木挽町・狩野画塾跡地に誕生。
ホテルグランバッハ東京銀座で
創意溢れるホスピタリティに包まれる
アート&旅 | HOTEL SELECTION VOL.01
構成・文 藤野淑恵
足を踏み入れた瞬間、非日常の高揚感に包まれながらも安らぎを感じる居心地の良い空間。オリジナリティ溢れるコンセプトを持ち、滞在する時間が唯一無二の経験となる場所。美術館やギャラリーの展覧会で邂逅して心惹かれたアート作品と再び向き合いたくなるように、繰り返し訪れたくなる――そんなホテルがある。
東京・東銀座。築地と銀座に挟まれた歌舞伎座を中心とした界隈に「木挽町」という地名が残る。江戸時代の初期、江戸城大修理に携わった鋸引(のこぎりびき)の職人衆が住んでいたことが地名の由来だ。しかし日本美術の愛好家には、ここは室町時代から江戸時代にかけて幕府の御用絵師として日本美術界に君臨し、二条城二の丸御殿の障壁画でも有名な絵師集団、狩野派ゆかりの地として知られる。
狩野派の一派である木挽町狩野派の画塾跡地である昭和通りとみゆき通りの交差点に2021年11月、ホテルグランバッハ東京銀座が開業した。エントランスにはこの地の謂れを解説する立て板と共に、狩野派7代目の絵師 狩野惟信の作品〈四季花鳥図屏風〉をモチーフにしたガラスカラーエッチング、さらにフロントには狩野常信が桜の名所を描いた〈吉野図屛風〉の八重桜から着想を得た現代作家による日本画〈吉野の桜と金鶏鳥〉がゲストを迎え、この地と狩野派の縁を物語る。
アートワークもさることながら、このホテルの最大の特徴は音楽の父ヨハン・セバスチャン・バッハの癒しの音楽と、ゲストの健康に寄り添ったウェルネスフードから編まれた協奏曲にある。みゆき通りに面したエントランスホールからエレベーターで2階のレセプションフロアへと上がったラウンジでは、ピアノが奏でるバッハの調べに迎えられる。設置されているヤマハの「ディスクラビア™ENSPIRE(S6X-ENPRO)」は、アーティストが収録した演奏のタッチやニュアンスをそのまま再現する自動演奏機能付きのグランドピアノで、自動演奏はもとよりアーティストが実際に演奏するサロンコンサートも定期開催されている。ライブ演奏はフロントに続くバー&ラウンジ 「マグダレーナ」で楽しめるだけでなく、全室に設置されているスピーカー「サウンドバー」を通して客室からも鑑賞できるのも画期的だ。
「ウェルネスキュイジーヌをテーマに、季節感溢れる心まで元気になる美味しい“癒し”を提供したい」と語るグランバッハ東京銀座 総料理長の佐藤敏浩氏は総支配人を兼務。さらに管理栄養士資格を持つウェルネスフード・コンシェルジュを配し、レストランメニューの栄養価の監修やゲストのホテルライフや健康に関するサポートを行うが、ここまで“ウェルネス”に注力するシティホテルは珍しい。腸活に特化したメニューやベジタリアン&ヴィーガンメニューなどパーソナルなリクエストに応えるオーダーメイドの食体験「パーソナルウェルネスディナー」(オープンキッチンもある2Fボードルーム「Wald Tür(ヴァルト トゥール)-森の扉-」にて。1週間前までの完全予約制)も用意されている。
昭和通りとみゆき通りの角にある「Wald Haus (ヴァルト ハウス) -森の家-」は四季折々の旬の国産素材にこだわったナチュラル・フレンチ レストラン。プリフィックススタイルのディナーメニューやカジュアルなランチセット、体にやさしいオーダースタイルのブレックファストを楽しめるオールデイダイニングだ。デザートはパティスリー「Toshi Yoroizuka」のオーナーシェフであるパティシエ鎧塚俊彦氏が監修し、季節ごとに厳選されたフルーツを使用した目にも絢なるデザートや、ドイツやウィーンで修行経験のある鎧塚氏がグランバッハ東京銀座のために再現したザルツブルガーノッケルンなどを楽しむこともできる。さらに、ドイツ南西部の郷土菓子「シュバルツバルザーキッシュトルテ」を現代風にスタイリッシュにアレンジしたグランバッハオリジナルケーキ「グランバッハトルテ」(事前予約制・テイクアウト限定)も販売している。バッハをコンセプトに掲げ「Wald Haus (ヴァルト ハウス) -森の家-」、「Wald Tür(ヴァルト トゥール)-森の扉-」などの名前かわもわるように、ドイツが隠れテーマでもあるホテルのダイニングでは、近年力をつけてきた日本ワインと合わせて、魅力的なドイツワインが充実している。
バーやレストランはホテルステイの大きな楽しみだが、要となるのは客室で過ごす時間の心地良さに尽きる。グランバッハ東京銀座のゲストルームの魅力は、東京・銀座にいることを忘れてしまう“静謐さ”にある。スイートやジュニアスイートを備える14階、15階のエグゼクティブフロアはもちろん、3階~13階のスタンダードフロアにおいても、寛ぎの雰囲気で満たされた静謐さが保たれている。
筆者が滞在したコーナーキングルーム(11〜15階)は昭和通りに面し、みゆき通りを銀座方面に望む大きな窓からの眺望が楽しめる部屋。案内された部屋のドアを開けると一瞬の暗闇、そこからバッハの名曲『G線上のアリア』と共にロールスクリーンが上昇、街と空の景色が広がっていくという演出でたちまち非日常の世界へと誘われた。クラシックソムリエの田中泰氏によって選曲された全20曲のJ.S. バッハのプレイリスト「バッハに包まれる時間」は、ヴァイオリンやチェロ1台のシンプルな曲から声楽を含んだ壮大なオーケストラ曲、さらに不眠症に悩んだカイザーリンク伯爵のためにバッハが作曲した「ゴールドベルク変奏曲」までが網羅されていて、滞在中の佳きBGMとなった。
バッハの音楽に特別な思いを有するオーナーファミリーのもとに誕生した「ホテルグランバッハ」。その旗艦ホテルであるグランバッハ東京銀座は、訪れる人に過剰なラグジュアリーとは一線を画した心豊かな時間を供する。ウェルネスなダイニング、静謐な気配、バッハの音楽、アート・・・・創意に溢れる唯一無二のホスピタリティーは、滞在を終えた後もバッハの旋律のようにいつまでも心に残るものだった。