江戸川乱歩の貴重な“推し活”も紹介。
ファンの熱い活動に注目した「推し活!展」
「推し活!展―エンパクコレクションからみる推し文化」が、早稲田大学演劇博物館で開催
近年よく聞くようになった「推し活」。アイドルや俳優、歌手、漫画やアニメのキャラクターなど、好きな人やモノを「推し」と呼び、その活動や作品を応援する「推し活」は、言葉の広がりと共に注目されている。しかし、「推し活」そのものは決して近年に起きた現象ではない。憧れの人を応援することは昔から行われており、人々の日常に喜びと潤いを与えていた。
現在、この推し活に焦点を当てた「推し活!展―エンパクコレクションからみる推し文化」が、早稲田大学演劇博物館で開催されている。江戸時代の歌舞伎をはじめ、宝塚など近現代に誕生した劇団や映画・映像の世界における「推し活」事情を、博物館のコレクションを中心にして紹介する本展について、企画を担当した赤井紀美氏にお話を伺い、その見どころを紹介する。
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- 「推し活!展―エンパクコレクションからみる推し文化」
開催美術館:早稲田大学演劇博物館
開催期間:2023年4月24日(月)~8月6日(日)
演博(エンパク)こそ「推し活」でできた博物館
早稲田大学演劇博物館(以下、演博)は、昭和3(1928)年、文学者・坪内逍遙の古稀の祝いと、氏が半生をかけて取り組んだ『シェークスピヤ全集』全40巻の翻訳の完成を記念し、設立された。以来、国内外の演劇・映像に関する貴重な資料を収集し、日本を代表する演劇専門の博物館である。そのため演博には、「推し活」に関する資料も多く含まれている。
「そもそも演博自体、坪内逍遥のコレクションを基にした博物館です。逍遥自身、演劇を愛し、歌舞伎の役者絵など演劇に関する様々なものを蒐集していました。そういう意味では演博は、いわば逍遥の“推し活”でできた博物館と言えます。ここから文化の中心となるようにとの思いから、演博では演劇に関するものは何でも集めることを方針としており、本展の開催は演博にとって至極もっともなのです」(赤井氏)。
そして、「推し活」というキャッチーな展覧会名が印象的な本展だが、その意義について赤井氏は「江戸時代の歌舞伎も近現代の演劇も、観客、ファンの存在があることで発展しました。にもかかわらず、研究はどうしても演者や作者など作り手側が中心になり、受け手側についてはあまり焦点が当たることがありませんでした。そうした演劇における受容史を江戸時代から現代までの長いスパンで展観できれば」と語る。
4つのキーワードからひも解く“推し活”
本展は、今の推し活にも通じる「集める」「共有する」「捧げる」「支える」という4つのセクションで構成されている。
「集める」
その最初は「集める」。ブロマイドや公演チラシ、雑誌や新聞記事の収集は、個人でできる「推し活」の基本活動だろう。会場にはファンが作成したブロマイドブック、スクラップブックなどが展示されている。中でも注目したいのが、推し活グッズの代表格である“団扇“だ。江戸時代の浮世絵でも、自分で絵を切り抜き団扇に貼る「団扇絵」があり、歌舞伎役者の姿を描いた団扇絵も多く制作された。日用品の団扇は、日々の生活の中で”推し“の姿を楽しむことができる最良のグッズだったのだろう。
映像がない近世以前の芸能を研究する上で、推し活によるコレクションが貴重な歴史の証人となることも多い。『許多脚色帖(あまたしぐみちょう)』もその1つ。
「『許多脚色帖』は歌舞伎研究者の間では有名な資料です。3代目中村歌右衛門の贔屓である大阪の薬種問屋の吉野五運が、歌右衛門に関する資料などを収集し、それらを貼込帖にした資料がこの『許多脚色帖』です。冊数は全部で42冊、収録されている資料は2800点に上ります。ここにしか残っていない資料もあるため、研究者がこれを参照することもあり、特に上方の歌舞伎の様子を知る上で非常に重要な資料です」(赤井氏)。
「共有する」
推し活は個人で楽しむと同時に、同じ趣味をもつ仲間と「共有する」喜びもある。続く「共有する」セクションでは、歌舞伎、新劇などの後援会の会報誌や劇書を展示し、ファン同士が交流し、“推し”への愛を深めていく様相を紹介する。
雑誌『宝塚ふぁん』の内容について、「特徴は掲載されている情報が“ファンが知りたい情報”ということです。例えば、好きな食べ物や同期、あだ名など、生徒の個性や生徒同士の関係性を知りたいという欲求が垣間見えます。また新人への注目度の高さも特徴的」と語る赤井氏。
他にも、「孝玉コンビ」として一大ブームとなった歌舞伎俳優、片岡孝夫(現・仁左衛門)と坂東玉三郎の2人を応援する「T&T応援団」の会報誌では、2人に共演してほしい南北作品のリクエストを募集している。ちなみにこの「T&T応援団」会報誌をはじめ、展示品の中には演博の館長・児玉竜一氏の私物も多数出品されているとのこと。館長の演劇愛と“推し活”が垣間見えて楽しい。
「捧げる」
さらに“推し”への熱い思いは、様々な形で表現されていく。ファンレターは、思いを形にする一般的な手法だが、ほかにも絵や人形、本など、創意工夫を凝らした形で表現することもある。続くセクションは「捧げる」と題し、直接本人に贈るかどうかにかかわらず、“推し”への情熱や感動を具現化し、その思いを“捧げ”ようとする営みを紹介する。会場には、俳優・市川右太衛門の映画『旗本退屈男』の姿を描いた作品や、森繁久彌が旧蔵していたファンによる手作りの「屋根の上のバイオリン弾き」テヴィエ人形など、ファンが丹精込めて制作した渾身の品が並ぶ。
現在でもSNSなどで「ファンアート」として、 “推し”の誕生日や記念すべき出来事があった時に、ファンがイラストやぬいぐるみ、あるいはケーキなど様々な作品を制作し、その画像を投稿している。「推し活の中で創作意欲を刺激されるのか、こうしたファンの方が作った作品が演博には多く残っています」(赤井氏)。
「支える」
そして、時にはファンが“推し”の活動そのものを「支える」こともある。歌舞伎の場合、贔屓連と呼ばれるファンの団体が舞台に使う引幕や衣裳を提供することもあり、“推し”の活動そのものを経済的に支援した。「特に上方では贔屓連と興行を主催する座との結びつきが強く、興行の催事においても贔屓連が重要な役割を担っていました」(赤井氏)。
貴重な江戸川乱歩の“推し活”も公開
「推し活」は何も庶民だけの話ではない。著名な人物も誰かのファンになることもある。日本を代表する探偵小説家・江戸川乱歩(1894-1965)は若い頃から歌舞伎が好きで、特に17世中村勘三郎の大ファンだった。2人は親しく交流しており、立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターに寄託された資料には、江戸川乱歩の“勘三郎愛”を示す資料が含まれている。例えば、乱歩自身が出演した文士劇『鈴ヶ森』の台本が展示されているが、この『鈴ヶ森』の上演の際、乱歩は幡随院長兵衛役の稽古を勘三郎に依頼したという。
また会場では、歌舞伎座の楽屋で17世勘三郎が舞台の準備をする様子を、乱歩自身が撮影したフィルムも上映されている。気心知れた乱歩に撮影され、化粧や着替えの最中に度々カメラに視線を向ける勘三郎の表情は、優しい笑みを浮かべ、リラックスしているようだ。「ずっとフィルムで残っていたものを今回デジタル化して展示しています。乱歩は撮るのは好きだったようで、戦後のホームビデオで撮影されていますが、カラーフィルムなのも当時としては貴重です。乱歩は『勘三郎に惚れた話』というエッセイも書いており、そうした信頼関係があったからこそ撮影できたのでしょうね」(赤井氏)。
親しい間柄だからこそ捉えることができたこの映像は、歌舞伎ファンなら必見だ。
今の人たちにとっての「推し活」とは?
第2展示室では、「推し活」について事前にSNSなどで収集したアンケート結果がパネルで紹介されており、それぞれの推しへの愛、推し活の楽しさが率直な言葉で語られている。現代ではSNSの普及などにより、情報収集(集める)、コミュニティの形成(共有する)、二次創作やファンアートの発表(捧げる)、クラウドファンディング(支える)など、推し活のあらゆる側面がそのファン層の内にも外にも可視化されるようになった。その点でSNSと推し活という文化の相性の良さがうかがえる。
言葉や方法は変わっても、作品や演者に魅了され、彼らに情熱を注ぐ気持ちは今も昔も変わらない。そして、また彼らの存在があるからこそ、作り手側もさらなる工夫やアイデアを模索し、新しい作品を生み出していく。作り手側と受け手側、その2つの情熱が交わり、大きなうねりとなって発展していくことを思えば、演劇・芸能の世界おいて「推し活」は、単に“個人の楽しみ“という範疇を超えた、社会的な現象として注目すべき営みだろう。
会場内には撮影スポットも設置されており、アクリルスタンドなど推しグッズと一緒に撮影することもできるので、ぜひ推しグッズ持参の上「推し活!展」に足を運んでほしい。
- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
- 早稲田大学演劇博物館|The Tsubouchi Memorial Theatre Museum
169-8050 東京都新宿区西早稲田1-6-1
開館時間:10:00〜17:00
定休日:不定休