「爆発」の原点にかえって、新たな未来を描く
――現代美術家、蔡國強の大規模個展
「蔡國強 宇宙遊―〈原初火球〉から始まる」が、国立新美術館にて2023年8月21日まで開催中
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構成・文・写真:森聖加
東京、六本木の国立新美術館で、火薬を用いた独自のドローイングや屋外爆発プロジェクトなどで知られる中国の現代美術家、蔡國強(ツァイ・グオチャン/さい・こっきょう、1957年—)の大規模個展「蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる」が同館とサンローランの共催で開催されている。1986年末から約9年間、日本で暮らし活動した蔡氏は「アーティストとしての原点は日本」と言い切る。創作活動の原点に戻って振り返る、長い歩みから見えてくるものとは?
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- 「蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる」
開催美術館:国立新美術館
開催期間:2023年6月29日(木)~8月21日(月)
2000㎡の大空間で、蔡氏が描く「宇宙」にダイブ・イン
会場は国立新美術館 企画展示室1Eで、本展では2000㎡もの大空間を間仕切ることなく使用して、蔡氏の現在までのインスタレーション、絵画作品ほかを展示している。鑑賞者は蔡氏の作品のあいだを自由に歩き回って、アートそのものを文字通り体感する、イマーシブ型の展示内容だ。
入口側に近いフロア前方には、蔡氏が日本に移住し活動をはじめ、アーティストとして世界へ飛躍する画期となった1991年の個展「原初火球 The Project for Projects」(東京・P3 art and environment)を再現する。日本の素材である和紙に、墨と、蔡氏の代名詞ともいえる火薬を用いて描いた7枚の屏風仕立てのドローイングは、それ自体が放射状に広がるように配置され、「爆発」を表現している。
展覧会のタイトルに改めて掲げられた〈原初火球(げんしょかきゅう)〉とは、宇宙物理学と老子の宇宙起源論に基づき蔡氏が示した言葉で、宇宙のはじまりとなった大爆発「ビッグバン」を意味する。火薬による爆発をアートに昇華してきた蔡氏の芸術活動の原点である約30年前の「爆発」が「原初火球 The Project for Projects」だった。それを引き起こしたものが何であったのか、また、その後今日までに何が起こったかを、鑑賞者とともに探求するのが本展の目論見でもある。
本展示での〈原初火球〉は一部が蔡氏カスタムの生成AI「cAI™(AIツァイ)」 に「ガラスの上に火薬絵画をつくりたい」と伝えて2023年に制作された、《cAI™の受胎告知》などの新たな3隻(せき)の屏風と置きかえられている。「〈原初火球〉の精神はまだ生きているのだろうか?」という作家の自問がここにはあり、その答えを探る手掛かりとなるだろう。
さらに奥へと進むと展示のもうひとつの核、キネティック・ライト・インスタレーション《未知との遭遇》が続く。本作品は、2019年にメキシコで実現した同名の爆発イベントから派生したものだ。LEDによる光をモーターで駆動し、コンピューター制御によって自在に変化する「宇宙空間」には地球外生物(E.T.)やアインシュタイン、ホーキング博士の姿が。縦横無尽に漂おう。
小さなアパートで、常に考えていたのは広い宇宙のことだった
1957年、中国福建省泉州市に生まれた蔡氏は、地域で名の知られた書家であり、伝統的な絵画を愛した父の影響で芸術家を目指すようになった。会場には、父、蔡瑞欽(ツァイ・ロイチン)氏がマッチ箱に彼の地の山水を描いたドローイングが冒頭に展示され、〈原初火球〉以前からの蔡氏の活動の全貌が丹念に紹介されていく。
いまから1000年以上前に中国で誕生した火薬を蔡氏が自身の制作に用いるようになったのは1984年ごろ。そして1986年、日本に来日する。
蔡氏は日本でははじめ、東京・板橋区の4畳半のアパートに妻と子どもと暮らした。火薬を使うのは深夜近隣の家が寝静まった後の狭い台所で、子ども用の花火から火薬を取り出したり、マッチ棒の先端の火薬をけずり取ったりして爆発させていた、と当時を振り返る。「小さな空間で常に考えていたのは、宇宙や時間、空間のことでした」。自分がまだ何者でもなく、ましてや生活も極めて貧しいなかで、広大な宇宙に意識を飛ばし、対話を続けることで得たのは「外星人」としての視点だった。そうして作品は、地球の外に必ずやいるはずの存在へ向かって発せられ続けてきたのだ。
洋の東西も関係なく、国境さえもものともしない。その思考のスケールを知るほどに、ジワリと心を揺さぶられずにはいられなくなる。
輝く月の「光と陰」? 陰にこそ宿る作家の思いを詳らかにする展示
内覧会当日に開かれたプレスカンファレンスでの質疑応答で特に印象に残ったのが、月を引用して自身の活動をたとえた蔡氏の回答だった。表にあらわれ、多くの人に鑑賞される作品は三日月でいえば光輝く部分であり、対して、存在はしつつも目には見えない月の陰にあたるのは通常は鑑賞されることのない部分。つまり作品を生み出すために日々続けられた膨大な思考の数々であり、失敗の蓄積である、という。
会場では、この「月の陰」にあたる、普段は表にでることのないスケッチなどの多数のアーカイブ資料や記録映像が、インスタレーションを囲むようにして壁面にふんだんに提示されていて見ごたえがある。会場の説明はすべて蔡氏自身のことばで語られている。「対話」を作品制作のよりどころとしてきた作家との距離が、ぐっと近づいて感じられるだろう。
草の根でつながる、蔡國強と福島・いわきの人々
展覧会の開催に先駆けて、蔡氏が「第二の故郷」と呼ぶ福島県いわき市で花火のパフォーマンスが開催された。蔡氏は1988年に初めていわき市を訪れ、1993年には同市四倉町に引っ越し、《地平線:外星人のためのプロジェクト No. 14》ほかの爆発イベントを地元住民の多くのボランティアを得て実現させた経緯がある。アートがつないだ草の根の交流は30年以上にわたり、蔡氏がニューヨークに移住した現在も続いている。
2023年6月26日、サンローランからのコミッションワークである白天花火《満天の桜が咲く日》と題した昼間の花火イベントは《地平線》が実施されたのと同じ四倉海岸で行われ、東日本大震災による津波や原発事故などで失われた命に捧げられた。「鎮魂」のための約4万発は、地元の人々が見守るなかで見事な桜の花を咲かせたのだ。
自然災害や疫病、地域間格差、文化間の衝突など地球規模で深刻化する問題に対して、アーティストが発する問いは明確だ。未来に向け、わたしたちは何ができるのか? 目をひらく格好の機会としたい。
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- 国立新美術館|The National Art Center, Tokyo
106-8558 東京都港区六本木7-22-2
開館時間:10:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
定休日:火曜日