絶え間無く区切りの無い世界『スペクトラム・スペクトラム展』

終了展示ですが、ちょっと余韻深いものでしたので、ご無沙汰なアートブログで備忘的なご紹介です。
展覧会は6月末まで、世界的に著名な高級ブランド【エルメス】の銀座本館ビル8~9階のギャラリースペースで開催されました。
ちなみに銀座本館のビルは1~7階まで普通にエルメス商品の店舗です。
ギャラリー訪問の際はキラキラしい商品に目がチカチカしながら会場を目指すより、
ビルの外側に設置されたエレベーターでの直通運転で昇った方が気兼ねなく行けてお奨めですね。

エレベーターを降りると、いきなり展示スペースに入り込みます。
写真展で使われるような、縦横60cmくらいの黒のフォトフレームらしき額縁が吊り下げられており、まるで自分が展示作品になったような錯覚になります。
前フリ無しでいきなりの自分込み展示に目を白黒させながら見廻すと、自分の立っている廊下のようなスペースには3個くらい、間を空けてフォトフレームが並び、少し視線を上に向けると防犯カメラのような小さなカメラが天井からこちらを向いています。
しかも数メートルおきにあって、カメラの数がやたら多いなとソワソワします。
・・・後ろ暗いわけではないのに不思議と伸びる背筋(笑)

開場の1/3くらいは吹き抜けスペースになっていて、外に面する壁が全部ガラスブロックなためか照明不要レベルで明るい空間。
ただでさえ高い天井2フロア分の空間には等間隔に柱が伸びて、なにやらスポーツバーのモニターのような大きさの液晶画面が1柱につき1点掲げられています。
これが作品?と近づいて見ると、モニターに人影が。既視感にあれっ?と見つめると、映っていたのはさっき同じエレベーターに乗っていた鑑賞者の方でした。
あちこににある黒いフレームの中には、別の場所のカメラの映像がそのまま映し出されていて、それが作品に組み込まれているのです。

歩いて別のフレームを見ると、先ほど階段を下りた自分の後ろ姿が映し出されていて、作品の中に数分前の過去の自分がいるのがなんとも不思議な気持ちになります。
ついでにちょっと猫背な自分の歩き姿勢の悪さも分かってしまい凹ん気分になったりも…

今回の展覧会はブリュッセルと東京のエルメス・ギャラリー2店の協働によるグループ展とのこと。
企画構想を要約すると、先にブリュッセルで開催された「Spektrum」展をベースに東京の銀座メゾンエルメスで、
新たなナラティブ(※物事を意味づけて、構造化し、人々の理解や行動に影響を及ぼす概念)の構造を重ね合わせてゆく。《スペクトラム》という言葉に含む『範囲』や『共鳴』といった意味を鏡のように道具として見立て、展覧会を真実と虚構の〈あいだ〉 にとどまれる居場所とする。
‥‥‥ちょっと難しいです。なんか禅問答を聞いているような気がします・・・
なので私としては展覧会タイトルからのアプローチの方がなんとなーく解った気がします。たぶん、きっと(笑)
「スペクトラム(spectrum)」の意味は『連続体』『範囲』『拡散』など幅広くて、もともと光学や物理学で使用する言葉。
身近な例だと太陽光線の中の紫外線とか赤外線。同じ太陽光線の括りでも異なる波長の範囲を示しています。

時間差でモニターに自分が映りこむという作品も、過去の自分を未来の自分が見つめる時間の映像表現がスペクトラムの表現なのではと思います。
時折作品のフレームの中に映り込む自分にソワソワしつつ、点在する植物の芽というか原始植物のようなカラフルな陶器オブジェの間を歩いているとなんだか気分は『鏡の中のアリス』です。

ちなみに唯一撮影不可だったマリー・ローランサンの作品は当初展示予定ではなかったそうで、たまたま近隣のギャラリーにローランサン作品が置いてあった為、拝借して一緒に展示してみたとの事。
以前文化村の【ローランサン展】レポートでも紹介したように、ゆるふわな画風に反して鋼鉄の精神で『出る杭は打たれる』100年前の男性優位社会の中頭角を現した彼女の作品は、会場内の現代アーティスト作品と並べても違和感が一切無くて、ここでも時間のスペクトラムが感じられます。
ベルギーで過去に開催展示された作品の中に、今、日本人が映り込む不思議な感覚。
絶え間ない時間の流れとアートの拡散を感じる展覧会でした。
穴場な銀座エルメス本展のアートギャラリー、気合を入れてふらりとお立ち寄りもお勧めです。
GINZA MAISON HERMES (銀座メゾンエルメス)
〒104-0061 東京都中央区銀座5-4-1
11:00~20:00(月曜~土曜)
11:00~19:00(日曜日)
