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奥州藤原氏の栄華を今に伝える
金色の国宝仏11体がそろってお出まし

建立900年 特別展「中尊寺金色堂」が、東京国立博物館 本館5室にて2024年4月14日(日)まで開催

内覧会・記者発表会レポート

中尊寺金色堂が東博にやってきた!8KCGで原寸大で堂内を体感できる 
©NHK/東京国立博物館/文化財活用センター/中尊寺
中尊寺金色堂が東博にやってきた!8KCGで原寸大で堂内を体感できる 
©NHK/東京国立博物館/文化財活用センター/中尊寺

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構成・文・写真:森聖加

世界遺産「平泉」(岩手県平泉町)の核をなす文化資産のひとつ、中尊寺の金色堂は、藤原清衡(ふじわらきよひら/1056—1128)によって建立された東北地方現存最古の建造物だ。創建当時からの姿をいまに伝える建築は、天治元年(1124)の上棟から今年で900年を迎える。これを記念して開催される建立900年 特別展「中尊寺金色堂」には、中央須弥壇(しゅみだん)の国宝仏11体がそろって公開されるのをはじめ、堂内を荘厳する品々が一堂に並ぶ歴史的機会だ。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
建立900年 特別展「中尊寺金色堂」
開催美術館:東京国立博物館 本館特別5室
開催期間:2024年1月23日(火)〜4月14日(日)
※会期中、一部作品の展示替えを行います。

迫力の大スクリーンで眼前に迫りくる、原寸大の金色堂

「皆金色(かいこんじき)」。この言葉で称されるとおりに中尊寺金色堂は堂の内外、仏具にいたるまで、すべてが金で荘厳された仏堂だ。特に内陣部分は、シルクロードを渡って、はるか南洋の海からもたらされた夜光貝を用いた螺鈿細工と、象牙、宝石の数々で埋め尽くされている。前九年の役(1051-1062)、後三年の役(1083—1087)などの激しい合戦が繰り広げられた奥州の地。後三年の役で勝利した清衡はこのときから藤原姓を名乗るようになり、奥州藤原氏初代となる。続いて平泉に館を移し、平和な世と自身の将来の極楽往生を願って中尊寺の建立に着手、この地上の空間に阿弥陀如来の仏国土、極楽浄土をこれ以上はないというかたちで具現化した。

そして忘れてはならないのは、金色堂堂内には3つの須弥壇があり、奥州藤原氏4代(清衡、基衡、秀衡、泰衡)が今も眠っていることだ。仏堂でありながら墓でもあるという、建築史上類まれなる建造物なのだ。

1億ポリゴンという桁外れのボリュームで記録保存されたデータで原寸大の金色堂を再現
©NHK/東京国立博物館/文化財活用センター/中尊寺
1億ポリゴンという桁外れのボリュームで記録保存されたデータで原寸大の金色堂を再現
©NHK/東京国立博物館/文化財活用センター/中尊寺

特別展は、夢のような仏の空間である中尊寺金色堂の内部に、身体を丸ごと没入するかのような体験ができる超高精細8KCGの展示からはじまる。現地では金色堂は文化財保護の観点から覆堂(おおいどう)に守られ、観覧者はガラス越しにしか鑑賞ができないが、本展では原寸大の金色堂が5m×7mの特大スクリーンに映し出され、圧倒的な迫力で迫りくる。建立900年の節目にあたり、東京国立博物館、文化財活用センター、NHK、中尊寺、4者の共同研究によるデジタルアーカイブ事業がすすめられ、金色堂本体、壇上の諸仏、天蓋ほかあらゆる細部がデジタルデータ化された。東博の特別展ならではの最新テクノロジーによる新時代の鑑賞体験の提供で、私たちは金色堂の威容にたっぷりと浸ることができる。

昭和の大修理(1962-1968)の際に制作された中尊寺金色堂の復元模型(参考出品)
昭和の大修理(1962-1968)の際に制作された中尊寺金色堂の復元模型(参考出品)

中央須弥壇の国宝仏を間近に鑑賞する希少なチャンス

本展最大のトピックは、金色堂内にある3つの須弥壇(仏像が祀られる台座)のうち、内部に初代清衡が眠ると考えられている最も重要な中央壇の国宝仏像11体がすべてお出ましになったことだ。須弥壇中央の《阿弥陀如来坐像》は両脇に《観音菩薩立像》、《勢至菩薩立像》を従え、左右に三体ずつ計六体の《地蔵菩薩立像》、さらに一番手前で壇を守護し、壇の下に安置されている清衡の遺骸を守る二天像、《持国天立像》と《増長天立像》が並ぶ。金色堂では縦に配される諸仏だが、会場では鑑賞しやすいように横並びに配置。さらに、ガラスケースに納められてはいるが、至近距離から、ぐるりと360度、お姿を拝することができる。又とない機会を逃すことはできない。

展示風景より。
展示風景より。
国宝《阿弥陀如来坐像》金色堂の本尊ともいえる存在。プリッとして、押せば跳ね返ってくるような顔の張りが特徴
国宝《阿弥陀如来坐像》金色堂の本尊ともいえる存在。プリッとして、押せば跳ね返ってくるような顔の張りが特徴

阿弥陀三尊は、ふっくらとした丸いお顔が特徴の平安時代後期を代表する像であり、当時、京都をはじめ全国を席巻していた大仏師、定朝(じょうちょう)の和様彫刻を正統に引き継ぐような姿だと、東京国立博物館の児島大輔氏は説明する。《阿弥陀如来坐像》の像の高さは約63センチ。柔和な尊顔の表現のほかには、右肩にかかる衣に別材を貼り付けていたり、後頭部の螺髪(らほつ/仏の頭髪の一形式)を左右に振り分ける刻み方をしていたりと、平安時代には見られない造作が施され新しい時代を先駆ける要素が散見されるそうだ。「京都では、当時の平安貴族たちが前例に倣って新しいものを好まない風潮にあるなか、奥州では先進的な表現ができていたのではないかと思わせます」(児島氏)

国宝《地蔵菩薩立像》。腕を折り曲げる角度、お腹の出っ張り具合など、細部が異なるつくり
国宝《地蔵菩薩立像》。腕を折り曲げる角度、お腹の出っ張り具合など、細部が異なるつくり

現在はともに並ぶ11体だが、地蔵像と二天像は、当初は二代基衡(もとひら)が眠ると考えられている西北壇にあった可能性が高い。特に二天像は、他とは異なる激しい動きから1世代ほど後の作とみられる。この二天像を真似てつくられたと考えられる像が福島や神奈川県で見つかっており、当時の平泉の地は東日本における仏教文化の発信源だったことが推察される。

躍動感あふれる国宝《増長天立像》
躍動感あふれる国宝《増長天立像》

奥州藤原氏の経済的基盤を支えた金

棺までも金色に輝いていた。重要文化財《金箔押木棺》
棺までも金色に輝いていた。重要文化財《金箔押木棺》

本展には、清衡の遺骸を納めていた《金箔押木棺》のほか、この棺の副葬品の一部である《金塊》《刀装具類残欠》《念珠類残欠》なども展示されている。《金箔押木棺》は全体を黒漆塗りにしたのちに内外ともに金箔を押す漆箔(しっぱく)という技法で仕上げられたもの。さらに《金塊》は、成分分析はできていないものの、砂金からつくられたものと考えられている。奥州藤原氏が栄える経済的基盤となった、同地産出の金の存在感をありありと見せつける象徴的遺産だ。

副葬品のひとつ、重要文化財《金塊》。重さは32グラム
副葬品のひとつ、重要文化財《金塊》。重さは32グラム

ほかにも、金泥(きんでい)、銀泥(ぎんでい)で美しく仕上げられた経典や曼荼羅、金色堂を飾っていた荘厳具、実際に使われていた仏具などが展示され壮観。奥州藤原氏の仏教文化の粋を存分に体感したい。

国宝《紺紙金銀字一切経(中尊寺経)》 ※展示替えあり
国宝《紺紙金銀字一切経(中尊寺経)》 ※展示替えあり
中央の宝塔を「金光明最勝王経」の文字の連なりで描く。国宝《金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅》※展示替えあり
中央の宝塔を「金光明最勝王経」の文字の連なりで描く。国宝《金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅》※展示替えあり
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
東京国立博物館|Tokyo National Museum
110-8712 東京都台東区上野公園13-9
開館時間:9:30〜17:00
休館日:月曜日、2月13日(火)※ただし、2月12日(月・休)、3月25日(月)は開館

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