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巨匠たちの学生時代の作品にも出会える、
藝大のお墨付き!卒業制作の「買上展」

「買上展 -藝大コレクション展2023-」が東京藝術大学大学美術館にて開催中

内覧会・記者発表会レポート

東京藝術大学大学美術館で開催中の「買上展 -藝大コレクション展2023-」会場風景
東京藝術大学大学美術館で開催中の「買上展 -藝大コレクション展2023-」会場風景

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明治20(1887)年に東京美術学校が開校して以来、日本の美術教育の第一線の場となり多くの才能溢れる芸術家を輩出してきた、現在の東京藝術大学(以下、「藝大」)。「買上」とは、藝大が、卒業または修了制作の中から各科ごとに優秀な作品を選定し購入する制度で、昭和28(1953)年に始まった。以来、これまでに買い上げられた作品は1万点を超える。制度設立から70年を迎える本年、東京藝術大学大学美術館で「買上展 -藝大コレクション展2023-」が開催され、厳選された約100点の作品から美術教育の歩みを、2部構成で振り返る。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
買上展 -藝大コレクション展2023-
開催美術館:東京藝術大学大学美術館
開催期間:2023年3月31日(金)~5月7日(日)

巨匠たちの学生制作

板谷波山《元禄美人像》1894年 東京藝術大学蔵(第1部 展示風景より)
板谷波山《元禄美人像》1894年 東京藝術大学蔵(第1部 展示風景より)

第1部の展示では、藝大の前身・東京美術学校時代に大学が蒐集した作品から、日本の近代美術を代表する芸術家の若き日の作品が集う。会場で、まず鑑賞者を出迎えてくれるのが板谷波山の《元禄美人像》。着物のたっぷりとした量感、女性の自然な佇まいには、高村光雲の指導を受けた波山の卓越した写実性をうかがわせ、浅浮彫で緻密に施された着物の文様は、後の波山が手掛ける陶器の装飾性が見て取れる。

和田英作 《渡頭の夕暮》 1897年 東京藝術大学蔵
和田英作 《渡頭の夕暮》 1897年 東京藝術大学蔵

ここでは波山のほか、横山大観の《村童観猿翁》、和田英作《渡頭の夕暮》、松田権六《草花鳥獣文小手箱》、下村観山《熊野御前花見》が展示されている。和田の《渡頭の夕暮》は1900年のパリ万国博覧会に出品されており、卒業制作が画家にとっての大きな功績となるケースも少なくない。

菱田春草 《寡婦と孤児》 1895年(第1部 展示風景より)
菱田春草 《寡婦と孤児》 1895年(第1部 展示風景より)

展示室を進むと、「絵画科(日本画)」では、時代を代表する画家の作品が並ぶ。菱田春草の《寡婦と孤児》は、戦で夫を失った妻と幼子の姿が描かれている。陰鬱とした雰囲気が画面を満たす本作は、当時「化け物絵」と酷評されていたのを岡倉天心の采配で主席となり買い上げられた。このエピソードは「芸術とは何か」「何をもって“良い作品”となるのか(あるいは誰が評価すれば良いのか)」という、芸術にまつわる問いも示唆する。

そのほか、山口蓬春《晩秋(深草)洛南之巻六題の内1巻》や、昭和期を代表する画家・東山魁夷《スケート》などが展示されている。

第1部 展示風景
第1部 展示風景

「彫刻」では、朝倉文夫《進化》のほか、日蓮の姿を表現した高村光太郎の《獅子吼》、そして光太郎の弟・高村豊周の《香炉》と、兄弟そろって買上となった作品も並ぶ。「建築」では第四期歌舞伎座の設計を行ったことで知られる吉田五十八の《レクチュアホール》の図面、「図案」では考現学を創始した今和次郎や、泉鏡花の装丁画や新聞小説の挿画で高い評価を得た小村雪岱の作品が買い上げられている。

巨匠たちの若き姿が描かれた自画像(第1部 展示風景より)
巨匠たちの若き姿が描かれた自画像(第1部 展示風景より)

また、第1部の見どころの一つが、西洋画科の学生が卒業時に制作し納めた自画像だ。黒田清輝の指導で始まったこの自画像制作は、今日まで断続的に続いており、藝大の伝統となっている。

萬鉄五郎 《自画像》 1912年 東京藝術大学蔵
萬鉄五郎 《自画像》 1912年 東京藝術大学蔵

青木繁、萬鉄五郎、藤田嗣治など今では日本近代美術を代表する作家である彼らの自画像が並ぶが、意外にも彼らの卒業制作は買上に至らず、自画像のみが大学に残る。教科書にも載るような彼らにも、自身の芸術を模索した若き時期があったという、気づいてしまえば当たり前の事実に、改めて思いを馳せる。一人の若者としての姿に親近感を覚えつつ、新しい芸術を創造せんとする漲る熱量をそのまなざしに見る。

各科が選ぶ買上作品

第2部では、制度設立から令和3(2021)年までの各科の買上作品から厳選された52点の作品が集結する。現在、藝大では「日本画」「油画」「彫刻」「工芸」「デザイン」「建築」「先端芸術表現」「美術教育」「文化財保存学」「グローバルアートプラクティス(GAP)」「メディア映像」、そして音楽学部(「作曲科」)の学部・修士課程全12科の作品が買上対象となっている。買上の基準は科によって、また時代によっても違いがあるが、いずれもその時代を象徴する“最先端”の作品だ。各科の特色がおのずと滲み出る展示からは、現在の藝大の全体像が浮かび上がるようだ。ここでは鑑賞のポイントを3つの観点から紹介する。

1. 時代を映す
各科の選出作品を見ると、時代によってその分野における関心の変化が如実に現れている。例えば「建築」では、藝大が設立された昭和24(1949)年から現在までを5期に分け、各期から一人の作品を選んでいるが、そこからは“建築”が扱うテーマが「建物(=具体的な空間・施設)」から「都市」へと広がり、さらにデジタル技術の発展に伴い、特定の場所を対象としない独自の空間の表記方法や構造システムを提案する、いわば「世界の捉え方」にまで拡張していくのが分かる。

「建築科」の展示風景。時代と共に図面、模型、映像、と収蔵作品のメディアに変化がみられる
「建築科」の展示風景。時代と共に図面、模型、映像、と収蔵作品のメディアに変化がみられる

2. 各科の選定基準にも注目!
第2部の出品作の選定は各科の教授陣が行い、その選び方も教授陣に委ねられているため、会場では個々の作品の鑑賞と共に、選定基準にも注目してほしい。特に注目すべきは「彫刻」だ。担当した小谷元彦教授は「女性作家」という条件で選んでいるが、これには近年浮き彫りになっている芸術界のジェンダー問題に向き合う姿勢がうかがえる。日本の美術教育を牽引する立場である藝大で、女性がどれほど在籍していた(いる)か、どのように評価されたかを、「買上」作品から振り返る。

彫刻科初の女性作家による買上作品、山口信子《習作》(1952年) 東京藝術大学蔵
彫刻科初の女性作家による買上作品、山口信子《習作》(1952年) 東京藝術大学蔵

3. 時代・分野を超えたコラボレーション
各科から選出された作品が一堂に会することで、時代や分野を超えて作品同士が共鳴する、思いがけないコラボレーションが生まれる。

手前:日髙頼子《女》1963年  東京藝術大学蔵
奥:大西博《LA TRUITE(鱒)》1987年  東京藝術大学蔵
手前:日髙頼子《女》1963年  東京藝術大学蔵
奥:大西博《LA TRUITE(鱒)》1987年  東京藝術大学蔵

例えば、「油画」の大西博《LA TRUITE(鱒)》と、「彫刻」の日髙頼子《女》。どちらも女性の身体を表現した作品だが、両者の対照的なアプローチが際立つ。大西は、伝統的な裸婦像の構図を踏襲しつつ自身が愛好した釣りから女性を魚に準え、やや貧相な体つきで青白い顔で女性を描き、どこまでも客観的なまなざしを向ける。一方の日髙は、ふくよかでたっぷりとした肉感で女性の姿をより抽象的に表現し、女性の本質を主観的に捉えているように感じた。

(中央)丸山智巳《千一夜》1992年 東京藝術大学所蔵
(左奥)村岡貴美男《夢遊病》1997年 東京藝術大学所蔵
(中央)丸山智巳《千一夜》1992年 東京藝術大学所蔵
(左奥)村岡貴美男《夢遊病》1997年 東京藝術大学所蔵

また「工芸」の丸山智巳《千一夜》は、風を風神と捉え、人体をモチーフに表した作品だが、疾風のように水平に傾く人体は、人間らしくもあり、人外の生き物のようでもある不思議な感覚を抱かせ、近くに展示されている「油画」の村岡貴美男《夢遊病》と、妙にしっくりくる。

こうした楽しみ方は展覧会の主旨から離れた個人的な見方だが、共通点が「買上作品(=学生時代の作品)」のみで、時代、技法、テーマ…など全てがバラバラな作品が集う本展だからこそ、こうした偶発的な気づきや楽しみ方も醍醐味ではないだろうか。

最新の芸術に触れる

「美術教育」「先端芸術表現」エリアの展示風景
「美術教育」「先端芸術表現」エリアの展示風景

展示は、B1階、3階、2階の順で進む。B1階には、1部の東京美術学校時代の作と、第2部の「日本画」「油画」「彫刻」「工芸」科の4科。続く3階、2階では、「デザイン」「建築」「先端芸術表現」「美術教育」「文化財保存」「グローバルアートプラクティス」「作曲」「メディア影像」と、近年創設された学科も含めて多様な8科の作品が集結する。特にこれらの8科の作品は、一見しただけでは、どの作品がどの学科なのか判別できないほど表現手法は多種多様になり、最新の藝大の特色が如実に反映されている。

最新の作品から、世相も反映した印象的な作品の一つを最後に紹介したい。「グローバルアートプラクティス」から選出された山口諒の《白昼夢》は、会場に吊るされた蚊帳を投影幕にして、いくつもの「私(=作家)」)の姿を映し出す。

山口諒《白昼夢》2020年 東京藝術大学蔵
山口諒《白昼夢》2020年 東京藝術大学蔵

その姿は不明瞭で、漂うようにゆっくりと動いている。本作の制作背景には、歴史の長い家系に生まれた作家が、自身の存在を先祖から続くレイヤーとして捉え、またコロナ禍でビニール越しに他者を見るようになった現在の光景が契機となっている。コミュニケーションが上手く取れず、ビニール越しで輪郭がぼんやりとした姿はまるで幽霊のようだと感じた山口は、その幽霊的なイメージと「私を作り上げる先祖(のレイヤー)」のイメージを重ね合わせて、本作を制作した。また、蚊帳はスクリーンとして、あるいは「先祖のレイヤー」を象徴するものとしての役割だけでなく、その内側は妖怪や幽霊から身を守ると信じられてきた江戸時代の迷信から、“幽霊が現れる場所(=発生装置)”という文脈も与えられている。先祖や幽霊といった「見えないけれど存在する何か」という漠然とした感覚を、映像という最新の技術と、蚊帳という昔ながらの装置を組み合わせて表現している。

越田乃梨子《壁・部屋・箱-破れのなかのできごと》2008年 東京藝術大学蔵
越田乃梨子の「メディア映像」作品は“見る”ことの前提を覆すような作品だ。越田は映像の技術を駆使して創り出し、
「写真や映像は現実を映す」という鑑賞者の認識の大前提に揺さぶりをかける。
越田乃梨子《壁・部屋・箱-破れのなかのできごと》2008年 東京藝術大学蔵
越田乃梨子の「メディア映像」作品は“見る”ことの前提を覆すような作品だ。越田は映像の技術を駆使して創り出し、
「写真や映像は現実を映す」という鑑賞者の認識の大前提に揺さぶりをかける。

展示作品が全て学生時代の作品ということもあり、会場は若き芸術家たちのほとばしるエネルギーと、芸術の可能性に満ちていた。「買上」制度は、開校以来、芸術の可能性を追求し続ける芸術家を育んできた藝大の矜持と言えるだろう。本展は、その「買上」制度の歩みにとどまらず、広く「芸術(家)を育てる」ことの意義をも示しており、“日本の芸術文化の未来”を感じさせる展覧会をぜひ楽しんでほしい。

美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 美術館情報
東京藝術大学大学美術館|The Univerisity Art Museum, Tokyo University of the Arts
110-8714 東京都台東区上野公園12-8
開館時間:10:00〜17:00(最終入館時間 16:30)
定休日:月曜日(祝日の場合は開館し、翌平日休館 ※常設展はありませんので、展覧会の開催会期以外は閉館しています。詳細は美術館の公式サイトをご確認ください。)

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