2025年アート初め②【古典芸能×歌舞伎】

1月2日。新春能の鑑賞後、その脚で築地方面に向かいます。向かうは歌舞伎座。
アート初め第2弾は江戸時代から日本の芸能文化を牽引し続けた【歌舞伎】です。

歌舞伎座に近付くと大勢の人だかりと賑わいが見えてきて、ソワソワとした期待感が膨らみます。
『本日初日』『謹賀新年』『初春大歌舞伎』と大書した赤い大きな幕が揺れて、出入口の前には青々とした門松が飾られたお正月仕様の歌舞伎座。
観客は晴れやかな表情で入口周辺で記念撮影したり、待ち合わせしたりとなかなかの人口密度です。
喧噪の中、そこかしこでお正月のご挨拶の声が聞こえてきて、こうした挨拶の声を聴くと、福袋や初詣とはまた違う『年明け』を実感しますね。
朝から寒風の中長蛇の列に震えて、お能の幽玄の世界でちょっと気分が幽体離脱な感がありましたので、現実に戻った気がします。
しかし、2階まで吹き抜けのエントランスホールに入ると、これまた華やかな歌舞伎座に、今度はお江戸世界に入り込んだような気分に。

上部の壁には『寿』と飾り文字が1面に描かれた真っ赤な凧を始め、正月飾りが賑やかに白い壁一面を彩り、会場への扉の右には直径50cm程の大きな鏡餅、左側には餅花が柳の枝のようにたわわに垂れています。
歌舞伎座の中に併設された売店からは人形焼きの美味しそうな香りが漂って、昼食後の時間でも買い求める人が多数。お弁当持参の観客も多いです。
歌舞伎座公演では毎月演目が変わり、昼夜の2部制と朝・昼・晩3部制がありますが、今回の初春大歌舞伎は2部制。
鑑賞予定の【夜の部】は、16時半開演、終演予定は21時前くらいなので、なかなかの長丁場です。
しかし、江戸の頃の歌舞伎鑑賞は明け六つ(AM6時頃)から晩の暮れ七つ半(PM5時頃)まで、丸1日かけて観るものだったので、令和の現在は時間の限られた我々向けに合理的というか、時世に合わせて鑑賞スタイルは変化しています。
そんな時代の移り変わりを感じつつ、双眼鏡を握りしめて、澄んだ拍子木の音に歌舞伎世界へいざ没入。

①『熊谷陣屋くまがいじんや』
1752年作の人形浄瑠璃を歌舞伎用に脚色しているものです。時代設定は源平合戦の最中、平安時代末期。
江戸時代の歌舞伎にとって、戦記物として人気があるのは信長や室町時代の戦国時代よりも、鎌倉時代の源平合戦。
時代が古い方が脚色し易かったのも一因かもしれません。
このお話もその1つで、源氏方の武将、熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)の陣でのエピソード。
さっくり言うと、熊谷の主君、源義経の命令で、敵方である平敦盛を皇族の血筋を絶やさない為に、密かに助命するのですが、その身代わりとして自分の息子を殺害してしまうお話です。しかもそれを息子を生んだ奥さんにも協力させることになるという、、、悲劇です。
ちょっとお正月には重すぎる話ですが、ストーリー展開の秀逸さと見得(みえ)の美しさなど、名作として根強い人気があります。しかし台詞も多いので予習推奨の演目。
②舞踊劇『二人椀久ににんわんきゅう』
古典歌舞伎の後、幕間を経ての上演は舞踊劇。
あらすじは豪商の息子が吉原でご贔屓の花魁にお金を使い込み、父親に勘当されて放浪の末に花魁と再会して喜びを分かち合う!という一時の【夢】を見るお話。
文章にすると少々盛り下がる内容ですが、こちらは設定よりも純粋に舞踊の美しさを堪能する演目。
若手の演者2人が入れ代わり立ち代わり、衣装を翻して踊る様に気付けば目が釘付けに。日本舞踊の美しさが堪能できる演目です。
③『大富豪同心だいふごうどうしん』
2010年刊行の長編時代小説を歌舞伎に舞台化した新作歌舞伎です。
江戸一番の富豪の末孫である卯之吉が、祖父のコネで定町廻同心(今で言う警察官)となりますが、同心になってもボンボン気質のままあちこち放蕩三昧。にもかかわらず巡り合わせで難事件を解決していくお話。2019年からNHKでドラマ化され、歌舞伎化にあたってはドラマで主役を務めた中村隼人さんがそのまま演じています。
中村隼人さんは今年の大河ドラマ【べらぼう】でも、鬼平犯科帳の主役・鬼平役を演じていて、同心という職業になにかと縁があるようです。
舞台の演出は高麗屋の十代目・松本幸四郎さんが演出をしています。
歌舞伎の独特なところは、舞台演出の多くを役者さん自身が手掛ける点です。
なので舞台毎に個性も出ますし、観客としてはバリエーションが楽しみですが、同時に役者さん達のオールラウンダーぶりに畏敬の念が絶えません。
演出を考えて台詞を覚えて演じて、立ち回りや舞踊も習熟しないといけないし、公演期間の約1か月、千秋楽まで休みなし。。。
いちファンとしては歌舞伎座併設の稲荷神社参拝の際は自分もですが役者さん達の健康長寿を特に念じることにしています。
舞台は王道な古典作品『熊谷陣屋くまがいじんや』とは真逆の令和仕様というか、予習無しで純粋に楽しめるアクションコメディでした。
歌舞伎座の舞台装置をフル活用した為、物語の進行が観客に分かり易くて、打てば響く観客の反応も予習の不要さを示しています。
登場人物が多いので、屋号の掛け声(役者さんを所属する屋号で呼ぶ事)が何度も響くのも歌舞伎ならではで面白いですね。
最後はミュージカルのように役者全員が踊って(ローティーンな子役から現役最高齢の御年94歳、脳梗塞からの復帰の方まで全員!)盛り上げて、大盛況のままに幕を閉じました。

【幕間】
演目と演目の間の休憩時間を【幕間まくあい】と言い、大体短くて20分~長くて1時間近くあります。
この時に観客はお食事タイムにしたり、お茶飲んだりと思い思いに過ごします。
歌舞伎座周辺はこの演目の間にサクッと食べられるように、あるいは役者さん達も食事しやすいような飲食店がチラホラあって、役者さんご贔屓のお店を巡礼よろしく廻る方も。
インドカレーやラーメン、蕎麦、服が汚れないように摘めるお稲荷さん等、名店巡りもお勧めですが、小腹対策にお勧めしたいのは歌舞伎座内3Fのたい焼き屋さん。
1階の併設店舗にも人形焼き屋さんがありますが、私の『推し』は断然こちらです。
『めでたい焼』というたい焼きが幕間時間に数量限定で販売されます。このたい焼き屋さんの甘い香りが、正直空きっ腹には凶器(笑)。
特徴はたっぷりのあんこと、腹持ちが良いように入っている小さな紅白のお餅。縁起も良くて大人気です。
この幕間時間の過ご方も歌舞伎鑑賞の愉しみのひとつ。

興奮冷めやらぬまま終演の後に外に出ると、とっくに日も暮れた冷たい空気で夢見心地が一気に覚醒。
観客は舞台で満たした心のエネルギーに満足つつも、現実世界に立ち戻ってそれぞれの帰途に就きます。
芸術、芸能のエンタメはやっぱり心の栄養だわ…としみじみしつつ、元旦明けでも営業してくれる蕎麦屋さんの商魂に感謝する三が日の夜でした。
ちなみに来月の歌舞伎座演目は『猿若祭二月大歌舞伎(さるわかさいにがつおおかぶき)』。
寛永元(1624) 年に初代猿若勘三郎が現在の京橋付近に猿若座(後の中村座)を立ち上げた歴史を振り返る記念公演です。
演目に大河ドラマ【べらぼう】と時期がリンクしていることもあり、歴史と文化とエンタメを肌で感じられそうな予感。
興味のある方、ぜひご覧ください。
◆歌舞伎公式サイト◆https://www.kabuki-bito.jp/news/9230