総合ディレクター、北川フラム氏が語る
2025年4月18日開幕「瀬戸内国際芸術祭2025」
「瀬戸内国際芸術祭2025」が、春 4月18日〜5月25日、夏 8月1日〜8月31日、秋 10月3日〜11月9日の会期にて開催

構成・文:森聖加
瀬戸内海の島々を旅しながら、土地の魅力とアートを体感する「瀬戸内国際芸術祭」は、春・夏・秋の3シーズン、約100日間にわたり開催される日本屈指の現代アートの祭典だ。3年に一度開かれる芸術祭は今年が第6回目。今回は新たに香川県沿岸部の3エリアが加わり、さらなる広がりに期待が高まる。そんななか「瀬戸内国際芸術祭2025」の開幕を控えた2025年3月、東京・代官山のアートフロントギャラリーで「北川フラム塾」が開催された。瀬戸内国際芸術祭の総合ディレクターを務める北川フラム氏が地域の魅力を改めて説きながら、新しいシーズンの見どころを語った。
- 瀬戸内国際芸術祭2025
開催地:直島/豊島/女木島/男木島/小豆島/大島/犬島/高松港エリア/宇野港エリア/瀬戸大橋エリア/志度・津田エリア/引田エリア/宇多津エリア/本島/高見島/粟島/伊吹島
開催期間:春会期/2025年4月18日~5月25日
夏会期/2025年8月1日~8月31日
秋会期:2025年10月3日~11月9日
https://setouchi-artfest.jp

北川フラム氏プロフィール
アートフロントギャラリー主宰。アートディレクターとして国内外の美術展や芸術祭を企画。「瀬戸内国際芸術祭」のほか「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」「奥能登国際芸術祭」などの総合ディレクターを務め、地域とアートを結ぶプロジェクトを多数手がける。
均質空間化が進む世界での地域芸術祭。「瀬戸内」の意義
瀬戸内地域は古来より交易や文化交流の要衝だった。北川フラム氏は約1万5千年前、日本列島がユーラシア大陸の“フロンティア”として、北から南からさまざまな人や文化を分け隔てなく受け入れ、日本独自の文化を醸成させる土台をつくった時代にまで地域の歴史に思いを馳せる。「瀬戸内は日本列島の子袋です。お母さんのおなかのように穏やかで豊か。古代、外の世界との交流がはじまったとき、この海は交通の大動脈でした。懐としての難波津(なにわづ)があり、奈良や京都といった都へ大陸や半島からの文化が広まっていきました。我々がどこから来たかという原点が瀬戸内にあるのです」

「瀬戸内国際芸術祭」は2010年に初開催され、いまでは国内外から約100万人が島々の美しい自然とアートが融合した芸術祭を体験しようと訪れる。北川氏は瀬戸内ほか新潟や奥能登で開催する地域芸術祭を「合理性を追求するあまりに均質空間化し、個性を失った20世紀の都市に対するアンチテーゼ」として位置付ける。真っ白な壁に囲まれた美術館やギャラリーの展示空間“ホワイトキューブ”に相対するものとして、地域の人々が育んできた歴史や文化と密接に絡み合った、サイトスペシフィック・アートを提供する機会を創出してきた。
歓待する芸術祭-「こえび隊」が支える芸術祭の1000日
いまでは想像できないが、瀬戸内地域は20世紀の高度経済成長期、海から陸へと産業が移り行くなかで存在が軽視され、島々では人口減少が進んだ。香川県の豊島(てしま)ではゴミの不法投棄問題があり、高松港の北東約8kmに浮かぶ大島はハンセン病療養所の存在から長く偏見と差別にさらされてきた。これら諸問題に直面する地域で掲げた旗印は「海の復権」。かつて地域は、日本初の国立公園として指定された場所でもある。アートを媒介に、観光の創造と地域の活性化に取り組んできたのが「瀬戸内国際芸術祭」だ。
「芸術祭は単に作品を鑑賞する場ではなく、人と人とが出会い、関係を築く場」であると北川氏は言う。そして瀬戸芸を単なるイベントや旅に止まらない存在とするために、3年間のうち約100日の開催期間に対して、残りの1000日にどう働くかが大切だと強調した。瀬戸芸を支える活動の中心には「こえび隊」がいて、訪れる人々を温かく迎え入れる「歓待」の土壌を地域の人々とともに築いてきた。2019年までの10年間にのべ4万人以上が「こえび隊」として活動し、海外の22の国と地域から参加があったという。鑑賞者として会場に訪れた人がそのまま「こえび隊」に参加し芸術祭の運営に携わることも少なくない。


その活動は、最近発行された書籍『こえび隊、跳ねる! 瀬戸内国際芸術祭外伝』(現代企画室)に詳しいが、日本の発明とも言われ、現在の芸術祭では当たり前の風景となった、空き家や廃屋を使ったサイトスペシフィック作品が実現するのも彼らのおかげ。作品の制作やメンテナンス、地域の清掃活動、開催中の会場運営のみならず、地元行事へ参加するなど活動の幅は想像以上に広い。「こえび隊」の働きを頭に描きながら島と作品をめぐれば、これまでと違う風景がきっと見えてくるだろう。
海を通して、アジア~世界とつながる
「瀬戸内国際芸術祭2025」の参加アーティストは218組(うち初参加88、37の国と地域)、256作品(うち新作117、新展開19)、20のイベント(うち新作18)を予定する。会場には、初めて香川県の有人島をもたない3地域、志度・津田エリア(さぬき市)、引田エリア(東かがわ市)、宇多津エリア(宇多津町)が加わる。海だけでない、四国の広がりを感じさせる展開となる。

「ヴェネチア・ビエンナーレ2024」で金獅子賞を受賞したニュージーランドのサラ・ハドソン、スウェーデンのヤコブ・ダルグレンら国際的アーティストのほか、日本のアーティストコレクティブ「昭和40年会」らが参加する。会田誠、有馬純寿、小沢剛、大岩オスカール、パルコキノシタ、松蔭浩之という6名の作家からなる「昭和40年会」は今年が還暦の節目で、再びの登場。春会期から「男木島未来プロジェクト2125 男木島 麦と未来の資料館」として男木島の架空の100年史と資料を展示するほか、夏・秋会期には映像作品の上映も行う。地域資源を活用した地ビールづくりにも挑戦するそうだ。

グローバルにアーティストの参加が広がるなか、アジア諸国との連携は瀬戸芸が重視する企画で、今年は「ベトナムプロジェクト」が開かれる。現在、日本に暮らすベトナムの人々は約60万人で、中国に次ぐ第2位。夏会期に、香川県立ミュージアム でベトナム現代美術展「アンダー・ザ・スキン」を開くとともに、高松港周辺で食、工芸、デザインなどの文化や芸術を紹介するマーケットが開催される予定だ。さらには、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)との共催も決まり、ホンマタカシによる企画展も春会期より開催。社会のあらゆる場所で断絶が表出する現代にあって、アートを通じて人と人とがつながる力を世に問う。