茶を喫し、芸術談義に遊ぶ。
美しき文房具と煎茶が奏でる、文人趣味の粋にふれる
泉屋博古館東京リニューアルオープン記念展Ⅲ 古美術逍遙 ―東洋へのまなざし ~ 記念煎茶会「もういちど、はじまりを」
構成・文 藤野淑恵
2022年3月にリニューアル開館となった泉屋博古館東京(港区六本木)で、リニューアルオープン記念展「古美術逍遥―東洋へのまなざし」展 が開催中だ。世界的な青銅器コレクションをはじめ、中国絵画、日本の古画や工芸、西洋絵画に至る幅広いジャンルの美術品のコレクションで知られる住友コレクションの中から、近代日本画コレクションの全貌を展観した「日本画トライアングル」、住友洋画コレクションを近代絵画史の流れにそって紹介した「光陰礼讃 モネからはじまる住友洋画コレクション」に続く、館蔵名品展第3弾となる今回の展覧会では、仏教美術、日本絵画・書跡、茶の湯道具・香道具、中国絵画・書跡、文房具など多岐にわたる東洋美術の名品の数々が紹介されている。
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- 「泉屋博古館東京リニューアルオープン記念展Ⅲ 古美術逍遙 ー 東洋へのまなざし」
開催美術館:泉屋博古館東京
開催期間:2022年9月10日(土)〜10月23日(日)
住友コレクションを蒐集した住友家第15代当主の住友吉左衞門友純(号:春翠 しゅんすい 1864~1926)は、公家の徳大寺家に生まれ、幼い頃から漢学、国学をはじめとした和漢の教養に親しんだ人物。茶の湯や能楽といった日本の古典芸能を嗜み、邸宅の床の間には四季の移ろいが描かれた日本画を欠かさない、財界きっての数寄者でもあった。同時に、中国文人への憧れから、文房具に囲まれた書斎で煎茶や篆刻を愉しんだ文人趣味でも知られ、その和漢の芸術を愛する姿勢は、長男 寛一による中国書画コレクションへと受け継がれた。
現在開催中の「古美術逍遥―東洋へのまなざし」展では、春翠と寛一によって明治時代中頃から大正時代にかけて蒐集された古美術の世界が紹介されているが、中でも筆者の印象に強く残ったのは第4展示室。文人趣味の煎茶が流行を博した明治以降、春翠によって蒐集された中国の書画、煎茶道具、文房具などの美術品だった。これらのコレクションが妙なる調和を醸す文房の設えの、清雅な世界観に引き込まれた。
宋代の中国において、美術や文学などの美的生活を楽しむ官僚や知識人たちは「文人」と呼ばれ、文人たちの書斎である「文房」は、主の美意識が最も反映される場所とされた。「文房具」とは、現在はステーショナリーを意味するが、本来は文房を彩る調度品のことを指し、書画制作に必要な筆、硯、墨、紙(文房四宝)や青銅器、花瓶などの陶磁器、煎茶道具までが含まれるという。
洗練の極みともいえる文房空間で、友を招いて煎茶を喫しながらの芸術談義に花を咲かせた中国文人のライフスタイルは、日本の江戸時代の文人たちの憧れとなった。特に大阪では、明治・大正時代に至るまでこの煎茶趣味が盛んだったというが、その中心人物でもある春翠の雅な趣向を現代の六本木に蘇らせたのが、現在開催中の展覧会「古美術逍遥」の第4展示室であり、9月19日に泉屋博古館講堂で開催された記念煎茶会だ。
「もういちど、はじまりを」と題されたこの記念煎茶会には、大阪で文人茶を継承し、実践する一茶庵宗家の佃 一輝氏と嫡承の佃 梓央氏を案内役に、東京からは学習院大学文学部教授の島尾 新氏、画家の新恵美佐子氏、泉屋博古館東京館長の野地耕一郎氏、そして今回の展覧会の担当学芸員でもある泉屋博古館の竹嶋康平氏の6名が登壇。現在、泉屋博古館 東京の展示室に並ぶ明清時代の中国書画を大型スクリーンで鑑賞しながら、煎茶を喫し、ときに来場者も参加しながら自由に語り合うという、現代版の煎茶会となった。
「ここに描かれた季節はいつだと思いますか?冬?それとも春でしょうか。時間は何時頃?」という佃一輝氏の問いかけからスタートした煎茶会では、登壇者のみならず出席者も交えて、自由闊達な書画の印象や意見が交歓された。「人が描かれていたら、まずはその人物に感情移入してみる」、「書や文字情報を読むのは後。まずは絵をぼーっと眺めてみる」、「印象派の絵画とは違って、一見しただけではわからないように描かれている文人画は、謎解き」。「だから、友とお茶を飲みながら、長い時間をかけて、こうでもないああでもないと、季節や時刻を考えて、そのあとで書を読む」。こうして一幅の書画について自在に語らい、鑑賞する“こつ”を指南されることで、これまでは見えなかった新しい世界が立ち上がる。
煎茶会で取り上げられた《山水図》詹景鳳(せんけいほう)、《枯木竹石図(こぼくちくせきず)》許友(きょゆう)、《竹石図》馮可宗(ふうかそう)、《春景山水図》張瑞図(ちょうずいと)の4幅の書画は、いずれも展覧会の第4展示室に展示された「明末清初」と呼ばれる中国の明代終盤から清代の初めにかけて時流に翻弄された文人たちによる作品だ。幕末から明治という激動の時代に生きた住友春翠をはじめとする明治の煎茶人たちは、明清の文人たちの心情に自らを重ね合わせたのだという。
茶を喫しながら語り合うことで書画の印象が変わり、書画を鑑賞しながら新たな発見をすることで、お茶の味わいが深まる。佃一輝氏の著書「茶と日本人」(世界文化社刊)にも詳しく紹介されているが、茶の湯とは対照的にも思える伸びやかな文人煎茶の世界を垣間見る貴重な経験を得た。地下鉄六本木1丁目駅に隣接する泉ガーデンにある泉屋博古館東京は、かつて住友家麻布別邸が所在した場所。春翠の美意識に叶ったさまざまな蒐集品が飾られていた邸内の一角に設えられた文房では、時の粋人たちを集めた煎茶会も開かれたことだろう。今も邸宅の名残として広がる緑深い庭園に吹く清風を感じながら、古の雅な情景に思いを馳せる豊かな時間がそこにあった。
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- 泉屋博古館東京|SEN-OKU HAKUKO KAN MUSEUM TOKYO
106-0032 東京都港区六本木1丁目5番地1号
開館時間:11:00〜18:00(最終入館時間 17:30)
定休日:月曜日 ※祝日の場合は翌平日、展示替期間
藤野淑恵 プロフィール
インディペンデント・エディター。「W JAPAN」「流行通信」「ラ セーヌ」の編集部を経て、日経ビジネス「Priv.」、日経ビジネススタイルマガジン「DIGNIO」両誌、「Premium Japan」(WEB)の編集長を務める。現在は「CENTURION」「DEPARTURES」「ART AGENDA」「ARTnews JAPAN」などにコントリビューティング・エディターとして参加。主にアート、デザイン、ライフスタイル、インタビュー、トラベルなどのコンテンツを企画、編集、執筆している。