美しき海の情景に誘われて。
本州最西端、下関&長門で美術館を巡る旅
山口・アート × 海旅への誘い【特別編】
アート好きの心を満たす旅 / 油谷湾温泉ホテル楊貴館(山口県長門市)
構成・文 藤野淑恵
海と空の色が溶け合う場所。
油谷湾の恵みに抱かれた眺望の宿、ホテル楊貴館で過ごす眼福口福の時間
下関の市街地から日本海側に伸びる国道191号線で長門に向かう車窓からは、関門海峡側とは趣を異にする穏やかな日本海の景色が連なる。この道は、コバルトブルーの海にかかる角島大橋を目指す観光客にも人気が高いドライブルートだ。川棚、長門湯本、俵山など、歴史や風情のある温泉地が点在する地域だが、下関市立美術館と香月泰男美術館を訪問する「海の情景」がテーマの旅の宿泊先として、本州の最西北端の長門市・向津具(むかつく)半島の入り口に位置し、油谷湾を一望する小高い丘に立つ油谷湾温泉ホテル楊貴館を選んだ。
大陸や日本海に向く場所という意味の「向国(むかつくに)」、「向津(むこうつ)」から転じた地名を持つ向津具半島には、楊貴妃が難を逃れてこの地に漂着したという伝説も残る。その楊貴妃伝説から名付けられたこのホテルは、山口県随一の美しい海の恵みに抱かれた宿だ。その立地の素晴らしさもさることながら、スタッフのさり気ない目配りや心遣いが何とも心地良い。温かなおもてなしに定評があり、繰り返し訪れるゲストが多い理由がわかる。
油谷湾内には竹島、手長島、江ノ島といった小さな島が点在し、イカやシラスなどが水揚げされる半島の8つの漁港には、どこか懐かしい漁村の風景が広がる。「千畳敷」や日本の棚田百選に選定された「東後畑の棚田」の長閑な田園風景は、SNSでも拡散されて知名度を増したが、この地でもっとも有名なのは2015年にCNNで「Japan’s 31 most beautiful places (日本の最も美しい場所31選)」に選ばれた、元乃隅神社(もとのすみじんじゃ)だろう。海を背景に赤い鳥居が立ち並ぶ、一度観たら忘れることのできない景観だ。
この元乃隅神社で2021年12月、「元乃隅神社ライトアップ双龍一会 ~冬~」と題したイベントが開催された。123基の鳥居が、まるで生きている龍神の如く動き、その胎内を巡って災いを振り払うというスペクタクルだったが、その立役者の一人、油谷湾ホテル楊貴館の取締役専務、岡藤明史氏は、ポストコロナの地域観光の活性化のためにこのイベントを企画した。
「楊貴館は創業から50年を迎えます。半世紀といえばひとつの歴史となり、新たなチャレンジだけでなく、変わらないことも必要ではないでしょうか。その両輪でこれから何をするべきかに思いを巡らせたとき、まず地域のことを知り、地域と楊貴館の現状に向き合うことから始めようと考えました。」
2017年、前職を経て家族が営むこのホテルに戻った岡藤氏はそう語る。
長門の漁港で水揚げされる新鮮な魚介類、山口が誇る味覚の王者ふぐ、向津具半島の豊かな土壌で育まれた棚田米や野菜など、楊貴館で供される食事には、地元の厳選されたこだわりの食材が使用されている。海の幸、山の幸をふんだんに用いた料理には、同じ水で育まれた山口の日本酒がよく合う。宿泊客以外も利用できる和風レストラン「あまのゆ」では、山口の名物料理である瓦そばや季節のお刺身、珍しい地酒などをカジュアルに楽しむこともできる。
ここが「海の宿」であることを実感するのは、素晴らしい眺望の展望露天風呂を備えた大浴場も然り。油谷湾温泉の“とろみのあるお湯”も評判が高く、予約利用ができる貸切風呂もある。油谷湾を一望する露天風呂「玄宗の湯」や「楊貴妃の湯」の内湯には、サウナや電気風呂(玄宗の湯)、炭酸風呂(楊貴妃の湯)なども楽しめる。アルカリ性単純温泉の泉質は、柔らかい肌触りで、入浴後は肌がつるつるになる、美肌の湯としても人気だという。
この夏オープンしたばかりの日本酒BAR「海と月」も岡藤氏の発案によるものだ。山口県の24の酒造会社の酒が揃い、利き酒師のアドバイスを受けながら地酒をテイスティングできる。山口を代表する東洋美人や獺祭、雁木といった銘柄から、最近復活を果たした美祢市の大嶺酒造、酒米ではなく地元向津具の棚田米を使用した「純米大吟醸 むかつく」が人気の阿武の鶴酒造など希少な酒も揃う。
「コロナ禍のために訪れた酒蔵にお酒が積み上がっているのを目にして、何かできることはないか、と考えたところから日本酒BARのプランがスタートしました」(岡藤氏)。
インターナショナル・スピリッツ・チャレンジのジン部門において2021年に世界第2位の銀賞を受賞した蒸留所ネオブルーディステラリーのクラフトジンや、地元の野菜や海の幸を盃に盛り付けたおつまみ「サカツマ」、季節ごとに味わいと成分が変わる旨味豊かな塩として知られる百姓庵の塩などが用意された日本酒BAR「海と月」は、「地元の名品を大切にしたい、食材やお酒など地域の素敵なものが詰まったショーケースのような役割を担いたい」という楊貴館のおもてなしの心の結晶だ。
「宿泊や観光で訪れるゲストだけでなく、地域の人も楽しめる場所、地域の魅力を再発見できる場所にしたかったんです」(岡藤氏)。
こんなにきれいな海があったのか、と訪れるゲストたちが感嘆する海岸線、空と海をオレンジ色に染め上げる夕焼けや朝焼けのマジック・タイム、その景色を眺めながら浸かる滋養豊かな温泉―――油谷湾に抱かれた楊貴館の立地の素晴らしさはかけがえのないものだ。近隣のビーチには、楊貴館の「離れ」として全室オーシャンビューのヴィラをオープンするプランもキックオフしているという。
「コロナ前は角島大橋、元乃隅神社の2つで年間100万人の観光客が来るエリアになりましたが、観光が復活したとき、以前と同様に戻るとは限らない。ニューノーマルの時代になっても、お客様から支持していただける宿にしていく必要があります。」(岡藤氏)
飛行機や新幹線で訪れるには、宇部や山口、下関など他の市町村を必ず経由する必要がある。だから、長門がブレークすれば山口全体に観光効果が波及する、とも語る岡藤氏。山口を回遊する旅の滞在地として、この地は今後さらに注目されるだろう。
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- 油谷湾温泉ホテル楊貴館
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