリー美術館
【通期展示(場面替えあり)】
《吉原風俗図巻》(部分)英一蝶 一巻 元禄16(1703)年頃 サントリー美術館
【通期展示(場面替えあり)】

島流しと聞くと、さぞかし困窮した生活を余儀なくされたのだろうと考えがちだが、実際の一蝶は配流中も自由に制作に取り組んでいたそうだ。江戸の知人からの注文を受けて彼の地での遊興生活を題材にした風俗画を描き、一方では、三宅島や近隣の島民のために神仏画や吉祥画などを描いた。江戸からは注文と同時に貴重な紙や絵具が送られてきており、制作に困ることはなかった。島での制作で生まれた作品は〈島一蝶〉と呼ばれ高く評価され、画業は最盛期を迎える。代表作のひとつが《吉原風俗図巻》(通期展示)であり、また、重要文化財の《布晒舞図(ぬのさらしまいず)》が後期(10月16日~11月10日)に登場するので注目したい。

そして、一般に島流しにあえば江戸への帰還は絶望視されるなか、綱吉の逝去にともなう代替わりの恩赦によって、幸運にも江戸へ戻ることがかなう。島民のためとはいえ、熱心に描いた神仏画に込めた願いが届いたのだろうか?

「没後300年記念 英一蝶」展示風景。御蔵島外初の展示となった《神馬図額》一面 元禄12(1699)年頃 東京・稲根神社【通期展示】
「没後300年記念 英一蝶」展示風景。御蔵島外初の展示となった《神馬図額》一面 元禄12(1699)年頃 東京・稲根神社【通期展示】

英一蝶時代。メトロポリタン美術館から里帰りの作品が記念の年を飾る

一蝶が江戸へ戻ったのは宝永6(1709)年、58歳になっていた。このときに画号を〈英一蝶〉に改め、さらに精力的に制作に励んだ。代名詞ともいえる風俗画から離れる宣言をして(実際には制作は続ける)、仏画や狩野派の画法に従った花鳥画や風景画、物語絵や故事人物画など古典画題にも取り組むようになったという。

《唐獅子図》六曲一双のうち左隻(裏面) 英一蝶 メトロポリタン美術館【通期展示】
《唐獅子図》六曲一双のうち左隻(裏面) 英一蝶 メトロポリタン美術館【通期展示】

晩年となる英一蝶時代の注目は、メトロポリタン美術館から特別出品が実現した3作品のうちのひとつ、大作《舞楽図・唐獅子図屛風》だ。今回は特別に、表裏に異なる図の描かれた屛風の両面が眺められるよう展示されている。裏面の《唐獅子図》はおそらく日本初の展示という。

《雨宿り図屛風》英一蝶 六曲一隻 メトロポリタン美術館【通期展示】
《雨宿り図屛風》英一蝶 六曲一隻 メトロポリタン美術館【通期展示】

また、一蝶は風俗画の到達点として「雨宿り」を主題に複数の作品を残したが、傑作《雨宿り図屛風》もアメリカから凱旋帰国した。こちらは、屛風形式のなかでは比較的早い時期の制作と考えられている。屋根の梁にぶら下がる子どもや、困り顔で空を見上げる行商人など、突然の雨に降られた老若男女が軒下に集まり、雨が止むのを待つ人々の姿を生き生きと描く作品は、ほぼ同じ内容で東京国立博物館(東博)にもある。東博バージョンは洗練度と完成度が増した時代のもの。本展ではメトロポリタン美術館、東京国立博物館、2つの《雨宿り図屛風》が10月14日(月)まで特別に並んで展示される貴重な機会だ。

初公開《釈迦十六善神図》英一蝶 一幅 江戸時代 18世紀 個人蔵【展示期間:10月14日まで】
初公開《釈迦十六善神図》英一蝶 一幅 江戸時代 18世紀 個人蔵【展示期間:10月14日まで】

ほかに、近年発見されたばかりの《釈迦十六善神図(しゃかじゅうろくぜんしんず)》が初公開となり、見逃せない。さまざまな画題を描いた一蝶だが、現存する仏画は数が少ない。細密な描写の光る作品を間近に眺めたい。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
サントリー美術館|SUNTORY MUSEUM of ART
107-8643 東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階
開館時間:10:00〜18:00(金曜日および11月9日[土]は20時まで ※入館は閉館の30分前まで)
休館日:火曜日(11月5日は18時まで開館)

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