驚くべきポテンシャル、
東京藝術大学大学美術館のコレクションに注目
東京藝術大学の歴史をたどり、藝大コレクションを紐解く
現在、「藝大コレクション展2021 II期」が9月26日まで開催中。
構成・文 小林春日
1889年(明治22年)、岡倉天心を初代校長とする「東京美術学校」が開校した。黒田清輝、橋本雅邦らが教授を務め、第一期の卒業生には、横山大観や下村観山らがいた。日本初の国立の美術家・美術教員養成機関である。戦後になり、1949年(昭和24年)には、東京美術学校と東京音楽学校が統合されて、「東京藝術大学」が設置された。
その東京藝術大学に、大学付属の美術館、「東京藝術大学大学美術館」が開館したのは、1999年(平成11年)のことである。
東京国立博物館、東京都美術館、国立西洋美術館などが集まるエリアと同じ、上野公園の敷地内に位置する東京藝術大学大学美術館は、東京国立博物館正門の前の通りを、谷中方面に進むと間もなく、葉を揺らす木々に囲まれた景観美しい中に現れる。
現在、東京藝術大学大学美術館で「藝大コレクション展2021 II期」が開催中である。毎年開催されるコレクション展では、東京美術学校の時代からのコレクションや東京藝術大学の学生らの卒業制作などが、テーマに沿って展示されている。
- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
- 「藝大コレクション展2021 II期 東京美術学校の図案―大戦前の卒業制作を中心に」
開催美術館:東京藝術大学大学美術館
開催期間:2021年8月31日(火)~2021年9月26日(日)
通常は、50~70点程度、展示によっては、展示会場を広げて140~150点ほどの作品が出展されるのだが、この「藝大コレクション展」が、侮れない。何気なく立ち寄ると、ものすごい目玉作品が、何食わぬ顔で並んでいることに驚かされる。
それもそのはず、東京藝術大学はその前身の東京美術学校の時代から、
横山大観(1868-1958)をはじめ、下村観山(1873-1930)、菱田春草(1874-1911)、
熊谷守一(1880-1977)、萬鉄五郎(1885-1927)、児島虎次郎(1881-1929)、
青木繁(1882-1911)、山本鼎(1882-1946)、和田三造(1883-1967)、
南薫造(1883-1950)、藤田嗣治(1886-1968)、小出楢重(1887-1931)、
佐伯祐三(1898-1928)、岡鹿之助(1898-1978)、猪熊弦一郎(1902-1993)、
小磯良平(1903-1988)、東山魁夷(1908-1999)、香月泰男(1911-1974)、
平山郁夫(1930-2009)など、日本の近現代の芸術界に多大な影響を与えてきた多くの芸術家らを輩出している。
現代の卒業生では、籔内佐斗司(1953-)、宮島達男(1957-)、千住博(1958-)、
日比野克彦(1958 -)、村上隆(1962-)、福田美蘭(1963-)、箭内道彦(1964-)、
会田誠(1965-)、山口晃(1969-)、大巻伸嗣(1971-)、松井冬子(1974-)、
舘鼻則孝(1985-)など、現在も活躍を続ける多くの傑出した芸術家らを世に送り出している。
藝大コレクションには、いったいどんな特徴があるのだろうか?その歴史を辿りつつ、紐解いてみたい。
卒業制作「学生制作品」や「自画像」を買い上げてコレクションする
東京藝術大学では、各科の卒業制作の中から、優秀な作品を1点ずつ買い上げる制度がある。
また、卒業制作の一環で作られた、学生らの「自画像」がコレクションされている。こちらは、絵画(日本画・油画)、彫刻、工芸の各科の全学生の自画像が、コレクションとして納入されており、1896年(明治29年)に東京美術学校に西洋画科が設置されたときに始まり、戦中戦後の混乱期を除いて現在まで、ずっと継続されている。
作家の原点ともいえる、それら「学生制作品」のコレクションは、藝大コレクションの中核を担っており、その数は現在10,000件近くにも及んでいる。
2017年夏に開催された、「東京藝術大学創立130周年記念特別展 藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!」では、現代作家 村上隆、山口晃、松井冬子らの学生時代の自画像が展示された。現代の作風も知った上で、若き日の自画像がどのように描かれたのかを鑑賞できる機会があることは、藝大コレクションの魅力の一つだ。
東京美術学校の開校当初より “教材”として古美術を収集
現在開催中の「藝大コレクション展2021 II期 東京美術学校の図案―大戦前の卒業制作を中心に」の展示作品の中には、重要文化財の尾形光琳《槇楓図屏風》や円山応挙《花卉鳥獣人物図》、池田孤邨《四季草花図》なども展示されている。
こういったコレクション作品は、東京美術学校を開校した岡倉天心が草案した、「生徒が制作の参考とするために有数な古美術品を購入する」という教育方針に従って、草創期より“教材”として古美術を収集してきた実績によるものである。
いわば、図書館の蔵書を集めるように、学校として美術作品を収蔵してきた経緯があり、明治30年代には収蔵施設を「文庫」と名付けていた。その後、「芸術資料館」へと改称したのち、大学美術館に衣替えをしたのが現在の「東京藝術大学大学美術館」である。
上村松園《序の舞》(重要文化財)、鏑木清方《一葉》など、政府買上作品43件を収蔵している
もう一方で、藝大コレクションには、文展(文部省美術展覧会)や帝展(帝国美術院美術展覧会)に出品されて高い評価を受けた作品を政府が買い上げ、それらが東京美術学校に管理換(移管)された作品群も含まれる。1931年(昭和6年)の第12回帝展から1946年(昭和21年)の第2回日展に至るまでの政府買上作品(日本画、彫刻、版画合わせて)43点を収蔵している。京都画壇を代表する画家、上村松園《序の舞》1936年、鏑木清方《一葉》1940年、小林古径《不動》1940年、などがある。
藝大コレクションの特殊性
現在開催中のコレクション展の企画を担当している東京藝術大学大学美術館 准教授 熊澤弘氏は、藝大コレクションは、一般の美術館・博物館とは異なる特殊性があると話す。
「当館では、文化財保存といった意味合いも持つ、昔から収集されてきた古美術作品があると同時に、新しく、大学生という若い人たちの作品がコレクションに入ってきます。それは、美術館のコレクションの成り立ちとして、だいぶ特殊なものだと思います。
印象派や抽象画、日本画など特定のジャンルや時代のコレクションに力を入れて、そこから現代美術なども増やしていくといった収集の仕方をする美術館・博物館も多くあるかと思いますが、当館は、コレクションの最初の出発点が、“教材”であったというところで、そのために重要な古美術作品が多く(国宝・重要文化財23件を含む)、それらが藝大の資産になっているわけですが、そこに学生の作品の収蔵品が増え、今の歴史に至るわけです。」
「藝大コレクション展2021 II期」の見どころ
現在開催中のコレクション展でも、そういった特徴が伺える。現在開催中の「藝大コレクション展2021 II期 東京美術学校の図案―大戦前の卒業制作を中心に」の展示には、第二次大戦前(1920~30年頃)に大学生であった学生らの卒業制作と、現代の卒業生による作品、そして彼らが、同じく教材として学んできた古美術作品や、古美術でもあらたに収蔵された作品が展示されている。
「図案・デザイン」をテーマに展示している本展の古美術では、円山応挙の作品と粉本資料が見どころだ。琳派の流れを汲む円山応挙の円山派7世 國井応祥(1904-1981)の遺族より寄贈を受けた、円山宗家に伝わる粉本類総件数575件の一部が紹介されている。
自然に学び、実物の観察に基づく写生を重要視した円山応挙の写生画は、粉本、すなわち手本として弟子たちに正確に写し取られ、後世まで受け継がれている。この粉本資料は、近世・近代の円山派の活動を知る上で、貴重な資料となる。
本展では、円山応挙《花卉鳥獣人物図》より「狗子図」(仔犬を主題としたもの)のほか、「芭蕉図」「山水乗馬図」や「竹鶏図」などの本画が粉本資料とともに展示されている。
本展を担当した、東京藝術大学大学美術館 学芸研究員 中江花菜氏によると、
「ここでは、図案・デザイン的なものの派生として、『型の継承』を紹介しています。応挙の絵を弟子たちが何度もコピーして受け継いでいったことが分かる粉本資料と本画を並べることで、『型が伝承されていく』というところをお見せしています。」
そういった古美術以外に、展覧会タイトルにもある「大戦前の卒業制作」として、第二次大戦前の時代の「図案科」(現在の「デザイン科」)の卒業生による作品が展示されており、当時の学生らの、時代の変遷の中で揺れ動く思いが作品にも表れている様子がうかがえる。
1920年代は、第一次大戦後の好景気に沸く中で、新しい都市文化が次々と生まれ、人々の生活は一気にモダンに変化する。人々の購買意欲をそそるポスターや商品を美しく包む包装紙など商業美術への需要がかつてないほどに高まり、社会全体で「図案」への期待が大きく膨らんでいた時代であった。
一方で、東京美術学校の図案科の授業は「美術工芸品のため案制作」という伝統に立脚した古典的な内容のままであった。時代に即さない旧態依然とした教育に不満を持つ者も少なからず存在し、図案科改革への要望が声高に叫ばれていた。
そこで講師に登用された、新進気鋭の美術家・今和次郎(1888-1973)や斎藤佳三(1887-1955)は、「西洋模様学」や「住居論」など斬新な授業を展開し、学生たちに刺激を与え、新たな感覚を取り入れた学生たちの卒業制作には、表現主義・構成主義・未来派・ダダ・ピュリスムなどの同時代美術の要素を吸収した、従来の「図案」の範疇を超えた純粋絵画的な作品が登場する。
中江氏は、当時の状況や学生の思いをこう説明する。
「古賀春江や萬鉄五郎などの、当時の前衛といわれる斬新な新しい試みをする画家が出てくる中で、図案科の学生は法隆寺の宝物の文様などをひたすら研究させられていたようで、『俺たちはいつまでこんなことをやっているんだ』と思っていたらしいんですよね。そういった旧態依然とした授業がすごくつまらなくて、油画科(絵画科油画)の授業に潜りこんでいた、といった後日談を書き残していた人たちが、実は結構多くいました。」
それまでの図案科は、美術工芸品などの図案を紙に描き、掛け軸に仕立てる、といった卒業制作が定番であったという。今回のコレクション展の「図案」というテーマの中で、あきらかに「図案」とは程遠い、アヴァンギャルドな作風の展示が観られるコーナーである。
舞台の緞帳やプロダクトデザインといった図案としての想定はあるものの、描き方は人それぞれで独特、作品表現の自由度が高まるなど、芸術表現の過渡期が、顕著に感じとれる。
この時代の学生たちは卒業後、映画会社や衛生用品メーカー、百貨店の図案部や広告部など新しい生活を創造する企業に就職し、近代日本デザイン界の担い手となっている。
そして、現代の卒業生の作品も展示されている。
本展では、《水浅葱地綸子柳に檜扇文振袖》(江戸時代)などの古美術の振袖なども展示されているが、こちらは、高橋理子(たかはしひろこ 1977-)の型染による卒業制作で、大小のドット柄を組み合わせたポップでモダンな印象の着物である。
現在も円と直線といったシンプルな要素を掛け合わせて無限のデザインを作り続けている高橋は、武蔵野美術大学 工芸工業デザイン学科の教授も務め、2019年には、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に作品が永久収蔵されている。
こちらは、昨年の卒業生、曾斯琴(ソウシキン)による《人間花像》(2020年)である。友禅染の布を木片に貼ったパネルが並ぶ作品は(会場の展示作品は90点のパネルが並ぶ)、花の形や色、花びらの開き方に90人90通りの人柄が現れている。
曾は、心理学で用いられるビッグファイブ性格診断の手法を借りて唯一無二の花の姿を創出し、人間の多様性を表現している。
例えば、社交性や協調性の値に応じて花びらが開いていく、といった形で、花の文様が作られていく。色彩も診断結果に合わせて彩色され、90枚の全てが、90人、違う形、違う色、一つとして同じものがない。
花の幅は「開放性」、花弁の数は「神経質傾向」、花弁の形は「協調性」、花の深みは「誠実性」、つぽみの形は「外向性」を示すものとして、一人一人の診断結果から一つ一つ、花の文様が作られている。
現在、約30,000件のコレクション。
バリエーション豊かなコレクションによる、今後の展示内容にも期待
東京藝術大学大学美術館が開館した1999年秋に開催された「開館記念 芸大美術館所蔵名品展」では、33万人もの人が訪れたという。高橋由一の代表作《鮭》のほか、黒田清輝や浅井忠など古美術の重要な作品が多く出展された「名品」揃いの展覧会であったこととともに、東京藝術大学大学美術館への人々の関心の高さが伺える。
現在、東京藝術大学大学美術館のコレクションから、高橋由一《鮭》や上村松園《序の舞》が日本郵便の切手のデザインにも用いられている。そうした重要な古美術作品が多くある一方で、芸術の未来に光差す、卒業制作のコレクションが毎年アップデートされていくことも楽しみである。バリエーション豊かな藝大コレクションのこれからの展示にも期待したい。
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- 東京藝術大学大学美術館|The Univerisity Art Museum, Tokyo University of the Arts
110-8714 東京都台東区上野公園12-8
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
定休日:月曜日(※展覧会の開催会期以外は閉館。※展覧会により休館日が異なる場合があります。※月曜日が祝日の場合は開館し、翌平日休館
参考文献:
図録 東京藝術大学創立130周年記念特別展 藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!
東京藝術大学大学美術館 概要
「藝大コレクション展 2020― 藝大年代記(クロニクル)」パンフレット