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美術館設立のきっかけとなった名品、
並々ならぬ情熱で入手を叶えた《青花龍唐草文天球瓶》

この名画・名品を観に行きたい!美術館散歩 Vol.11
松岡美術館 / 《青花龍唐草文天球瓶》

名画・名品

《青花龍唐草文天球瓶》 明時代 永楽期 景徳鎮窯
《青花龍唐草文天球瓶》 明時代 永楽期 景徳鎮窯

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この名画・名品を観に行きたい!美術館散歩

私たちが普段、美術館や博物館に足を運ぶときは、あるテーマの企画展や特別展などを鑑賞しに出かけることが多いのではないだろうか。多くの美術館や博物館では各館のコンセプトに沿って、絵画や彫刻、版画、工芸など様々な作品を収蔵している。それらの作品の購入や寄贈により形成されていくコレクションとはどのようなものなのか、そういった各美術館や博物館の特徴や個性を知ることで、作品鑑賞をより深く楽しむ手掛かりとなるのではないだろうか。「この名画・名品を観に行きたい!美術館散歩」では、そんな美術館・博物館のコレクションから注目すべき作品を1点ずつご紹介していく。

景徳鎮(けいとくちん)といえば、世界的に有名な、中国を代表する陶磁器の名産地である。
景徳鎮磁器の代表的な絵付けに「青花(せいか)」と呼ばれる、白色の素地に青色(コバルト顔料)で文様を描き、その上に透明な釉(うわぐすり)をかけて焼成する技法がある。

日本にも景徳鎮窯の青花や五彩(色絵)などの優品が数多く見られるが、中でも、この作品の入手が美術館設立のきっかけとなったという、松岡美術館(東京・白金台)が所蔵する《青花龍唐草文天球瓶》は、その入手のエピソードとともに注目したい名品である。

フラスコ型の丸々とした胴の直径は34.8cm。滑らかな純白の磁肌に鮮やかな発色のコバルト顔料で、堂々たる龍の姿と唐草文様が描かれている。胴の部分から首に至るなだらかな曲線に続き、筒状を経て、わずかに広がった口縁など、「天球瓶(てんきゅうへい)」と呼ばれる形状そのものが、まず魅力的である。そこに躍動する龍の存在感と美しいバランスで配された唐花の絵付けが観る者を一瞬で魅了する。

この《青花龍唐草文天球瓶》と同様の作例は、現在、世界で4点確認されており、松岡美術館以外では、台湾・故宮博物院、イラン・アルデビル寺院、オランダ・プリンセスホフ陶磁器博物館が所蔵しているという。国内で実際に鑑賞できる貴重な名品である。

この《青花龍唐草文天球瓶》について、名品たる所以や入手についてのエピソードなどを、松岡美術館の主任学芸員 土橋遥さんにお話しを伺った。


この逸品との縁を引き寄せた、松岡清次郎の情熱

本作は、1974年4月にサザビーズ・ロンドンのオークションで売り立てられました。当館設立者の松岡清次郎はこの作品に並々ならぬ情熱をかけており、出品を聞くや否やすぐにロンドン行きを決意しました。直行便にはすでに空きがなく、アンカレッジ経由便で現地入りしたそうです。しかし、そこにはお金に糸目をつけないことで有名だった、ポルトガルの銀行王の代理人であるグラッツ夫人が参加していました。清次郎は競りに負け、失意のうちにロンドンを後にします。ところがその数か月後、なんと落札者が支払いを断念。本作は、少し遠回りをして次位落札者であった清次郎の手に渡ってきたのです。本作の入手は、美術館設立にも繋がっています。

他に類を見ない、完成度の高い優品

この作品は、世界で数点確認されている同じタイプの作品のうちでも特に完成度が高いと言われ、当時から世界中のコレクターたちに知られていたものです。明初期の永楽帝時代、鄭和(ていわ)の大航海によって良質なコバルト顔料が輸入されたことから、絵付けはいっそう濃厚で深みのある青を呈し、白磁は滑らかで潤いのある純白を有します。また、雫がこぼれ落ちるような独特な器形も見事な均整を保っています。その中を一巡する龍は躍動感にあふれ、宝相華唐草文はどこか清廉な印象を湛え、めりはりのある文様の仕上がりにつけても他に類を見ない優品と言えます。

商人・コレクターとしての経験すべてを掛けて

松岡清次郎は貿易事業で独立し、その後現在も継続する不動産業・冷蔵倉庫業に加え、ホテル業や教育業なども手掛けました。事業や美術品の蒐集において、故郷の築地・小田原町で幼少期から英語に慣れ親しんだことも強みになりましたが、清次郎は仕事においてはっきりとしたセオリーやプライドを持っていたと思います。本作購入の打診があった時も、夢にまで見た作品にいくらでも出すということはなく、サザビーズから提示されたとんでもない高額に一度は断りを入れています。その後、自分で交渉する傍ら、別の美術商に自分の名前を伏せて代理交渉してもらうなどの知恵を働かせ、最終的に希望通りの額に頷かせたのです。情熱のみならず、商人・コレクターとしての経験すべてを掛けて挑んだ作品と言えます。

(松岡美術館 主任学芸員 土橋 遥)


今回ご紹介の名品、《青花龍唐草文天球瓶》は、現在開催中の「再開記念展 松岡コレクションの真髄」(2022年4月17日まで)で観ることができます。また、2022年4月26日(火)より開催の「松岡コレクション めぐりあうものたち Vol.1」にても引き続き展示予定です。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「再開記念展 松岡コレクションの真髄」
開催美術館:松岡美術館
開催期間:2022年1月26日(水)〜2022年4月17日(日)
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「松岡コレクション めぐりあうものたち Vol.1」
開催美術館:松岡美術館
開催期間:2022年4月26日(火)〜2022年7月24日(日)
松岡美術館 外観
松岡美術館 外観
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
松岡美術館|Matsuoka Museum of Art
108-0071 東京都港区白金台5-12-6
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)、第1金曜日 10:00~19:00(最終入館時間18:30)
定休日:月曜日(月曜日が祝日の場合は翌平日)、年末年始、展示替え期間

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