FEATURE

瀬戸内海の海に浮かぶ「アートの島・直島」で
洗練されたアート体験

アート好きの心を満たす旅 / アートの島 VOL.01 直島【前編】・香川県

アート&旅

《南瓜》草間彌生 2022年 ©YAYOI KUSAMA 撮影:山本糾
《南瓜》草間彌生 2022年 ©YAYOI KUSAMA 撮影:山本糾

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アート好きの心を満たす旅 / アートの島 直島・豊島(香川県)
VOL.01 直島【前編】 VOL.02 直島【後編】 VOL.03 豊島

秋晴れの気持ちの良い朝、岡山県・宇野港に着く。今回の旅は「アートの島」として人気の高い香川県・直島。現代アートが島のあちこちに点在し、地中美術館をはじめとする各美術館・ギャラリーには質の高いアート作品が集う。空と海と瑞々しい木々の緑に囲まれた直島と現代アートのコラボレーションは、ホワイトキューブの中での鑑賞とは異なる特別な体験をもたらし、国内外から多くのアートファンが訪れる。

「アートの島」の旅を、豊島(香川県)と合わせて、VOL.01 直島【前編】 VOL.02 直島【後編】 VOL.03 豊島 の全3回に渡ってお届けする。

草間彌生《赤かぼちゃ》2006年 直島・宮浦港緑地(写真:青地大輔)
©YAYOI KUSAMA ※画像転載不可
草間彌生《赤かぼちゃ》2006年 直島・宮浦港緑地(写真:青地大輔)
©YAYOI KUSAMA ※画像転載不可

東京からは飛行機で高松に行き、高松港から船に乗る「香川ルート」、もしくは飛行機か新幹線で岡山に行き、宇野港から船に乗る「岡山ルート」の2パターンがある。今回は岡山からのルートで直島に向った。朝の9時22分に宇野港を出発するフェリーに乗ると、船内には直島でのアート旅に胸を弾ませる多くの観光客が集う。日本人よりも欧米・アジア圏から来たと思しき団体客の方が多く、海外からの注目度の高さがうかがえる。宇野港から直島までは約20分。穏やかな瀬戸内海の海に大小さまざまな島が浮かぶ光景は、古くより画家の心を捉えてきた。瀬戸内海独特の穏やかな海と風を感じるところから、直島のアート旅は始まっている。

宮浦港が見えてくると、さっそく草間彌生の《赤かぼちゃ》が私たちを出迎えてくれる。港周辺には、いくつかの作品が展示されており、子どもはもちろん大人も作品の中に入って遊び心を解放する。これからこの島でアートを楽しむための心の準備運動はばっちりだ。

直島パヴィリオン 所有者:直島町 設計:藤本壮介建築設計事務所(写真:福田ジン)
直島パヴィリオン 所有者:直島町 設計:藤本壮介建築設計事務所(写真:福田ジン)

直島は、大きく3つのエリアに分けられる。直島の玄関・宮浦港周辺の「宮ノ浦地区」、その対岸「本村(ほんむら)地区」、そして「ベネッセアートサイト直島」(※)の主要施設が集まる「美術館エリア(琴弾地・ごたんぢ)」だ。島内の移動はバスが基本だが、便数が限られているため、自分のペースで散策したい人はレンタサイクルもおすすめだ。港の周辺にはレンタサイクルのお店があり、店舗によっては荷物の預かりサービスも行っている。

第1回目となる本記事では、直島のアート旅の中核地点である「美術館エリア」を紹介しよう。

※「ベネッセアートサイト直島」は、直島・豊島(香川県)、犬島(岡山県)を舞台に(株)ベネッセホールディングスと(公財)福武財団が展開しているアート活動の総称。

直島のアート旅の聖地「地中美術館」

「美術館エリア」までは、宮浦港から町営バスで移動する。「つつじ荘」で降車後、ベネッセアートサイト直島エリア内を運行する無料シャトルバスに乗り換える。ちなみにこの「つつじ荘」の停車場の近くには、崇徳上皇の句碑が建つ。実は「直島」という名前の由来は、保元の乱に敗れた崇徳上皇が讃岐へ配流される途中にこの島に立ち寄った際、島民の純真素直さを賞して命名されたと伝えられているのだ。

バス停「つつじ荘」の近くにある崇徳上皇の句が刻まれた句碑
バス停「つつじ荘」の近くにある崇徳上皇の句が刻まれた句碑

無料シャトルバスでは、地中美術館、李禹煥美術館、ベネッセハウス ミュージアム、「杉本博司ギャラリー 時の回廊」を経由する(杉本博司ギャラリーは降車のみ)。各施設は徒歩で10分程度の間隔で点在しているので、徒歩での移動も可能だ(エリア内は自転車での移動は禁止)。

地中美術館(写真:藤塚光政)
地中美術館(写真:藤塚光政)

地中美術館は「自然と人間を考える場所」として、2004年に設立された。建物の大半が地下に埋設された、その名の通り“地中”にある美術館だ。そんな不思議な美術館で鑑賞できるのは、近代絵画の巨匠・クロード・モネ、光を使った現代アーティストのジェームズ・タレル、そして、彫刻家ウォルター・デ・マリアの3人だ。この3人のためだけに作られた美の殿堂は、建築家・安藤忠雄によって設計されている。安藤の建築らしいコンクリートを用いた美術館は、エントランスを通り、吹き抜けとなった中庭を通る。中庭を囲うスロープを通り地下の展示室に進む動線は、頭上に広がる澄み渡った空の青さを際立たせ、屋内と外の境界を曖昧にし、自然を感じながらもアートへ向き合うための心身を整える時間となる。

まずはクロード・モネの展示室に入る。真っ白い部屋の中に飾られた5点の「睡蓮」。天井から降り注ぐ柔らかな光は天井から取り入れた自然光だ。作品も鑑賞者も全てを優しく包み込むように降り注ぐ光の中で見る大画面の《睡蓮の池》は、「天国があるならこういうところではないだろうか」と、思わせるほど静謐で内省的だ。

ここにはモネの晩年期の「睡蓮」シリーズが並び、メインとなる《睡蓮の池》は水面と周囲の風景が溶け合い、睡蓮の連作の中でも特に幻想的だ。その左右の壁を飾る《睡蓮―草の茂み》と《睡蓮》では、躍動的な筆致がまるでダンスをするように画面にリズムを生み、入口の両サイドの壁に掛けられた《睡蓮の池》と《睡蓮―柳の反映》2点からは「夜の深い闇」と「朝の靄の中」という印象を受け、対比的な作品となっている。刻々と移り変わる光、水面に映り込む風景、それらが波によって揺らめく様子…瞬く間に表れては消える光景を捉えようとしたモネの、静かで、でも決して消えることない情熱が伝わる。

モネの展示室と同じフロアに展示されているのが、ジェームズ・タレルの作品だ。モネが光の移ろいや反射を絵にしてきたのに対し、タレルは光そのものを作品にする。初期作品の《アフラム、ペール・ブルー》のほか、2000年代以降のインスタレーションを体験することができる。LEDの光が空間を埋め尽くす《オープン・フィールド》では、全身が光に飲み込まれる体験をし、天井が吹き抜けとなった《オープン・スカイ》では、空の青さと自然の光の柔らかさを全身に浴びる。これらの作品によって体の内側の神経が、ふわっと開かれていくような感覚を覚える。当たり前すぎて意識することもない「光」そのものの存在に気づくことで、不思議とその後に目に入るあらゆる物事が全く違って見えてくる。

さらに地下に降りて行く。階段の中央に巨大な球体が置かれた異様な空間を生み出したのは、彫刻家ウォルター・デ・マリア。周囲の壁には金箔を施した木製の彫刻が配置されており、直線的な階段の中央に鎮座する巨大な球体、3本1組の彫刻群の緊密な配置によって、空間全体に厳かな空気が漂う。まるで教会の中のような神聖さを帯びたこの空間では、日の出から日没まで、光の当たり方によって作品の表情が刻々と変化する。鑑賞者はこの空間の中で自身の居場所を探すように、階段を登ったり降りたりして球体の周囲を歩く。球体にはそうした鑑賞者の像を中心にその背後の景色も映り込む。その映り込んだ像を見ると、まるで世界全体がこの球体の中に収まっていくようだ。

地中美術館は、「直島の自然 × 安藤忠雄の建築 × 3人の巨匠たち」という奇跡の競演が実現した、まさに直島アート旅の聖地というべき美術館だ。

自分と世界の関係を問う「李禹煥美術館」

李禹煥美術館(写真:山本糾)
李禹煥美術館(写真:山本糾)

エントランスに至るまでの広い前庭には、石や鉄などを使った様々な彫刻作品が点在する。「柱の広場」と名付けられた一画には、長いコンクリート柱、鉄板、自然石の3つからなる《関係項-点線面》が設置されており、青空を突くようなコンクリート柱はまるでオベリスクのような威厳を放つ。また見慣れてきたはずの青空と穏やかな瀬戸内の海も、李の《無限門》を通して見るとまた新鮮な感覚を覚える。

半地下構造となる建物の中は、いくつかの小さな展示室に分かれ、70年代から現在に到るまでの絵画・彫刻が展示されており、李の芸術活動の変遷を辿ることができる。絵画作品が中心となる「出会いの間」では、初期の《点より》《線より》から、2017年の《対話》まで、筆のストロークによって生まれる“時間の感覚や”リズム“に対する李のアプローチの変化、思考の深化の変遷がうかがえる。

「照応の間」や「沈黙の間」に展示されている彫刻作品では自然石など物自体が放つエネルギーや、物と物の距離や位置関係によって生まれる緊張感を感じ取る。それらの彫刻群はまるで「器」のように、鑑賞者の思考やイメージを投影する。ちょうど「影の間」で展示されている作品《関係項―石の影》が、床に鎮座する自然石の影の部分にさまざまな自然や街中の映像を投影した作品なのだが、李の作品世界もまた、見る人が既に持っているあらゆるイメージや思い出、思考を投影する「器」として働く。

アートな空間に宿泊する「ベネッセハウス ミュージアム」

ベネッセハウス ミュージアム(写真:渡邉修)
ベネッセハウス ミュージアム(写真:渡邉修)

李禹煥美術館を出て一本道をさらに進むと、美術館と宿泊施設が一体となった「ベネッセハウス ミュージアム」が見えてくる。「自然・建築・アートの共生」をコンセプトに、安藤忠雄の設計のもと1992年に開館したベネッセハウスは、瀬戸内海を望む高台に建つ。絵画、彫刻、写真、インスタレーションなどのコレクション作品のほか、アーティストたちがこの場所のために特別に制作した作品も常設展示されている。そうした作品は展示室内に留まらず、建物の思いがけない場所や、庭、林や断崖絶壁にも展示されている。

ベネッセハウス ミュージアム(写真:大林直治)
写真右がジェニファー・バートレット《黄色と黒のボート》
ベネッセハウス ミュージアム(写真:大林直治)
写真右がジェニファー・バートレット《黄色と黒のボート》

宿泊者以外の人も楽しむことができる美術館スペースはB1Fから2Fまでの3フロア。ランド・アート(※)の代表的アーティストであるリチャード・ロングが直島を訪れ、現地で集めた流木で制作した《瀬戸内海の流木の円》をはじめとする一連の作品群に自然物のエネルギーを感じれば、ジェニファー・バートレット《黄色と黒のボート》は、直島の海岸へのイメージがつながっていく。本作は、海辺に置かれた黄色と黒のボートを描いた絵画と、そのボートを模した2つのオブジェで構成されており、まるで絵の中からボートが抜け出たような絶妙な配置と、見下ろすような視点で描かれた海辺の光景が相まって、まるで鑑賞者自身が絵の中の世界で、海辺に立ちボートを見下ろしている感覚になる。そして、ギャラリーから実際の直島の海岸線を眺めれば、そこには黄色と黒のボートの2艘が…。絵画から立体へ、展示室から実際の海岸へ…作品の世界があらゆる次元を超えて広がっている。

※ランド・アートとは、主に屋外の自然の中を舞台に、石、木、砂などの自然物質を用いて、土木工事に匹敵する大規模な制作を行う作品のこと。

ニキ・ド・サンファール《腰掛》(写真:渡邉修)
ニキ・ド・サンファール《腰掛》(写真:渡邉修)

ベネッセハウスの周りの広い庭には、ニキ・ド・サンファールの陽気で愛らしい彫刻群が緑の芝生に映える。他にも李禹煥美術館とベネッセハウスの間の道の途中、一本道から外れて海岸の方に向かうと、蔡國強《文化大混浴 直島のためのプロジェクト》があり、施設の周囲にも作品が展開されているので、展示室内だけでなく、施設の周辺のアートを散策したい。

「杉本博司ギャラリー 時の回廊」

写真家としてキャリアをスタートさせ、今や日本を代表する現代アーティストとなった杉本博司は、写真という媒体に留まらずその芸術世界を深める拠点として2017年に小田原に《江之浦測候所》を設立した。その誕生の背景には、直島での長期にわたるプロジェクトを行っていたことが大きい。直島のアートプロジェクト黎明期から携わってきた杉本にとって、直島は重要な場所だ。その直島に、杉本の代表作を集め、彼の芸術世界に身を浸す場所として2022年にギャラリー「杉本博司ギャラリー 時の回廊」が開館した。

杉本博司《光の棺》(写真:杉本博司)
杉本博司《光の棺》(写真:杉本博司)

「時の回廊」という名前には、杉本が関心を寄せる“時間”に対する問いや、長年にわたる直島との関係が反映されている。同時に、鑑賞者に自然の変化から感じられる壮大な時間の流れ、過去を想像するならば太古の昔までさかのぼり、未来へと思いを馳せるならば何百年も先までも、普段意識している時間の感覚の幅をさらに広げ、感じてほしいという狙いがある。

展示室では、代表作である「海景」シリーズのほか、長谷川等伯の国宝《松林図屏風》を彷彿とさせる《松林図》、直島・本村地区で展開されている「家プロジェクト」のうち、杉本が手掛けた「護王神社」の模型などが並ぶ。杉本が撮る海や木々の景色は、人間がその営みを始めるよりも前から存在していた太古の姿を思わせ、「永遠」という果てない時間の永さを想起させる。しんとした静けさが漂う杉本の作品から放たれる幽玄の美が、どこかひんやりとした空気をまとい、見る者の思考をさらに深く潜らせていく。

杉本博司ギャラリー 時の回廊 ラウンジ風景(2022年、撮影:森山雅智)
杉本博司ギャラリー 時の回廊 ラウンジ風景(2022年、撮影:森山雅智)

また、隣接するラウンジではお茶(抹茶・緑茶・ほうじ茶)と和菓子のセットを味わいながら、杉本作品を堪能することができる。ラウンジには2018年に制作された「Opticks」シリーズなどが展示されている。また中庭には、杉本が手掛けた硝子の茶室《聞鳥庵》も常設展示されている。茶室の中に入ることはできないが、ガラス張りの茶室が周囲の木々や、瀬戸内海の海の風景に溶け込む特別な風景を鑑賞することが可能だ。

大竹伸朗《シップヤード・ワークス 船尾と穴》(写真:村上宏治)
大竹伸朗《シップヤード・ワークス 船尾と穴》(写真:村上宏治)

ベネッセアートサイト直島の各施設は規模も小さく、展示作品も少ない。その分1つ1つの作品に対してじっくりと向き合い、内側の感覚を開いていき、思考を深める体験をもたらす。安藤忠雄の建築で多用されるコンクリートは都会的な素材に思えるが、この直島においてはその無機質さゆえに「自然」「現代アート」「鑑賞者」という三者を結びつけ、かけがえのない出会いをもたらすための舞台となっている。

大らかな瀬戸内の自然を全身で感じながら、緻密に考え抜かれた空間で、選りすぐりのアーティストたちの作品を通して、感じる心をさらに広げ、思考を深める特別な1日となった。

アート好きの心を満たす旅 / アートの島 直島・豊島(香川県)
VOL.02 直島【後編】に続く

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