FEATURE

瀬戸内海の海に浮かぶ「アートの島・直島」で
洗練されたアート体験

アート好きの心を満たす旅 / アートの島 VOL.02 直島【後編】・香川県

アート&旅

家プロジェクト「角屋」宮島達男"Sea of Time ’98"(写真:鈴木研一)
家プロジェクト「角屋」宮島達男"Sea of Time ’98"(写真:鈴木研一)

アート&旅 一覧に戻るFEATURE一覧に戻る

アート好きの心を満たす旅 / アートの島 直島・豊島(香川県)
VOL.01 直島【前編】 VOL.02 直島【後編】 VOL.03 豊島

直島の旅2日目は島の東側、ちょうど宮浦港 の反対側の海岸に位置する本村エリア(直島港周辺)を散策する。宮浦港が直島の「玄関」だとすれば、戦国時代の海城の城下町を原形とし、民家が密集する本村地区は「奥の間」のような印象だ。
VOL.01 直島【前編】参照

本村風景(写真:鈴木研一)
本村風景(写真:鈴木研一)

ベネッセアートサイト直島の開放的で洗練された空間とは異なり、島民の暮らしの気配を肌で感じるこの地区では、島の歴史や文化と現代アートが融合した作品と出会うことができる。

古民家などで体験する現代アート「家プロジェクト」

本村地区では、古民家などを使った「家プロジェクト」の展示が中心となる。「角屋」(1998年)に始まったこのプロジェクトは、現在7軒が公開されている(※「きんざ」のみ要予約)。空き家などを改修し、人が住んでいた頃の時間と記憶を織り込みながら、空間そのものをアーティストが作品化する。

今回は「きんざ」を除く6つの施設を訪れた。簡単にそれぞれのプロジェクトを紹介しよう。宮島達男がてがけた「角屋」では、築約200年の家屋を改修し、床に水を張り、その中に125個のデジタルカウンターを配置した、数字の海が広がる。《Sea of Time ‘98》と題されたこの作品では、デジタルカウンターのスピードは直島の島民たちの手によって決められており、島の人々それぞれがもつ「時間」の流れが漂う空間となっている。

家プロジェクト「角屋」(写真:鈴木研一)
家プロジェクト「角屋」(写真:鈴木研一)

「南寺」は、元々南寺があった場所に、地中美術館にも作品を展示しているジェームズ・タレルの作品を体験できる施設を、安藤忠雄の設計のもと設立した。ここでは「見える」ということを根源的に体験できるインスタレーションとなっている。山中にひっそりとたたずむ「護王神社」は、杉本博司が江戸時代から続くこの神社で、社殿と古墳を思わせる地下の石室をガラスの階段で結ぶ。石室には実際に入ることができる。

家プロジェクト「石橋」千住博《空の庭》
(写真:渡邉修)
家プロジェクト「石橋」千住博《空の庭》
(写真:渡邉修)

「石橋」はかつて製塩業を営んでいた石橋邸を、千住博が作品空間として再建した。母屋には瀬戸内海の風景に触発された襖絵、蔵には千住の代表作である滝を描いた《ザ・フォールズ》が展示されている。

蔵の唯一の窓、その数センチの隙間から入る自然光で見る体験は、暗い蔵の中から壮大なスケールの滝が浮かび上がり、作品全体に均一な光が当たった美術館での鑑賞とは異なる幻想的な雰囲気が漂う。

「碁会所」では、本物さながらの木彫を制作する須田悦弘が、速水御舟の名作《名樹散椿》から着想を得たて制作した木彫の「椿」の花を見ることができる。2つの部屋からなる碁会所は、「対比」がキーワードとなっており、庭の本物の五色椿と、須田による木彫の椿、また2の部屋の「有」と「無」の対比、とシンメトリックな建物で展開される対比の美の調和を楽しみたい。

「はいしゃ」はその名の通り、歯科医院兼住居だった建物を大竹伸朗が丸ごと作品化した。廃船の部品や鉄塔、自由の女神像など、小さな家の内外にさまざまなものが組み合わされ、大竹らしい「夢の記憶」をたどるファンタジックな世界が広がる。

ANDO MUSEUM

ANDO MUSEUM(写真:山本糾)
ANDO MUSEUM(写真:山本糾)

すでに紹介しているように、直島のアートプロジェクトにおいて建築家・安藤忠雄ほど不可欠な存在はない。ベネッセアートサイト直島の主要施設の設計を行ってきた安藤と直島の関係は約30年にわたり、今なお継続している。そんな安藤のこれまでの業績、そして直島での取り組みを振り返るミュージアムが、このANDO MUSEUMだ。「家プロジェクト」の「角屋」「南寺」の近くに位置する築約100年の木造民家を改修し、内装は打ち放しコンクリートによって新たな空間が創造され、過去と現在、木とコンクリート、光と闇という、対立した要素が重なり合う、安藤忠雄のエッセンスが凝縮された空間となる。

館内では、直島でのプロジェクトの変遷を辿ることができる写真や模型、スケッチなどの資料が展示されており、それらの資料からは、安藤の思考と模索の一端がうかがえると同時に、直島が「アートの島」となっていく過程を追体験できる。

三分一博志の「直島ホール」/The Naoshima Plan「水」

直島の建築には安藤忠雄しか携わっていないように思えるが、他にもさまざまな建築家が直島でプロジェクトを行っている。中でも本村地区で見ることができるのは、建築家・三分一博志(さんぶいちひろし)の建築だ。直島の島民たちが集う公民館「直島ホール」や、江戸時代に塩を松前船で運ぶ海運業を営んでいた商家を改修したThe Naoshima Plan「水」は、三分一による、直島の地理上の特性や歴史の徹底した調査に基づいて設計されている。

直島ホール 所有者:直島町 設計:三分一博志建築設計事務所(写真:小川重雄)
直島ホール 所有者:直島町 設計:三分一博志建築設計事務所(写真:小川重雄)

The Naoshima Plan「水」では、風や水という「動くもの」がテーマとなっている。三分一は、古い町並みの様子から、風が南北に流れる島の特性上どの家も南北に窓や出入り口を作り、町全体で風の通り道を作っていることに気づいた。また島の上流から水を引いて棚田や溜池を作っており、風や水を「リレー」して分かち合う、直島ならではの暮らしの美を感じた。この家では、「風」や「水」の美しさ、それらを隣へ隣へと受け渡していく構造の美を浮かび上がらせる。南北の続き間を顕在化させ、庭には豊富な井戸水を湛える水盤を設置し、風の吹き抜ける桟敷で水盤に足をつけ、直島の風と水を目でも肌で感じる体験ができる。

現代アートだけじゃない、香川漆芸の美を堪能

Kagawa shitsugei gallery彩
Kagawa shitsugei gallery彩

「家プロジェクト」の「石橋」からさらに北に進み、細い階段を上った先に1軒のギャラリーがある。「直島=現代アート」のイメージが強いが、この「Kagawa shitsugei gallery彩(いろどり)」では伝統的な香川漆芸の作品が展示されており、伝統的な日本の美と技の粋を味わうことができる。

香川漆芸には「蒟醤(きんま)」「存清(ぞんせい)」「彫漆(ちょうしつ)」という3つの技法がある。「蒟醤(きんま)」とは、漆を塗った下地に剣で文様を彫り、その溝に色漆を埋めて最後に表面を研いで滑らかにして図柄を作る方法で、「存清(ぞんせい)」は、漆を塗り重ねた器物の表面に色漆で文様を描き、さらに輪郭や細部を彫り、そこに金粉を埋めて図様を引き立たせる方法、「彫漆(ちょうしつ)」は複数の色の漆を塗り重ねて層を作り、その層を掘り下げて文様を浮かび上がらせる技法で、いずれも気の遠くなるような工程を必要とする。

展示風景
展示風景
展示風景
展示風景

ギャラリーではこれらの技法の技術を用いた作品を一度に見ることができ、香川漆芸の奥深さを堪能できる。受け継がれてきた高い技術と現代の感覚が融合した香川漆芸の作品に吸い込まれそうになり、時間も忘れて見入ってしまう。現代アートの外へ外へと感覚を解放していく鑑賞とは異なり、大地に根を張るように深く潜っていくように、漆芸の世界を堪能する。

入浴できるアート直島銭湯「I♥湯」で心と体をリフレッシュ

再び宮浦港に戻って来る。本村地区周辺は「家プロジェクト」を中心に歩いての移動が多いため、1日歩き回った後は少し汗ばんでくる。そんな時は、アートでリフレッシュするのが一番だ。港から歩いて1分の場所にある直島銭湯「I♥湯」(アイラブユ)は、大竹伸朗による実際に入浴ができるアート施設だ。

外観はもちろん、番台、脱衣所、トイレ、そして風呂場の中に至るまで、大竹のコラージュ手法 によって船のパーツ、秘宝館の像、インドネシア製のタイル、松の植栽などなど……さまざまな物がひしめき合うようにコラージュされ、気持ちの良いお湯と大竹の芸術世界にどっぷりと浸かることができる。大竹にとって初めての試みである風呂絵のタイル絵やモザイク画、トイレの陶器に施された絵付けタイルなどからは、作家の沸き起こる制作意欲がうかがえる。

大竹伸朗 直島銭湯「I♥湯」(2009)(写真:渡邉修)
大竹伸朗 直島銭湯「I♥湯」(2009)(写真:渡邉修)

銭湯では大竹がデザインしたタオルなど、オリジナルの銭湯グッズも販売しており、手ぶらで訪れても入浴が可能だ。夜21:00まで営業(最終受付 20:30)しているため、各施設を巡った後にゆっくりと汗を流し、直島の旅の余韻に浸る贅沢な時間を味わう。

直島の○○を掘り下げる―瀬戸内「   」資料館/宮浦ギャラリー六区

宮浦ギャラリー六区
下道基行 ≪瀬戸内「   」資料館≫(写真:山本糾)
宮浦ギャラリー六区
下道基行 ≪瀬戸内「   」資料館≫(写真:山本糾)

充実したアート旅を満喫した最後に、ぜひとも足を運んでほしい場所がある。宮浦港から直島銭湯「I♥湯」を通り過ぎ、さらに北に進んだところにある、宮浦ギャラリー六区だ。《瀬戸内「   」資料館》と名付けられたこのプロジェクトでは、写真家・美術家の下道基行(したみちもとゆき)が館長を務め、直島に住む人々の暮らしや歴史について、さまざまな切り口で調査・資料収集・展示を行い、最終的に館内のラックにアーカイブしていく。

下道は実際に直島に移住し、島民との交流を深めながら、島の歴史や文化など掘り下げる。訪れた時は、「直島部活史」というテーマで、あらゆる世代を対象に、学校や企業などで所属していた直島における「部活」について調査を行ったレポートが展示されていた。プロジェクトは、そうした活動によって編まれる“直島史”を紹介する「展示収蔵室」、そしてワークショップやイベントなどを開催する「研究室」の2つからなる。また、クリエイティブな活動をしている島民に焦点を当て、その方についてスポットを当てた展示も行っている。直接には知らない直島の住人たちと、展示を通しておしゃべりしているような気分になる。

下道のフィルターを通すことによって、直島の非常に小さくクローズドなコミュニティの中で育まれていた「文化」がすくい上げられ、その集積が直島の「歴史」となる。「アートの島」として直島での時間を楽しんだ後は、その直島が「アートの島」になるよりも前からこの場所で営まれてきた人々の暮らし、文化に目を向け、改めて「直島」という島を知り、感じてほしい。

本村地区の「家プロジェクト」などの展示や、《瀬戸内「   」資料館》では、直島に流れていた時間、そこで育まれてきた文化、受け継がれてきた人々の思いに思いを馳せる。地元の人も利用する直島銭湯「I♥湯」では、この場所で暮らすようなのんびりした時間を感じる。アートを通じて、島の人々と触れ合うことのできる1日となった。

アート好きの心を満たす旅 / アートの島 直島・豊島(香川県)
VOL.03 豊島 に続く

FEATURE一覧に戻るアート&旅 一覧に戻る

FEATURE一覧に戻るアート&旅 一覧に戻る