大阪から 美術史家 山下裕二先生が「国宝」への新たな視点を提言
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- by morinousagisan

関西の「国宝祭」が終わって、またしても「国宝」なのか?こちらは「未来の国宝」って何?大阪中之島美術館では、2022年の開館以来大阪からの視点を大切にしてきました。大阪からみた日本や世界の美術史という視点に立って、これからの「国宝」を考える、新たな世界観を提示しようというという試みです。監修の山下裕二先生は、これまでも日本美術史の中に埋もれてきた、あるいは忘れ去られてきた画家や作品を発掘し、世に送り出してこられました。世にまだ知られていない作家や作品の展覧会に集客力はあるのかと開催に躊躇されることもままあるそうです。山下先生は図録に以下の様に書いておられます。
「研究者は注目しているものの、いまだ一般的な知名度はほとんどなく、多くの観客は本展で初めて観て瞠目されるだろうと思われる作品。あるいは本展ではじめて一般公開される作品。私はそんな作品を縄文から現代まで選りすぐって、ここに展示することにしようと目論んだのである。」
「瞠目する」という事から言えば、所謂”キワモノ”、 "eye-catching"な作品が多いのも確かです。山下先生が監修などで関わられた展覧会に出品された作品も多く、図録作品解説ではそれらの展覧会担当者が執筆され作品への熱い思いも感じます。
出品作品数は81点(うち特別出品1点)、重要文化財7点、初公開7点(うち新作3点)。
絵画57点、工芸10点、現代美術8点、土器6点を7章構成で展示。通期展示も多いですが、四期で展示替えがありますので、作品リストをご確認の上お出かけ下さい。⇒◆

第1章 若冲ら奇想の画家たち
展覧会は、「奇想の絵師の系譜」から始まります。2000年の京博での若冲展でも、始まりは「ワカオキって誰?」という反応だったと狩野博幸先生から伺ったことがあります。それ以前は、若冲も「日本美術の鉱脈」でした。
奇想中の奇想、曽我蕭白《柳下鬼女図屏風》宝暦9年(1759)頃 東京藝術大学【通期展示】若冲より14歳も年下の蕭白(1730-81)は、51歳で亡くなってしまうのですが、生きた時代は若冲と重なります。描かれるのは、嫉妬する女が恨む相手を呪い殺そうとして鬼になる「橋姫伝説」とする説があります。角まで生えて鬼女となったこの女性に「こんなはずではなかった」と哀れを感じるのは私だけでしょうか。
モフモフワンコ 長沢芦雪《菊花子犬図》江戸時代(18世紀)【通期展示】大胆で奔放な筆勢の芦雪が描くワンコはとびっきり可愛い。コロコロした子犬たちは、異なった描法で描かれていることにもご注目。
国宝や重文指定も多い岩佐又兵衛(1578-1650)、近年新発見された 伝岩佐又兵衛《妖怪退治図屏風》江戸時代(17世紀) 【通期展示】2019年「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」@東京都美術館で初公開され、2020年「ふつうの系譜『奇想』があるなら『ふつう』もあります─京の絵画と敦賀コレクション」@府中市美術館にも出品された八曲一隻の中屛風で、濃彩が美しい。平安時代の武将、坂上田村麻呂が鬼神を制圧する能の演目「田村」を題材にしたものではないかと金子信久府中市美術館学芸員の説があります。又兵衛特有の「豊頬長頤」の武将もいる。武将たちヤーヤーと叫んでいるけれど緊張感に欠け、漆黒を背景にした鬼神たちも全然怖くない、旗の上方から千手観音放つ矢が鬼神に降り注いでいるらしい。
ネガとポジが反対になったモノクロの木版画、拓版画 伊藤若冲《乗興舟》明和4年(1767) 京都国立博物館【6/21-7/27】全巻広げて展示。長い歳月をかけた「動植綵絵」を完成させた若冲は、木村蒹葭堂を訪れるために相国寺の大典和尚と淀から天満橋までゆるりとした舟の旅に出ました。若冲の描く景色に、大典和尚が詩文を載せ、巻末の跋文も書いています。旅と二人のコラボの楽しさが伝わる大好きな作品です。《乗興舟》は、国内外に十数点確認されていて、京博蔵の本作は、最初期の摺りです。この拓本画のための版木は若冲の親戚筋の安井家に伝わり2002年に発見されました。一時は縁側の床に使われていたというビックリのエピソードがあるそうです。
若冲は象を見ていたか。伊藤若冲《象図》寛政2年(1790) 東京富士美術館【通期展示】画面からはみ出すことで象の大きさを表現する。養源院の宗達の象をいつも思い出してしまうのですが如何でしょう。

同時代に近くに住んでいたはずなのに接点が見つけられなかった伊藤若冲(1716-1800)と円山応挙(1733-95)。そんな二人に二曲一双の金地墨画屛風を依頼した人がいました。安政4年版(1775)の『平安人物誌』画家の部で、応挙が筆頭、若冲は2番目、以下池大雅、与謝蕪村となっています。金箔の質も全く同じで、おそらく発注者が金屏風を仕立てて、二人の得意とする画題を指定して依頼したと思われます。本作の図録執筆者は辻惟雄先生です。図録で辻先生はこの二曲一双の屏風の記者発表の場に立ち会い「まさに巨匠の顔合わせだと感嘆した。こんなものを見るのは初めてで、おそらく空前絶後だろう。この年まで生きておられたことを感謝する」とこの時の感動を書いておられることに感動してしまいました。辻先生からご覧になっても、保存状態がよく、金地が輝き、墨色を引き立てているとのこと。地方の裕福な素封家が注文したのではないか。
☆アートアジェンダ内覧会・記者レポート「世紀の大発見!伊藤若冲・円山応挙の合作がお披露目」のレポート及び画像をご参照ください⇒◆
右隻:円山応挙《梅鯉図屏風》天明7年(1787)【通期展示】 落款から先に描いたのは若冲より17歳年下の応挙で、描き方は控えめ。付立で梅の幹を淡墨、濃彩の枝、先は折れて中央に余白を残しています。池を泳ぐ鯉も頭を左に向け、左隻とのバランスを考えた構図となっています。応挙55歳の天明7年は、天明の大火の年で、応挙も家を失い呉春と同居していたそうです。
左隻:伊藤若冲《竹鶏図屏風》寛政2年(1790)以前【通期展示】左上隅から笹竹の幹と葉を描き、下に雌雄の鶏と雛を描いています。左を密に、右隻側を疎にして右隻とのバランスをとった構図となっています。左扇の尾羽を跳ね上げた雄鶏は「ドヤッ!」とばかりに右隻を振り向いているようです。制作年は所謂「若冲年齢加算説」もあり「頃」となっています。

行方不明となった伊藤若冲作「釈迦十六羅漢図屛風」をデジタル技術を駆使して推定復元した作品が特別出品。日曜美術館で放映されご存じの方もおいででしょう。

絵具の盛り上がりも再現されています。デジタル復元作品を前に気の遠くなるような12万の枡目を作り、手で塗りあげた若冲恐るべし。※参考⇒◆
第2章 室町水墨画の精華
山下先生のご専門、室町水墨の知られざる名品をご紹介
原三溪旧蔵 重要文化財 霊彩《寒山図》室町時代(15世紀) 大東急記念文庫【6/21-7/6】右から左へ強い風の中の異様な寒山からは「イッヒッヒ・・・」とも聴こえてきそう。「風吹き寒山」の通称を持つ。霊彩は、東福寺の吉山明兆の弟子で朝鮮に渡ったことは知られているものの、その生涯はほとんど知られておらず、遺作も10点もないほどです。「グラフィカルなセンスが横溢していると」山下先生推し作品です。
2017年に再発見された雪舟(1420-1506?)真筆 雪舟等楊《倣夏珪山水図》室町時代(15世紀)【通期展示】他の雪舟作品に倣えば、重要文化財指定の有力候補です。
作品は多く残っているのに生没年や履歴が判っていない「逸伝画家」式部輝忠《梅樹叭々鳥図屏風》室町時代(16世紀)【通期展示】初めて美術館で一般公開されています。《韃靼人狩猟図屏風》室町時代(16世紀)国(文化庁保管)【6/21-7/27】は、戦後アメリカに渡り1990年代に日本へ里帰りしました。絵師の名前と作品名を見て京博で高精細複製品を見たことが・・・と思ったが、サンフランシスコ・アジア美術館所蔵の「四季山水図屏風 式部輝忠筆」と「韃靼人狩猟・打毬図屏風 伝狩野宗秀筆」で2作品がごっちゃになっていました。京博で大展覧会を是非開催してほしい「式部輝忠」、私的近い未来の国宝推し。
雪村周継なら、辻先生が館長在任中の2017年に「雪村-奇想の誕生」がMIHO美術館へ巡回し、身近では大和文華館蔵 重要文化財《呂洞賓図》がありますが、本展では同じ題材ながら初期作 福島県指定文化財《瀟湘八景図帖》【場面替】と最晩年作《瀟湘八景図屏風》【通期展示】を見比べられるのが面白い。
第3章 素朴絵と禅画
15世紀から16世紀の室町時代にあえて素人に絵を描かせて、その稚拙美を愛でるということが密かに流行しました。古染付の虫喰を雅美として珍重し、雨漏茶碗のシミを景色として愛でる日本人の特有の感情なのでしょうか。それが「カワイイ」文化にも繋がっていくのではないでしょうか。私も本展で会いたかったのが、
《かるかや》室町時代(16世紀)サントリー美術館【場面替】と《築島物語絵巻》室町時代(16世紀)日本民藝館【上巻6/21~7/27/下巻7/29-8/31】画力があって物凄く上手いがなーんだか嫌な絵がある様に、ヘタクソなのにそこが妙に清々しく清潔で気持ちの良い絵があり、日本人はそのような絵を愛でてきたと山下先生は話される。2013年「つきしま かるかや-素朴表現の絵巻と説話画」@日本民藝館で展示された作品です。この世で救いのない出家遁世譚の「かるかや」、山下先生は山肌などの描写を「乱暴力」という言葉で賞賛されておられる。武者物語や合戦物語を謡と舞で表現した幸若舞曲は中世から近世初頭に流行し、その1つを絵画化したのが「築島物語絵巻」です。物語の内容はなかなかに悲惨であるのに、絵巻はちんまりと可愛いらしく、詞書は流麗なのです。
白隠の禅画も展示、白隠さんがありなら、仙厓義梵もありなのでは?
第4章 歴史を描く
明治から大正にかけて描かれた壮大なスケールの歴史画
後に藤田嗣治も挿絵を描いた『前賢故実』の菊池容斎(1788-1878)《呂后斬戚夫人図》天保14年(1843) 静嘉堂文庫美術館【6/21-7/6】こーんな残酷極まる絵は何処に飾るのか?
田村宗立(1846-1918)《蒙古襲来図》明治26年(1893)頃【通期展示】大きな作品よりも雲龍や風神雷神が彫刻された仰々しい額に目が奪われてしまった。京都市京セラ美術館コレクション展で田村宗立《官女弾琴図》が展示中です。
原田直次郎(1863-99)《素戔嗚尊八岐大蛇退治画稿》明治28年(1895)頃 岡山県立美術館【通期展示】重要文化財《靴屋の親爺》と同じ人が描いたとは思えないけれど、原田は《騎龍観音》も描いていてこちらも重文指定。森鴎外の『うたかたの記』のモデルと言われる原田、帰国してみれば日本で求められる絵が変わっていた。意味不明なキャンバスを突き破る左下のワンコは原田自身かも。原田は36歳で夭折しています。
鮭の高橋由一(1828-94)《日本武尊》東京藝術大学【通期展示】この日本武尊に吹き出しをつけるなら「ナンジャコリャ!」

第5章 茶の空間
「最も軽い茶室」と「最も重い茶室」です。安価な材料の組立式の茶室は折り畳むと棺桶ほどの大きさとその形容もなんともなのですが、山口晃(1969~)さんの昨今のご活躍は皆さんもご存じの通りです。大山崎の待庵へもお出かけになられ実際に待庵で座して体験されたかもしれません。
総重量1t鉄の茶室の加藤智大(1981~)「鉄の素材に現代社会の「境界」を探る作品を制作してきた」と紹介されています。昨年大阪で披かれた呈茶席の夜空の星図を刻む鉄のお軸に茶花は「たくらみ」の花言葉をもつ「テッセン」、床の間飾には鉄を含有する隕鉄だそうで、茶室の中も情報が満載です。

第6章 江戸幕末から近代へ
西洋画技法の影響でこれまでにない絵を描く絵師が現れ、武家社会での甲冑作りや刀装具などの工芸技術者が明治になって活路を超絶技巧の工芸に見出し、彼らの作品が欧米で開催される万国博覧会で人気を博すようになります。
「超・国宝展」で展示された、経文で宝塔を形作る岩手・中尊寺大長寿院蔵《金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅 第六幀》の如く、経文で仏画を描く加藤信清(1734-1810)の発想はありうる。2021年大阪歴史博物館へ巡回した「あやしい絵」展でびっしりと細かな経文で描いた仏画を見た記憶があり、リアルすぎて気味悪い生人形もあったような。民博での「見世物大博覧会」でも生人形が出ていたと思います。
狩野一信(1816-63)「五百羅漢図」は、山下先生監修で開催された2011年「増上寺秘蔵の仏画 五百羅漢図 幕末の絵師・狩野一信」@江戸東京博物館では百幅全部展示され、以降関西でも数幅ずつですが目にするようになりました。村上隆の「五百羅漢図」のような作品を一信は手で描き身を削りながらほぼ独りで作り上げていました。
明治の超絶技巧については、清水三年坂美術館のコレクションがあったのですが、それを他の美術館でも開催されるようになり、超絶技巧の現代作家も注目されるようになってきています。初代宮川香山もある意味超絶技巧で、もはや焼き物ではなく立体造形。2016年に東洋陶磁美術館で「没後100年 宮川香山」が開催されています。
不染鉄(1891-1976)は、東京ステーションギャラリーでの展覧会が奈良県美へ巡回し、2024年にも奈良県美で展覧会が開かれています。。京都の星野画廊さんは早くから不染鉄にも注目しておられました。笠木治郎吉(1862-1921)もそうです。2021年「発見された日本の風景 美しかりし明治への旅」京都国立近代美術館にも笠木の作品は多く展示されていました。当時の日本の情景を誠実に伝え、欧米の人は子供が子供を子守する姿に驚いたとの感想がとても印象に残っています。全国を巡回した「発掘された珠玉の名品 少女たち-夢と希望・そのはざまで 星野画廊コレクションより」にも笠木の作品はありました。
つまり、開催された展覧会だけでなく「日曜美術館」「美の巨人たち」「ぶらぶら美術館博物館」などを観た私たちに「日本美術の鉱脈」は痕跡を残してきました。
「瞠目」と言えば、本展で一番「瞠目」したのが、メインヴィジュアルとなっている 牧島如鳩《魚籃観音像》昭和27年(1952) 足利市民文化財団【通期展示】 です。「魚籃」とは「とった魚を入れておくびく」のことです。地域の美術館は地域ゆかりの画家を調査研究する、その辺りから足利出身のこの牧島如鳩(1892-1975)という人物の研究が始まったのでしょう。南画家でハリストス正教徒だった父のもと如鳩も幼くして洗礼を受け、神田駿河台の正教神学校に入学しています。山下りんから教えを受け、リン亡きあとイコンを描き各地に如鳩のイコンが収められたそう。それだけならなるほどで済むのですが、キリスト教と仏画と結びつくことが超奇天烈!《魚籃観音像》は、福島県いわき市小名浜漁業協同組合の組合長室に掛かっていました。戦後食糧難のため鰯をとりすぎ不漁が続いて、鰯の大漁を祈って浄財を募り三枚の帆布を継ぎ合わせたキャンパスに描かれました。「魚籃観音像」は鰯の稚魚の入った瑠璃の器を手にし、観音の裳は地引網。天上から眺めた小名浜の風景も描かれています。天女や天使が天上から寿いでいるようで天と地も、キリスト教も仏教も混然一体となった不思議な不思議な作品です。漁業協同組合が解散することとなり足利市民文化財団の所蔵となりました。2011年東日本大震災で小名浜も大きな被害を受け、本作もそのまま小名浜にあったなら津波に流されていたでしょう。天上から小名浜を眺めながら安寧を願っているようにも見えてくる強烈なインパクトを放つ「魚籃観音像」、牧島如鳩を研究されている足利市立美術館学芸員江尻潔さんは、今は鎮魂も担う作品となっていると書いておられます。是非、図録解説を展示場内でもいいので読んでいただきたい。

第7章 縄文の造形、そして現代美術
縄文土器と云っても火焔形土器ばかりではなくその造形は多様です。アートとして作られたものでないにかかわらず、その造形は魅力的で、時に美術家はそこからインスパイアされて作品を生み出します。山口晃さんと並ぶ現代美術家の代表格の会田誠さん。山下先生はかねがね会田さんの作品は「将来の国宝」とお話になっていました。作品の前を通り過ぎてしまいそうになるが、じっくり対峙すると現在社会を問いかけてくる作品です。
音声ガイドの新さんが縄文土器大好きですと嬉しそう解説される 重要文化財・日本遺産《人体文様付有孔鍔付土器(鋳物師屋遺跡出土)》のピースサインに見送られて会場を後にしました。

大阪と関わりがない訳ではない岩佐又兵衛の大展覧会が観たいし、会田さんの作品も所蔵するお隣の国際美で会田誠&大阪中之島美で山口晃の共同開催展とかが実現するといいなぁ
【開催概要】
- 会期:2025年6月21日(土)~2025年8月31日(日)
- 会場:大阪中之島美術館 4階展示室
- 時間:10:00~17:00(入場は16:30まで)※一部日程において開館延長を実施
開館延長日時:2025年7月18日から8月30日までの金曜日、土曜日、祝前日の17:00~19:00(7/18、19、20、25、26、8/1、2、8、9、10、15、16、22、23、29、30)
- 休館日 月曜日、7月22日(火)※ただし7月21日(月・祝)、8月11日(月・祝)は開館
- 観覧料 一般 1,800円(1,600円)/高大生 1,500円(1,300円)/小中生 500円(300円)
※( )20名以上の団体料金 詳しくは⇒◆
- TEL:06-4301-7285大阪市総合コールセンター(なにわコール)※受付時間 8:00~21:00(年中無休)
- 公式サイト:https://koumyakuten2025.jp/index.html