FEATURE

浮世絵の世界が動き出す。
奇想天外、創意工夫に満ちたコクーン歌舞伎が
江戸時代と未来をつなぐ

アートコラム

清書七以呂波 なつ祭 団七九郎兵衛・一寸徳兵衛 豊国 国立国会図書館デジタルコレクションより(左)
渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』 中村勘九郎 ©松竹(右)
清書七以呂波 なつ祭 団七九郎兵衛・一寸徳兵衛 豊国 国立国会図書館デジタルコレクションより(左)
渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』 中村勘九郎 ©松竹(右)

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文・構成 小林春日

江戸初期に始まったといわれる「浮世絵」に描かれてきたものは、現代に生きるわれわれの暮らしや文化とも地続きで、日本人にとっては特に情緒を掻き立てられる絵画様式なのではないだろうか。

北斎の富嶽三十六景も、広重の東海道五拾三次も、描かれた当時と現代では、景色は様変わりしていようとも、山や海、川やそこにかかる橋、坂道の傾斜や峠など、背景に描かれた自然の景観は、現存が確認できる場所も多く、さまざまな浮世絵を通じて、当時の社会や人々の暮らしぶりなどが、ときに情感豊かに伝わってくる。

浮世絵は、世の中の出来事や流行を伝えるための大衆メディアでもあり、人々の情報源となっていた。美人画、花鳥画、名所絵、歴史絵などのほか、当時人気のあった物語や実際に起こった事件なども題材に描かれている。中でも江戸時代のはじめに誕生した歌舞伎は、歌川豊国をはじめとする多くの浮世絵師によって、役者絵や人気演目の名場面が多く描かれてきた。

北斎の代表作、冨嶽三十六景《神奈川沖浪裏》の波間に描かれた押送船も、広重の東海道五拾三次《日本橋 朝之景》に描かれた太鼓橋や参勤交代の大名行列も、現代ではもう見ることは叶わないが、浮世絵に描かれた歌舞伎の芝居絵などの中には、現代でも当時の雰囲気に近い世界を生で味わうことができるものも多い。

団七九郎兵衛・団七女房お梶・一寸徳兵衛 豊国 国立国会図書館デジタルコレクションより
団七九郎兵衛・団七女房お梶・一寸徳兵衛 豊国 国立国会図書館デジタルコレクションより

たとえば、こちらの浮世絵は、並木千柳・三好松洛・竹田小出雲らの合作による「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」という人形浄瑠璃で、1745年7月に大阪竹本座で初演され、その翌月には、歌舞伎化されて以降、上演を繰り返す人気作品となった演目の一場面である。

この「夏祭浪花鑑」という演目は、初演から約275年後の2021年5月、渋谷・コクーン歌舞伎で上演されている(2021年5月30日まで。続けて6月には、まつもと市民芸術館にて公演予定)。この物語は、元禄時代の大阪で実際におきた殺人事件を題材にしているが、男伊達の心意気や義理人情がふんだんに盛り込まれた物語でもある。

渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』 左より、尾上松也、中村七之助、中村勘九郎 ©松竹
渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』 左より、尾上松也、中村七之助、中村勘九郎 ©松竹

コクーン歌舞伎の舞台では、場面は異なるが、上の浮世絵と役の並びは同じく、左から一寸徳兵衛(尾上松也)、団七の女房お梶(中村七之助)、団七九郎兵衛(中村勘九郎)である。

団七に掴みかかる徳兵衛との争いの間に割って入るお梶。この後、団七と徳兵衛の2人は浴衣の片袖を交わして、義兄弟の契りを結ぶことになる。 

先ほどの浮世絵に描かれた場面も、今回のコクーン歌舞伎の舞台でも繰り広げられた名場面である。今回の上演では、第二幕の一場「九郎兵衛内の場」で、物語の中でもクライマックスに向かっていく、重要な展開を迎える場面を描いている。

鑑賞後にこの浮世絵を目にすれば、この場面を演じた役者らの迫真の姿がよみがえり、ふたたび感動を覚えて胸が熱くなるのである。

団七九郎兵衛・一寸徳兵衛・釣船三婦 豊国 国立国会図書館デジタルコレクションより
団七九郎兵衛・一寸徳兵衛・釣船三婦 豊国 国立国会図書館デジタルコレクションより

こちらは、団七と徳兵衛の諍いに、老俠客の釣船三婦(片岡亀蔵)が仲裁に入る場面である。団七と徳兵衛の纏う衣装は、それぞれ柿色と藍色の弁慶格子といわれる格子柄の浴衣である。

渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』 中村勘九郎 ©松竹
渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』 中村勘九郎 ©松竹

コクーン歌舞伎で団七を演じる勘九郎と、徳兵衛を演じる松也の衣装も同様の柿色と藍色の弁慶格子で、まさに江戸時代から数百年の歴史を超えて、浮世絵という静止画の世界から飛び出してきたかのようである。

本来、歌舞伎の名場面であるがゆえに浮世絵に描かれてきたわけであるが、現代においては、数百年も前に浮世絵に描かれていた名場面を、当時からの技と伝統を受け継ぐ現代の歌舞伎役者らが演じる生の姿で堪能できることは、なんという贅沢さであろうか。

コクーン歌舞伎とは、1994年5月に十八代目中村勘三郎らによって始められ、渋谷Bunkamura内にある劇場シアターコクーンで1~2年に1回ほど行われる歌舞伎公演である。1996年、第2回目のコクーン歌舞伎で上演された演目も『夏祭浪花鑑』であった。この時から、当時シアターコクーンの芸術監督であった串田和美が演出を担当しており、古典歌舞伎の演目に新たな解釈を加えた現代風の斬新な演出が毎回大きな話題を呼ぶ。

渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』 左より、中村勘九郎、笹野高史 ©松竹<!-- / 序幕 第四場「長町裏の場」。団七の舅 三河屋義平次(笹野高史)と向き合う緊張感漂う場面。本火の紙蝋を手にした黒子が沢山登場する。その火によって、真暗闇の中で、二人の姿だけが照らし出され、緊迫した二人の胸の鼓動が観るものにも伝わってくるかのようである。-->
渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』 左より、中村勘九郎、笹野高史 ©松竹

今回の「夏祭浪花鑑」の舞台も、奇想天外な予兆はもはや開幕前から始まっていた。まだ座席に落ち着いていない観客もいる開幕前の高揚の中で、祭囃子が聞こえはじめ、演者たちが舞台上を行き来している。演者が、舞台上から客席に向かって、消毒スプレーを吹きかけながら通り過ぎるような、コロナ禍ならではの演出も交えながら、舞台の幕が上がる。

「夏祭浪花鑑」は、コクーン歌舞伎で、1996年、2003年、2008年にも上演されてきた人気の演目で、さらにニューヨークやベルリン、ルーマニアなどでの公演も果たしてきた。

歌舞伎といえば、歌舞伎座、国立劇場、新橋演舞場、南座(京都)、大阪松竹座、博多座など各地で上演されており、伝統を受け継ぎながら、革新的な試みもなされて、多くの歌舞伎ファンを生み出し続けているが、コクーン歌舞伎には、それらとはまた違った次元の革新性が見られる。通常、歌舞伎では演出家が存在せず、出演する役者らがその役目を担う。コクーン歌舞伎では、演出家であり、舞台美術家であり、俳優でもある串田和美が、歌舞伎とは違う世界から加わり、新しい風を吹き込こんだ。

とくに、舞台美術家という肩書には納得させられる、それまでの歌舞伎にはない、度肝を抜かれるような舞台美術の数々が毎回登場する。今回も終始、創意工夫に満ちて、普段観ている歌舞伎とは異なる表現手法を刺激的に感じながら、物語世界に没入していく。今回は、コロナ禍での上演とあって、いつものコクーン歌舞伎のような観客席における演出も加わって劇場全体が一体となって盛り上がるような演出はあきらめざるを得なかったはずだが、一定の制約がある中で、今回もコクーン歌舞伎らしい舞台が存分に楽しめた。

たとえば、シアターコクーンという劇場ならではの構造物を活かした展開や、和太鼓奏者が登場する音楽の効果や、現代風のアレンジが加えられた終盤のシーンなど、物語に明快なコントラストが効いた串田和美ならではの演出で、魅力が満載だ。

渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』 左より、中村勘九郎、中村長三郎、中村七之助 ©松竹
渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』 左より、中村勘九郎、中村長三郎、中村七之助 ©松竹

こちらは、出牢する団七を迎えにきたお梶と息子の市松との再会の場面である。コクーン歌舞伎を始めた、今は亡き十八代目中村勘三郎の長男 勘九郎と次男 七之助、そして、勘九郎の息子 長三郎が今回ともに舞台に立っている。

歌舞伎ファンにとっては、感慨深い場面である。また100年後、300年後にも、後継の歌舞伎役者らによって、弁慶格子の衣装で見得を切る姿が見られるに違いない、と思わせてくれる、歌舞伎の未来に光を感じるような舞台であった。

清書七以呂波 なつ祭 団七九郎兵衛・一寸徳兵衛 豊国 国立国会図書館デジタルコレクションより
清書七以呂波 なつ祭 団七九郎兵衛・一寸徳兵衛 豊国 国立国会図書館デジタルコレクションより

浮世絵というものが、単なる絵画芸術ではなく、描かれた当時の社会や文化、風俗、風習などを後世に伝える資料としての役割も果たすが、歌舞伎の世界においては、舞台を作り上げていくにあたって、演技や衣装や小道具など、浮世絵に描かれたものを参照することもあるであろう。

渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』 中村勘九郎 ©松竹
渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』 中村勘九郎 ©松竹

浮世絵が好きな方には歌舞伎鑑賞を、歌舞伎が好きな方には浮世絵鑑賞をぜひおすすめしたい。なぜならば、歌舞伎という伝統芸能の奥深さや様々な演目を演じてきた役者らの心情、ひいては日本人のアイデンティティーが垣間見えたりと、それは発見に満ちた体験となり、歌舞伎鑑賞と浮世絵鑑賞の楽しみをそれぞれに押し広げてくれるはずである。

▼ 渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』ダイジェスト映像(松竹チャンネル)が見られます。
世界を席巻した伝説の舞台が、今、原点からの出発ー渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』
公演日程:2021年5月6日(木)~30日(日) ※5/6~11一部公演中止(5/12~公演開催)

参考文献:渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾『夏祭浪花鑑』 公演パンフレット

【開催情報】
「渋谷・コクーン歌舞伎 第十七弾 夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」
2021年5月6日(木)~30日(日)
劇場:シアターコクーン
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/703/

「信州・まつもと大歌舞伎 夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」
2021年6月17日(木)、18日(金)、19日(土)、20日(日)、21日(月)、22日(火)
会場 まつもと市民芸術館 主ホール
https://www.mpac.jp/event/36302/

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