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圧倒的な名作の数々で日本の“美”のDNAに迫る
特別展「やまと絵 ‐受け継がれる王朝の美‐」

特別展「やまと絵 ‐受け継がれる王朝の美‐」が、東京国立博物館 平成館にて2023年12月3日(日)まで開催中

内覧会・記者発表会レポート

東京国立博物館 平成館で開催中の特別展「やまと絵 ‐受け継がれる王朝の美‐」会場風景より
東京国立博物館 平成館で開催中の特別展「やまと絵 ‐受け継がれる王朝の美‐」会場風景より

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「やまと絵とは何か」と問われると、おぼろげなイメージは頭に浮かぶが、明確に定義するとなると少し答えに窮してしまうのではないだろうか。しかし、そうなるのもやむを得ない。というのも、大まかに言えば仏教などの宗教画ではない世俗画を指すが、細かに見るとその指し示す内容は時代によって変化しているからだ。

そんなやまと絵について、平安時代から室町時代まで、成立から多様に展開し変容を遂げるまでをたどる展覧会が、東京国立博物館 平成館で始まった。やまと絵の全貌を展観するため、本展では総件数245件、そのうち7割超が国宝・重要文化財という名作の数々が揃う。

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特別展「やまと絵 ‐受け継がれる王朝の美‐」
開催美術館:東京国立博物館
開催期間:2023年10月11日(水)〜12月3日(日)

見逃せない「やまと絵」の至宝の展示期間をチェック

名作揃いの本展は、その分展示替えも多い。ここでは特に、絵巻の最高傑作である「四大絵巻」、華麗な装飾が施された経典の最高峰「三大装飾経」、そして教科書にも掲載される国宝《伝源頼朝像》を含む「神護寺三像」について、展示期間も含めて紹介したい。

「四大絵巻」とは、平安時代に制作された絵巻の傑作で、現存最古の源氏絵である《源氏物語絵巻》、信貴山朝護孫子寺を開いた命蓮(みょうれん)の奇跡の数々を描いた《信貴山縁起絵巻》、歴史的な応天門の変を題材にした《伴大納言絵巻》、擬人化された兎や蛙、猫たちの生き生きとした姿が描かれた《鳥獣戯画》の4件だ(すべて国宝)。既に国宝《伴大納言絵巻》は展示が終了してしまったが、残りの3件は全会期中、巻を変えて展示されるので、四大絵巻の魅力は存分に味わうことができる。

(会場風景より)国宝《信貴山縁起絵巻 飛倉巻》(部分)1巻 平安時代・12世紀 奈良・朝護孫子寺
【展示期間:(飛倉巻)10/11~11/5、(延喜加持巻) 11/7~11/19(尼公巻)11/21~12/3】  
(会場風景より)国宝《信貴山縁起絵巻 飛倉巻》(部分)1巻 平安時代・12世紀 奈良・朝護孫子寺
【展示期間:(飛倉巻)10/11~11/5、(延喜加持巻) 11/7~11/19(尼公巻)11/21~12/3】  

国宝《源氏物語絵巻》は、「引目鉤鼻」「吹抜屋台」など国風文化の様式の一例として教科書などで見たこともあるだろう。日本独自の絵巻の表現様式の1つの頂点を示す作品として非常に重要な作品だ。国宝《信貴山縁起絵巻》は、その奇想天外なストーリー展開と、物語を効果的に見せる卓越した場面描写に注目したい。白描で描かれた動物たちの愛くるしい姿が楽しい国宝《鳥獣戯画》。内容も表現技法もそれぞれ特徴的で、絵巻表現のバリエーションの豊かさが示されている。

(会場風景より)国宝《鳥獣戯画 甲巻》(部分)1巻 平安~鎌倉時代・12~13世紀 京都・高山寺
【展示期間:(甲巻)10/11~22(乙巻)10/24~11/5(丙巻)11/7~19(丁巻)11/21~12/3】
(会場風景より)国宝《鳥獣戯画 甲巻》(部分)1巻 平安~鎌倉時代・12~13世紀 京都・高山寺
【展示期間:(甲巻)10/11~22(乙巻)10/24~11/5(丙巻)11/7~19(丁巻)11/21~12/3】

続いて10月24日~11月5日に展示されるのが、京都・神護寺に伝わる《伝源頼朝像》《伝平重盛像》《伝藤原光能像》(すべて国宝)、通称「神護寺三像」。ほぼ等身大という巨大なサイズで、やまと絵系肖像画の代表的な作品だ。特に国宝《伝源頼朝像》はかつて「源頼朝像」として教科書にも掲載されていたが、後の研究で像主の変更が唱えられるというセンセーショナルを巻き起こした。肖像画において誰が描かれているかはもちろん重要な点ではあるが、本展では精緻な顔貌表現など、鎌倉時代における肖像画の完成度の高さに注目してほしい。

そして会期の後半、11月7日~12月3日に集結するのが「三大装飾経」だ。平安時代、貴族たちが仏のご利益を求めて制作させた経巻は、金銀がふんだんに使われ、絢爛に仕立てられた。そうした装飾経の中でも最も美しいと評される《久能寺経》《平家納経》《慈光寺経》(すべて国宝)の3件がこの時期に揃う(《平家納経》のみ、巻を変えて全期間展示)。華麗な装飾は当時の人々の深い信仰の表れでもある。人々の祈りの気持ちが育んだ装飾経の世界を堪能したい。

「やまと絵」誕生-「唐絵」に対する「日本」の美

本展では、まず現存最古のやまと絵屏風である京都・神護寺の国宝《山水屛風》など最古級の作品と共に、やまと絵の対となる唐絵(からえ)や漢画(かんが)の作品を並べて展示し、やまと絵の輪郭を浮かび上がらせる。続く第1章から3章までは、「平安時代」「鎌倉時代」「南北朝・室町時代」と3つの時代で区切り、さらに細かくやまと絵の成立背景から展開を辿る。

飛鳥・奈良時代においては、絵画は中国の風俗を描いたもので、それらは「唐絵」と呼ばれていた。中国風の景観・人物が描かれた「唐絵」に対して、日本の人物や景観を描くのが「やまと絵」であり、技法はどちらも同じ彩色画であった。つまり最初の「やまと絵」は「日本風の人物・景観」という主題を意味していたのだ。

(会場風景より)国宝《山水屛風》6曲1隻 鎌倉時代・13世紀 京都・神護寺【展示期間:10/11~11/5】
現存最古の「やまと絵屛風」の作例。なだらかに山々が連なる中で日本の貴族たちの姿が見える。
(会場風景より)国宝《山水屛風》6曲1隻 鎌倉時代・13世紀 京都・神護寺【展示期間:10/11~11/5】
現存最古の「やまと絵屛風」の作例。なだらかに山々が連なる中で日本の貴族たちの姿が見える。
(会場風景より)国宝《山水屛風》6曲1隻 平安時代・11世紀 京都国立博物館【展示期間:10/11~11/5】
現存最古となる「唐絵屛風」の作例。中国風の装束を着た人物が描かれている。
(会場風景より)国宝《山水屛風》6曲1隻 平安時代・11世紀 京都国立博物館【展示期間:10/11~11/5】
現存最古となる「唐絵屛風」の作例。中国風の装束を着た人物が描かれている。

「やまと絵」の美が花開く土壌となった平安貴族の美意識

やがて平安時代になると、貴族の間で和歌が隆盛し、四季の移ろいへの関心が強まる。また和歌にまつわるモティーフをあしらった調度品を作らせるなど、絵画に限らず、あらゆるものに四季を愛でる美意識を反映させる。一方で彼らは競うように、金銀などで華麗に装飾した装飾経を寺社に奉納した。こうした出来事が、後の「月次絵」や「四季花鳥図」などのやまと絵の主題へとつながり、また絵師や職人たちの技を磨く機会となった。

本展では、唐絵から離れ日本の風土に合った表現が生まれ、やまと絵が成立する背景として、さまざまな色に染色し金銀で華麗に装飾した料紙に和歌を認めた国宝《古今和歌集序》(東京・大倉集古館)や、国宝《平家納経》(広島・厳島神社)に代表される装飾経、手箱などの調度品などが展示される。

(会場風景より)国宝《古今和歌集序(巻子本)》藤原定実筆 1巻 平安時代・12世紀 東京・大倉集古館 【展示期間:10/11~10/22】
※現在は展示が終了しています。
(会場風景より)国宝《古今和歌集序(巻子本)》藤原定実筆 1巻 平安時代・12世紀 東京・大倉集古館 【展示期間:10/11~10/22】
※現在は展示が終了しています。
(展示風景より)国宝《一字蓮台法華経》1巻 平安時代・12世紀 奈良・大和文華館 【展示期間:10/11~11/5】
(展示風景より)国宝《一字蓮台法華経》1巻 平安時代・12世紀 奈良・大和文華館 【展示期間:10/11~11/5】

そして、やまと絵の変遷をたどる上で1つの頂点とも言える出来事が、院政期に盛んに行われた絵巻制作だ。先ほどの「四大絵巻」、あるいは後白河法皇の命で制作され蓮華王院宝蔵に伝わる「六道絵」の1つ《病の草紙》(巻物のみ国宝、その他は重要文化財)、《餓鬼草紙》(国宝)、《地獄草紙》(国宝)などの質の高い作品群は、この時代が「絵巻の時代」であったことを物語る。

(会場風景より)画像手前は国宝《辟邪絵》より神虫 1幅 平安時代・12世紀 奈良国立博物館【展示期間:10/11~11/5】
(会場風景より)画像手前は国宝《辟邪絵》より神虫 1幅 平安時代・12世紀 奈良国立博物館【展示期間:10/11~11/5】

鎌倉時代-“写実性”という新傾向

鎌倉時代になると、肖像画や風景画において写実的な表現が求められるようになった。肖像画では「似絵(にせえ)」と呼ばれる細く均質な線で顔を綿密に描く表現が生まれ、「神護寺三像」もその一例だ。ここでの「写実的」とは、見たままを忠実に再現するということではなく、描く人物の威光や理想の姿が真に迫るように描く、つまり一種の理想化だ。一方、風景画でも《春日宮曼荼羅》(東京国立博物館)や《石清水八幡宮曼荼羅》(東京・根津美術館)のように、寺院の伽藍の配置や実際の景観を土台として画面構成が行われるようになる。

(会場風景より)《春日宮曼荼羅》1幅 鎌倉時代・13世紀 東京国立博物館【展示期間:10/11~10/22】
※現在は展示が終了しています。
(会場風景より)《春日宮曼荼羅》1幅 鎌倉時代・13世紀 東京国立博物館【展示期間:10/11~10/22】
※現在は展示が終了しています。

また、この時代には高僧の逸話をまとめた高僧伝絵巻など、画題として新しいジャンルも生まれた。歴史の教科書などでもしばしば登場する国宝《一遍聖絵》や《平治物語絵巻》(六波羅行幸巻:国宝、信西巻:重要文化財)も、やまと絵の変遷におけるエポックメイキングとなる作品なのだ。

(会場風景より)国宝《平治物語絵巻 六波羅行幸巻》(部分)1巻 鎌倉時代・13世紀 東京国立博物館【展示期間:10/11~11/5】
(会場風景より)国宝《平治物語絵巻 六波羅行幸巻》(部分)1巻 鎌倉時代・13世紀 東京国立博物館【展示期間:10/11~11/5】
(会場風景より)国宝《一遍聖絵 巻第七》(部分) 法眼円伊筆 1巻 鎌倉時代・正安元年(1299) 東京国立博物館 【展示期間:10/11~11/5】
(会場風景より)国宝《一遍聖絵 巻第七》(部分) 法眼円伊筆 1巻 鎌倉時代・正安元年(1299) 東京国立博物館 【展示期間:10/11~11/5】

室町時代-「やまと絵」と「漢画」の融合

(会場風景より)重要文化財《浜松図屛風》6曲1双 室町時代・15世紀 東京国立博物館【展示期間:10/11~11/5】
(会場風景より)重要文化財《浜松図屛風》6曲1双 室町時代・15世紀 東京国立博物館【展示期間:10/11~11/5】

室町時代になると、やまと絵にさらなる変化が起こる。そのきっかけとなるのが、室町時代に中国よりもたらされた水墨山水画だ。「漢画」と呼ばれたそれらの作品に対し、「やまと絵」は「従来の青緑山水」を意味するものへ置き換わっていった。南北朝・室町時代は水墨画が将軍家、そして禅宗寺院の間で広く受容された時代で、狩野元信を祖とする狩野派など漢画の画風の絵師集団も誕生する。しかし、それによってやまと絵の存在が薄まることはない。むしろ金銀箔を使うなど、今までになかった力強い表現を得たり、水墨山水を基本とする漢画の技法と融合する「和漢融合」をみせたりと、柔軟にその表現を広げていく。

(会場風景より)重要文化財《禅宗祖師図(旧大仙院方丈障壁画)》 狩野元信筆 6幅のうち2幅 室町時代・16世紀 東京国立博物館
【展示期間:10/11~12/3 ※期間中、掛幅を変えて展示。画像の作品は10/11~11/5までの展示】
禅僧の故事を描いた「漢画」だが、雲で場面転換を図る「やまと絵」の手法が取り入れられている。
(会場風景より)重要文化財《禅宗祖師図(旧大仙院方丈障壁画)》 狩野元信筆 6幅のうち2幅 室町時代・16世紀 東京国立博物館
【展示期間:10/11~12/3 ※期間中、掛幅を変えて展示。画像の作品は10/11~11/5までの展示】
禅僧の故事を描いた「漢画」だが、雲で場面転換を図る「やまと絵」の手法が取り入れられている。

「やまと絵」のDNA―四季の移ろいと人の営み

(会場風景より)重要文化財《日月山水図屛風》(日図〔右隻〕) 6曲2隻 室町時代・16世紀 東京国立博物館【展示期間:10/11~11/5】
(会場風景より)重要文化財《日月山水図屛風》(日図〔右隻〕) 6曲2隻 室町時代・16世紀 東京国立博物館【展示期間:10/11~11/5】

そうした変遷をたどった後、展覧会の第4章では平安から江戸時代まで、やまと絵の担い手であり続けた宮廷絵師の系譜を一望し、終章ではやまと絵に不可欠な要素である四季の移ろい、そして人々の営みを描いた作品が並ぶ。

(会場風景より)重要文化財《月次風俗図屛風》8曲1隻 室町時代・16世紀 東京国立博物館【展示期間:10/11~11/5】
(会場風景より)重要文化財《月次風俗図屛風》8曲1隻 室町時代・16世紀 東京国立博物館【展示期間:10/11~11/5】

重要文化財《月次風俗図屛風》(東京国立博物館)では、1月から12月まで、1年の祭礼や年中行事を描いた作品で、公家や武家、そして庶民に至るまでさまざまな階層の人々が描かれている。正月の羽根つき、3月の花見、5月の田植え、さらには京都・賀茂で行われる競馬(くらべうま)、8月の富士の巻狩、12月の雪遊び…と、日常・非日常がどちらも賑々しく華やかに描かれ、人々の営みを寿ぐ祝祭性に富む作品だ。

(会場風景より)《おいの坂図》1幅 室町時代・15~16世紀 東京国立博物館【展示期間:10/11~11/5】
(会場風景より)《おいの坂図》1幅 室町時代・15~16世紀 東京国立博物館【展示期間:10/11~11/5】

「人生山あり谷あり」というが、この《おいの坂図》では、人の一生を山登りになぞらえている。画面下部で生まれた男児は、山を登る頃は少年から青年へと成長し、下る頃にはさらに歳を重ね、髪に白髪が交ざり次第に老いていき、山の麓に着いた頃には昔を懐かしむように山を眺めている。人生観と日本の風景が組み合わされた珍しい作品だ。

絵画だけじゃない、工芸品の中の「やまと絵」

(会場風景より)画像手前は重要文化財《山水人物蒔絵手箱》 鎌倉時代・14世紀 静岡・MOA美術館【展示期間:10/11~11/5】
(会場風景より)画像手前は重要文化財《山水人物蒔絵手箱》 鎌倉時代・14世紀 静岡・MOA美術館【展示期間:10/11~11/5】

絵画作品だけでなく、手箱や硯箱などやまと絵的な風景やデザインが施された工芸品も多数展示される本展だが、中でも特に注目したいのが、奈良・春日大社に伝わる国宝《蒔絵箏》だ。水に墨を流してマーブル上の模様を写し取る技法を用いているが、横から見たら水流のように見える。しかし実際は立て掛けて保管するため、縦方向から見てみると、水流に見えていた墨の曲線は一転して切り立った崖となる。絶妙に配された小鳥たちの向きによって、縦からでも横からでも成立するダブルイメージの図様になっており、現代でも通じるモダンな意匠に驚くばかりだ。

(会場風景より)国宝《蒔絵箏(本宮御料古神宝類のうち)》1張 平安時代・12世紀 奈良・春日大社【展示期間:10/11~11/5】
(会場風景より)国宝《蒔絵箏(本宮御料古神宝類のうち)》1張 平安時代・12世紀 奈良・春日大社【展示期間:10/11~11/5】

やまと絵と聞いて思い浮かべる「伝統的な日本の絵画」というイメージも、本展を見終わる頃には、いかに多様で、その時代ごとに新しい感性を柔軟に取り入れていたことがわかるだろう。そして、眺めれば眺めるほど、細部まで丁寧に描き込まれた描写、細やかな細工に唸らざるを得ない。

この日本で脈々と描かれてきた「やまと絵」の歴史は、言い換えれば“日本の美“の歴史でもある。珠玉の名品が集う本展で、ぜひやまと絵の美の世界を味わってほしい。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
東京国立博物館|Tokyo National Museum
110-8712 東京都台東区上野公園13-9
開館時間:9:30〜17:00 ※金曜・土曜は20:00まで開館 ※最終入場は閉館の60分前まで
会期中休館日:月曜日 ※ただし本展のみ11月27日(月)は開館

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