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古の人々が描き、語り継いだ物語の世界
「物語る絵画」展が根津美術館で開催

企画展「物語る絵画 涅槃図・源氏絵・舞の本」が、根津美術館にて8月20日まで

内覧会・記者発表会レポート

重要美術品《北野天神縁起絵巻 巻第四》(部分)日本・室町時代 15世紀 根津美術館蔵
重要美術品《北野天神縁起絵巻 巻第四》(部分)日本・室町時代 15世紀 根津美術館蔵

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古来、人々は様々な物語を絵画に表してきた。時間軸のある物語を絵画化するには、話の一場面を切り取るしかない。しかし、だからこそ絵師たちは様々な工夫や技巧を凝らして印象深いシーンを創り出し、見る者を物語の世界へと引き込むのだ。

根津美術館で開幕した「物語る絵画」展では、「神仏と高僧のものがたり」「源氏絵と平家絵」「御伽草子と能・幸若舞」という3つのテーマから、美術館が所蔵する“物語る絵画”を紹介する。それらの作品からは、人々が物語をどのように絵画化していったのか、どういう場面に心惹かれたのかが浮かび上がってくる。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「企画展 物語る絵画 涅槃図・源氏絵・舞の本」
開催美術館:根津美術館
開催期間:2023年7月15日(土)~8月20日(日)

古の人々が最も関心を寄せた神仏と高僧の物語

人類史上最大のベストセラーは聖書と言われるように、神仏や聖職者の物語は古の人々が関心を寄せた物語だ。日本でも釈迦の生涯を描いた作品は数多く制作されている。ちなみに、国宝・重要文化財に指定されている絵画作品の中で最も多く描かれた画題は、釈迦の入滅を描いた涅槃図だという。涅槃図とは、釈迦がインドの跋堤河(ばっだいが)のほとりで亡くなる情景を表す画題で、この点からも“物語る絵画”の最大のジャンルが仏教であると言えるだろう。

行有・専有筆 重要文化財《仏涅槃図》日本・鎌倉時代 康永4年(1345) 根津美術館蔵
行有・専有筆 重要文化財《仏涅槃図》日本・鎌倉時代 康永4年(1345) 根津美術館蔵

本展で展示中の《仏涅槃図》は、昭和34年(1959年)に重要文化財に指定された作品だ。掛軸の軸木から、制作年と作者が明らかになっており、その点で貴重な資料である。大画面の中央で釈迦が右脇を下にして臥しており、その周囲で、弟子、俗人、さらには動物までもが悲嘆に暮れる典型的な涅槃図の図様で、細部まで丁寧に描き込まれている点からは神聖な物語に対する絵師の敬虔な態度がうかがえる。

注目したいのは、釈迦の生涯を描いた《絵過去現在因果経》と《聖徳太子絵伝》だ。前者には、白馬に乗った太子(若き頃の釈迦)が表されている。

(絵)慶忍・聖衆丸筆(写経)良盛筆 重要文化財《絵過去現在因果経 第四巻》日本・鎌倉時代 建長6年(1254) 根津美術館蔵
(絵)慶忍・聖衆丸筆(写経)良盛筆 重要文化財《絵過去現在因果経 第四巻》日本・鎌倉時代 建長6年(1254) 根津美術館蔵

一方、後者にも黒駒に乗る聖徳太子が描かれており、日本に仏教をもたらし、古くより信仰されてきた聖徳太子に、釈迦のイメージを重ね合わせていることが分かる。

《聖徳太子絵伝》日本・南北朝時代 14世紀 根津美術館蔵
《聖徳太子絵伝》日本・南北朝時代 14世紀 根津美術館蔵
《聖徳太子絵伝》(部分)日本・南北朝時代 14世紀 根津美術館蔵
《聖徳太子絵伝》(部分)日本・南北朝時代 14世紀 根津美術館蔵

また、仏教を広めた高僧らの伝記や奇蹟の物語も語り継がれるようになる。弘法大師(空海)の逸話を描いた《高野大師行状図 巻第二》では、童子(文殊菩薩の化身)から川に文字が書けるかという問いに対し、見事に川に文字を書いてみせた空海。次に童子が川に「龍」の字を書くも、最後の一点を書き忘れたことを空海が指摘する。童子が点を付け加えると、たちまち本物の龍が現れたというエピソードがダイナミックに描かれている。

《高野大師行状図画 巻第二》日本・室町時代 16世紀 根津美術館蔵
《高野大師行状図画 巻第二》日本・室町時代 16世紀 根津美術館蔵


人々に親しまれた「源氏絵」と「平家絵」

平安時代に紫式部が著し、光源氏と女性たちの恋模様を描いた『源氏物語』と、源平合戦という武士の世の栄枯盛衰を琵琶法師らが語り継いだ『平家物語』は、人々の間で瞬く間に人気となり、多くの絵画作品が生まれた。

《源氏物語図屏風》日本・桃山~江戸時代(17世紀) 根津美術館蔵
《源氏物語図屏風》日本・桃山~江戸時代(17世紀) 根津美術館蔵

「源氏絵」のうち《浮舟図屏風》は、画面の対角線上に大胆に配した小舟が強烈なインパクトを放つ。恋する浮舟を宇治の山荘から連れ出した匂宮が、小舟で対岸の別荘へと向かう場面で、金箔で表されて単純化された小舟の中で、向かい合う匂宮と浮舟が丁寧に描かれ、その対比によって、自然と2人に視線が誘導される。

《浮舟図屏風》日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵
《浮舟図屏風》日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵

一方「平家絵」では、物語の主要な場面を扇形の画面に描いた《平家物語画帖》のほか、能や幸若舞などに関連した作品が多い。というのも『平家物語』は各章段が独立して能や幸若舞、歌舞伎の題材となり、そうした芸能を通じて物語が浸透していったためだ。初公開となる《祇王・卒塔婆小町図屏風》は、向かって右側に『平家物語』の白拍子・祇王の逸話、左側には能の『卒塔婆小町』が描かれた珍しい組み合わせの作品だ。

《祇王・卒塔婆小町図屏風》日本・江戸時代 18~19世紀 根津美術館蔵
《祇王・卒塔婆小町図屏風》日本・江戸時代 18~19世紀 根津美術館蔵

白拍子の祇王は、平清盛の寵愛を受けるも、後にその寵愛が仏御前に移ると屋敷を追い出される。描かれているのは、襖障子に和歌を残して平清盛の屋敷を去る場面で、こちらに背を向け豊かな黒髪を見せる祇王が、襖に「もえ出るも かるるも同じ のべの草 いづれか秋に あはで果つべき」の和歌を認めている。左の『卒塔婆小町』は、老いて乞食となった小野小町が、高僧との問答した後、狂乱し若い頃の恋を語り、やがて仏性に目覚めるという物語だ。本作では、祇王の美しい後ろ姿と、美女としての誉れ高かった小町の老いた姿という対比的な構成になっている。

歌書箪笥に収められていた幸若舞の絵本

また、初公開となる幸若舞42演目の台本を読み物とした絵本《舞の本絵本断簡》にも注目したい。幸若舞とは室町時代に興った語りを伴う舞曲のことで、織田信長が桶狭間の戦いの前に『敦盛』という演目の「人間五十年、下天のうちをくらぶれば…」の一節を舞ったとされるのが幸若舞だ。

本作は、各丁で切り離され詞の部分は失われているが、残された433丁には様々な演目の一場面が描かれており、他ではあまり絵画化されていない演目も含まれるなど、幸若舞の受容を知る上でも興味深い。実は、本作は歌書箪笥にずっと収められており、調査の手が届いていなかったとのこと。詳細については現在も調査中とのことで、今後この作品から新発見があるかもしれない。

《舞の本絵本断簡》日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵
《舞の本絵本断簡》日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵
舞の本絵本断簡〈張良〉 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵
舞の本絵本断簡〈張良〉 日本・江戸時代 17世紀 根津美術館蔵


よく知られたあの物語のその前、その後…

最後に《酒呑童子絵巻 巻第三》と《蓮生坊騎馬図》の2点を紹介したい。両作に描かれたそれぞれの人物は、能や歌舞伎などで題材となっている有名な物語の主人公だが、この2点は、その有名な物語の「その前」あるいは「その後」を描いている。

住吉弘尚筆《酒吞童子絵巻 巻第三》(部分) 日本・江戸時代 19世紀 根津美術館蔵
住吉弘尚筆《酒吞童子絵巻 巻第三》(部分) 日本・江戸時代 19世紀 根津美術館蔵

まず《酒呑童子絵巻 巻第三》は、源頼光による酒吞童子退治の伝説を描いた絵巻だが、展示されているのは、退治される酒呑童子の前半生を述べた『伊吹童子』の物語を描いた場面だ。3歳より酒を飲んでいた伊吹童子(後の酒呑童子)は、比叡山の寺に出されると、師にいさめられてからは酒を断っていた。ある時、宮中の慶事で鬼踊りを披露することとなった。見事に舞い終わると、僧侶たちに酒が振舞われ、酒吞童子も飲んでしまい本性があらわれ、酒吞童子は寺を追い出され、大江山へと落ち延びたのだった。こうして、大江山に住む“酒吞童子”となり、以降はお馴染みの頼光による酒吞童子退治となるのだが、よく知られた“酒呑童子”になるまでに、このようなエピソードがあったとは驚きだ。

冷泉為恭筆《蓮生坊騎馬図》日本・江戸時代 19世紀 根津美術館蔵(植村和堂氏寄贈)
冷泉為恭筆《蓮生坊騎馬図》日本・江戸時代 19世紀 根津美術館蔵(植村和堂氏寄贈)

一方、《蓮生坊騎馬図》に描かれている蓮生坊は、幸若舞や能の『敦盛』、歌舞伎の『熊谷陣屋』などの主人公である源氏方の武士・熊谷直実で、熊谷は源平合戦の折、自分の息子と同世代の若武者・平敦盛を打ち取るも、戦の無常を悟り出家し、蓮生と称した人物だ。この絵では、蓮生となった熊谷が阿弥陀如来に尻を向けては失礼だと、馬の背で(阿弥陀如来がいると信じられていた)西を向いている姿が描かれている。能や歌舞伎では僧服に着替えて出家するところまでの場面が有名だが、こうした出家後のエピソードを表した作品は興味深い。

仏教説話から『源氏物語』や『平家物語』、能や幸若舞など…古の人々は様々な物語を絵にして、そのイメージを共有し、語り継いできた。精緻な描写や大胆な構図で人々の眼を惹きつけ、物語の世界に誘う絵画を、ぜひじっくりと堪能してほしい。

特集展示「物語で楽しむ能面」&「盛夏の茶事」

根津美術館では、2階の特集展示も企画展と合わせて展示替えを行っているため、来訪の際は2階にも足を運んでいただきたい。

会場風景
会場風景

今回は「物語る絵画」展にちなみ、「物語で楽しむ能面」と題し、能面や『道成寺』や『羽衣』で用いられる衣装装束などを展示している。

会場風景
会場風景

無表情を表す時に「能面のような顔」と言われることがあるが、むしろ能面は角度によって表情が違って見える、実に複雑で表情豊かな面だ。1つの面に複雑な人間の心情が込められているからこそ、舞台の上で幽玄の美となる。ここではそうした能の奥深い世界に浸ることができる。

会場風景
会場風景

また茶道具の展示室では「盛夏の茶事」をテーマに、季節に合った道具の数々が並ぶ。亭主は暑い季節になると、客が厳しい暑さを忘れることができるように道具の素材やモチーフなど様々な趣向を凝らす。展示ではガラス製の酒瓶など見た目にも涼やかな茶道具が取り合わされている。「物語る絵画」展、そして各展示室のコレクションを堪能した後は、この展示室で茶席に招かれた気分を楽しんでいただきたい。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
根津美術館|the Nezu Museum
107-0062 東京都港区南青山6-5-1
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
定休日:月曜日(祝日の場合、翌火曜日休館)、展示替期間、年末年始)

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