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自然とともに生きる北欧の美意識を追う
「ザ・フィンランドデザイン展―自然が宿るライフスタイル」

Bunkamura ザ・ミュージアム(東京・渋谷)にて開催中

内覧会・記者発表会レポート

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構成・文 澁谷政治

北欧のフィンランドデザインと言えば、シンプルながら温もりを感じるデザインを思い浮かべる。様々な分野にわたるこのイメージの源流を一気に楽しめる「ザ・フィンランドデザイン展―自然が宿るライフスタイル」が、2021年12月7日から2022年1月30日まで、東京のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されている。日本各地4か所の巡回展の最後となる展覧会を訪れるため、冬の賑わいを見せる東京・渋谷へと足を延ばした。

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「ザ・フィンランドデザイン展―自然が宿るライフスタイル」
開催美術館:Bunkamura ザ・ミュージアム
開催期間:2021年12月7日(火)〜2022年1月30日(日)

北欧5か国の中で、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、アイスランドの4か国は同じゲルマン語派の北欧諸語を公用語とし、言語や民族文化的にも類似する部分が見られる。他方、フィンランドではフィン・ウラル語派のフィンランド語話者が9割を占め、同じ北欧地域においても独特のライフスタイルを育んできた。国土の7割が森林と言われる「森と湖の国」において、白夜やオーロラなどの神秘的な自然、カレワラなどの民族叙事詩、厳しい寒さをサウナで楽しむ大衆文化など魅力的なコンテンツも多い。北欧モダニズムの流れにおいて、そのフィンランドにスポットを当て、1930年代から70年代までを中心とした約250点の作品と約80点の資料を通じて、現代まで愛されるフィンランドデザインを堪能できるのが本展である。ヘルシンキ市立美術館(HAM)などの展示をベースにしつつ、日本向けに新たに構成した見応えのある大規模な展示となっている。

マッティ A. ピトゥカネン《アイスマン(タピオ・ヴィルッカラ)》1962 年、フィンランド国立写真美術館蔵
マッティ A. ピトゥカネン《アイスマン(タピオ・ヴィルッカラ)》1962 年、フィンランド国立写真美術館蔵

首都ヘルシンキは北緯60度。国土の北部は北極圏にもなる厳しい気候風土において、フィンランド人は屋内に籠る時間が多くなる。しかし、だからこそ屋内にいて明るい自然を感じられるデザインが発展してきた。1917年ロシアからの独立以降、国民のアイデンティティ確立に向けてフィンランドらしさが求められてきた時代の流れにおいて、合理的で機能性を兼ね備えたデザインのトレンド、国の発展に呼応したインテリア家具などの消費の拡大、そして国策としてのブランディングなどを後押しに、現在フィンランドデザインは北欧のみならず、世界中の生活に彩りを与えている。この近代デザインの歴史、そして多様な分野のデザイン作品を通じ、フィンランドらしさとは何かを感じたいと会場へ足を踏み入れた。

提供:Bunkamura photo:Yuya Furukawa
提供:Bunkamura photo:Yuya Furukawa

会場入口を抜けると、はじめにフィンランドのグラフィックアートの歴史が出迎えてくれる。いくつも並んだ年代物の観光施策ポスターなどに見られるバランスの良い構図は、既に現代に我々がイメージするフィンランドデザインらしい魅力にあふれている。図録のカバーにもなっているエリック・ブルーン(1926-)の「ヘラジカ」。シンプルな中に愛らしさを感じるデザインは見ているだけで心を温かくする。彼は本国でも著名なグラフィックアーティストである。特にポスター作品のデザインが有名で、その数は500点を超え、90歳を過ぎた今でも第一線で活躍している。

「ヘラジカ」が描かれたグラフィックデザインによる本展図録のカバー
「ヘラジカ」が描かれたグラフィックデザインによる本展図録のカバー

北欧デザインの第一人者として名高い建築家アルヴァ・アールト※(1898-1976)。陽光や森林を身近に感じる建築デザインは国際的にも高く評価されているが、各建築に合わせて考えられた有機的な曲線を描く家具も人気である。同じく建築家として家具もデザインしたデンマークのアルネ・ヤコブセンや、椅子職人の異名を取るハンス・ウェグナーと並び、アルヴァ・アールトの家具も、北欧インテリアのイメージの筆頭に挙げられる。

※本展示ではスペル(Aalto)に基づいた「アアルト」の表記であるが、本文中においては筆者が指導を受けた北欧建築史研究者の伊藤大介氏に倣い、発音に基づく「アールト」の表記を用いている。

画像左端が「パイミオチェア」、中央右が「スツール60」
提供:Bunkamura photo:Yuya Furukawa
画像左端が「パイミオチェア」、中央右が「スツール60」
提供:Bunkamura photo:Yuya Furukawa

フィンランド西部の療養所、パイミオのサナトリウムを建築する際にデザインした「パイミオチェア」。白樺の成形合板で柔らかに一周したフレームは、呼吸のしやすい角度を念頭に木の温もりが感じられ、アールト家具の代表作品の一つとなった。それ以外にも重ね置きなど機能性も兼ね備えた「スツール60」など彼の作品数点を並べて鑑賞できる。

アルヴァ・アールトと言えばガラスメーカー・イッタラ(iitala)の緩やかな曲線美の花瓶「サヴォイ・ベース」も有名だが、その妻アイノ・アールト(1894-1949)がデザインしたガラス食器「ボルゲブリック」シリーズも、世界中で広く愛されている馴染みのデザインである。スウェーデン語で「石を水に投げたときに広がる波紋」を意味する名前のとおり美しい層状のデザインは、気泡を隠し大量生産が可能という利点を備え、まさにシンプルで合理的な機能美と言われるフィンランドデザインを体現している。

提供:Bunkamura photo:Yuya Furukawa
提供:Bunkamura photo:Yuya Furukawa

ガラスによるデザインとしては、タピオ・ヴィルッカラ(1915-1985)の作品群も時間を忘れて見入ってしまう。彼もまた自然を愛し、動植物や雪氷をイメージしたガラスアート作品が多い。その美しさに花を活けなくても楽しめる「杏茸(カンタレリ)」は、高い技術による繊細なフォルムが人気を呼び、発表当時イッタラの花瓶として人気のギフト商品となった。現在は受注作品となっており、その芸術的な価値とともに入手が困難なものの一つとなっている。また、美しいガラスのシリーズ作品のほか、タピオ・ヴィルッカラが陶磁器メーカー・アラビア(ARABIA)のためにデザインした名作のポスター、羽ばたく鳩や卵をモチーフとしたリトグラフなど貴重な資料も展示されている。

画像一番左の作品が、タピオ・ヴィルッカラの「杏茸(カンタレリ)」
提供:Bunkamura photo:Yuya Furukawa
画像一番左の作品が、タピオ・ヴィルッカラの「杏茸(カンタレリ)」
提供:Bunkamura photo:Yuya Furukawa

公私のパートナーとして活躍したアールト夫妻同様に、タピオ・ヴィルッカラの妻ルート・ブリュック(1916-1999)もまた、フィンランドデザインを語る上で欠かせない陶磁器デザイナーである。陶磁器メーカー・アラビアで活躍した彼女は、陶器の絵付けとともに、抽象的な陶板作品を多く制作した。今回展示されているタイル模様の青が映える「青い雲」や、白と黒の柔らかなコントラストの「老いた木」など、自然をタイトルとした作品群は国内外で高く評価された。彼女の作品はヘルシンキ市庁舎の壁画レリーフなど公共の場でも採用され、市民にも身近に愛されている。

ルート・ブリュック《無題(青い雲)》1967年、ヘルシンキ市立美術館蔵、Photo/Hanna Kukorelli、
©KUVASTO, Helsinki & JASPAR,Tokyo, 2021 G2563
ルート・ブリュック《無題(青い雲)》1967年、ヘルシンキ市立美術館蔵、Photo/Hanna Kukorelli、
©KUVASTO, Helsinki & JASPAR,Tokyo, 2021 G2563

ルート・ブリュックは陶器以外のデザイン分野でも活躍した。それが、建築やインテリアとともに、フィンランドデザインを代表するテキスタイルアートである。アルミ・ラティア(1912-1979)が創立したマリメッコ(marimekko)社は、草花など自然をモチーフとした大胆で明るい色合いの独特なデザインコンセプトが特徴的であり、まさに厳しい自然のフィンランドの生活を鮮やかに彩った功績は大きい。ケシの花を模した有名な「ウニッコ」柄は、フィンランドの10ユーロの記念硬貨や、ナショナルフラッグの航空会社フィンエアーの機体デザインに採用されるなど、フィンランドを代表するデザインアイコンとして世界中に認知されている。会場では「ウニッコ」柄を生み出したデザイナーである画家マイヤ・イソラ(1927-2001)のデザイン作品のほか、西部タンペレを拠点としたスオメン・トリコー社のドレスやテキスタイル作品などが会場を華やかに演出している。数々のテキスタイルアートを眺めながら、厳冬の屋内でもデザインが心を楽しませてくれることが実感できる。

提供:Bunkamura photo:Yuya Furukawa
提供:Bunkamura photo:Yuya Furukawa

展示の最後には、福祉国家でもあるフィンランドで重要視された子ども向けのインテリアプロダクト、そしてフィンランドの子どもたちが見るデザイン世界について、「フィンランドの妖精たち」というテーマでも作品を集めている。特に「ムーミン」で知られる童話作家トーベ・ヤンソン(1914-2001)は、フィンランド本国では画家としても知られ、今回の展示でも彼女の油彩やスケッチ、学校の食堂に飾られたステンドグラスの複製画「命の源」なども鑑賞できる。

また、トーベ・ヤンソンは、芸術家としての活動のほか、ムーミンを発表する前には政治風刺画家として、風刺雑誌「ガルム(GARM)」の表紙やイラストなども手掛けていた。本展では、そういったムーミン以前の絵画作品や雑誌の表紙のスケッチなどの展示も観られる貴重な機会となっており、ムーミン以外の彼女の足跡を辿ることができる。

そのほか、陶芸家としても活躍した絵本作家オイリ・タンニネン(1933-)のかわいらしい切り絵のようなファンタジー「ヌンヌ」シリーズの絵本や、食器デザイナーとしても活躍したカイ・フランク(1911-1989)の木の温もりを感じる子供向け玩具なども紹介されている。

カイ・フランク《木製人形(サーカスの団長、女の子)》1940 年代、フィンランド・デザイン・ミュージアム蔵、Photo/Harry Kivilinna(サーカスの団長)
カイ・フランク《木製人形(サーカスの団長、女の子)》1940 年代、フィンランド・デザイン・ミュージアム蔵、Photo/Harry Kivilinna(サーカスの団長)

フィンランドデザインとは何か。様々な視点があるが、共通しているのは合理的な機能美、そして自然を感じられるデザイン性だと言えるのではないか。子どもの頃から家庭や公共の場で、洗練されたデザインリテラシーを育むことは、豊かなライフスタイルを描いていくためにも欠かせない。ともすれば、アール・ヌーヴォーやアール・デコなど装飾的なデザインの歴史を持つ西欧文化と比較し、良くも悪くも“素朴”と取られる向きもあるかも知れない。しかし、装飾のない部分を愉しむ“余白の美”や、質素さを良しとする“侘び寂び”を求める日本文化の視点で見たとき、まさにフィンランドデザインには調和のとれた美意識が感じられ、心地良いライフスタイルとして共感がしやすい。

是非フィンランドデザインの近代の流れを肌で感じられるこの「ザ・フィンランドデザイン展―自然が宿るライフスタイル」を通じ、自然を生活の彩りとして取り入れた豊かなデザインを楽しむフィンランドの人々の日常を体感してみてほしい。

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「ザ・フィンランドデザイン展―自然が宿るライフスタイル」
開催美術館:Bunkamura ザ・ミュージアム
開催期間:2021年12月7日(火)〜2022年1月30日(日)

澁谷政治 プロフィール

北海道札幌市出身。学部では北欧や北方圏文化を専攻し学芸員資格を取得。大学院では北方民族文化に関する研究で修士課程(観光学)を修了。現在は、国際協力に関連する仕事に携わっており、中央アジアや西アフリカなどの駐在経験を通じて、北欧のほかシルクロードやイスラム文化などにも関心を持つ。

関連情報:現在、そごう美術館(横浜)では、2021年1月10日まで「ムーミンコミックス展」を開催しており、こちらでは英国大衆紙に連載された三コマ漫画ムーミンコミックスの原画の数々を楽しむこともできる。
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