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SNS時代に省みたい、ジョンとヨーコの生き様とその軌跡

展覧会レポート

1966年ベッド・インの再現 山中慎太郎(Qsyum!)
1966年ベッド・インの再現 山中慎太郎(Qsyum!)

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文・小林春日

世界的ロックスター ジョン・レノンと前衛芸術界を牽引する一人の芸術家 オノ・ヨーコ。彼ら自身の言葉や作品・貴重な展示品で辿る展覧会「DOUBLE FANTASY – John & Yoko」が現在、ソニーミュージック六本木ミュージアムで開催されている。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
DOUBLE FANTASY – John & Yoko
開催美術館:ソニーミュージック六本木ミュージアム
開催期間: 2020年10月9日(金)~2021年2月18日(木)
※2021年1月11日で終了を予定していた会期が、2021年2月18日まで延長となりました(2020年12月24日)

例え、ビートルズやジョン・レノン、オノ・ヨーコのファンでなくても、現代を生きる我々にとって、この世界の一員として、人々が世界をより良くしていくことが可能な、普遍的で大切な多くのメッセージを受け取ることができる。

この展覧会では、二人に関する展示品のほかに、展示パネルや映像などによって、ジョンとヨーコの人生の軌跡とともに、二人の思想やその時々の思いについて、彼ら自身の偽りのない言葉に触れられる。

天井に小さく描かれていた “YES”

ジョンとヨーコが出会った1966年インディカ・ギャラリーの再現(「天井の絵」「釘を打つための絵」いずれも当時のもの) 山中慎太郎(Qsyum!)
ジョンとヨーコが出会った1966年インディカ・ギャラリーの再現
(「天井の絵」「釘を打つための絵」いずれも当時のもの) 山中慎太郎(Qsyum!)

二人がはじめて出会ったのは、ヨーコが個展を開催していたロンドンの画廊インディカ・ギャラリー。1966年、友人に誘われて、ヨーコの個展を訪れたジョンは、脚立を登って、虫眼鏡で天井に描かれた絵を見る作品を体験した。

当時、前衛芸術に懐疑的だったというジョンは、天井に小さく描かれていたのが、 “YES”という肯定的な言葉があったことにほっとし、温かい気持ちになったという。

本展では、二人がインディカ・ギャラリーで出会った際に実際に展示されていた作品と同じものによって展示が再現されている。二人の軌跡の始まりとなる記念碑的な作品は必見だ。

「女は世界の奴隷か!」

会場では、ジョンが言葉を尽くし、活き活きと語っている映像が流れていた。1972年にアメリカのテレビ番組『The Dick Cavett Show』に出演した時のもので、となりにはヨーコが座っている。それは、アルバム『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』に収録された曲、「女は世界の奴隷か!(Woman Is The Nigger Of The World)」について語ったものであった。

ジョンは、以前は、男尊女卑的な古い価値観を持ち、それを主張していたけれど、議論を重ねるうち、自分の考えが誤りであることに気づかされ、徐々に考え方が変わっていった、と打ち明けている。そして生まれた曲が、「女は世界の奴隷か!」である。

世界的ロックスターが、女性の地位や権利について自分に問い、自分の価値観を転換させるだけでなく、それを表明すべく曲にして発表するという、その信念に満ちた行動には圧倒される思いだ。

会場では、二人の関係性から新たに生み出されたもの、考え方の変遷など二人の軌跡について、展示の流れの中で知ることができる。会場の展示パネルにも紹介されている二人のそれぞれの言葉を紹介する。

「ヨーコは僕と出会う前から解放運動に関わっていた。芸術の世界は男に支配されているから、男社会の中で彼女はずっと戦ってきたんだ。だから出会った頃の彼女は変革への熱意に満ちていた。問答無用だった。完全に対等の関係でなければ、僕たちの関係は成立しなかった。」
ジョン Red Mole誌 1971年

「対等の立場でなければ、誰かを愛することはできない。不安や自身のなさから多くの女性が男性にしがみつくしかないけれど、それは愛ではない。女性が男性を嫌う根本的な理由がそこにあります。」
ヨーコ Red Mole誌 1971年

これらの発言から50年が経つ現代、男女はどこまで平等といえるようになったのだろうか?女性である筆者から見て、ヨーコの「不安や自身のなさから多くの女性が男性にしがみつくしかないけれど、それは愛ではない。」という発言には、“男社会の中で彼女はずっと戦ってきた”ヨーコの、自ら発する言葉への強い覚悟が感じられる。現代に至っても、男女平等が謳われ続ける世の中で、女性にとっても学ぶべき言葉や受け止めるべき考え方や姿勢が沢山発見できる。男女平等が当たり前といえる世の中を目指すためには、男性だけの問題ではなく、女性の意識や行動も必要であることを再認識させられる。

ヨーコ・オノ 『女性上位万歳』 アナログ・ジャケ写
ヨーコ・オノ 『女性上位万歳』 アナログ・ジャケ写
会場では、1973年にヨーコが当時の日本の「ウーマン・リブ」運動に呼応し、女性解放、女性の権利主張、地位向上を訴える内容の曲を日本語で歌った歌『女性上位万歳』のアナログ・シングル盤が展示されている。「男性社会二千年/煤煙うずまく日本国/歴史が示す無能の徒/男性総辞任の時が来た/おんなの本性みせる時/女魂女力で・・・」と今の時代に聞いても鮮烈な歌詞から始まる。のちに小泉今日子がカバーしている(1993年『トラベル・ロック』収録)。

パフォーマンス「ベッド・イン」を “バズ”らせて、世界平和を訴えたい

1969年3月20日、ジブラルタルで結婚式を挙げたジョンとヨーコは、その5日後、世界中のマスコミが取材に訪れるであろう機会に、アムステルダムのホテルで、「ベッド・イン」という名のパフォーマンスを行うことを発表した。

マスコミの記者らは、「ベッド・イン」という言葉から想像される内容を想像しながら、ホテルの一室に招き入れられるも、それは、ベッドの上から届けられた、平和を訴えるための愛とユーモアにあふれたパフォーマンスだった。

二人が結婚した当時は、長きに渡って続いていたベトナム戦争の最中で、アメリカ・ヨーロッパなどへも社会不安が広がっていた。自分たちに注目が集まるこのタイミングを最大限に利用して、ホテルを訪れる記者らに平和を訴えることを通して、世の中に平和のメッセージを伝えようとしたのだ。

滞在中のホテルで二人は、ベッドの上で、パジャマ姿のままギターを弾いたり、歌ったり、報道陣のインタビューに答えたりして過ごしながら、平和について語り合う姿を見せた。

同じ年の12月、二人は「WAR IS OVER!(If you want it)」(戦争は終わる、もしあなたがそう望むなら)という広告ビルボードやポスターを世界12都市に掲載するキャンペーンを実施し、その後にも続く運動として「反戦」を掲げている。

SNS時代に

Photo by Iain Macmillan ©Yoko Ono
Photo by Iain Macmillan ©Yoko Ono

いまだに熱狂的なファンの多いビートルズのメンバーであるジョン・レノンと前衛芸術家であり、ジョン・レノンのパートナーであるオノ・ヨーコ。世界中に名の知れ渡る二人への注目度は高く、絶大なる影響力を持ったことから、「ベッド・イン」のようなパフォーマンスで平和を訴えようとした。それは、SNS時代の言葉に置き換えれば、「バズ」らせることを意識した行動である。

ジョンは「ベッド・イン」のパフォーマンスについて、「もし僕たちがなにか結婚のようなことをするのであれば、それを平和のために捧げよう、と決めていた。」(1971年 ローリング・ストーン誌)と後に語っている。

けれど、ときには多くの誤解も生じ、特にヨーコには、誹謗中傷の言葉や差別的な視線も向けられた。

1969年のジョンとの結婚後、「ベッド・イン」のパフォーマンスを経て、1973年に、ヨーコは、メディアでの否定的な扱われ方について、以下のように語っている。

「この5年間、私は世界中から憎しみの標的になっていたと人に言われるわ。わたしの悪口を言うのが流行っているくらいだって。でも、あなたが私を傷つけることはない。なぜなら私はあなたという人を知っているし、愛しているから。憎しみを受け止められるのは、人間が心から人を憎むことはできないと信じているから。それをするには、私たちは孤独すぎるわ。」
(『空間の感触』ライナーノーツより 1973年)

筆者は、どれだけ世界がビートルズに熱狂したか、ジョンとヨーコの結婚がどれだけセンセーショナルであり、そのことがどのような影響をもたらしてきたかをリアルタイムには知らない世代である。そのために展覧会では、二人の歩んできた人生と、音楽的・芸術的な軌跡について新鮮な目で辿ると同時に、ジョンやヨーコの姿勢や言葉は、信念と、それらの言葉やメッセージを発する覚悟に満ちている、ということが強く印象に残っている。

知名度と影響力が絶大であった二人の行動は、あまりに前衛的で、それにより誤解が生じ、誹謗中傷が向けられることがあったのかも知れないが、それに対して、「憎しみを受け止める」と答えたヨーコの芯にある強さは、反戦、女性解放、平和、人権などを訴える、広くて深い愛に通じていて、不変である。

その主張は強烈でも激しくもなく、凛とした信念や覚悟が美しくて、センセーショナルに反応する世の中のほうは、ただただ霞んで見える。

SNSで、誰もが自由に言葉を発することができ、ときには、それが人の生死を左右するほどの影響力をも持ち得る時代、わたしたち一人一人が発する言葉にどれだけの「信念」や「覚悟」を持てているのか、あるいは受けとった言葉について、その言葉の本質をつかむことができているか、無暗に共鳴してしまってはいないだろうか?今一度立ち止まって考えてみたいことである。

言葉や行動の根底にあるもの

見つめ合うジョンとヨーコの眼鏡 山中慎太郎(Qsyum!)
見つめ合うジョンとヨーコの眼鏡 山中慎太郎(Qsyum!)

「DOUBLE FANTASY – John & Yoko」の展覧会では、ジョンとヨーコの二人の言葉や生き様を通じて、自分なりの思想を持つこと、あらゆる考えについて人と議論を重ねて高めていくこと、行動に移すこと、自分の考えを言葉にして人に伝えること、思いを丁寧に届けようとすること、などについて、あらためて考えさせられる。

二人の根底にあるものは、ひとりよがりではない、「愛」である、あるいは「愛」を模索することである。

わたしたちは、SNSで思いついた瞬間に言葉を発することができ、LINEやメールでいつ何時も、瞬時にメッセージを相手に届けることができる。どんな言葉も、物の考え方や思想でさえも、検索すれば、適当な応えが提示されて、まるで自分の考えであるかのように引用することさえ可能である。そういった状況に、慣れ過ぎてしまい、思考や思想を自分の血肉としたり、発する言葉に魂を乗せいくことへの価値すらも、見失い、遠ざかろうとしてはいないだろうか。

思想や哲学を持つこと、政治を知り、語ること、考えの対立する相手への理解を試み議論を重ねる力などは、より人間的であたたかみがあるものであり、人間にとって、本来不可欠で、重要なことなのだと、あらためて気づかせてくれる、力のある展覧会である。

このSNS時代にこそ、ジョンとヨーコの生き様とその軌跡を辿ることの意味は大きいのではないだろうか。

参考文献:展覧会公式図録 「DOUBLE FANTASY - John & Yoko」

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