書画家 婁正綱の屏風作品と
国宝・寺院建築との稀有な邂逅
「薬師寺の婁正綱―遊山翫水」が、薬師寺東院堂(国宝)にて2025年5月11日(日)まで開催

《無題》 婁正綱 2015年 八曲一双屏風 個人蔵
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構成・文・写真:森聖加
中国・黒竜江省の生まれの書画家・婁正綱(ろうせいこう)の展覧会「薬師寺の婁正綱―遊山翫水(ゆさんがんすい)」が、古都・奈良を代表する寺院、薬師寺の東院堂ではじまった。東院堂は鎌倉時代に再建され、当時の和様建築をいまに伝える日本最古の禅堂であり、国宝に指定されている。時代を超えた稀有な邂逅が、期間限定で特別な空間を創出している。
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- 「薬師寺の婁正綱 ― 遊山翫水」
開催美術館:薬師寺東院堂(国宝)
開催期間:2025年4月24日(木)〜5月11日(日)
自然から体得した感覚を注ぎ込む作家と薬師寺との出会い
ほとばしる飛沫のような墨の線が画面に踊る。墨の黒と金、銀箔が静と動のコントラストを印象付ける。婁正綱は、中国山水画の伝統と西洋の抽象画を融合させ、革新的スタイルを追求し続ける書画家だ。作家はかねてから、「日本の寺院に作品を置いてみたい」と希望していた。「薬師寺の婁正綱―遊山翫水(ゆさんがんすい)」は、その念願がかなった展覧会である。

本尊は聖観世音菩薩像(国宝)※ただし2025年7月上旬頃まではお身代わり像
婁正綱が、はじめて薬師寺東院堂を訪れたのは2023年12月のことだった。静謐な空間が放つ時間の重なり、石畳に響く足音の余韻、壁に滲む気配――これらひとつひとつの要素が婁の心に深く刻まれた。穏やかな表情で衆生を見守る国宝・聖観世音菩薩像と躍動的な肉体でにらみを利かせる重要文化財・四天王立像との対比。展示は東院堂に満ちる見えざる力を感じた作家により、2015年、現在の伊豆のアトリエに拠点を移す以前に元箱根で描いた、三隻の屏風で構成されている。
「遊山翫水(ゆさんがんすい)」とは、自然を楽しみながら山を巡り、水辺を眺めること。古代中国の詩や文学に見られる自然崇拝や風流を愛する精神をあらわす。自然の中で制作に励む作家が感じた風のそよぎ、光や影の移ろい、水の音やただよう香りを薬師寺に届けた。「古い時代の建物、歴史的な仏様がある空間に、現代美術の作品が非常にマッチして置かれていることに驚きを隠せない」と、長く婁正綱の動向を追ってきた石橋財団アーティゾン美術館の新畑泰秀氏は本展の開会式にあたり、そう語った。

それぞれから想起される婁正綱による言葉が添えられている。本作のイメージは「無」
日本の豊かな自然に身を置き、形成された抽象美術の独自性
新畑氏の企画で2023年にアーティゾン美術館で開催された、国内最大級の抽象絵画の展覧会「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビズムから現代へ」では、最後のセクションを飾った作家のひとりが婁正綱だった。10mにもおよぶ2点の大作は展覧会のなかでも特に話題を呼んだ。
婁正綱は、幼少期より書の世界で頭角を現し、若くして中国全土を驚嘆させる才能を発揮。1980年代頃、日本の書の団体が北京を訪れた際、婁の書の素晴らしさに感銘を受け彼女を称賛し、それをきっかけに婁は日本への関心を深めて来日するに至った。その後、ニューヨークや北京などで活動し、再び日本へと戻ってきた。

奥は《無題》 婁正綱 2015年 八曲一双屏風 Awata Collection
婁正綱について、新畑氏は以下のように述べる。「婁氏は現代画家でありながら、過去とのつながりにも強いこだわりを持っています。彼女の出身地である中国、そして日本において、自身の絵画をどのように発展させるかを模索し続けているのです」
現在は伊豆半島で日々海を身近に感じ、遠くに大島を眺め、山々に囲まれた環境に身を置き、自然の感覚を身体で浴びながら、ダイレクトな肌感覚を絵画に注ぎ込む。「自然に恵まれた制作環境で生まれる作品は、現代美術の中でも特異な存在と言えます。婁氏の作品をまた、東院堂のような環境で鑑賞できることは、大きな喜びであるといえるでしょう」(新畑氏)。
空間と作品がともに響き合う稀有な出会いの場に身を置き、崇高な時間を楽しみたい。

- 薬師寺 東院堂(国宝)
105-0001 奈良県奈良市西ノ京町457
開館時間:9:00~17:00 (最終入場時間 16:30)
※観覧には薬師寺の拝観料が必要です。詳しくは薬師寺のホームページをご覧ください。
https://yakushiji.or.jp/guide/garan_toindo.html