平安仏の最高傑作、寺外初公開のご本尊を筆頭に
空海ゆかりの神護寺宝物が一堂に集結
創建1200年記念 特別展「神護寺―空海と真言密教のはじまり」が、東京国立博物館にて2024年9月8日(日)まで開催
内覧会・記者発表会レポート 一覧に戻るFEATURE一覧に戻る
構成・文・写真：森聖加
京都・神護寺（じんごじ）は、「弘法さま」や「お大師さま」などと呼ばれて、現在も広く親しまれる弘法大師空海（774-835）が中国・唐から帰国後、活動の拠点とした寺院だ。2024年は、日本での真言密教（しんごんみっきょう）の出発点となった同寺の創建1200年と空海生誕1250年にあたり、東京国立博物館で創建1200年記念 特別展 「神護寺－空海と真言密教のはじまり」が開催されている。本尊、国宝《薬師如来立像》が初めて寺を出て東京にお出ましになったほか、空海が制作に携わり現存最古として知られる国宝《両界曼荼羅（りょうかいまんだら／通称 高雄曼荼羅）》など、寺宝を余すことなく展示する。
- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
- 創建1200年記念 特別展 神護寺―空海と真言密教のはじまり
開催美術館：東京国立博物館
開催期間：2024年7月17日(水)〜2024年9月8日(日)
※会期中、一部作品の展示替えを行います。
空海プロデュースの両界曼荼羅。大迫力の宝物世界に浸る
神護寺は紅葉の名所として名高い、京都市右京区の高雄にある。同寺は天長元（824）年に、和気清麻呂（わけのきよまろ）が建立した高雄山寺（たかおさんじ）と、同じく清麻呂が建立した神願寺（じんがんじ）というふたつの寺院がひとつになって、密教寺院である神護国祚真言寺（じんごこくそしんごんじ、略して神護寺）として誕生した。
空海はそれに先駆ける延暦23（804）年に唐（中国）にわたり、都 長安の青龍寺で恵果（けいか）から密教のすべてを授けられ帰国する。帰国から3年後の大同4年（809）年に京都に入り、密教を広める活動拠点としたのが神護寺の前身寺院、高雄山寺だった。日本で初めて両部灌頂（りょうぶかんじょう）※を行った場所でもある。
※両部は真言密教の二大経典、「金剛頂経（こんごうちょうきょう）」と「大日経（だいにちきょう）」に基づく、金剛界・胎蔵界というふたつの世界のこと。両界ともいう。灌頂は密教の儀礼のひとつ
神護寺の歴史をたどりながら構成される展示で、前半の核となるのが金剛界と胎蔵界という、真言密教が説くふたつの世界観を表した国宝《両界曼荼羅（りょうかいまんだら）》だ。天長年間（824-834）に淳和（じゅんな）天皇が発願、空海が唐から持ち帰った曼荼羅を手本にプロデュースした、現存する最古の曼荼羅は《高雄曼荼羅》の通称でも知られ、4ｍ四方もある大画面。非常に高価な染料、紫根（しこん）を使って染め、花や鳳凰の文様を織り出した綾絹に、金泥と銀泥で仏の世界が描かれている。6年にもおよぶ修理が江戸時代以来、約230年ぶりに施されての披露となった。
国宝《両界曼荼羅》を正面に、同じ展示空間を振りかえると、そこには多くの人が教科書を通じて知る《伝 源頼朝像》と、《伝 平重盛像》《伝 藤原光能像》（いずれも国宝）の三幅が見える。「神護寺三像」と呼ばれる肖像画は、等身大で描かれた人物像の最高峰のひとつだ。
「神護寺は密教美術の名品をもつと同時に、日本美術を代表する寺宝をもっています。今回は優れた作品をシンプルに見ていただけるよう展示空間を構成しました」と本展覧会を担当した仏教絵画史専門の東京国立博物館研究員、古川攝一（しょういち）氏は話す。その言葉どおりの大らかな展示空間で、いにしえの人々がその手でつくりあげた大迫力の宝物群の魅力にたっぷり浸ることができるだろう。
威厳ある表情と重量感。空海も見つめた国宝《薬師如来立像》
国宝17件、重要文化財44件を含む密教美術の名品など約100件が集まる展覧会で、彫刻分野の極めて貴重な展示となるのが、本尊の国宝《薬師如来立像》だ。1200年ものあいだ寺外に出ることのなかった、日本の仏教彫刻史上の最高傑作のひとつが東京で初公開された。神護寺では厨子におさまるため正面からの拝観に限られるが、本展ではさまざまな角度から拝することができる。
「なんでこんなに怖い顔をつくらなければならなかったんだろう」と東京国立博物館の研究員、丸山士郎氏も驚きの言葉を隠さない、威厳に満ちた表情の国宝《薬師如来立像》。像は空海が前身となる高雄山寺、神願寺のいずれかから招来したものだ。
平安時代初期、8世紀末から9世紀初頭は、日本では重量感のある仏像がつくられた。国宝《薬師如来立像》は、1本の木材から彫り出す一木造り（いちぼくづくり）で、両腕以外が一材でつくられている。さらに、平安時代の木彫仏の特徴である衣の表現、翻波式衣文（ほんぱしきえもん）がこの像ほどはっきりと見えるものはないと丸山氏は言う。左肩から左前、裾にかけて、丸くふくらみのある太い縄のようなヒダと、鎬（しのぎ）だった小さなヒダが交互に彫られるさまに注目したい。
側面にまわると国宝《薬師如来立像》の重量感が際立ち、腹部や太もものむっちりとした表現に圧倒される。腕から指先にかけての、はち切れんばかりの肉感も魅力的だ。どこから見ても素晴らしい像だと指摘しながら、丸山氏はこう続けた。「密教が造形に関して深い関心があった以上に、空海は造形に関心をもっていました。空海はこの像を迎え、どのように感じたのか、考えてもらいたいですね」
ライティングに気を配った展示会場では、本尊のまわりに《十二神将立像》と《四天王立像》が並ぶ。神護寺ではコンパクトな空間にぎゅっと安置されているものが、一体一体ゆったりと置かれ、背景に映る影とともに像の躍動的な表現を際立たせる展示となっている。
ほかに、寺では年1回開帳される国宝《五大虚空蔵菩薩坐像（ごだいこくうぞうばさつざぞう）》が五体そろって展覧会で公開されるのも初めてのこと。「虚空蔵菩薩像は、空海の一種の曼荼羅です。密教が日本に入る前には同じような仏像が五体円形に並ぶことはありませんでしたので、人々にとても驚かれました。不思議な空間が広がっていたのです」と丸山氏。
後期では、現存する平安仏画で唯一、釈迦如来を単独で描き、衣の朱色から「赤釈迦」として知られる名品、国宝《釈迦如来像》や、密教の灌頂儀礼で用いられた用具のひとつであり、やまと絵の貴重な作例である国宝《山水屛風（せんずいびょうぶ）》などが登場する。こちらも見逃せない。