日本三名園のひとつ偕楽園のある水戸から、
関東で最も古い焼き物の産地として知られる
笠間まで、美術館巡りとともに満喫【後編】アート好きの心を満たす旅 Vol.02 / 水戸・笠間編(茨城県)
アート&旅
文・藤野淑恵
日本有数の栗の産地でもある自然豊かな街、笠間。秋景色の丘陵を背に、工芸とアートをめぐる一日。
アート好きの心を満たす旅 Vol.01 水戸・笠間編(茨城県)/ 【後編】笠間水戸のアートスポットを紹介した 前編 に続き、後編でフィーチャーするのは「笠間(かさま)」。茨城県の中央に位置し、四方を山々に囲まれた笠間市は、先ごろ「かさましこ− 兄弟産地が紡ぐ“焼き物語” −」として日本遺産にも認定されたように、お隣の栃木県益子町と並んで関東を代表する焼き物の産地。
穏やかに連なる丘陵を縫うように、笠間焼の窯元やギャラリーが点在し、多様な作風を許容する自由でおおらかな環境のもと300名ほどの陶芸家が活動する自然豊かなこの小さな街には、メインイベントである春の陶炎祭(ひまつり)の期間には毎年50万人以上が来場する。そして、笠間焼のみならず近現代日本陶芸の名品や、西洋、日本の近代・現代美術の巨匠のマスターピースを堪能できる「アートの街」でもある。
アートをテーマにした笠間旅の起点は、笠間芸術の森公園だ。初めてこの地を訪れた人は、その広大さに驚くに違いない。小高くなだらかな丘陵を縫って、野外ステージ、毎年ゴールデンウィークに開催される陶炎祭の会場にもなるイベント広場、陶の造形作品が屋外展示された陶の杜、さらに陶芸体験施設や窯業・陶芸の人材育成や最新技術の研究を行う茨城県立笠間陶芸大学校などの施設が点在する。東日本で初となる陶芸専門の県立美術館として2000年に開館した茨城県陶芸美術館もその中にある。
笠間アート旅の起点、笠間芸術の森公園に位置する茨城県陶芸美術館へ
近代日本の陶芸の世界で指導的な役割を果たした茨城県出身の陶芸家 板谷波山(はざん)をはじめ、富本憲吉、松井康成、三輪壽雪(じゅせつ 十一代三輪休雪)など日本を代表する陶芸家の作品を所蔵する、茨城県陶芸美術館。
これらの近現代日本陶芸の名品をトピックに合わせて紹介する「コレクション展」、そして国内外の陶芸作品を鑑賞できる「企画展」を開催している。年に4回程度開催される企画展のテーマは、「没後20年ルーシー・リー展」(2015年)、「現代の茶陶」(2017年)、「欲しいがみつかる・うつわ展-笠間と益子-」(2018年)と幅広く、多彩だ。
茨城県陶芸美術館では現在、「青か、白か、-青磁×白磁×青白磁」と題した企画展を開催中だ(10月18日(日)まで)。この展覧会は、近代の巨匠から、現在活躍中の気鋭の作家まで、約120点の作品を通じて、「青磁」、「白磁」、「青白磁」の魅力を伝えるというもの。いずれも中国に起源を持ちながらも、全く個性の異なる青磁・白磁・青白磁のオブジェから器まで、ジャンルを超えた多彩な作品が並ぶ。出品作家たちの思いや制作秘話がオンライン配信されているのでこちらもチェックしてみたい。
- 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
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企画展「青か、白か、-青磁×白磁×青白磁」
開催美術館:茨城県陶芸美術館
開催期間:2020年7月18日(土)~2020年10月18日(日)
散策が楽しい自然豊かな笠間やきもの散歩道。やきものギャラリーで自分のための器を探す
緩やかなアップダウンが続く全長約2㎞の道にギャラリーやカフェ、レストランが集まった「ギャラリーロード」、代々続く窯元が並ぶ「やきもの通り」など、笠間にはレンタサイクルやハイキング気分で楽しめるやきものの散歩道がある。笠間を訪れたからには、お気に入りの器をみつけたい、という人に、茨城県陶芸美術館からも程近い、「回廊ギャラリー門」を紹介しよう。
ギャラリーロードの回廊ギャラリー門は、その名の通り、中庭を囲む25mのゆったりとした回廊形式の建物と蔵に、笠間を中心に常時80名ほどの作家の作品を展示販売している。自然光が注ぎ、心地よい風が通り抜ける回廊での器探しは、自然に恵まれた陶の街・笠間の魅力を体感する時間となるだろう。阿部慎太朗、船串篤司、keicondoなどの若手の人気作家の個展も開催され、コンテンポラリーな笠間焼の魅力に触れることもできる。Facebookで最新のスケジュールをチェックして出かけたい。
歴史ある笠間焼の窯元で、登り窯を見学。手ひねり、絵付け、ロクロの体験も
笠間を訪れたからには、笠間の歴史や伝統ある窯元の雰囲気に触れてみたい。そんな向きへのお薦めは、やきもの通りや笠間駅からも程近い「製陶ふくだ」だ。その歴史の始まりは初代の1796年まで遡り、以来6代目となる当代まで、窯の火を焚き続けている。2011年の東日本大震災の際に全壊したものの、翌年には従来同様に再建された登り窯は是非見学したい。
製陶ふくだでは、笠間で最古となる陶芸教室も開催している。800gの粘土を使い、1時間~3時間程度かけて湯呑、抹茶茶碗など作陶する粘土手ひねりや、絵付け、電動ロクロなどを体験することもできる。教室の場所は窯元の中庭に開かれた日本家屋の深い軒の下。緑に囲まれて鳥の囀りを聴きながら土に触れる経験は、忘れられない思い出となるはずだ。
西洋、日本の近代から現代まで。笠間日動美術館で巨匠のマスターピースを堪能する
アートファンなら外すことのできない笠間のディスティネーション、それが笠間日動美術館だ。銀座の日動画廊の創設者、長谷川 仁が故郷・笠間の地に投函を設立したのは1972年のこと。ルノワール、ドガ、モネ、ゴッホ、岸田劉生、奥谷 博、藤田嗣治など西洋の近代、日本の近・現代の著名アーティストの絵画を中心に3000点を越す所蔵品を持つ。笠間稲荷神社と隣接するなだらかな丘陵の敷地内に3つの展示館があり、企画展示館の3階から風情のある竹林を抜けた場所にある見晴らしのよい野外彫刻庭園では、彫刻作品とともに笠間の眺望を楽しむことができる。
企画展示館では年間に4、5回程の展覧会が開かれており、現在は「梅原龍三郎と藤田嗣治 FRANCE⇄JAPON UMEHARA et FOUJITA」(10月3日〜12月13日)が開催中だ。ともに20世紀初頭に渡仏した個性豊かな二人の画家の作品に加え、彼らが傾倒したルノワールやルオー、エコール・ド・パリの画家たちの作品も展示される。また、同館内には館長夫妻と生前深い親交があった画家、鴨居玲の人物像に迫る「鴨居玲の部屋」がある。初期の作品やパリ、スペインで過ごした円熟期の作品、代表作である自画像、アトリエに残された絶筆の作品に加え、書簡や愛用品のアンティーク家具まで展示されていて興味深い。
笠間の景色に溶け込む茅葺き屋根の古民家は、北鎌倉から移築された北大路魯山人の住居
笠間日動美術館には分館がある。笠間駅の南側の丘陵地、画家の住居やアトリエなどが点在する「笠間・芸術の村」の一角にある春風萬里荘(しゅんぷうばんりそう)だ。美術館とは趣が異なる茅葺き屋根の古民家は、北鎌倉から移築された北大路魯山人の旧居。魯山人が好んでいた李白の漢詩「春風萬里」から命名された。
桜、梅、もみじ、などが植えられた広大な庭園には、蓮池にかかる太鼓橋、魯山人の設計による茶室「夢境庵」、江戸時代の豪農屋敷の長屋門があり、季節の花々が一年を通して咲く桃源郷のような場所だ。
ここには高橋是清、草野心平の書や、朝倉文夫の彫刻、岡本秋暉の杉戸絵などの日動美術館の所蔵品が展示されている。石庭に面した縁側の茶房「春風庵」で抹茶をいただく時間は、至福のものとなるだろう。
山頂から眺める満天の星に抱かれて。
アウトドアリゾート「エトワ笠間」でアート旅を締めくくる
アートを満喫した旅の宿が、アウトドアリゾートであることは意外かもしれない。しかし「エトワ笠間」を、実際に訪れてみたなら、その理由を体感できるはずだ。笠間市の南東に位置する標高306mの愛宕山の山頂に位置する「エトワ笠間」は、空と森を満喫できる非日常感に満ちた場所だ。自然の中のリゾートといっても必要なものはすべて揃っているので心配ない。ホテル同様の気軽さで宿泊できる。
山頂から眺める景色と広い空を満喫できるスカイキャビンは、1階がリビング、2階がベッドルームの温もりのあるコテージ。広々としたプレイベートデッキのダイニングスペースでいただくディナーには、地元の名産である常陸牛やひたち鷄のバーベキュースタイルのコース料理が用意されている。
メインキャビンの前に広がる見晴らしの良いスペースには、アウトドアバーとファイヤープレイスが用意されている。夜、星空の下、揺らぐ焚き火の炎を見つめながらグラスを傾け、語らう。朝、東の空からまっすぐに昇る太陽と共に、刻々と移ろう空の色を眺める。自然の中で過ごすこんな時間ほど、豊かで贅沢なものはないだろう。
アートとクラフトと自然を堪能し尽くす非日常の旅。笠間へのアートトリップは、また必ずこの地を訪れたくなる磁力を秘めている。
文・藤野淑恵
関連リンク:
茨城県陶芸美術館(茨城県笠間市笠間2345)
回廊ギャラリー門(茨城県笠間市笠間2230-1)
製陶ふくだ(茨城県笠間市下市毛754)
笠間日動美術館(茨城県笠間市笠間978-4)
春風萬里荘(茨城県笠間市下市毛1371-1)
エトワ笠間(茨城県笠間市上郷2775−7)